仲正昌樹 『ネットリンチが当たり前の社会はどうなるか?』: 仲正昌樹批判

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▷ 書評:仲正昌樹『ネットリンチが当たり前の社会はどうなるか?』(KKベストセラーズ)


もちろん、私もネットリンチというものを批判している。


一一無論、一般論としてではない。

武蔵大学の教授で自称フェミニスト北村紗衣が主導した、千数百名の賛同署名を添えてネット上に公開された、個人を名指しにした告発状「オープンレター:女性差別的な文化を脱するために」を批判して、主導者の北村紗衣だけではなく、その関係者(清水晶子河野真太郎田中東子三木那由他隠岐さや香小林えみなど)、いわゆる「オープンレターズ」を、その著作の書評というかたちで、個別撃破的に順次批判し始めてすでに2年を経過し、今も戦線は拡大中だ。

この「オープンレター」は、日本における「キャンセルカルチャー」の代名詞にもなっているものだが、これを批判せずして、ネットリンチ批判もクソもない。
このオープンレターに署名したのは、匿名の有象無象などではなく、東大教授をはじめとした大学教員や出版関係者、作家などだからこそ、その象徴的な意味は無視できないのだ。

本来なら、ネットリンチを批判しなければならない立場のものがそれをやってしまい、しかも、批判に対しては頬かむりして総括をしてもいないのだ。


だから、そんな私が、本書のタイトル『ネットリンチが当たり前の社会はどうなるか?』に惹かれたのは当然のことで、共感を持って本書を手に取ったのである。


一一だが、読了して思ったのは、期待はずれを通り越して、ほとんど苛立ちであった。

ネットリンチを批判して、こんなことしか書けないから、ネットリンチをするクズどもに、「目くそ鼻くそを嗤う」的な、一定の言質を与えてしまうと、そう感じられたのだ。

 ○ ○ ○

仲正昌樹の著書は、これまでに何冊かは読んでいる。
現代思想についての入門書系の著作と社会批評系の著作で、後者は仲正が信仰していた統一教会の問題にもかかわる部分だ。

また私自身、現代思想や社会問題には興味があったし、元創価学会員だったから、その点でも、仲正昌樹の過去には他人事ではない興味があったのだ。

だが、少なくともここ十数年は仲正の著作を読んでいないはずだ。
なぜ、読んでいないのかというと、仲正の現代思想系の本は冊数が多すぎて、つまりあの思想家この思想家と幅広く多産すぎて、今ひとつ信用ならない感じがしたのと、社会批評系の本を読むと、この人のスタンスは、はっきりと「左翼嫌い」であり、わかりやすく「感情的」でもあって、思想・哲学というものを論じるにあたっての中立客観性において、今ひとつ信用できないところがあったからだ。

私が読み取ったところでは、仲正の「左翼嫌い」の理由は、彼が統一教会の下部組織である「東京大学原理研究会」の会員であった大学生時代に、左翼系の学生などから浴びせられた批判や冷笑への恨みつらみが、その根っこの部分にあるのではないか、ということだった。

「無神論」とまでは行かないものの、基本的には「無宗教」である日本の左翼にとって、信仰をしているだけでもどうかと思えるのに、ましてや「統一教会」などという、キリスト教の出来損ないめいた新興宗教など論外で、「選りに選ってあんなものを信じる奴は、よほどの阿呆だ」と、そんな気持ちがあっただろうことは想像に難くない。

昔は、トップアイドルとして人気のあった桜田淳子が統一教会の信者であり、同会の「合同結婚式」に参加したいう話がゴシップ的に報じられたり、霊能があるという壺の高額販売や高額寄付の問題なども紹介されて、統一教会の如何にも新興宗教らしい、あやしげなうさんくささが広く紹介されていたからだ。


そうしたあたりで、すでに統一教会は、「宗教の名に値しないエセ宗教」という印象を、信者以外の日本人の多くの人は、ほぼ確実の持っていたはずだ。要は「カネ目当ての偽装宗教」であり「それに騙された、愚かな信者たち」という印象が強かったと思う。
「そもそも宗教というのは、多額のお布施を求めるようなものであってはならず、もっと精神的なものだ」というのが、平均的な日本人の通念だったからだ。

その点、統一教会のカネ集めは露骨だったので、平均的な日本人の感覚からすれば、わかりやすくあやしげな統一教会は「絵に描いたような新興宗教であり、宗教の名に値しない詐欺団体」という印象だったのだ。

そしてそれは、創価学会員であった私でさえそうで、統一教会とは、例えば「法の華三法行」「幸福の科学」などと五十歩百歩の、エセ宗教だったのである。


さて、ここからは「私の創価学会歴」的ことを書くので、どうかしばらくおつきあい願いたい。

元創価学会員である私には、こうした背景があり、そのうえで「元統一教会員である仲正昌樹」についてあれこれの評価を下すのだと、その根拠となるところを示すためである。

 ○ ○ ○

私は小学生の頃、両親と弟の家族4人で、揃って創価学会に入信(入会)した。

その前には、法華日蓮)宗系の霊友会のさらに分派である霊法会というところに入っていた。
私の両親は、夫婦で寿司屋を営んでいたのだが、その仕事関係でつきあいのあった人か、お客さんだったかに誘われたからだと思う。
入信の理由は、父の弟にあたり、一時期、父の店で板前の修行をして、我が家に同居してもいた叔父が、二十代の若さで癌で亡くなったから、だったはずだ。

しかし、両親が霊法会に入信して、月に一度ほどの会合に参加していたのは、私と弟のごく幼い頃だったから、私たちに信仰しているという認識はなかった。
家にある(なぜか)神棚っぽい祭壇に、たまに手を合わせることはあっても、それは、言うなれば習慣的なものでしかなく、無信仰者が寺社へお参りに行ったときに手を合わせるのと大差のないものだったはずだ。

だから、あるとき父が私たち兄弟に「霊法会を辞めて、創価学会に入ろうと思うんだが、どうだろうか?」というようなことを、いちおう相談してくれたときには「お父ちゃんがそう思うんなら、それでええよ」くらいの返事をしたはずだ。
もとより、幼い私たちには、宗教宗派の区別などつかなかったからである。

しかし、中学生にもなると、さすがに自分が創価学会員であるということを意識するようになる。
だが、それは積極的な意味での「意識」ではなかった。
私は幼い頃から、絵を描くのが好きだったり、プラモデル作りに凝ったりといった、根っからの趣味人だったので、月に何度かある創価学会の各種会合に参加するのが、面倒になっていたのだ。

霊法会の時には、組織が小さく、会合が催される個人宅の会場も遠かったため、主に父が一人で月に一度くらいの会合に、同信者の車に乗せてもらって参加した程度だったから、子供である私たちには、何の負担にもならなかったのだが、組織が大きく、地域組織の充実している創価学会の場合は、各種会合が多かったので、それがだんだん嫌になってきたのである。

しかし、根が真面目な私は「遊びのために信仰をおろそかにする」というのは悪いことだという意識はあったので、基本的には真面目に、つまり義務的に、会合に参加していた。
言い換えれば、そうした信仰活動を「サボる」ための、合理的な口実が無かったからこそ、信仰を持っていることを、人にはない重荷のようにも感じていたのだと思う。

で、そういう私からすると、「創価学会の信仰=日蓮への信仰」とは、「法華経流布(布教)による民衆救済」が目的なのだから、カネにこだわることは許されない、という感覚があった。

私たち一家が入信した当時、創価学会はまだ、宗門である日蓮正宗から独立してはおらず、むしろ日蓮正宗最大の信徒団体として、本山たる日蓮正宗大石寺に莫大な寄付をしていたので、そのカネ集めはしていた。
年に一度、「ご本山」への「ご供養(寄付)」を募るということはやっており、本山への寄進のためのご供養とは、信仰を深め功徳を積む行為であるとも言われていた。

で、ここまでならわからないでもなかった。
しかし、創価学会が宗門とケンカをして独立したあと、当然、宗門への「ご供養」は無くなり、その代わりに「広布基金」というのが始まったのだが、私はこれに違和感を覚えるようになった。

「広布基金」とは、要は創価学会が広宣流布(布教)の主体として活動するための資金集めなのだが、そこまでは良いとしても、それに「ご供養」と同様の「功徳」的なものがあるかのように語られた点に、引っ掛かりを覚えた。
要は、たくさん寄付する者には、たくさんの信仰的功徳がある「かのように」語られた点で、本山への「ご供養」の時には感じなかった違和感を覚えたのだ。

信仰の主体が、出家(僧侶)であろうと在家信者(創価学会員)であろうと、そこに区別はないはずだというのは、戦後民主主義的な平等思想に立っていた私としては、納得できた。だから、創価学会がその布教活動に必要な資金の提供を会員に求めるのも、それは自然なことだと思えた。
そもそも創価学会には、会費というものが無く、『聖教新聞』などの各種出版物の上がりがその代わりになっていると、そう聞かされていたはずである。「だから、それらをしっかり買ってしっかり読もう」と。
また、そのため、『聖教新聞』を個人で5部10部と取って、それを外部の人にプレゼントして布教に努めていた強信者も大勢いた。

しかし、それとは違い、純粋な現金による寄付としての「広布基金」の場合、それをたくさんした者ほど「功徳がある(救われる)」的な言い方をされると、「ちょっと待てよ」と、そう言いたくなった。わかりやすく「カネ集め」に見えたからであろう。

たしかに、信仰の主体が在家信者でもよく、その布教推進の主体である在家信者組織に対し寄付することは、信仰対象たる本仏への金銭的な供養も同然だから、そこに「功徳」が生じても、理屈としてはわからない話でもない。

しかしながら、私が素朴に疑問を感じたのは「寄付が多いほど救われるのか?(功徳はカネで買えるのか?)」ということだったのだ。

無論、創価学会の幹部の誰にも訊いても「多額の寄付をしたら、そのぶん功徳がある」とは言わない。
「広布基金」という名の「会員による自主的な寄付」は、あくまでも主体的な「気持ち」によるものであって、たくさんすれば良いというものではないという建前だったのだ。

そもそも創価学会は、戦後の混乱期に急成長して「貧乏人と病人のための(現世利益)宗教」と誹られ、しかしそれに自負を持ってきたという建前からすれば、金儲け主義呼ばわりは、何としても認められないものだったから、献金の多寡で功徳が決まるというようなことは言えなかったのであろう。

しかし、「広布基金」の季節になると、地域会合での受付だけではなく、もう少し大きな範囲(圏・ゾーン)などでの数百人規模の会合が持たれ、そこでも「広布基金」が募られるのだが、そうした会合では「(信仰)体験発表」というかたちで「私は、これこれこういうことがあって、感謝してこれだけ広布基金をしました(献金した)」とか、「広布基金をした結果として、こんな功徳がありました」などという話を聞かされることなる。

私はこれに、徐々に苛立ちを昂じさせてゆき、ついにそうした会合において、「体験発表者」と同じように手を挙げて、発言することを求め、そこで、興奮で声を震わせながら、大筋で次のように批判の言葉を発したのだ。

「このような、広布基金をたくさんしろと言わんばかりのプレッシャーをかけるような会合は、おかしいのではないか。個人が自身の判断でたくさん寄付をするのなら、それは信仰の心掛けとして立派なものだと思うし、功徳があったというのも、個人の体験なんだから、嘘ではないだろう。けれども、わざわざこのような会合を開いて、そうした体験発表をみんなに聞かせるというのは、暗黙のプレッシャーに等しい。
つまり、広布基金をする人には信仰があって、しない人には信仰がないとか、いくらご本尊様(曼荼羅)を拝んでも結果が出ないのは、その人に信仰が足りないからで、そんな人はろくに広布基金もしてないはずだと、そう言ってるも同然ではないか。
広布基金(に献金)したい人は、言われなくても勝手にしたいだけするのだから、他の者にもそうするようプレッシャーをかけるような、こんな会合は開くべきではない。これでは、金儲け宗教だと批判されても仕方がない。寄付はあくまでも個人の気持ちからなされるものであり、求められてするようなものではないはずだ」

まあ、ここまで理路整然と話せたわけではなかっただろうけれども、私が本気で怒っていることだけは伝わったはずだし、私がこう言ったからと言って、それをとがめる者は一人もおらず、むしろ、周囲の顔見知りの会員が、私を宥めるという感じになったはずだ。
もう詳しくは、覚えていないが、日頃から顔を合わせている会員もいる中で、あえてこういう批判を公然とするからには、よほど腹に据えかねてのことだったのは明らかだったからであろう。たぶん「彼は、まだ若いし真面目だから」と、そんなふうに思われたのではないかと思う。


ともあれそんなわけで、そうした大小さまざまな疑問や不満が積み重なっていったあと、2003年の「イラク戦争」によって、私の創価学会不信は決定的なものとなり、その結果としてを退会することになるのである。

当時、自民党と連立政権を組んでいた公明党(創価学会から生まれた政党)が、政権与党として、アメリカの「イラクは大量破壊兵器を隠し持っている」という大義名分を支持し、「イラク攻撃」を支持したこと、そしてそれを、公明党の支持母体である創価学会が、明確に批判しなかったことについて、私は「信仰的に言って、おかしい」と批判したのだ。

なぜなら、創価学会員の聖典とも呼んでいいだろう、第三代会長・池田大作による(とされた)小説『人間革命』の第1巻の冒頭は、次のような言葉であったからだ。

『戦争ほど、残酷なものはない。戦争ほど、悲惨なものはない。だが、その戦争はまだ、つづいていた。』


つまり、創価学会は、戦後に急成長した新興宗教らしく、「戦後民主主義」とともに「絶対平和主義」を掲げていたから、当然のことながら、「すべての戦争に反対」してきたのだ。
どのような理由があろうと、戦争は許されないと、明確にそういう立場だったのである。

こう書くと、「では、一方的に攻め込まれたらどうするのか?」と問う人もいるだろう。だが、その答えは簡単だ。
なにしろ日蓮の信仰は、

願いとして叶わざるは無し


ということだったのだから、創価学会員が懸命に祈っている(唱題している)かぎり、神風は起こっても戦争は起こらないし、起こったとしても、悪い結果にはならない。一一と、そういうことになるはずだからである。


また、そうならねば、この信仰がそもそも力が無かったということであり、それまでの教えはぜんぶ嘘偽りか妄想の類いだった、ということにしかならないからだ。

だから、どんな理由があろうと、創価学会は戦争に加担してはならない。「正義の戦争」など存在しないのだと、そう考えなければならない。
そう考えなければ「絶対平和主義」を奉ずることなど出来ないはずだからである。

したがって、大半の議員が創価学会員である公明党が、理由はどうあれ戦争を支持するというのは、ほんらい許されないことであるはずなのだ。それは信仰を捨てたに等しい選択であるはずなのである。

だが、建前としては、公明党は「創価学会の党ではなく、公党である」から、信仰を前提とした議論はできない」とそう言うのであれぼ、個人としては背教者も同然だが、公党としての意見としては認めよう。

しかしながら、それならばそれで、戦争を支持した公明党を、創価学会(本部)は明確に批判しなければならなかったはずなのだが、それをしなかった。

だから私は、創価学会の「絶対平和主義」は無論、その根拠となる信仰自体が「嘘だった。その理想の裏づけとなる力を持たなかった」と、そう考えざるを得なくなったのである。

とは言え、私がこうした批判を、主にネット上で始めて、1年くらいは退会しなかった。
それは「信仰は間違っていなかったとしても、信仰者が間違うことはある」とそう考えたからだ。

つまり、池田大作創価学会名誉会長以下の、上層幹部の信仰が不十分なものだったから判断を誤っただけであり、それならば今からでも遅くはないから「絶対平和主義の、反戦主義の立場に回帰せよ」と、そういう批判をしたのだ。

だが、そういう多くの創価学会員の声は、無視され、最後は造反者扱いにされるに至ったので、私は「やっぱり、この信仰は間違っていた(嘘だった、あるいは、宗教妄想に過ぎなかった)」と、最終的にはそう判断し、また「義理は果たした」とそう思って、創価学会を去ったのである。
そうした人は、当時、相当数いたはずである。

 ○ ○ ○

で、そんな元創価学会員である私、そうしたことが原因で「宗教批判者」に転じた私からすると、仲正昌樹の「統一教会批判」は、いかにも不徹底なものにしか見えない。

要は、ありもしない「信仰の力」を「絶対にある」と保証され、自身の貴重な時間と労力を無駄に提供させられていたという事実に気づいての退会なのであれば、そうした欺瞞が、その後もそのままずっと継続されている以上、求めて入会した会員であり、その信仰を人にも勧めた「元活動家」としての責任として、その罪滅ぼしとして、もっと積極的に「統一教会批判」を、して然るべきだと、私には思えるのだ。
つまり、そうした気持ちが持てないのだとしたら、もともとその信仰が、いい加減で無責任なものだったということになってしまうはずだと、私はそう考えるのである。

たしかに仲正昌樹は、退会はしたし、一定の批判はしているけれども、一体どれだけの主体的な批判をしているのか?

退会したって「元会員」という過去やその歴史(的責任)が消えるわけではないし、辞めたからといって、途端に「客観的な判定者」の権利を得るわけでもない。

だが、仲正昌樹の物言いを見ていると、まるで「退会したから、禊ぎは済んだ」と、そんなどこかの政治家のような、無責任さを感じるのだ。

もっとも私は、仲正と統一教会の関係を語る自伝的な著者『Nの肖像 一一統一教会で過ごした日々の肖像』(2009年)も、以前すでに購ってはいたのだが、それを読む以前に仲正への興味を失ったため読んではおらず、仲正がどのような理由で統一教会を辞めたのか、その「自己申告」としての理由については、詳らかではない。


だが、私が仲正の他の本を読んだ範囲で言うなら、仲正の論調はいつでも「たしかに、統一教会にも問題はあったが」という、言い訳的に擁護的なものでしかなく、本格的な批判というのは、いっさい無かった。

世間でなされる批判に対して、そこは認めざるを得ないという部分については認めるけれど、積極的に批判するというところが見られない。
そこが、私とは明確に違うところだ。

そもそも、仲正昌樹はあれだけ多作な人なのに、明確な「統一教会批判」本は、1冊もない。
上の『Nの肖像 一一統一教会で過ごした日々の肖像』も、そのタイトルから窺えるのは、統一教会員だった頃の自分の体験や思いを語るものであって、統一教会を批判するための著作ではないだろう(そうではなかったら、謝罪して、この記述を撤回しよう)。

仲正は本書の中で、ネット上において自分がしばしば「まだ、統一教会のマインド・コントロールが解けていない」人あつかいにされることに、非を鳴らしている。
それが一方的な、事実に基づかない「難癖」であり「揶揄」でしかないかのように否定して、そうした批判を否認している。

しかし、そう言われている当事者が「私は、マインド・コントロールなどされていない(その影響も残ってはいない)」と主張して、いったい何の意味があるのか。

本書で仲正自身も主張しているとおり、統一教会の会員、特に多額の献金をする者は「マインド・コントロールされているのだ(そうに違いない)」と世間が言う時の「マインド・コントロール」というのは、その意味するところが極めて曖昧であり、所詮は恣意的なレッテル貼りに過ぎない。

つまり、仲正も指摘するとおり、そもそも「拝めば功徳がある」と主張するような宗教は、キリスト教やイスラム教などを含めて、大半の宗教がそれ(マインド・コントロール)にあたるし、神社仏閣へのお参りや、結婚式やお守りなども、結局は「慣習的な宗教的マインド・コントロール」なのだと言えよう。そうするものだと教え込まれなければ、誰も進んでそんな「無意味」なことはしない。

ただ、周囲のみんなと一緒に、社会規模でのマインド・コントロールをされているから、「それが普通だ」と思っているにすぎないのである(だから近年では「墓じまい」なんてことも.当たり前に為される)。

つまり、何らかの具体的な功徳が期待されるような宗教や宗教的な慣習は、すべて「マインド・コントロール」の結果なのである。
そうしたものについて、合理的に期待できるのは、せいぜい「気休めの錯覚」だけなのだ。

だから私は、宗教を「気休めの道具」だと認める範囲においては、その存在や効用を認めはするが、それに何らかの「(物理的な)功徳がある」とか「救いがある」などと言い、その効用を保証するのは、「詐欺」にも等しい行為だと考える。
だからこそ基本的には、ほぼ全宗教を標的とした「宗教批判者」たらざるを得ないのだ。

で、そうした私の目から見ると、仲正昌樹の「統一教会」批判など、無いに等しいものなのである。

たしかに「宗教的な功徳が無い」と認めている点において、信仰を捨てたかも知れないが、コミュニティとしての統一教会には、まだ愛着があり、だからこそ、筋違いの批判に対しては懸命に反論するのだが、積極的な批判はしていない。

「統一教会の信仰もまた、宗教妄想による依存に過ぎないから、辞めてしまえ」とまでは言わないのだ。
「いまだに信じているあなたは、端的に愚かだ」とは言わない。

なぜ、そこまで言わないのかと言えば、それはたぶん、「信者だった頃の私は愚かだった」と、そう認めたくないから、なのではないのか。

私の場合だと「物心つかない頃に、よくわからないまま入信した」と言えるけれども、仲正昌樹の場合は、東京大学に入ってから、自ら進んで、自分の判断で入信したのだから、その頃の自身の愚かさ(不見識)を認めないことには、統一教会の信仰を、あるいは信仰者たちを、正面から全否定的に批判できない。

一一結局は、そういうことなのではないのか?

たしかに、私もかつては多くの創価学会員の友人や顔見知りがいたし、彼らは「善意の信仰者」であり、個人としては「いい人」が多かったと思う。
だから、彼らのことを悪くは言いたくないし、創価学会の内実も知らないくせに、知ったかぶりで見下したような批判をする者には「そういうお前だって、七五三だの結婚式だと葬式だの墓参りだのと、宗教妄想に基づく慣習に、少なくないカネと時間を遣っているのではないのか? 苦しい時の神頼みをしたり、お守りを買ったり、パワースポットに何かを感じて感動したりしているのではないのか?」と、そう批判したりすることはある。
そうした意味において、つまりその愚かさにおいて、創価学会員も「普通の人=世間並みの人」なんだと、そう擁護することはあるのだ。


だが、私の場合は、その「普通の人」が、ほぼ間違いなく、みんな「愚かなのだ」とも批判する。それこそが、私が「宗教批判者」である理由なのだ。

だから、無知な第三者からの批判に対し、創価学会の一般会員は擁護しても、そう擁護した創価学会員についても、顔を合わせば、次のように批判する。

「まだ信心してるんですか? 私は創価学会を辞めましたけど、その理由はイラク戦争です。公明党はあの戦争を支持し、学会本部はそれを批判しなかった。つまり、絶対平和主義だったはずの創価学会が戦争支持した段階で、この信仰は間違っていたということです。それに、あの戦争で、どれだけ多くの人が死んだか、あなたは知ってますか? あの戦争を支持した公明党を支持したり、それを黙認した創価学会の会員であるかぎりは、あなたはそうした人たちの死に、責任があるんですよ。それがわかっていて、それでもまだ創価学会を辞めていないんですか? 端的に言って、それは仏法正義に反することでしょう? 仏罰を受けて然るべきことですよ」

一一このように言うと、多くの学会員は、「そんなことはなかったはずですよ。公明党も創価学会も、戦争を支持したことなんか無かった」と反論するのだ。
反論のしようもない事実だからこそ、記憶を捻じ曲げてでも「否認する」のである。


で、このあたりで、私は激昂し始めて、「では、その証拠をお見せしましょうか。当時の冬柴鉄三幹事長の記事のコピーが取ってありますから」と言うと、彼らは「そこまでしてもらう必要はない」とか何とか言いながら、すごすごと去っていくのだ。
どうしても、自分の信仰の誤りは認めたくないし、結局それは、自分の「人生選択の誤り」を認めたくないということなのだろう。
いやはや「法華折伏破権門理」も、すっかり形無しである。


結局のところ彼らは、何年何十年と「創価学会の信仰は正しい」と主張し、それを信じて生きてきたのだから、それを根本的なところで否定するようなことは、どうしても認められないのだ。今からひき返して、やり直す勇気など、もう持てない(信仰における負け犬な)のである。

さらに言えば、彼らがなぜやり直せないのかと言えば、それは彼らには、「創価学会の信仰」に変わるような、新たな、人に誇れるような「道(生き方)」は、もう見つけられそうにもないと、そう思っているからであろう。

その点、仲正昌樹の場合は、「統一教会の信仰」を捨てても、まだ「知識人」としての生き方が残されていた。
だから、信仰を捨てることができたのだ。

しかし、無傷で「知識人」としての道を歩みたいと思えば、「統一教会の信者だった過去の自分」を、全否定するわけにはいかない。

なぜなら、過去に間違った者は、また同じ間違いを繰り返さないという保証などないからである。
正確には、そうした負い目を感じ、勝手にそう考えてしまうからだ。

だから、仲正昌樹は、「統一教会の犯罪的な行為」は認め、その点についての一応の批判はしても、しかし「統一教会に入信した自分の判断の誤り」の方は、認めたくない、ということなのではないだろうか。

統一教会に騙されない人の方が大半である以上、仲正自身の入会判断の誤りを、統一教会に帰することはできないからである。

だからこそ、「統一教会にも問題はある。しかし、多くの人が言うほど酷いものではないし、良いところもあった」と、そういう弁護的な言い方になるのであろう。
「だから、当時の私の判断も、いちがいに誤っていたとは言えない」と。

つまりこれは、「統一教会を弁護したい」のではなく、「過去の自分の判断を正当化したいだけ(過去の自分を擁護したいだけ)」なのである。

したがって、今の仲正昌樹は、たしかに「統一教会のマインド・コントロール」下にはない。

ないのだけれども、自身の過去の判断を正当化し美化することで自身のプライドを満たすために、中途半端に統一教会を擁護していると、そういうことなのではないだろうか。

統一教会を擁護しているのではなく、過去の自身を擁護するために、やむなく「統一教会にも良いところはあった」と、そう言っているだけではないのか?

本書の第1章の、最初の回のタイトルは、

「ナチス」について、少しでもポジティブに語ると異端審問する人たち


となっているけれども、なぜ仲正がこうした、明らかに「極端な例」を問題にするのか言えば、それは仲正が、〈「統一教会」について、少しでもポジティブな語ると、そんな私を異端審問する人たち〉は「大問題だ」と、そう言いたいからではないのか。
その言い換えが、「ナチス」だっただけではないのか?

たしかに、どんなものにも、良いところもあれば悪いところもあるだろう。

だから、全否定的なものに対して「良いところもある」と擁護すること自体は、間違いではない。

だが、仲正昌樹の「統一教会擁護」に対して私が感じる、その本質的な不徹底さへの不満というのは、結局のところ、仲正が自分のために統一教会を擁護しているという「ご都合主義」や「手前味噌」性にあるのではないか。

仲正が、本気で「統一教会にも良いところはあった」と思うのなら、そこはそう擁護した上で、結局は退会したという判断の根拠としての「統一教会の問題点」への批判も、それ以上に、主体的に為すべきではないのか?

しかしそれが出来ていないのは、本気で統一教会を擁護しているのではなく、じつは自己正当化のために擁護しているだけの、要は「方便」でしかないからなのではないのか。

私は、仲正な感じられる、そうした「不純さ」が信用ならないのだ。

仲正が.いまだに「統一教会いじり」されることに激しく苛立つのは、そうした揶揄的な批判が間違っているからではなく、自身が今も、「過去の汚点」にこだわりながら、それを率直に認められないからなのではないのか? やましいところを突つかれているからではないのか。

統一教会に「良いところがある」としても、それは当然のことであり、それはそれ、これはこれで、きちんと「統一教会批判」をしていれば、自身の対する「統一教会いじり」に、ここまで苛立つこともないのではないか。

ちなみに私自身は、大勢のネトウヨ と喧嘩したから、「パヨク」とか「工作員」とか「売国奴」とかはさんざ言われたが、「元創価」呼ばわりされたことはない。
私の場合、それは批判にも嫌がらせにもならないからであろう。


 ○ ○ ○

本書のAmazonの紹介ページに寄せられた、カスタマーレビュアー「諸行無常」氏のレビュー「「友/敵」思考に囚われてるのは著者のほうでは?」に、私は基本的に同意する。

『冒頭から、「普段リベラルで通っている知識人たち」批判、コロナ感染を心配する人たち批判、旧統一教会を批判する人たち批判、旧統一教会信者だった著者を批判する人たち批判、反統一教会の人たち批判と、「友/敵」思考全開の本。

目次を見ると「ナチ・プロの発想こそ全体主義である」とか、「「統一教会」と「ホスト問題」の意外な共通点」とか、「ネット社会が生み出した“日本の影の支配者=統一教会”という虚像」とか、「「コロナ禍」はなぜ全体主義を呼び寄せたのか?」とか、ひろゆきホリエモンの本かと見間違う言葉のオンパレード。
深い掘り下げや考察、洞察はほとんど無く、著者の日頃の鬱憤を思わず吐露してしまったような内容で、とてもお薦めできる本ではないですね。』


そうなのだ。このレビューのポイントは、同氏が本書に『著者の日頃の鬱憤』を読み取っている点なのである。

そしてその「鬱憤」とは、「統一教会が正しく評価されないこと」ではなく、「統一教会のもと元信者であったが故に十全に評価されず、自分がどこか色物扱いにされていること」についてのそれなのではないのか。

本書において、名指して批判されているのは、ベストセラーになったパンフレット『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』の共著者の一人である田野大輔と、あとは今更の舛添要一の2人だけで、そのあたりの批判に対しては、物言いも慎重だし、的を射ているとも評価もできる。

だが、本書の9割以上は、「名指しされることのない人たち」である、どこかの誰かでしかない「サヨク」への批判でしかない。

『普段リベラルで通っている知識人たち」批判、コロナ感染を心配する人たち批判、旧統一教会を批判する人たち批判、旧統一教会信者だった著者を批判する人たち批判、反統一教会の人たち批判』


このような人たちへの批判一一大雑把に言えば、仲正昌樹が敵視する「サヨク」への批判でしかなのだ。

言われるまでもなく、「左翼」の中にもおおぜい、酷い人やレベルの低い人がいるというのは、紛れもない事実だ。

だからこそ、安倍晋三が大嫌いで「死んで清々した」とまでは言っている、仲正から見れば、明らかに「サヨク」の一人である私ですら、左翼リベラルとして批判されることの多いフェミニストの北村紗衣や、その周辺のフェミニストを、「似非フェミニスト」だとして、名指しで徹底的に批判しているのだ。


それに、仲正とは違い、私は日頃から、SF作家シオドア・スタージョンの次のような言葉を引いて、左翼も右翼も、学者も作家も、もちろん一般人も、「9割はクズ」だという認識を表明しているから、「サヨク」とされる人がクズであっても、「左翼」そのものが全員クズだとは考えないし、クズが大半なのも当然だとしか考えない。

「SFの9割はクズである。ただし、あらゆるものの9割もクズである。」


ところが、仲正昌樹の論法とは、そのどこにでも存在して当然のクズをして、「左翼」そのものをクズ呼ばわりにし、それを目の敵にして批判するものなのだ。

だが仲正は、当然「ネトウヨ」の大半もクズだと認めはするが、そちらを積極的に批判しようとはしない。
これは、「統一教会」の場合と、同じパターンである。

だがだからこそ、「サヨク」から見れば、仲正昌樹は「中立ぶった、隠れネトウヨ 」だということにもなれば、「隠れ統一教会」あるいは「いまだに統一教会のマインド・コントロールが解けていない人」ということにもなるのである。

なにしろ、仲正が執拗に繰り返す、「サヨク」批判とは、「サヨク」の中でも、最もレベルの低いところに「左翼」を代表させて、名指しすることのない、まったく具体性のない批判なのである。

『 騒動で露わになった「サヨクたちの雑な思考スタイル」

 サヨクたちの、「嫌なものは何でもトーイツ」がいろんなところに伝染しているようで、本当に嫌になる。私がテレビに出演した時に、統一教会の教義について説明しようとすると、やたらと、「話が長い」「頭に入ってこない」「これで教授!」「金沢大学大丈夫?」「まだマインド・コントロールが‥‥‥」、としつこく誹謗中傷する集団が湧いて出る。なかには、「テレビで教義について語る仲正は危険だ」とまで言い出す奴もいる。この手の連中は、教義のことなどどうでもいいから、とにかく「トーイツ」の悪口を言いたいのだろう。彼らは、どういう教義を信じ、実践しているのが、統一教会の信者なのか理解しないまま、いや、理解するつもりもないまま、自分たちが憂さ晴らしのために攻撃したいものを、「トーイツ信者」と呼んでいるだけだ。そうでないというなら、統一教会者が何を信じて、どういう行動をする傾向があるのか理解する努力をすべきである。そういう努力をしないで、「統一は‥‥‥」と言っている人間は、雑なサヨクたちの「=」思考に同調しているだけだ。』(P208)


仲正は、自分のことを「客観的な知識人」だと認めなかった者のことを、漠然と「嫌がらせの決めつけを言うだけのサヨク」だと決めつけて、悪印象づくりをしているだけで、具体的なことは(田野・舛添以外は)何も書いていない。

『統一教会者が何を信じて、どういう行動をする傾向があるのか理解する努力をすべき』だと要求はしても、「左翼」がこれまで果たしてきた功績については、知ってか知らずか、いっさい語ろうとはしない。

しかしそれでは、「知らない」のと同様であり、「理解する努力をしていない」のも同然ではないか。
自分のしていないことを、他人には求めているだけではないか。

たしかに、仲正が紹介しているような言葉を口にした、非論理的な「サヨク」は実在するだろう。
だが、それならそれで、名指しで批判すべきであって、そんな実在するのかどうかも定かではない人の例ばかりを挙げて、「一時が万事、サヨクとはそういうものである」という調子で、曖昧きわまりない「サヨク」批判をするというのは、実のない悪口でしかない。

つまり、「雑な批判」をしているのは、仲正昌樹自身も、まったく同じことなのである。

相手が馬鹿で非論理的な悪口しか言えないと言うのなら、こんなつまらない「独り言」など何度も繰り返していないで、名指しで根拠を示して、批判すれば良いではないか。

そうすれば、その人物が、真に「サヨクを象徴させるに足る人物」か、それとも「サヨクの中の最低レベルの人物」でしかないのか、それも明らかになり、仲正自身の「サヨク」理解の妥当性も明らかになるだろう。

だが、結局のところ、仲正昌樹が「サヨク」が嫌いなのは、彼が「自分から進んで入会した統一教会信者だった」という「総括しきれていない過去(事実)」を、しつこく指摘するからなのだ。

触れてほしくない「過去の汚点」に触れてくるから、それが気に入らないだけであり、それは、思想の左右の問題ではないのだ。

仲正昌樹が、安倍晋三に擁護的であるのも、保守的に見えるのも、結局は「自分から進んで入会した統一教会信者だった」という過去を、自己正当化したいから、なのだ。

だから、そこに触れてこない方(右派)について、結果として擁護しているに過ぎないのである。

安倍晋三も自民党も別に悪くはなかったと擁護するのは、彼らも仲正本人と同じく、統一教会と縁があったために批判された「同類」だからなのだ。

だからこそ、安倍晋三について語るにあたっても、森友学園加計学園」問題赤木さん自殺問題」といった、左翼が問題にする「具体的な(金目の)問題」ではなく、「国葬」の問題なのだ。


仲正は「サヨクは、国葬そのものには反対せずに、安倍の国葬に反対する」と言うけれど、それは主語を曖昧にした(名指ししないが故の)、印象操作的な難癖にすぎない。

事実、私は、国葬自体に反対するし、それだけではなく、皇室制度にも、各種叙勲にも、国民栄誉賞にも、日本芸術院にも反対する。
そんなものは、一切いらない。無い方が良い。


だが、中でも安倍晋三みたいなのが、そうした「顕彰」の対象になるのなら、余計にそれに対し、こと改めて反対する、ということでしかないのだ。

仲正昌樹のやっていることとは、自身の「過去の汚点」に触れてくる者たちの中で、最も程度の低い者を取り上げて批判し、それが「奴ら(全員)の本質だ」とする、レッテル貼りであり、印象操作でしかない。

だからこそ、ネットで誹謗中傷してくる匿名のクズなんかを、飽きることなく批判し続けられるのである。

私も、かつて「ネット右翼」に集られて、掲示板荒らしをされて酷い目を遭った人間で、その恨みが骨髄だから、ネトウヨ がからんでくれば、個別撃破的に徹底的に虐めてやるけれども、仲正昌樹のように一般論として、「やつら」は、こんなことを言ったとか、あんたことを言ったなどということ繰り返すことなど、それこそ馬鹿馬鹿しくてできない。
「あいつらは、論外の馬鹿」であり「9割のクズ」だと、それで十分だからである。
一一名乗りもせず、名指しも出来ない有象無象について、どうしてそれ以上の説明が必要なのか?

たしかに仲正昌樹は、思想哲学の研究者としてよく勉強してはいる。
そして、勉強した思想家の権威を、最大限に利用してもいる。

だが、そのわりには、仲正自身の書いていることは、その勉強の甲斐もなく、品が無くて程度も低い。

なぜそうなるのかと言えば、それはいくら勉強しても、それだけで人格が陶冶されるわけでもなければ、賢くなるわけでもないからだ。

そしてこの事実は、仲正昌樹自身も認めざるを得まい。
なぜなら、よく勉強したからと言って、その人が、物事を正しく判断できる人であるとか、立派な人であるなどと言えるのなら、仲正は、仲正以上によく勉強している「サヨク」学者を批判することは出来ない、ということになってしまうからである。

したがって、仲正昌樹も、とても勉強しているわりには、小理屈しか捏ねられない、二流の知識人だと、もはやそう評価するしかあるまい。

では、なぜ一流にならなかったのかと言えば、それは「過去の自身の判断ミス」を率直に認めることができず、それを正当化しようとしてきたからであろう。

その「無理」によって、仲正の知識や思考は、ご都合主義的に歪められ、その効用を失ったのだ。
そのため、解説屋はやれても、一流の思想家にはなれないのである。

だから、そんな仲正昌樹に求めたいのは、「あんなことを言われた。こんなことを言われた」という、出所不明なものに対する批判ではなく、誰が何を言ったが、それに対する反論はこうだという、具体的な批判である。

それが出来ないのなら、ぐずぐず泣き言など垂れ流さず、黙って思想解説書を書いていれば良い。
それだけは、世間の役には立つだろうからである。

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【補記】

本稿を書き上げた後に、昔(2005年)、仲正昌樹を論じる文章を書いていたことを思い出した。
それが次の「「文は人なり」の本義:仲正昌樹をめぐって」である。


ひさしぶりに読み返してみると、仲正昌樹についての評価は、基本的には変わっていない。ただ、扱っている本が違うから、アプローチも違っているというだけである。

もう20 年以上も前の文章だが、気鋭の思想哲学の紹介者であった頃の仲正昌樹に、興味のある方には、こちらも併せて読んでいただけると幸いである。


(2026年8月31日)

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“仲正昌樹 『ネットリンチが当たり前の社会はどうなるか?』: 仲正昌樹批判” への2件のフィードバック

  1. もりもり食べるぞのアバター
    もりもり食べるぞ

    私が小学生の頃、同級生に創価学会の会員がいました。と言っても子供なので親が会員でしたが。家に遊びに行くと大きな仏壇がありました。その同級生は「毎朝、勤行をやってるんだぞ」等と自慢気に言い(ハンコを押す台紙もありました)更に「支持政党は?」と聞いてきます(まだ小学生なのに!)私も子供だったので意味が分からず、適当な返事をしてました。
    月日が経ち、とある地方都市で仕事をしていた頃、同じ職場に学会員がおり、「シンポジウムがあるので来ない?」「焼肉やるのでおいでよ」
    剰え「お見合いしてみない?」別の学会員の娘さんが適齢期で結婚相手を探しており、私を勝手に推薦したらしいのです(実に迷惑!)「まだ20代前半だし、結婚は考えてない」と断り、それ以降は誘われることはなくなりました。
    宗教抜きで一度だけ、その人の家に行ったことがありますが、やはり大きな仏壇がありました。
    現在、同級生・職場が一緒だった人とは交流がなく、消息も分かりません。
    新興宗教には胡散臭さしか感じず、公明党は信用できません。

  2. 年間読書人のアバター

    > もりもり食べるぞさん

    コメント、ありがとうございます。

    学会員の同級生が『「毎朝、勤行をやってるんだぞ」等と自慢気に言』ったというのは、私にはよく理解できない感覚です。
    私は、朝晩の勤行が面倒(嫌)でしたし、その意味で、人を羨ましがらせるようなものだというふうには感じませんでしたから。

    また『ハンコを押す台紙』というのも思いあたりませんが、子供に勤行の習慣をつけようと、ラジオ体操のスタンプ帳みたいなのを作っていた地域があったのかも知れませんね。

    > 「支持政党は?」と聞いてきます(まだ小学生なのに!)

    これも驚きですね。普通、未成年はF活動はしないものだし、大人になってもなかなか面倒な仕事だったのに。

    私は自意識が強かったのか、なかなかそんな話を人には持ち出せずに苦労しましたし、警察官になってからは、地方公務員法で政治活動が制限されているのを良いことに、F活動はしませんでしたし、その種の会合には出ませんでした。
    でも、その時期はみんなその話ばかりだから、嫌でも耳に入ってきましたから、肩身の狭い思いをしました。

    > 新興宗教には胡散臭さしか感じず、公明党は信用できません。

    まあ、それが普通でしょう。
    学会員の側の理屈としては、そうした活動はすべて「世界を救うため」ということになるわけですが、実際には、やらないわけにはいかない「ノルマ」的なものであったのも事実ですからね。
    サラリーマンが、営業成績の棒グラフを立てられているようなプレッシャーがありました。

    結局、理屈はどうあれ、心底納得しているわけではない相手に、無理を言ってでもこちらの期待する行動を求めることになりますから、「この人は、知り合いの私を利用しようとしている」と、そう思われても仕方ない。事実そうした側面はありますから。

    入信を勧めることも、公明党への投票依頼をすることも、本当に納得してそうしてもらうというのは、容易なことではありません。
    ましてや、私のように、信仰に確信が持てなかった者はなおさらです。

    いくら「この信心は絶対です」と言われても、他の人の不思議な信仰体験を聞かされても、「そんなの、他の宗教でも言っていることだしなあ。そう思う(思いたいから)から、そう思えるだけじゃないの? もっと個人的で、有無を言わせぬような実証がないと、確信は持てない」と、そんな感じでした。
    例えば、今ここで、私を宙に浮かせて見せるといった、主観の関与しない、トリックの使えないような、絶対的な証拠です。
    でも、そんなことは、誰にも出来ませんでした。

    根本的には、私はよほど疑り深い人間だったということなのかも知れない。
    だから、批評の真似事みたいなことをやってるし、人が褒めているからといって、それを鵜呑みにもしませんしね。

    そのため、流行に乗って熱狂できる人は、私には、信仰者と大差がないとしか見えず「それは信仰の一種でしょう」と言ってしまう。

    例えば、オリンピックや大谷翔平への熱狂なども、同じです。
    それを「世界運動会」だとか「ボール遊びの無茶苦茶うまい人」と考えたら、なかなか熱狂はできない。
    京極夏彦が、東京オリンピックを評して、

    『 来年、東京で立派な運動会をやるでしょう(笑)。金メッキの円いものもらえるやつですね。』
    (『地獄の楽しみ方』P70)

    と言ったのと同じ、憑きもの落とし的な感覚です。

    https://note.com/nenkandokusyojin/n/ndd35f94231d3

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