荒木優太 『これからのエリック・ホッファーのために 在野研究者の生と心得』: 知識人的な「予防線」としてのバランス感覚

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▷ 書評:荒木優太『これからのエリック・ホッファーのために 在野研究者の生と心得』(東京書籍)


先日、エリック・ホッファーの著者『現代という時代の気質』のレビューを書いたのだが、この本を読んだ直接的な理由は、訳者が柄谷行人だったからである。
もともと柄谷は好きな批評家だったし、その柄谷が翻訳した思想書があるなんて、つい最近まで知らなかったからだ。それで、読んでみようということになったのである。


では、文学研究者・荒木優太による本書『これからのエリック・ホッファーのために 在野研究者の生と心得』を読もうと思ったきっかけは何だったのかというと、タイトルに「エリック・ホッファー」が入っているから一一ではなくて、かの「オープンレター:女性差別的な文化を脱するために」の賛同署名者である、〈電通〉哲学者の朱喜哲について、荒木が SNS「x」に、

『朱喜哲さんはそろそろご自身も関わったオープンレター騒動についてちゃんと総括するべきだと思う。』


という、なかなか挑発的な正論ポストを投稿していたという事実を、文芸評論家の与那覇潤が書いた「note」記事で知ったからである。


私の記事を読んで下さるような方なら、大半の方はご承知であろうが、私はすでに2年ほどにわたり、武蔵大学の教授で自称フェミニストの、北村紗衣を批判している。


この北村紗衣が、性差別被害当事者として主導したのが、かの「オープンレター:女性差別的な文化を脱するために」(以下、オープンレターと略記)である。

日本における「キャンセルカルチャー」の先駆けであり、その代名詞ともなった「オープンレター」とは、北村紗衣が呼びかけ人(発起人)の一人となって、主に大学教員や出版関係者に呼びかけを行い、千数百人の賛同署名を集めた上でインターネット上に公開し、北村紗衣のことを、自身の「鍵アカウント」内で「陰口」した社会学者・呉座勇一を、許すまじき「女性差別者」として、名指しで公開告発したもの(公開質問状)である。

その結果、呉座は自身の「陰口」について、北村紗衣への「二度にわたる公開謝罪」を強いられ、その上さらに、このオープンレター公開の影響力によって、その職まで失うに至った。


しかし、事が「一人の学者を、学問の世界から追放する」という実刑的な「厳罰」までに結果したせいで、いくら呉座の「陰口」が良くないとは言っても、社会的に抹殺するようなことをするのは、さすがに「やりすぎだろう」との、「オープンレター」批判の声が巻き起こった。
さらには、この「オープンレター」の賛同署名には「偽署名」が混じっているという事実が判明するに至り、「(ネット)世間」の風向きが大きく変わり始めた。

そうなると、「オープンレター」のこうしたやり方に疑問を感じて、署名を撤回する人たちが出始め、「オープンレター」の主張の信頼性がさらに疑われるに至り、北村紗衣ら呼びかけ人10数名は、「オープンレターは、一定の結果を出してその使命を終えた」という理屈で、賛同署名者の名前だけではなく、北村紗衣をはじめとした、自分たち呼びかけ人の名前さえ削って、「オープンレター」を世間の目から封印して、歴史的検証の不可能な状態にしてしまった。


この「事実関係にかかわる記録の削除」は、例えば、北村紗衣が「編集人」として参加している「日本語版ウィキペディア」においても同断で、当該「女性差別的な文化を脱するために」の項目を見れば分かるとおり、「オープンレター」主催者側の名前が、告発された呉座勇一の名前ともども、すべて削除されて、「誰が誰を告発した運動だったのか」、その事実関係がさっぱりわからない、奇妙なもの(辞書項目)となってしまっている。


また、このウィキペディアの項目「女性差別的な文化を脱するために」の奇妙なところは、周知の名称である「オープンレター」で検索しても、ヒットしないように設定されている点である。

たしかに項目タイトルの下には、小さく「オープンレター」と書かれてはいるのだが、この言葉は、ネット検索にはヒットしないように書き込まれているのだ。

言い換えれば、「女性差別的な」とでも入力しないかぎり、この項目はヒットしない。
「女性蔑視的な」とか「性差別的な」とかにしまうと、「オープンレター」というワードを付け加えても、ヒットしないようになっているのである。


また、北村紗衣自身、個人的にも自身の「オープンレター」に関係するツイッター(現「X」)のログを次々と削除し、それに気づいた第三者が、北村のツイートログを集め、記録保全のために作った「まとめページ」などについても、北村紗衣は「管理者通報」することで、片っ端から削除させていった。

SNS「Togetter」などの場合は、100を優に超えていた北村紗衣に関する「まとめページ」、北村紗衣自身による「管理者通報」によって、ほとんど一夜にして消滅させられたのである。


つまり、北村紗衣をはじめとした「オープンレター」主催者たちのこうした一連の行動は、自分からの行なった「オープンレター:女性差別的な文化を脱するために」のやり過ぎの自覚に発する「証拠隠滅」だと広く受け取られるようになり、さらなる批判を招くことになった。

しかし、こうした批判に対し、「オープンレター」の呼びかけ人(発起人)メンバーたち(オープンレターズ)は、いっさい応答しようとはせず、申し合わせて徹底的なダンマリを決め込んでしまった。

つまり、「オープンレター」について、自己総括を行うこともなく、オープンレターズは、口裏を合わせ、右へ倣えで、今もなお長らく緘黙しているのだか、そうした「オープンレター」の賛同署名者の一人だったのが、前記の〈電通〉哲学者、朱喜哲だったのである。

(※  なお朱喜哲は、広告代理店「電通」の第6マーケティング局・CXコンサルティング1部に所属するチーフ・リサーチ・ディレクターであり、要は、電通のお雇い哲学者である。だから「〈電通〉哲学者」という略称は、事実そのままだ)


で、その朱喜哲が、「オープンレター」の呼びかけ人(発起人)の一人で、同じく「オープンレター」についての自己総括を行わないまま、長らく緘黙してきた河野真太郎 専修大学教授と、まるで「ほとぼりも冷めたことだし」と言わんばかりに「対談イベント」を打つというのを知り、朱喜哲と共著もある、本書著者の荒木優太が、それならばと、前記のようなポストを投稿したのである。



荒木優太のポストをより正確に、その全文を記すならば、こうだ。

『朱喜哲さんはそろそろご自身も関わったオープンレター騒動についてちゃんと総括するべきだと思う。呉座勇一はフェミニストの悪口を言って「キャンセル」された。でも、それは鍵アカで発言されたもの。私的領域なら特定人種へのヘイトも看過すべきではなかった
か。 gaccoh.com/event/260718

勿論、朱理論的には鍵アカとはいえインターネットは公の場なのだから「キャンセル」も当然という理屈なのかもしれない。それはいい。でも、そこから透かしてみえるのは、「私的」か否かなんて観測者の胸先三寸で決まるものでしかないという結論ではないか。』



これを見ればわかるとおり、朱喜哲が賛同署名をした「オープンレター」側の共通理解においては、「鍵アカウント内での発言であろうと、インターネット上の発言である以上、それは私的な発言ではなく公的な発言なのだから、その発言責任は、社会的に問われて然るべきものである」とするものであり、それを荒木優太は否定している。
オープンレターズによる「鍵アカウント」理解は、『公の場』という概念の「恣意的な拡大解釈」でしかなく、呉座勇一を狙い撃ちにして攻撃するためになされた詭弁に過ぎないと、そういう解釈に立って、荒木はここで「皮肉」を書いているのだ。

で、荒木優太の、こうした「公の場」理解は、まったく正しい。
間違っているのは、オープンレターズの「公の場」理解なのだ。

一一と言うか、これは「世間の常識」に類する話(鍵アカウントは非公開の場)でしかなく、常識に反してまで、そんな非常識をあえて訴えるオープンレターズの主張とは、自らの「やりすぎ」による非を認めたくないがためになされる、ためにする無理筋の否認でしかない。

私は、このあたりのことについては、朱喜哲の著書『〈公正(フェアネス)〉を乗りこなす 正義の反対は別の正義か』を論じたレビューで、「こんなタイトルの本を書いた著者が、よくもまあぬけぬけとしらばっくれているものだ。恥を知れ」という趣旨の批判を、懇切丁寧に加えている。
だから、朱喜哲の書いた「自分のことは、すべて棚上げ本」を読んだことのない人は、是非ともこのレビューを読んでほしい。


またその後には、朱喜哲と、他の二人の若手学者(谷川嘉浩杉谷和哉)との鼎談本『ネガティブ・ケイパビリティで生きる 答えを急がす立ち止まる力』のレビューを書いて、朱喜哲の常習的な「他人事の御託宣」性を批判してもいる。


ちなみの、この対談に参加した、杉谷和也も「オープンレター」に賛同署名者の一人であったが、「オープンレター」の引き起こした結果に直面して、自身の参加責任を感じ、公けに署名の撤回して、早期に「オープンレター」から撤退した人物である。


なお、「オープンレター」が公開されていたのは、2021年4月4日から2022年4月4日までで、上の「鼎談」は、2022年中に何度か分けて行われたもの(詳細な対談日時は不明)だが、杉谷はこの鼎談以前の2021年10月29日に、前述のとおり、「オープンレター」に署名したことの後悔を、ツイッターで公けに吐露している。


そんなわけで、「オープンレター」の働きかけによって 、2021年10月の段階ですでに、呉座勇一のキャンセル(社会的な排除)がなされており、その結果を見て、「オープンレター」から離脱する署名者が出始めた。
そして、そうした流れが加速した結果、翌年には「公開丸1年を区切りとする」という口実で、「オープンレター」は削除隠蔽されたのである。


しかし、「オープンレター」の公開以降今日まで、朱喜哲は、自らも参加した「オープンレター」について、一切の総括を行なっていない。

にもかかわらず、なし崩し的に、オープンレターズの中心メンバーである河野真太郎との「対談イベント」の開催を決め、それを知った旧知の荒木優太は、朱喜哲に対して「そろそろ総括すべきだろう」と、前記のようなポストを投稿したのである。

で、こうした荒木の主張は至極もっともなものなのではあるが、しかし、これは裏を返せば、荒木もまた「朱喜哲の卑怯な説明責任回避の沈黙」を、これまではずっと「黙認」してきた、ということでもある。

たぶん荒木としては、面識のある同業者(学者)の朱喜哲に対して、「時期を見て、説明責任を果たすつもりなのであろう」という、いささか甘い期待を持って、あえて説明責任を果たせとは、要求しなかった、ということだったのだろう。
言うなれば「大目に見てきた」ということになるのだが、しかし私は、荒木のこうした「手ぬるい」態度を、前記の朱喜哲著書のレビューにおいて、

『だが、私に言わせれば、一人の人間(※ 呉座勇一)に対する「残酷な暴力」としてのキャンセルに加担しておきながら、それについてずーっと沈黙を保ち、自己保身を図ってきた朱喜哲の(※  自著内における一般論的な)「反省しぐさ」など、所詮は、「自己正当化の言い訳ポーズ」であり「アリバイ作り」でしかない。
また、これ(※ 今回のポストを投稿する)まで荒木優太が、朱喜哲を批判しなかったのも、所詮は「同業者のよしみ」による「庇い合い」でしかなかったのだ。』


と書いて、朱喜哲を大目に見てきた、荒木優太をも、ついでのようなかたちではあるが、批判した。

だから私は、かりそめに公けに批判した以上、荒木優太についても、その著書くらいは読んで、荒木の「考え方」を確かめておかなければならないと考えた。

そして何冊かある荒木の著書の中で、本書を最初に選んだのは、以前から読みたいと思い積んであった、エリック・ホッファーの『現代という時代の気質』を読むためだったと、そう言っても良いだろう。

荒木優太による本書『これからのエリック・ホッファーのために 在野研究者の生と心得』(以下、『在野研究者の生と心得』と略記)が、仮にもその書名にホッファーの名を冠している以上は、それなりにホッファーから学んだところに立脚して、本書を書いたはずだと、そう考えたからである。

また、だとすれば、本書『在野研究者の生と心得』を正しく理解するためにも、事前にホッファーは読んでおく必要があり、そうした理由があれば、ホッファーの本をすぐにでも読む動機づけにもなると考えたのだ。

それで私は早速、ホッファーの『現代という時代の気質』を読み、そのレビューを書いて、私のホッファー理解を示した上で、今回いよいよ、荒木優太の著書である本書『在野研究者の生と心得』を読んだのである。

以上、非常に長くなったが、本書を読むに至った経緯の説明をした。

なぜこんなことを長々と書いたのかと言えば、それは私がこれから書く本書の論評は、単に本書1冊の内容の検討に止まるものではなく、すでに紹介したような荒木優太の「立ち位置」を前提としたものになるためだ。

当然、以下で問われるのは、荒木優太が本書で語っていることと、それ以降の言動との整合性であり、要は、その「言行の一致」度が問われるのである。

 ○ ○ ○

さては、本書『これからのエリック・ホッファーのために 在野研究者の生と心得』である。



本書『在野研究者の生と心得』は、平たくいってしまえば、「日本の在野学者列伝」である。

明治以降の、様々なタイプの「在野学者」が、実質各15ページほどで紹介されており「在野学者の心得」として、彼らの生き方から学ぶべきポイントが、全部で40項目書き出されている。

本書で紹介される在野学者は16人で、1冊の本としては、かなり人数が多いと感じられるかも知れないが、それぞれの章は、その学者の「人生と業績と人となり」を、要領よく紹介しており、とても楽しい「読み物」となっており、在野で研究を行う者の励みにもなる内容となっている。

しかしながら、本書の面白さを支えているのは、著者の筆力もさることながら、やはりそこに紹介されている在野学者の「強烈な個性」によるところが大きい。

当然のことながら、本書で紹介されている「在野学者」とは、それなりに業績を残した、言うなれば「成功した在野学者」であって、業績を残せなかった無名の在野学者が紹介されているわけではない。
言うなれば、彼らは「在野学者のエリート」なのだ。

大学などの研究機関や組織には属さず、そうした制度内学者(組織内学者)よりは、まず間違いなく「不利な条件」下での研究を進めながら、制度内学者に勝るとも劣らぬ業績を残した人たちだ。

だから、それぞれに只者でないことは初手から明らかだし、しかも制度外にある自由人であるために、本書に登場する在野学者の多くはきわめて個性的な人で、その発言においては、忌憚がなく毒舌であったり、言いたい放題であったりもするから、おのずと、本で読む分には、とても痛快な人たちである。

つまり、多かれ少なかれ彼(女)らは「特別な人たち」なのだから、その多くには、著書もあれば、すでに評伝的なものの書かれている人物さえいるのだ。

こうした「個性的」な、時には非常識なまでに「個性的にすぎる」人たちを、本書著者の荒木は、その人生を紹介し、そこに学ぶべきことを読み取りつつ、時に、その「非常識」にツッコミを入れもする。

彼らは、「偉人伝」を書かれるような、わかりやすい偉人ではなく、良い面も人並み以上なら、悪い面もしばしば人並みではなかったからで、「現在の常識的な見地」からすれば、その「欠点」に対して、面白おかしくツッコミを入れることも、比較的容易な人たちだったのだ。
要は、彼らは、「聖人君子」などではなく、「学問馬鹿」だったのである。

で、そんな本書において、最も私の目を惹いたのは、本書に登場する在野学者の少ない部分が、大学などにおける制度内学問やその学者を、死んだ学問でありその盲従者として否定的に評価して、しばしば、口をきわめて批判する態度への、本書著者・荒木優太による、「微妙な注文」のつけ方である。

もちろん、荒木優太自身が「在野学者」であり、そのことに一定の自負を持っている人なのだから、同じ在野学者の先輩でもあれば、その中でも優れた業績を残した先達に対しては、基本的には強いシンパシーを感じている。

しかしながら、だからと言って、彼らの考え方を、丸ごと支持しているわけでもない。

「それは違う」「それはちょっと違う」「それは言い過ぎでしょ」という趣旨のツッコミを、冗談めかしながらも、何度となく行なっているのだ。

当人が在野学者である以上、在野学者の先達の生き方や言葉に、基本的なところでシンパシーを覚えるのは、当然のことだ。

だが、それを前提とした上で、本書著者の荒木優太は、こうした「優れて型破りな」先達たちと、どのようなところで「距離を置こうとしているのか」という点を見落とさないことこそが、本書を読む上での重要なポイントであろうと私は考える。

著者が右手を大きく振って見せているときこそ、左手の動きにも注意を払うことが必要なのだ。

なぜならばそれは、仮に荒木優太が、その意に反して、在野の先達のように(偉大に)は生きられず、つい大学の研究者的な立場にすり寄って(日和って)しまった場合の、つまり「もしもの場合」のための「予防線」であり「アリバイ」として、意識的であれ無意識的であれ、あらかじめ書き込んでおいたものなのだとそう理解しても、それは決して誤りではないからである。

(1)『 (※ 学歴の無かった、在野の哲学者である野村隈畔に)根っからあった学歴コンプレックスが再燃する。一応、この憎しみは一時的には収まったようだ。というのも、東洋大学で試しに一ヶ月だけ哲学の講義を聴講してみたが、偉い学者が話すその内容は、隈畔にとっては(※ 哲学的には)空疎なものに思えたからだ。
「それは勿論東西の哲学を兼ねたものであつた。併し何うも馬鹿々々しくて、中学(※ 今で言う高校)出の子供(※  若者)達と一緒に聴いて居れなかつた。私はその時初めて学者といふものは案外馬鹿なものであり、大学の教育なんていふものは一向つまらないものだといふことを知った」
 ここには、隈畔が(※ その生涯において何度となく)繰り返し提起する、大学の哲学は本当の哲学ではない、という考え方の原体験が認められる。しばしばいわれる、哲学と哲学研究は違う、といったタイプの考え方だ。大学哲学(いわゆる講壇哲学)には創造性がない。大学は哲学を労働化(※ 賃労働のための研究対象に)させてしまっている。ここに隈畔の不満があった。』(P67)


ここには、本書著者・荒木優太の、野村隈畔への「微妙な批判」が込められている。

隈畔の「大学哲学など、クソつまらないものだ」という趣旨の批判の言葉には、その無学歴に発する「ルサンチマン(嫉妬)」が色濃く、そのせいで大学哲学を十羽一絡げにして否定するという、公正さを欠いた「偏見」がそこには認められる、というニュアンスがあるのだ。

たしかに、野村隈畔にはその傾向はあるだろう。
だが、かと言って、彼とて本当に優秀な大学哲学者の話を聞けば、その価値を認めるにやぶさかではなかったはずだ。

隈畔が言っているのは、あくまでも「一般論」であって、「大学哲学者」は全員漏れなくダメだ、などと考えているわけではないのは、明白なことなのだ。

なのに、なぜ荒木優太は、野村隈畔のそうした側面には配慮せず、隈畔の「一般論」的な言い方に、隈畔の「本質的な偏見」やルサンチマンを見ようとするのだろうか?

それは無論、「自分はそんな偏見やルサンチマンにはとらわれておらず、大学哲学者に対しても、公平かつ個別的な評価をしている」と、そう言いたいからである。

そのように露骨には語らなくとも、そうした部分での、後知恵的な「優越意識」があるからこそ、野村隈畔の「一般論」でしかないものを、「本質論」ででもあったかのように、誇張して読んでしまうのだ。

(2)『 そして、その情念は隈畔の〈哲学/哲学研究〉という区別への拘泥によって理解できる。というのも、それは同時に、〈在野/大学〉分節に等しく、大学哲学の価値を否定することで、在野哲学の領域が、言い換えれば、自らの存在理由が確保できるからだ。
 しかし、哲学と哲学研究を分けようとする欲望、さらにはその分節にホンモノとニセモノを重ね書きしたいという欲望には、大きな罠が仕掛けられてはいないだろうか。大学でないから良い、という価値判断は、大学であるから良いという判断の反転にすぎず、所詮同じ土俵に立っている。本物の在野人として独立するには、コンプレックスを克服し、真の意味で大学から自由にならねばならないのではないか。』(P75)


これである。
当然のことながら、自身のコンプレックス(劣等感)を克服することと、大学研究者を「批判しなくなる」こととは、同じことではない。

つまり、「個別論」は、個別に丁寧に行うのは当然のことだが、しかしだからと言って「一般論」を語ってはならない、ということにもならない。

「当然、すばらしい大学研究者も(例外的に)には存在するし、その存在を認めるに吝かではないが、総じて言えば(一般論として言えば)、大学研究者は、制度に胡座をかいているだけの、無能な偽物が多い」という「事実」は、これも当然のことながら語られなければならない。
そうした指摘がなければ、正しい批判的な「現状認識」がなされず、不十分な現状に対して必要な「絶えざる反省」を欠くことになるからだ。

『SFの9割はクズである。ただし、あらゆるものの9割もまたクズである。』

シオドア・スタージョン


(3)『 隈畔につづいて寄生型(※ 生活費を丸ごと他者に依存して研究に専念するタイプ)の研究者として取り上げたいのは、考古学者の原田大六である。原田大六という男を紹介するとき、最初に思い浮かぶのは、隈畔に負けず劣らずの、官学のアカデミズムに対する超攻撃的な姿勢だ。
 原田の攻撃力はハンパない。主著のひとつ『邪馬台国論争』では、東京大学の考古学者の実名を挙げ、その教授が書いた虚偽記載の件数をカウントした「虚偽頻度」なる表を設け、ある学者については「資料が不足しているのではなく、頭脳が欠如している」とまで書く。敵は容赦なく叩き潰す、それがいつしかあだ名された〈ケンカ大六〉の第一の特徴だ。
 原田は他の誰よりも在野という場所に誇りをもっていた。筋金入りの在野人。原田にとって、大学の温室でぬくぬくと育てられ相互批判の精神を忘れたヌルい学者など、集団主義と権威主義の成れの果てが行き着いた金魚の糞に等しかった。加えて、そこには欺瞞的な戦後民主主義に対する苛立ちもあったのだった。』(P79)


荒木優太はここで、原田大六の徹底したアカデミズム批判を支持しているかのように見えるかも知れない。だが、そうではない。

荒木は、原田の「苛烈さ」のよって生じたるところは「理解できる」と言っているだけで、その「苛烈さ」までは認めておらず、「もう少し適切なやり方(言葉遣い)もあったのではないか?(自分ならそうするし、それが出来る)」といった、きわめて無難な、いかにも世間ウケの良い「穏健派」の立場に立っている。

しかし、批判した学者の『実名』をあげたり、「批判の根拠を具体的に書き示す」ことなど、至極当然のこと(批判の作法)でしかないのに、まるでそれが「やりすぎの誤り」であるかのように語っているのは、荒木優太が、「大学アカデミズムの常識」を内面化しているからに他ならない。

だが、そんな「穏健派」が、果たして、学術界の「役に立つ(貢献できる)」のか?
アカデミズムの悪しき部分を、少しでも正す役に立てるのだろうか?

無論、無理だ。
なぜなら、在野研究者たちの「苛烈なまでの苛立ち」の根本にあるのは、「どう批判しても、どう批判されても、変わる気のないアカデミズム」に対する、真面目すぎるほどの絶望だったからである。

つまり、そんな絶望を抱えながらも、最大限の批判の言葉を発せずにはいられなかった彼らのような「衝迫」を持たない、ヌルい荒木優太に、そんなことができるわけがない。

当然のことながら、大学システムの方が、規模も役者も何枚も上手であり強かなのだから、荒木のような生ぬるい存在など、簡単に懐柔して毒消しし、無害化して取り込んでしまうに決まっているからである。

つまり、荒木優太は、大学システムとの「良好な関係」に配慮するあまり、みずから牙を捨て、牙を捨てる理由を、探してでも語ろうとしているのである。
これが私が言うところの、転向準備としての「アリバイ作り」ということなのだ。

(4)『 原田が(※ 自身に対する学者たちの)陰謀を確信したのは、和島の著作『大昔の人の生活』(岩波書店、一九五八年)に「日本国家の起原」で主張した(※ 原田の)学説(※ から)の盗用があったことに由来する。また、一二年経って、その著作の改稿を思い立ち、日本考古学協会第二八回総会で改稿の一部「考古学上における事象と物象」の発表を企てたところ、それもやはり和島と他二名の教授の談合によって中止された。
 異論があることは構わないが、それは正面から議論を戦わせればいい。原田にとって、怒り心頭だったのは、真っ向からの学説批判を回避し、言論の自由そのものを封じる、そんな姑息なやり口だった。論文上で行われることになる原田のアカデミシャンへの執拗とさえいえる罵倒は、つまりは同時に、自分自身がアカデミシャンから受けたかった真摯な批判でもあるのだ。』(P85)


ここでも荒木は、原田への理解と共感を語ってはいる。
しかし、原田の『執拗』さの必要性までは擁護しておらず、暗に「私なら、もっとスマートにやる(やれるはずだ)」と、そう語っているのである。

だが、こういう「二股膏薬」的な物言いは、たいがいの場合、「やるやる詐欺」に終わるというのは、世のならいであり、歴史的な事実でもあろう。

言っていたこと以上のことを実践してみせる者など、千人に一人もいない。ましてや、言わない者が、粛々と不言実行するなどというのは、例外中の例外なのだ。

しばしば人が「苛烈な」言辞を弄するのは、それは、いざとなれば臆するかも知れない、泣き寝入りしてしまうかも知れない自身の臆病さを、みずから叱咤するためなのだ。
「ここまで言ったからには、もう後に退くわけにはいかない」というところへ、自分自身を追い込むためなのである。

だから、「いざとなれば、俺は腰砕けになって逃げ出しそうだな」なんて思っている者は、そもそも「強い言葉」を発することなどはせず、周囲に「言質」を取られないように配慮しているものなのだ。

(5)『 (※ 転向を受け入れなかったがために、長らく刑務所に収監されたのち)やっとのことで出獄した赤松(※  在野の民俗学者・赤松啓介)は、同志だったはずの東京のインテリ左翼(※ の多く)が転向して早々に保釈されていたのを見、「東京のインテリというやつはインチキなもんやなあ」という感慨を新たにした。
 インテリへの不信はそれだけではない。つまり、(※ 赤松の)危険と隣り合わせの研究生活からみたとき、非常時の時代に体制側へ容易に寝返ってしまうインテリたちは知を弄ぶ無節操、太鼓持ちにみえてしまうのだ。
「考古学、民俗学の巨匠、新進といった連中がほとんど軍事政権の強圧に屈伏し、日本精神文化だの、国民精神作興だのと太鼓を叩き始めたのだから、これまで声高に唱えていた自由主義だとか、科学性だとかは、敝履のごとく捨て去って恥としなかったといってよい。
日本人、とくにインテリ(知識分子、いまの文化人)は信用できぬ野郎どもだと痛恨の思いをかみしめた。たとえ軽いものであろうと弾圧を受けて退却したり、降伏したのなら、まだわかる。そうではなくて体制の(※ 広く一般に向けた)脅しに迎合して、(※ 個人的に何か言われる以前に、さっさと)自ら科学者としての節操を捨ててしまったのだから、もうどうしようもなかった」』(P173〜174)


これは、荒木優太自身についても問われなければならないことだ。

すなわち、荒木は、戦時の弾圧にも等しい理不尽な不利益を被った上で、やむを得ず、問題のある大学システムとの「良好な関係」を模索しているのか、それとも、自由な在野であることの不利益を被る前から、損だけはしないよう、大勢翼賛的な先まわりの「迎合」しているだけなのか、というようなことである。
在野の自由と制度内における安心の二股狙いは、どちらにも不誠実なコウモリ的な態度にしかならないのだ。

(6)『(※ 赤松啓介民俗学における)「カエシ」は単なる等価交換ではない。それは共同体が自然に生み出した、行政に頼らないセーフティネットである。結婚祝いをするとそのご祝儀としてポチ袋をくれる。また農業生産には必要な手間や物資を互いに交換する「ユイ」の慣習がある。あるいはまた、スラム街での相互援助の在り方。困ったときはお互い様。このネットワークを通じてコミュニティの絆はさらに強いものになっていく。
「われわれが当面している資本主義社会体制の中でも、お互いに労力や物資を相互交換(ユイ)したり、相互援助(カエシ)したり、また資金もあるとき払いのイットキ借りで融通し合うなど、農村や部落の低階層、都市のスラム街、町工場街、廉売市場街などに古い澱滓のように生きている民俗があるということが明らかである」
 私有から共有へ。彼が提唱する複婚制の発想もここに基づいている。つまり単婚制は夫による妻(女性)の所有を絶対化しているが、戦前であれ戦後であれ、それはタテマエ論でしかなく、人間の自然な状態に基礎づけられていないのだ。
 つまり、「男は女に、女は男に開かれた対象であり、性的交渉と選択の自由は保証」しなければならず、「子供は母系家族に扶養され、その父を問われることはないだろう」。古代母系制を言じた高群逸枝は果たしてなんと返すだろうか。』(P175〜176)


これは、赤松啓介の民俗学研究における「カエシ」の理論を紹介している部分で、一見したところ「大学学問」システムとは無関係なものに見える。

しかし、この「カエシ」の理論は、庶民の間での相互扶助システムの範囲を超えて、容易に「大学システム」との「馴れ合い・もたれ合い」を正当化するための理屈にもなるだろう。

「お互い様の支え合いなら、好ましい関係じゃないか」という理屈だが、そもそも「大学システム」と、在野研究という「個人の行為」とでは、その力関係に、無視できないほど大きな差があるのに、「お互い様」という言葉で、その「非対称性」を隠蔽して、「長いものに巻かれる」時のための、「予防線」のレトリックになってはいないのかと、そういう話である。

(7)『歴史学者の阿部謹也が赤松を通して語る「学問が大学や学術機関のなかで営まれる時代はもう終わってしまった。〔中略〕本当に学ぶことができる人びとは大学の外にいる人びとである」という言葉に、強い説得力を感じてしまうことも致し方ない。』(P176〜177)


荒木優太は、ここで阿部謹也の言葉を、そのまま肯定し、支持しているのではない。
だからこそ、『赤松を通して語る』という「条件付け」がなされているのだ。

つまり、赤松啓介の例に限るならば、阿部謹也のように言うことも正しい。
だが、それは「一般論」としては通用しない、という意味なのだ。

言い換えれば、「天才・赤松啓介であり得ない僕たちのような研究者は、大学システムと手を組んだり、可能であれば、その中に入った方が、得に決まっている。しかし、そうもいかないから、やむなく、赤松の言葉を励ましにでもして、在野で頑張ろうではないか。在野の我々には、そんな自己欺瞞もやむを得ないことなのだ」と、そういう意味なのである。

だから、幸運にも大学側からのお声がかかれば、喜んで馳せ参じるし、その中に入るにあたっても、四の五の注文をつけるようなことはせず、在野精神など即座にかなぐり捨てて、ありがたく全面服従を誓うだろう、ということにもなるのだ。

ちなみに、昔、私が所属していた推理小説のファンサークルである「SRの会」は、私の入会した頃はまだ「推理小説の鬼」としての自負を公言して、作家に媚びることなどない、というような「在野精神」を自負していたが、今ではすっかり、業界に懐柔されて、お呼びがかかれば即参上的な態度になってしまっている。

(8)『 『脱学校の社会』一一Deschooling Societyは人によれば「非学校化の社会」と訳せとも言われるが一一の著者イヴァン・イリッチは、学校制度がもっている逆生産性(カウンター・プロダクティビティ)を痛烈に批判する。
「一たび(※ ひとたび)学校を必要とするようになると、われわれはすべての活動において他の専門化された制度の世話になることを求めるようになる。一たび独学ではだめだということになると、すべての専門家でない人の活動が大丈夫かと疑われるようになる。学校においてわれわれは、価値のある学習は学校に出席した結果得られるものであり、学習の価値は教えられる量が増えるにつれて増加し、その価値は成績や証明書によって測定され、文書化され得ると教えられる」』(P195)


これは「痛烈な批判」ではなく、「しごく真っ当な批判」にすぎない。
ただし、批判される学校制度の側からすれば、痛いところを突かれているからこそ「痛烈な批判」に感じられる、ということでしかない。

つまり、荒木による、イリイチの「学校批判」に対する、「痛烈」だという肯定的評価は、しかし、自身が基本的には「学校制度」の側に立って物を見ていることの「無自覚」によるものでしかないのである。

なぜならそれは、荒木が今は「在野」であったとしても、基本的には「学校制度」の中で、その技能を保証された「大学出」であるためであろう。つまり、そこまでは否定されたくないという気持ちがあるのだ。

(9)『 三沢(※ 在野の地理学者・三沢勝衛)にとって最大の学校は「野外」にある。教室のなかの模型や地図など役に立つはずかない。外に出て自分の頭で考えなければ地理学は身につかない。三沢の教え子であり、かつ三沢と同じく在野の学者(考古学)になった藤森栄一は、ノートをとっていると怒り出す三沢勝衛の姿を点描しているが、それも体験重視の教育思想から溢れ出た言動だ。
「お前ら何を書いている。馬鹿者。こんなことは、教科書にみんな書いてある。馬鹿は後でそれを見ればいいんだ。いまはナ、お前ら、どう考えればいいか、自分で考える時間なんだゾ。人の言ったことや考えたことをノートして、いったいなんになると思うんだ。馬鹿もの」
 ‥‥‥いや、さすがに馬鹿馬鹿言い過ぎだろ!』(P203)


最後の『‥‥‥いや、さすがに馬鹿馬鹿言い過ぎだろ!』は、一種のジョークであり、今の読者向けサービスとしての、天才三沢への「軽いツッコミ」でしかない。

荒木は本書の中で、何度かこういう書き方をしており、それは「反逆者たちへの親近感を込めたもの」のつもりなのであろう。

だが、これも所詮は「反逆者の側に、全面的に与するわけではありませんよ」という「アリバイ工作」であり、他所を向いた「言い訳」にしかなっていない。

前にも書いたとおり、こういう「軽い批判」は、「本気ではありません。ジョークですよ(笑)」的なニュアンスを与えることによって、公には語りにくい「予防線」を、自らに語りやすくするためのものでもあるからだ。

「私も、いざとなったら、あっさりと転向しますよ。なにしろヘタレですからねえ(笑)」一一みたいな物言いである。

(10)『 たしかに、論文五〇本も書いて(※ 大学へ)就職できないとなると、なかなかどうして、愚痴の一つや二つもいいたくなるものだ。
 小室(※ 在野の社会学者・小室直樹)の(※ 日本の大学システムについての批判的な)推測が当たっているのかどうかは(※ 私・荒木優太は)知らない(※ 判断できないし、しない)。(※ しかし)小室の師の一人でもあった川島武宜は「他人を批判するのに実にシンラツで、グーの音も出なくなるまでやる。アメリカじゃ普通だが日本じゃダメですよ」と説明した。様々な記録を読んでみると、なるほど、そのような要因(※ 日本の大学学問は、批判に対して閉鎖的であるという事実)も否定できないようにみえる。』(P214)


私が(※)で「常識的な補足」をしているから、悪いのは小室ではなく、日本の大学学問の世界なのだと理解できるのだが、そうでなければ「言いすぎる小室の方が悪い」と読んでしまう読者の方が、きっと多いはずだ。

なぜなら、本書の読者もまた、外部(よそ者)からの批判を好まない(耳を貸したくない)、和をもって尊しと為す、馴れ合い好きの「日本人」だからである。

(11)『 すべての学問に知悉すべきという小室が示した態度は、全てが全てに関連しているという(※ 小室直樹一流の)相互連関分析に深く結びついている。(※ だが、)これが専門分野というタコツボ化しやすい制度で成り立つ(※ 特に日本の)大学にうまく受け入れられなかったことは明らかだ。
「私のような一本にしぼらない学問は日本の学界では不利なんですね。狭い世界で、人脈が優先する日本の学界は世界最低(※ に閉鎖的)なんですよ。もっと正確にいうと、日本には大学がないんじゃないか。大学というのは、誰にでも自由に利用できるところ(※ 開かれている場所であるはず)でしょう。一例として、(※ 日本の)大学図書館は、学外者には自由に利用できないでしょう。こんな図書館なんて(※ 欧米には)あるものか。(※ 日本のは)大学じゃなくて国民学校だ」』(P214〜215)


日本の大学は、レオナルド・ダ・ヴィンチ的な「多才の天才」あるいは「越境的な天才」を、煙たがりはしても、認めたがらない。
そんなことより、自分の「縄張り」の固守をこそ第一としているのだ。

「あなたの専門はなんですか? それならお仲間だ(それなら、他所を当たってください)」といった調子の「ムラ社会」。

だから、小室直樹のような「天才肌の学者」は、一部の学者から個人的に高く評価されはしても、大学システムから歓迎されることはない。
小室のような破格の天才は、システムに取り込むことが困難であり、むしろシステム破壊的な存在だと、正しく危惧されてしまうためである。

そして、日本の大学システムとは、変わることで生き延びようとするのではなく、変わらないことで生き残ろうとする、度し難いシステムなのだ。

(12)『 (※ 小室直樹は)収入の方は小学校の夜警や家庭教師で稼いでいた。ただし、家庭教師といっても、ただの学生相手ではない。「大学教授が生徒。いまの大学教授というのは低脳かつ阿呆でしょ」。大学に就職する気などもはや皆無(※ としか思えない物言い)である。』(P217)


冗談めかしてはいるが、ここで荒木優太が言っているのは、「大学に所属して、楽して研究したいのであれば、あんまり本当のことばかり言ってはならず、時には嘘も方便だ。お世辞のひとつも言えなければならない」ということだ。
つまり、荒木優太の「基本的な構え」は、そういう現実的かつ、妥協的なものだということである。

(13)『研究をするには絶対に大学に属さなければならないのか? そのような考え方は過去に対する無知と過剰に内面化した規範に由来する思い込みだ。いままでなされてきた在野研究者たちのデコボコの小径を少したどるだけで、我が身を導き激励するような、数多くの先達がいたことに気づく。それは自分自身を勇気づけて前進するためのひとつの方法となる。本書の念願もすなわちこれであった。』(P247)


ここで語られているのは、「在野研究を続けるしかないのならば」という、条件付きの「励まし」である。

「ひとまず今のところは在野でしかあり得ないから、在野万歳、先達の輝きを見よ、とでも考えるしかない。けれども、大学からお呼びがかかるなどの恵まれた条件さえ整えば、在野精神なんか捨てても、自分としてはいっこうに困らない」一一ということでもあるわけだ。

(14)『 生物学の知見を人間社会に安易に適用するという繰り返されてきた愚を十分警戒しつつ、それでも(※  本書著者である私・荒木優太が)アエテいってみるならば、院生から大学教授へと進んでいく単線的な〈進化〉の発想ではなく、(※ 大学内外の多様性のある)研究者の様々な〈変化 modification〉に私はこれからの(※ 学問の)希望を見ないわけにはいかない。』(P253)


要は「いろいろ選択肢のある方が良いに決まっている。学問も多彩なルートがあればあるほど、お互いに刺激しあって、硬直を防ぎ、生き残りにも役立つだろう」という話なのだが、ここで注意しなければならないのは、「大学システム」と「在野研究」が並列的に並べられており、「どっちも素晴らしい」的な物言いになってしまって、在野研究の先達が、声を枯らして訴えてきた「大学システムの問題点」を、ほとんど消し去ってしまっている点である。

 ○ ○ ○

さて、ここまで読んでくれた読者なら、本書著者・荒木優太の問題点である、その〔自己〕欺瞞は明らかなはずで、これ以上の説明は不要であろう。

話を一気に冒頭に戻して言うならば、そんな荒木優太が、長らく「朱喜哲の、オープンレターに関する自己総括の回避」を黙認してきた(黙認できた)のも、荒木の基本的な姿勢が、「現状にうまく迎合してやっていきたい」という、妥協的な「弱さ」を含むものだったからなのだ。

「可能なかぎり、事を荒立てたくない。なぜなら、それは損だからだ」という考えだから、心の中では前々から、朱喜哲に対して「オープンレターの自己総括くらいしろよ」と思っていながらも、それを口にはしなかったのだ。

それを口にすれば、朱喜哲やその周辺との関係が決定的に切れてしまう蓋然性が高く、そうなればそこから得られたかも知れない「学者としての利得(おこぼれ)」が得られなくなってしまうと、そういう打算が働いていたのであろう。

無論、荒木優太は、比較的良心的な学者であり、人間的にも悪い人ではないと思う。いや、むしろ良い人なのであろう。

だからこそ最後は、損を覚悟で、朱喜哲に「自己総括」を要求することも出来たのだろうが、しかし、ぎりぎりになるまでそれが出来なかったのは、荒木優太の「弱さ=私欲への流されやすさ」の証拠でもあるのだから、その自覚くらいは持っておいた方が良いだろうということを、私は本稿に書いたのだ。

私の場合も、「苛烈」でも「熾烈」でもなく、ただ「遠慮なく率直な」だけなのである。

私がここで要求した程度の「自覚」すら持てないようであれば、野に存って「大学システム」とケンカして見せた先達たちのことを、上から(安全圏から)あれこれ論評する資格などないと、そう心得るべきなのだ。

『熱くも冷たくもなく、なまぬるいので、(※ 神である)わたしはあなたを(※ 私の)口から吐き出そうとしている』

「ヨハネの黙示録」3章16節)



(2026年7月24日)


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“荒木優太 『これからのエリック・ホッファーのために 在野研究者の生と心得』: 知識人的な「予防線」としてのバランス感覚” への4件のフィードバック

  1. モハのアバター

    與那覇潤のnote記事へのコメントで年間読書人さんご自身が書かれていました通り、なかなかに手厳しい内容の記事であると私も感じました。

    さりながら、朱喜哲さんに総括を求めるツイートを出す以上、荒木優太さん自身もまた、自らの行動についても批判的な指摘がなされるであろう事は覚悟の上でしょうし、この記事における批判内容も論理的なものですから、言論人としては厳しくもありがたい指摘なのではないでしょうか。

    ところで記事中でリンクされているENGLISH JOURNALの記事ですが、ウィキペディアにおいて事実関係が完全に漂白されている項目であるオープンレターの発起人であり、かつ、ウィキペディアの編集人でもある北村紗衣氏を、大宅壮一文庫に呼んで「ウィキペディアの舞台裏対談」を語らせる企画そのものが、皮肉なのか悪い冗談なのか、私にはいまいち判断しかねるところです。

  2. 年間読書人のアバター

    > モハさん

    コメント、ありがとうございます。

    > 與那覇潤のnote記事へのコメントで年間読書人さんご自身が書かれていました通り、

    この記事へのリンクを報告させていただいた、与那覇さんの元記事のコメント欄でのやりとりのことですね。

    https://note.com/yonahajun/n/n5804b2a2e496

    > この記事における批判内容も論理的なものですから、言論人としては厳しくもありがたい指摘なのではないでしょうか。

    まあ、そんな人は、ほとんどいなくなりましたけどね。

    > ところで記事中でリンクされているENGLISH JOURNALの記事ですが、ウィキペディアにおいて事実関係が完全に漂白されている項目であるオープンレターの発起人であり、かつ、ウィキペディアの編集人でもある北村紗衣氏を、大宅壮一文庫に呼んで「ウィキペディアの舞台裏対談」を語らせる企画そのものが、皮肉なのか悪い冗談なのか、私にはいまいち判断しかねるところです。

    リンクした『ENGLISH JOURNAL』の記事は、アホらしくて読んではいません(笑)。あれは、北村紗衣がウィキペディアンであることを示すために、リンクしただけの記事なので。

    ともあれ、『ENGLISH JOURNAL』の記者なんて「何も考えていないだけ」でしょう。
    「人気の北村紗衣さんが、ウィキペディアンだそうだから、語っていただこう」と、その程度の発想でしかないと思います。
    Wikipediaの「オープンレター:女性差別的な文化を脱するために」の項目を読んでも、なんの疑問も感じないような程度の人たちでしょうね。

  3. モハのアバター

    >この記事へのリンクを報告させていただいた、与那覇さんの元記事のコメント欄でのやりとりのことですね。
    その記事です。こちらがコメントの際にリンクを貼っておくべきでした。
    フォローをしていただき、ありがとうございます。

    >まあ、そんな人は、ほとんどいなくなりましたけどね。
    仲間内での持ち上げあいや推薦文の書きあいやらで、ナアナアの村社会を形成するのが当世の習いでしょうからね。率直な批判や応答による論戦など望むべくもなく、名誉毀損での裁判が関の山でしょう。

    この記事とは直接関係は無いのですが、言論人の作法という意味では関連するであろうyoutube動画が、最近聞いたもので一つございました。

    年間読書人さんが以前にnoteの記事で批判されていた佐藤優氏による佐高信さんへのスラップ裁判ですが、同様の事が最近でも起こった事を佐高信さんがyoutube動画で語っておりました。一度踏み外した言論人としての道にはもう戻れないのか、三つ子の魂百までだなと改めて思った次第です。
    なお、対談相手の尾形聡彦さんも、幻冬舎の見城徹氏からスラップ裁判を受けていた模様です。
    https://youtu.be/Y0idAF7-0MQ?t=3955
    (この動画の1:05:55辺りから8分程度語られています)

    >リンクした『ENGLISH JOURNAL』の記事は、アホらしくて読んではいません(笑)。
    私もざっと見、お互いを褒め合うだけの馴れ合い提灯記事っぽかったので、読んでおりません。その過程で、中編ページの下部に設けられた後編へのリンクを押すと現在地である中編へ再度飛ぶという、堂々巡りになってる事に気付きました。やはり読む価値は無さそうです。

  4. 年間読書人のアバター

    > モハさん

    コメント、ありがとうございます。

    > 年間読書人さんが以前にnoteの記事で批判されていた佐藤優氏による佐高信さんへのスラップ裁判

    ・佐高信『佐藤優というタブー』:〈薄く広くかつ創造性なし〉が、クイズ王・佐藤優の本質

    https://note.com/nenkandokusyojin/n/na7a4ea273836

    これのことですね。

    > 同様の事が最近でも起こった事を佐高信さんがyoutube動画で語っておりました。一度踏み外した言論人としての道にはもう戻れないのか、三つ子の魂百までだなと改めて思った次第です。
    なお、対談相手の尾形聡彦さんも、幻冬舎の見城徹氏からスラップ裁判を受けていた模様です。
    https://youtu.be/Y0idAF7-0MQ?t=3955
    (この動画の1:05:55辺りから8分程度語られています)

    動画のご紹介、ありがとうございました。
    全部ではありませんが、拝見しました。

    それにしても、二度も佐高信に「スラップ裁判」を仕掛けるとは、佐藤優も呆れたヘタレ男ですね。

    しかし、かなり減ってきたとはいえ、まだ佐藤を評価する知識人がいるのは情けないことだし、その点では柄谷行人も情けないですね。佐藤のゴマスリがわかっていない。

    「幻冬舎」の見城徹が、まともな人間じゃないというのも、津原泰水の『ヒッキー・ヒッキー・シェイク』事件や、安倍晋三の応援団仲間として、百田尚樹の間違いだらけの歴史本『日本国記』の刊行や、伊藤詩織に対する準強姦容疑で訴えられた、当時TBSテレビの政治部記者でワシントン支局長だった山口敬之による安倍晋三讃嘆本『総理』を刊行しているなどのことにも、見城の権力者への擦り寄りぶりがよく表れていて、まさに佐藤優と同じ穴の狢だというのがよくわかります。

    ・【追悼】 津原泰水 : 世界の中心で愛を叫んだ小さな獣

    https://note.com/nenkandokusyojin/n/nb33a3070b57e

    ・〈ポンチ絵〉と「プロのデッサン画」のごとき 格差 : 浮世博史 『もう一つ上の日本史 『日本国紀』読書ノート : 近代~現代篇』 『同 古代~近世篇』

    https://note.com/nenkandokusyojin/n/n7040f9df70f9

    ・伊藤詩織『Black Box ブラックボックス』:安倍晋三・中村格・山口敬之・ネトウヨ

    https://note.com/nenkandokusyojin/n/n9dd0dcf5ee57

    それにしても、佐高が友人に「また訴えられた」と話したら、その友人が「まるで、梅雨空のナメクジみたいなやつだな」と評した話には笑えますが、しかし、訴訟リスクを恐れることなく、それをまたYouTube番組で話してしまう佐高信の硬骨漢ぶりには、改めて感心させられます。こういう人が、どんどん減っているのが問題ですが。

    あと、佐藤が口にしていた言葉として「今どき活字の本を読むのは、創価学会員くらいだ」という発言も、佐藤の創価学会への擦り寄りの「本音」が透けて見える言葉ですね。
    創価学会や池田大作に擦り寄っておけば、自分の本も売れると、そういう計算なのは明らかです。
    池田大作の『人間革命』ほどは売れなくても、その百分の一でも売れたら御の字ですからね。

    ・佐藤優『「池田大作 大学講演」を 読み解く 世界宗教の条件』:法華折伏破権門理

    https://note.com/nenkandokusyojin/n/n60f0d10d1997

    ・佐藤優の美味しい〈撒き餌〉

    https://note.com/nenkandokusyojin/n/nfa567cbc6f49

    あと、佐藤優の「権力者への媚び媚びぶり」を示すエピソードとして、「高市早苗の、トランプ米大統領への抱きつき外交」を、佐藤勝が「百点満点」だと評した件ですが、私に言わせれば、さもありなんというだけですね。

    また同じ番組に出演した池上彰が、佐藤の「高市外交は百点満点」発言を聞いて、驚いたような表情は見せたものの、何も言わなかったことについて、佐高信は「池上彰も、あそこでちゃんと言わなければいけませんよ」というようなことを言っていましたが、しかしこれも、池上彰が佐藤優と「なあなあの関係」であることを知っているなら、絶対ありえないことだとわかって言っているはずです。

    池上彰も佐藤優と同じで、正義派ぶっているけれども、所詮は無難に権力者に媚びている、「転向左翼」ですからね。

    ・池上彰、佐藤優『真説 日本左翼史 戦後左派の源流』3部作

    https://note.com/nenkandokusyojin/n/nfced1c06423d

    https://note.com/nenkandokusyojin/n/ncdea54a89183

    https://note.com/nenkandokusyojin/n/n62da2375e5f2

    ・森永卓郎『発言禁止 誰も書かなかったメディアの闇』:北村紗衣・成田悠輔的な「大勢迎合」に抗して
    (※ 池上彰の裏側についての言及あり)

    https://note.com/nenkandokusyojin/n/ne14fcab46d6e

    ま、そんなわけで、「スラップ裁判・フェミニスト」の北村紗衣に媚びるフェミニストが少なくないように、「スラップ裁判・知識人」佐藤優に媚びる知識人が多いというのも、困ったものではあるんですが、それが今の日本だということなのでしょうね。

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