館主自己紹介

〈館主・年間読書人のプロフィール〉

私のプロフィールを、おおむね過去から現在へというかたちで紹介する。
なにしろ、批評の守備範囲が広いために、紹介しなければならないことも、かなり広汎となる。

大まかな紹介を補足するものとして、関連する記事へのリンクを随時さし挟んでいく。
大半は私の書いたものだが、一部、他の人の書いたものも紹介している。

まずは基本情報から。

▷ 1962年、大阪府に生まれ、現住地も同じ
▷ 大阪府立東豊中高等学校(現・大阪府立千里青雲高等学校)卒業
▷ 一年半の浪人の後、大阪府警察に奉職。
▷ 以降、2022年までの40年間、交番勤務の一巡査として勤務したのち退職
▷ 現在は、独身の隠居生活。

〈警察関連レビュー〉


趣味は読書。
長らく初版本蒐集を趣味としてきたが、退職後、蔵書を持って死ぬことはできないと、一念発起して蔵書処分を断行した。


好きな作家は、中井英夫大西巨人
中井の『虚無への供物』と大西の『神聖喜劇』は、私の「聖典」であり、大西巨人は私の「心の師」である。


「座右の銘」は、大西巨人による次の一節だ。

『果たして「勝てば官軍」か。果たして「政治論争」の決着・勝敗は、「もと正邪」にかかわるのか、それとも「もと強弱」にかかわるのか。私は、私の「運命の賭け」を、「もと正邪」の側に賭けよう。』

(「運命の賭け」より)


○ ○ ○

幼い頃からマンガやアニメが好きで、絵を描くのが好きなインドア派であった。
また、中学生時代には、戦車のプラモデル作りに凝った。

アニメでは、出崎統杉野昭夫コンビの熱心なファンで、杉野昭夫ファンクラブ「杉の子会」の会員でもあった。


中学では美術部、高校では漫画部に所属し、漫画部時代に初めて作ったペンネームが「田中幸一」。
以降ネット以外ではこのペンネームを使用。

後年、竹本健治の実名ミステリ小説『ウロボロスの基礎論』(講談社)に登場した際や、監修者として国書刊行会から村上芳正画集 薔薇の鉄索』を刊行した際にも「田中幸一」名義を使用している。



この他に、竹本健治『トランプ殺人事件』(角川文庫)の解説文、本多正一『プラネタリウムにて 中井英夫に』(葉文館出版)の解説文、『KAWADE道の手帖 中井英夫 虚実の間に生きた作家』 (河出書房新社)への寄稿、『中井英夫全集[12]月蝕領映画館』(東京創元社)の月報、本多正一編『幻影城の時代〈完全版〉』への寄稿など、すべて「田中幸一」名義である。


なお、ネット上(自身の電子掲示板「アレクセイの花園」、mixi、 Twitterなど)ではハンドルネームとして「アレクセイ」を使用するようになったが、その後「Amazonカスタマーレビュー」に投稿する際には、投稿者名がダブるのを避けて、新ハンドルネーム「年間読書人」を使用するようになる)


【ネット以前】

中学生時にTVアニメ『宇宙戦艦ヤマト』の洗礼を受け熱心なアニメファンとなり、漫画家かアニメーターになりたいと考えるようになるも、力量及ばす断念。

以降は、漫画描きの勉強の一環として始めた「活字本の読書」が、夏目漱石『こころ』を読んだことで、生涯の趣味となる。


また、その延長で出会った、中井英夫『虚無への供物』、夢野久作ドグラ・マグラ』、小栗虫太郎黒死館殺人事件の、いわゆる「三大奇書」に衝撃を受け、さらに折りからの「新本格ミステリ」ブームによって、ミステリファンとなる。
また、中井、夢野、小栗との関連でいえば、幻想文学者・澁澤龍彦『高丘親王航海記』の名を落とすことはできない。


畸人郷」「SRの会」「怪の会などのミステリマニアのサークルに入会して、その会誌に批評文の旺盛な投稿を始める。

〈各サークル関連レビュー〉


偏愛するミステリ作家として、先の中井英夫、夢野久作、小栗虫太郎のほか、その影響下にあった作家・竹本健治や笠井潔のファンでもあった。


しかし、評論家としての笠井潔については、そのミステリ界における文壇政治的な動きに反発して批判に転じ、「笠井潔葬送派」を名乗ることになる。
笠井潔、巽昌章法月綸太郎の3人が選考委員を務めた〈創元推理〉評論賞(東京創元社主催)の第2回に、「笠井潔批判 地獄は地獄で洗え」を投じるなどした。



幼少期に両親と共に、創価学会に入信。
しかし、長らく「世界平和」を掲げていた創価学会の支援する公明党が、自民党との連立政権与党(当時)として、アメリカの「イラク戦争」を支持し、創価学会がこれを明確に批判しなかったことから、信仰を捨てて創価学会を退会した。
その後、自身の信仰心を総括すべく、宗教批判の無神論者として、宗教の研究を始め、主としてキリスト教を研究する。


【ネット以後】

1999年頃、初めてパソコンを購入し、ネットデビューするにあたって、ペンネームとは別に作ったハンドルネームが「アレクセイ」。
ドストエフスキーカラマーゾフの兄弟』の主人公アレクセイ(アリョーシャ)と、中井英夫『虚無への供物』の登場人版・光田亜利夫のニックネーム「アリョーシャ」に由来する。

江戸川乱歩研究会・中相作氏のウェブサイト『名張人外境』の電子掲示板に書き込みを始めるが、頻繁に長文の投稿をしたことから迷惑がられ、専用の電子掲示板「アレクセイの花園」を与えられる。

その後、中氏が「アレクセイの花園」を閉鎖したため、初めて自らの同名掲示板「アレクセイの花園」を持ち、以降、運営会社が電子掲示板のレンタル事業から撤退するまでの20 数年間、「アレクセイの花園」を拠点としながら、その時々、mixi、Twitter(現X)、Amazonカスタマーレビュー、noteなどのSNSに力点をおいて執筆活動を継続する。


同好の士との交流を求めて始めた「mixi」ではあったが、そこにも巣食っていたネット右翼(ネトウヨ)たちとの論争・喧嘩を始め、私を持て余した先方が管理者にくり返し泣きついた結果、ついにアカウントを停止される。

(ネット右翼の隠れコミュニティだった「虎の穴」)


次に、長文派の私には合わないだろうと避けていた「Twitter」(現X)を始めるが、その結果、意を尽くせぬ短文形式が災して、もっぱらネット右翼やキリスト教右派信徒との喧嘩が中心となってしまい、ここでも先方の度重なる管理者通報によってアカウントを凍結されてしまった。

(カトリック伝統主義者(保守派)を名乗る、ネトウヨの個人アカウント)

mixiとTwitterは、のちに一度ずつ同名で新アカウントを取得して復活するが、「喧嘩はひかえよう」という多少の反省はあったにもかかわらず、ほぼ同じ経緯を経て、つまりネット右翼やカジノ誘致を進める維新の会の支持者などとの喧嘩のせいで、再びアカウントを停止されることになり、他所に執筆の場を求めることにした。

大阪都構想夢洲カジノIRを支持していたネトウヨ/ウンコのイラスト付メンションを私の送ってきた)

私がこのように、右派との喧嘩を執拗にくり返すのは、「アレクセイの花園」の初期に、ネトウヨの前身的な輩からの「荒らし」行為に遭い、酷い目に遭わされ、恨み骨髄だったからである。

ネトウヨとの幾多のバトルを経て図太くなった今とは違い、経験に乏しかった頃に受けた「匿名集団による荒らし」行為には、多大な精神的苦痛を与えられたため、このような輩は絶対に許せないと、ネトウヨ叩きは、私の半ばライフワークと化したのである。


ところで、「アレクセイの花園」という拠点がありながら、なぜmixiやTwitterに出張したのかと言うと、自身の掲示板で細々と書いているだけでは閲覧数がいっこうに伸びず、むしろ新しいSNSの興隆で訪問者は減る一方。つまり、一人で記事を書いても張り合いが感じられなかったからだ。
電子掲示板の場合、閲覧カウンターはあったものの、フォローやイイねといった機能は無く、手応えを感じにくかったのである。

【Amazon時代】

mixi、Twitterを追われた私が次に見つけたのは、「Amazonカスタマーレビュー」であった。

(レビューを全削除される数日前のスクリーンショット)

私はそれまで、あまり書評、映画評といった作品評というのは書かなかったのだが、Amazonカスタマーレビューで求められるのは、商品についてのレビューだったので、私の場合はここで、もっぱら書評を書くようになる。
また作品評ならば、レビューの書き手に興味はなくても、論評されている作品に興味のある人が読んでくれ、そこから書き手として注目してもらえる(フォロワーが増える)ことに気づき、以降は、作品評を中心に描くようになる。

しかし、Amazonカスタマーレビューでは、時々なんの予告もなく、レビューが削除されることがあった。
そこで、その点について運営(管理者)に問いただしたところ、「ガイドライン違反」があったという型通りの無内容な回答があっただけで、私のレビューのどこが、ガイドラインのどこに抵触したのかについては、具体的な説明はなされなかった。
そうしたことから、私は徐々に運営への不信と不満を募らせ、運営を批判する内容を含むレビューをしばしば投稿したところ、最終的には、投稿禁止と、それまで投稿したレビューの全削除を食らうことになったのである。

しかし、それまでの経験もあって、Amazonカスタマーレビューでは、運営との対立を深める中で「このままではいずれ、mixiや Twitterと同様、アカウントを止められるだろう」という予想はあった。
だが、アカウントを守るために、そこで引き下がって泣き寝入りする気はなかったので、管理者に質問と批判をぶつける一方で、新たな執筆の場として「note」を始め、Amazonカスタマーレビューへの投稿ログを、noteの方は移すという作業を始めていた。
そして、運良く(?)レビュー記事の転載を終えた後に、Amazonから投稿禁止と記事の全削除を食らったのである。

(2021年10月15日 21:20/投稿がすべて削除されているのを発見)
(5分後の同日 21:25/上のホームページも表示されなくなる)


【noteと北村紗衣】

(2026年3月21日現在)

「note」では、2024年8月から、武蔵大学の教授であるフェミニスト北村紗衣を、徹底批判するようになる。

きっかけは、北村紗衣の「アメリカン・ニューシネマ観」が的外れだと批判していた映画マニア須藤にわか氏と北村との論争について、両者の言い分を読んだ私が、須藤氏の見解を支持して同氏の下のnote記事、

北村紗衣というインフルエンサー の人がアメリカン・ニューシネマについてメチャクチャなことを書いていたのでそのウソを暴くためのニューシネマとはなんじゃろな解説記事

(※ すでに削除され、現在は「改訂版」に差し替えられている)

のコメント欄に、

年間読書人
2024年8月25日05:14

(※ 前略)それを、それこそ『ダーティハリー』すら見てなかった素人が、「アメリカン・ ニューシネマ」は「こういうものだ」なんて、知ったかぶりで語るのは、まさに 「盲目、蛇に怖ず」ってやつだと思います。
そして、そうした態度の根底にあるのは 「差別的な上から目線」。だから、そこで「フェミニストの恥さらし」にもなるわけです。

今度、北村さんの本を読んで、きっちり切り刻んでやろうかな(笑)。』

という投稿コメントしたことだ。

ところが、須藤氏のnote記事のコメント欄までチェックしていた北村紗衣が、いきなり、

北村紗衣
2024年8月27日09:36

須藤にわかさん、あなたは私が「お姫様になることが女性の権利向上と考えているフシがある」などと私が思ってもいないことを言って人格攻撃を行いました。それが弁護できることだとでも思っているのでしょうか。フェミニズム観の違いに逃げようとしても無駄です。年間読書人さんの、私の本を切り刻むというコメントは通報いたしました。』

と、須藤氏の批判が「女性蔑視」の人格攻撃によるものだと、その言葉尻をとらえて決めつけ、さらに私のコメントが、北村紗衣の著作に対する「器物損壊予告の脅迫」だとして、すでに管理者通報したという旨のコメントをしてきたのである。

北村紗衣はこれ以前、 Twitter(現X)上で彼女を批判していた歴史学者の呉座勇一が、鍵アカウントで陰口まで叩いていたというリーク情報を得て、呉座を「女性蔑視者」認定し、自らをその被害者として、フェミニストを中心とした大学職員や、その著者を刊行している出版関係者に、呉座を弾劾するためのネット署名を集め、それを、

「オープンレター:女性差別的な文化を脱するために」

として公開し、そこで「この呉座勇一のような人物が職場にいては、女性研究者は安心して仕事に打ち込めない」という趣旨の批判を展開した。
その結果、呉座は研究職の立場を追われることになったのである(裁判を経て、のちにその身分を回復した)。

(※ 最後のWikipediaは、「オープンレター」では検索に引っかからないようになっている。また、中身に関係者名が書かれていない。これは、当事者である北村紗衣がWikipediaに編集人として関わっており、不都合な過去情報を隠滅しているためだ。そのせいで上の『「オープンレター」に署名した人たち』といった記録保存のための記事も多数作られているが、それへの攻撃も続いている)


こうした動きは、アメリカ映画界で起こった「ハーヴェイ・ワインスタイン事件」をきっかけとして盛り上がった「#MeToo」運動の流れを、そのまま日本に輸入したものである。

職場における女性蔑視者としての男性は、その誤った認識を批判され、認識の訂正を求められるに止まらず、ワインスタインと同様、その社会的地位を失うところまで、徹底的に責任を追及されるという流れになっていた。
いわゆるキャンセル・カルチャーである。


この「オープンレター:女性差別的な文化を脱するために」によって、首尾よく呉座勇一の首を飛ばした北村紗衣(とその周辺のフェミニスト)だったが、しかしもともとが「学者としての力量」とその評価に関わる「個人間の公開喧嘩」でしかなかったものが、北村紗衣が「女性」であったということだけで、北村が一方的に被害者の立場に立ち、呉座の職まで奪う結果になったことについて、当時、大学の助教であった山内雁琳が、そのやりすぎにおいて北村紗衣を批判した。

世の流れは、明らかに北村紗衣の側にあった。しかし、成果をあげた「オープンレター」について、事後的に「多数者によるバッシングの一種であり、やりすぎだ」との批判を受けていた北村紗衣は、同じことをまたやるというわけにもいかず、山内雁琳に対しては、個人として「名誉毀損の民事賠償訴訟」を提起した。

山内との双方向の批判において、山内の発した数多くの批判的言辞の中から「いくつかの露骨な侮蔑語」を取り出して、それが「名誉毀損」にあたるから賠償せよ、との裁判を提起したのだ。

つまり、口喧嘩の「経緯」やその「内容」の是非は一切問われることなく、あくまでも「いくつかの言葉(表現)」の社会的な効果を問題にして、その一点で裁判に勝ち、山内雁琳に200数十万円の賠償金を払わせた。
また結果して、彼からもその職を奪ったのである。


こうしたことがあったために、北村紗衣はネット上における「アンタッチャブル(名指しで批判できない危険な存在)」だと見られるようになった。多くの人が「身元を暴かれ、告訴されてはかなわない」と、そう及び腰になったのである。

無論、「論争」は許されるが、その批判や反論に、少しでも「北村紗衣が女性だから」というニュアンスが含まれれば、そこで議論のフェーズは「意見の対立」ではなく、「女性蔑視者たる男性と、差別被害者である女性」との間での「加害・被害の問題」ということに切り替えられてしまうのである。

だからこそ、北村紗衣と須藤にわか氏との「アメリカン・ニューシネマ論争」も、当初の映画論争としては須藤氏が優位であったがために、北村は須藤氏の批判が「女性蔑視」によるものだと、問題をすり替えることで、優位に立とうとしたのである。

またそのために、須藤氏は、件のnote記事を、北村紗衣の求めに応じて、一部書きかえ、タイトルなども次のように表現を改めることになったのだ。


しかしながら、この時の私は、すでに退職しており、失うのを怖れるほどの社会的な立場などはなく、しかも民事訴訟による恫喝も怖れないだけの蓄えはあるぞと、北村紗衣を批判する記事、

◾️ 北村紗衣という「ひと」 : 「男みたいな女」と言う場合の「女」とは、 フェミニズムが言うところの「女」なのか?

を書いて応じ、論争の構えを見せた。

すると、お得意の恫喝が通用しないと見た北村紗衣は、管理者通報によってこの記事を削除させ、自身の明らかな「話のすり替え」を隠蔽して、一連のやりとりを無かったことにしようとした。

だが、さらに私は、北村が管理者通報により記事を削除させるという「言論弾圧」を行った事実を記事にしてアップした。
するとこれが、「ツイフェミ( Twitterフェミニスト)」の横暴に眉を顰めた少なからぬ人たちの注目を集め、かえって北村紗衣は、その卑怯な恫喝手法を世間に知らしめることになった。
だからそれ以降北村紗衣は、私がいくら批判しても、ウンともスンとも言わず、無視黙殺を選ぶようになったのである。

北村紗衣を批判し始めて1年以上が過ぎた昨年末、私は、未知の人物itchie https://note.com/1tch1e)のnote記事を読んだ。


なぜ、この記事に注目したのかというと、この記事のアイキャッチ画像が、三宅香帆『考察する若者たち』と北村紗衣『批評の教室』という、私が嫌いな二人の著書2冊を並べたものだったからである。

「どうせ、流行に乗っただけの、つまらない文章だろう」と思って読んだのだが、結論としては、その文章の趣旨に賛同することになった。「itchie」氏はこのレビューで、三宅香帆に注文をつけていたのだ。

それで、その賛意を伝えようと、同記事のコメント欄にコメント投稿をしようとしたところ、驚いたことに一一ブロックされていた。

これまで、まったく接触のなかった未知の人物が、私をブロックしていたのだ。

そこで私はピンと来た。
この「itchie」氏は、記事の中ではあからさまに北村紗衣のファンだとは語ってないが、北村ファンであればこそ、私の一連の北村紗衣批判を知っていたから、あらかじめブロックしていたのだと。

そこで私は、この事実を上の記事にして公開したところ、当の「itchie」氏が、自身が北村紗衣のファンであるとは認めないまま、私の記事に反論するような記事を書いてきたので、私はこれに反論して、ちょっとした論争になった。


そして、私の批判から始まった、私と「itchie」氏の間での2往復半の「論争」のあと、この論争における私の反論記事2本が、いきなり「削除」されたのである。

無論、管理者通報がお得意の北村紗衣のファンである「itchie」氏が、北村に倣って管理者通報したというのは明白だが、「itchie」氏は、そこからは一切、私に言及しなくなった。
つまり、これも北村紗衣に倣い、ダンマリ作戦を決め込んだのである。


そこで私は、【note】運営事務局(管理者)に対して、削除(公開停止措置)理由を示すように要求したが、例によって「ガイドライン違反があった」という無内容かつ紋切り型の回答のみで、私の記事のどこがガイドラインの何に抵触したのかの説明は一切なく、記事の復旧にも応じようとはしなかった。

そのため私は、「itchie」氏の一方的な言い分だけが公開されている現状への批判として、削除された記事をそのまま再アップし、併せて管理者の片手落ちかつ不誠実な利用者対応に抗議した。

すると、「itchie」氏は再び管理者通報をして、再アップした2本の記事を再び削除させた。
私はこれについても、管理者に問い合わせをしたが、もはや応答すらなかったので、私は三度同じ記事をアップした。
そもそも「note」とは、こういう体質の会社なのであろう

ともあれ、三度アップしたこの記事もまた、すぐに削除されてしまった。
「すぐ」と言っても、記事のアップから削除までがおよそ3日かかったのは、批判された当事者の「itchie」氏が記事の再アップに気づいて管理者通報をし、その後に管理者が削除対応したためのタイムラグであろう。

ともあれ、こうしたことがあって、次にまた同じ記事をアップすれば、さすがにそれは管理者たる【note】運営事務局の面子にも関わるものとして、アカウント停止措置を食らうかもしれないと、そう私も考えた。
だから、削除されたものとは別に、新たに「itchie」氏の姑息なやり方をを批判する記事をアップするなどしたのだが、そんな折、驚くような記事を読むことになる。

それは、フェミニスト学者・玉田敦子が、自分を批判したnote記事を、管理者通報によって削除させようとしたという事実を報告し、これを「言論弾圧」だと批判した、元歴史学者で今は文芸評論家である、与那覇潤によるnote記事であった。

だが、問題はそこではない。

与那覇の記述によると、玉田敦子による与那覇記事の削除要請があった際、それを受けた【note】運営事務局は、与那覇に対し事前に「問い合わせ」のメールを送り、「削除に応じるか否かは投稿者自身の判断に任されており、運営事務局が強制的に削除することはしない。だが、その場合、玉田からの訴訟リスクがある」という趣旨のことを書いてきたというのだ。
通報者が玉田敦子であることまで、明記していたのである。

当然、与那覇は削除には応じなかった。
逆に、批判に反論で応じず、裏から手を回して言論弾圧をした玉田を批判する、上の記事を書いて反撃したのである。

『当方(※ 与那覇)の着信時刻で12/17の18:05に、「運営事務局(note)」名義のアドレスからメールが届いた。
前回も触れたとおり、中部大学で歴史学を講じる玉田敦子教授が、私の記事を削除するようnoteに要請してきたので、それを取り次ぐ形である。
(中略)
noteの運営からのメールは、「削除に応じるか否かについては、お客さまのご判断になります」と明記した上で、7日以内の返信を求めていた。もし著者が削除、ないし訂正(編集)する場合の、操作法の説明も添えてある。

削除要請が不当なものであり、応じられない場合はどうするか。

①「削除しません」とnoteに伝えた場合は、

〝請求者の方〔今回は玉田氏〕に、お客さまが削除に同意されなかった旨をお伝えさせていただきます。
弊社がこの段階で削除をすることはございません。
請求者の方が納得されなかった場合、更に弊社またはお客さまに対して請求者から裁判上の請求等がなされる可能性はございます。〟

(強調は引用者)

との説明だった。つまり拒否の旨を回答すれば、noteの側で一方的に削除することはない模様だ。

一方、②期限内に回答しない場合は、

〝請求者の方に、お客さまからのご意思を伺えなかった旨をお伝えさせていただきます。
また、当該記事について弊社にて一時的に公開停止させていただく場合があります。〟

とあるので、(記事の内容次第なのだろうが)note側の判断で公開停止とされるリスクがある。』

(※ 上の与那覇文中に引用された【note】運営事務局のメール文は、年間読書人が 〝 〟 で括った)

見てのとおり、この記事に書かれた対応が【note】運営事務局の「正規の手続き」だというのであれば、私の記事が「削除(公開停止)」になった際にも、事前に運営事務局から削除の是非について問い合わせが、わたしにもなされていたはずであり、それに対し、私が削除を許可したか、あるいは回答しなかったから、公開停止にしたのだ、ということになる。
一一だが、これは【note】運営事務局による、真っ赤な嘘だ。

私の場合には、一度として削除についての事前問い合わせなど無かったし、与那覇のこの記事以外では、そんな話など聞いたこともない。

つまり、【note】運営事務局は、「ガイドライン」に沿って管理運営をしているのではなく、相手によって都合よく、ガイドラインの解釈を使い分けて、態度を変えるという対応を採っていたのである。
それが、この与那覇潤の報告記事によって、図らずも表沙汰になってしまったのだ。

そこで私は、多少はやりとりのあった与那覇に対し、当該記事のコメント欄に、その事実を伝えるコメントをしておいた。

与那覇がこの記事で高く評価した【note】運営事務局の慎重かつ丁寧な対応は、しかし、決して「言論の自由」を尊重したためのものではなく、与那覇が有名人であったための特別待遇だったのだ、と。
与那覇のような有名人に対し、私のような無名人に対するのと同じような、いい加減な対応をすれば、そのことを「よそのメディアで、公に批判されるかも知らないと、それを怖れてのことなのでしょう。つまり貴方は、特別に先生扱いをされただけだったんですよ。これがnoteの現実なのです」と、そう伝えたのである。

ともあれ、このようなわけで、【note】運営事務局の、私に対するいい加減な対応は、決して、私とのメールの行き違いや手続き的なミスによるものなどではなく、確信犯的な「差別扱い」だったのだと、確信を持つに至った。
与那覇への対応が、あまりにも丁寧すぎて、日頃から誰に対してもやっていることとは、とうてい思えなかったのである。

そしてそうと分かれば、もはやアカウント停止を怖れて、言葉を慎むことなど出来ないと考えた私は、その危険性を承知の上で、三度削除された2本の記事と、二度削除された3番目の関連記事を、再アップしたのである。

その結果、その3本の記事は、四たびと三たび削除され、そのうえ更に今回は、「投稿禁止」措置になったというわけである。

アカウントそのものこそ残しはしたが、削除記事の再アップを、物理的に封じたのである。

しかも、これはたぶん、アカウントと記事さえ残っていれば、私に何が起こったのか、大方の第三者がそれに気づくことはないと考えたからなのであろう。わかりやすく事を荒立てて、noteの評判を落とたくなかったのだ。
このようにして、まるで何事もなかったかのように、「note」での私の言論は、封殺されたのである。

一一しかしだからこそ、「note」や「Amazonカスタマーレビュー」をはじめとしたSNS運営の、こうした裏側を伝えるとともに、自らの言論の場を確保すべく、私はついに自らの発言場所を、自ら作ることにしたのだ。

それがこの「年間読書人の迷宮文書館」である。

noteのアカウントが完全に抹消されないかぎり、そちらの記事をわざわざこちらに移転させる労を取るつもりはないが、ログはすべて取ってあるから、削除されれば、その時はこちらに再アップするまでだ。
しかし、当面は「note」アカウントは、私の旧稿の収蔵庫として、このサイトの「別館」扱いとすることにしたのである。

そんなわけで、年間読書人とは一体どういう人物なのかと言えば、一一こういう奴なのである。
こんな奴、10万人に一人もいないはずだ。

なにしろ「note」の利用者は、2025年6月現在で1000万人を突破しているというのだから、私みたいなのがその中に100人もいようとは考えにくい。

したがって、10万人に一人というのは、むしろ遠慮がちな見込みなのである。



【年間読書人の評判】

自己紹介だけでは当てにならないでしょうから、次は他者による私の評価をご紹介しておきます。

「年間読書人」でGoogle検索をしてみると、下のような肯定派・否定派、両方の意見を見ることができます。

興味のある方は、是非ご自分で検索なさって下さい。
「年間読書人の評判」で、流行りのAI検索してみるのも一興です。

ちなみに否定派の方だと、私を批判するためなら、ネット検索で20年も遡って、私に対する否定的意見や悪口を、掘り起こしてくれます。
その価値のある、昔からのプチ有名人だということなのでしょう。


【肯定評価派】

▪️ ゆう(@yuumuupuu)氏

(KX氏による『某作家の怒りを買い、小説の中でウンコまみれ』云々というのは、上のプロフィールのところで紹介した、竹本健治『ウロボロスの基礎論』のこと。
竹本が「ウンコまみれにして殺してもいい?」と言うので、私は「そのかわり、美少年が私の遺体にとりすがって泣くことにして下さい」と交換条件を出した。「アレクセイの花園」のトップ画像のイメージを参照)

上のように、このポストのコメント欄に、私の悪口を投稿している「KX」(@KX6842226336199)氏とは、私の見立てでは、あとでご紹介する「否定派」の糞リプマン氏であり、その別名義アカウントだと思われます。

その理由は、「文体」が酷似しているからで、先方のブロックを挟んで半年以上も、お互いの記事のコメント欄で毎日のように数時間もやりとりをすれば、さすがにそのくらいはわかります。

また、ゆう氏のツイート(ポスト)へのコメント日が「2025/08/15」付となっていますが、これは、「note」の方で糞リプマン氏が、私に徹底的なイジメられ、最終的なブロックをして退散していったあとのタイミング。よほど悔しかったのでしょうね。

もちろん事の発端は、同氏が、いかにもわかりやすい「捨てアカウント」で、つまらない嫌がらせのコメントをしてきたためで、私は氏をブロックせずに、しつこく逆捩じを食らわせてやったのです。


 ○ ○ ○

▪️ ヤマダヒフミ

ヤマダ氏は、私が氏の記事について批判的なコメントを寄せたことからやりとりをするようになり、今は仲良く(?)してもらっています。
氏と私の共通点は「今どきは言論が堕落して、すっかり批評精神が失われてしまった」という現状認識です。


◆ ◆ ◆

【中立観察派】

▪️ Bloga enneagramica(ブロガ・エニアグラミカ)氏

この方は、私の「北村紗衣批判」に注目して、いくつか記事を書いてくれた方です。


◆ ◆ ◆

【否定批判派】

▪️ 吉成学人

この方は、私の記事に肯定的なコメントを寄せてくれたのがきっかけで、やりとりをするようになったのですが、お返し的に氏の記事を読んだものの、色々ひっかかるところがあって、その点を否定的に指摘しているうちに、私の批判派に転じたという(ヤマダ氏とは対象的な)方。
一一私としては「やっぱりな」という感じでした。
下の記事でボロクソに批判されたためでしょう、たいへん手間のかかった、上の批判記事をお書きになられたと、そういう経緯です。

すでに「note」での活動は停止しておられる模様。


 ○ ○ ○

▪️ 令士葉月

上の私の記事に登場する、反フェミニストのネット右翼です。
私の女性擁護の記事が気に入らなくて、ネトウヨ丸出しでコメント欄に書き込みしに来た人。
上の記事の「狂人」とは私のことで、このタイトルからも、同氏の品性が窺えると思います。

ちなみに、先の吉成学人氏は、私に批判されたあと、この令士葉月氏をフォローして、相互フォローの仲になりました。同病相憐れむといったところでしょうか。
私に批判された人というのは、相手を選ばず野合する傾向があります。

ともあれ、こちらも私の悪口を書くだけ書いて、「note」での活動は終了された模様です。典型的な「捨てアカウント」と言えるでしょう。


 ○ ○ ○

▪️ 糞リプマン

ゆう氏の紹介箇所で、一部紹介した糞リプマン氏です。
氏は、私の映画レビューのコメント欄に、嫌がらせのコメントをしてきた人で、当初のハンドルネームは「‥‥‥」(ママ)という、いかにも捨てアカウント丸出しのものでした。そして事実その段階では、フォローはnote公式のみ、フォロワーはゼロという、いかにも荒らしのために作った捨てアカウントだったのです。

それで、私から「捨てアカウントでしか物の言えない卑怯者。本来のアカウントでは、本音を言うこともできない臆病者なんだろう」と挑発され、「これは捨てアカウントなんかじゃない」と言って、ハンドルネームを「糞リプマン」に変更して、私への悪口専門のアカウントとして、意地になってお粗末な記事を書くようになった人です。
他人の記事の悪口を書くに値するほどの力量のある人かどうか、氏の映画レビューも読んであげて下さい。


 ○ ○ ○

◾️ スロウ・ボート 氏、またの名を 歩く水のような人の形をしたもの

前者の「スロウ・ボート」というのは、千葉雅也の著者『勉強の哲学』についての私の評価に関して、歩く水のような人の形をしたもの氏が私へ論争を仕掛けるために、わざわざ作った専用アカウントです。それ以外の記事はありません。なぜ、そんな手間なことをしたんでしょうね。

もっとも、スロウ・ボート氏の場合、本来のアカウント(歩く水のような人の形をしたもの)を隠して論争を仕掛けてきたわけではないので、私はこれに応じたのですが、結果は、お互いに徹底した批判の応酬になりました。

上の2つのnote記事は、スロウ・ボート氏との論争を総括したものですが、それに「糞リプマン」氏の名前が登場するのは、たまたまですが、お二人と私の絡んだ時期がおおむね重なっていたからです。

また、あとの方の記事に書いていますが、私に徹底批判されたスロウ・ボート氏は、糞リプマン氏と相互にフォローして、仲良く語り合う仲になりました。
やはり、見かけは大きく違っても、本質の部分で「類は類を呼ぶ」ということなのでしょうね。


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▪️ itchie

itchie氏については、この「館主自己紹介」本文(年間読書人のプロフィール)の方で詳しく紹介しています。
氏は、私のnoteアカウントが「使用停止」になるきっかけを作った、「機関銃のようにスマートに管理者通報を(連打)する」人です。もっとも、ご自分では管理者通報したという事実を、否定もしないかわりに、黙秘しておられますが。
しかし、そのせいか、ご自分のアカウントまで更新が止まってしまったみたいです。きっと今頃は、別アカウントでご活躍なのだろうと思います。


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以上、ご紹介した「否定派」については、ネット右翼をのぞいて、主に私が「note」を始めてからやりとりのあった方々です。

ネトウヨ とは、それ以前から20 年にわたって、のべ千人を超える人を相手にしてきているので、いちいち記憶してはいないため割愛しました(一部は「プロフィール」本文で紹介しています)。


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【年間読書人を紹介したページ】



(2026年4月末日)


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