▷ 映画評:小津安二郎監督『大人の見る繪本 生れてはみたけれど』(1932年)
聞いたこともない作品だったので、さほど期待せずに見たところが、とても面白かった。
前半は、ほぼ「子供たちの世界」だけを描いていており、そこが私の好みにも合ったし、なにしろ子供好きで知られた小津安二郎の個性がとてもよく反映されていたためでもあろう。
戦前のサイレント映画だということを完全に忘れて、すっかり物語の世界に入りこんでしまった。

本作を見たあと、このレビューを書くためにWikipediaを確認したところ、
『小津監督のサイレント期を代表する傑作』
『本作は1930年代にサラリーマン階級の日常や庶民感情を描いて流行した小市民映画の代表作であり、サイレント期に小津の評価を決定づけた作品でもある。』
とあるし、『第9回キネマ旬報ベスト・テン第1位』つまり、その年の国内映画のベスト1に選ばれた作品でもある。
また、同じ『キネマ旬報』誌の主催した、2009年の「ベスト映画遺産200 日本映画篇」でも第59位にランクしているのだから、これはもう公開当時から今日に至るまで、映画の専門家の間では、ずっと評価の高い作品だったということなのだ。
だから、私が本作のタイトルさえ知らなかったというのは、むろん私の無知ということもあろうけれど、サイレントのモノクロ作品だし、戦後の小津の定番である「父と娘」の物語でもなければ、当然のことながら、原節子が出演しているするわけでもないために、小津に興味を持つ映画マニアの間でも、あまり顧みられることも、実際に見られることも、稀だったからではないだろうか。
まして、子供たちが主役である本作は、小津安二郎の子供好きの証拠として言及されることはあっても、代表作的に論じられる機会が少なく、そのため戦後はその知名度が、不当に低くなってしまったと、そういうことなのではないか。
例えば、上のWikipediaでは、本作『大人の見る繪本 生れてはみたけれど』を、次のように紹介している。
『サラリーマン社会の悲哀を子供の視点から描いた喜劇映画である。』
つまりこの評価は、「大人の世界」を描くために、「子供の視点」を道具的に採用した、という理解によるものなのだが、私はこのような「大人中心主義」は採らない。
なぜなら、これは「大人の世界を描いてこそ価値のある作品だ」という偏見の存在を無自覚に吐露した説明でしかないし、何より小津安二郎の「子供好き」ということを軽く見て、軽く扱いすぎていると考えるからだ。
本作の「原案」は「ゼェームス・槇」となっているが、これは小津のペンネームのひとつである。
つまり、脚本化にあたっては、脚本家・伏見晁の協力があり、一定の手が入っているとは言え、本作は基本的に、小津が撮りたいものを撮りたいように撮った作品だと考えるべきなのである。




だから、物語の「終盤」で、幼い息子二人に責められる父親の「大人の悲哀」を描いてはいるものの、だからと言って、そこが小津の狙いであったと、そう決めつけるのは早計であろう。
なにしろ、物語の大半は「子供の世界」を描いているのだから、小津がやりたかったのは、こちら(子供の世界の描写)であり、終盤での「大人の悲哀」は、むしろ、本作を「大人に見てもらうための映画に仕立て上げる」ために必要から出た方便的なものであり、強く言うならば「付け足し」だったと、そう考えても良いのではないだろうか。
無論、そこはそこで、大人に鑑賞に耐え、訴えるところのある良い物語であり、その点でもよく出来てはいるのだが、しかし、「大人の世界」を撮るための「段取り」として、長々と「子供の世界」が描かれたと理解するのは、やはり本末転倒の誤解だと、私はそう考えるのである。
本作の「あらすじ」は、次のとおりである。
『良一、啓二のお父さんは、重役の岩崎の近くに引っ越して出世のチャンスをうかがっている。だが、兄弟の前では厳格そのもの。引っ越しで転校した兄弟は早速地元の悪ガキグループと喧嘩した揚句、鬱陶しくなって小学校をずる休みするも担任の家庭訪問で知られ、2人は父さんから大目玉。そのうち悪ガキ仲間と友達になり一緒に遊ぶようになる。その中には岩崎の子供もいる。
ある日、みんなで「うちの父ちゃんが一番えらい」と自慢する話が出る。兄弟も自分の父親が一番えらいと信じて疑わなかったが、ある日、岩崎の家へ行って見せてもらった16ミリ映画の中で、父は岩崎の前でお世辞を言い、動物のまねまでしてご機嫌伺いをしていた。怒った2人は食事も取らず、またしても学校をサボって抗議する。しかし、その抗議も長続きせず母のとりなしで兄弟は夕食を食べて寝る。父も子供の寝顔を見ながら、家族のためとは言いながら子供を絶望させたことを後悔する。翌朝、いつものように父と兄弟は一緒に家を出る。』
(Wikipedia「大人の見る繪本 生れてはみたけれど」)
上の「あらすじ」の前半にあたる部分において、本作では「子供の世界」がじつによく描かれており、まただからこそ、後半の物語の生きてくる。


もちろん、「子供の世界」と言っても、それは「昔の子供の世界」ではある。
なにしろ、本作の作られた1932年というのは、「満州国建国」の年であり「5・15事件」の年だ。
つまり、日本が中国大陸へ侵出し、さらに軍部の暴走によって大陸での勢力圏を拡大して、満州国という傀儡国家まで作っていた、言うなれば「ノリに乗っていた」時代なのである。
まだアメリカは第二次世界戦争に参戦しておらず、日本から言えば「太平洋戦争」の始まっていなかった頃であった。
だから、日本国民はまだまだ負け知らずであり「安泰」意識も強かったので、きな臭さあったも、戦時色はさほど濃くはなかった。
だが、本作でも、そうした時代背景が、端々に窺えはする。
例えば、主人公である良一、啓二の兄弟が、転校した小学校の教室には、「爆弾三勇士」と書かれた額が掛かっている。

『爆弾三勇士(ばくだんさんゆうし)とは、独立工兵第18大隊(久留米)の江下武二(えした たけじ)、北川丞(きたがわ すすむ)、作江伊之助(さくえ いのすけ)の3名の一等兵である。1932年に第一次上海事変で敵陣を突破して自爆し、突撃路を開いた英雄とされる。肉弾三勇士とも言われた。』
(Wikipedia 「爆弾三勇士」)
また、同じ小学校では、今の人が見れば「体育」の授業と間違えるかもしれないが、「分列行進」の訓練をする、「教練」の授業シーンもある。

分列行進とは、現在でも、軍隊や警察、自衛隊などにおいて、観閲官の前を列を作って整然と行進する儀式で行われる行進のことであり、今なら、北朝鮮などでのそれのイメージが強いかも知れない。
個人が集団の一部でなって、ひとつの生き物のごとく統制の取れた行動をするための、部隊訓練の成果を示すためのものだ。
また、そんな時代であったからこそ、良一、啓二の兄弟の弟・啓二は、父親に「将来は何になる?」と尋ねられて「中将になる」と答え、「なぜ大将じゃないんだ?」と聞き返されて、「兄ちゃんが大将になるって言ってたから」だと答えていた。
つまり、子供にとっては、軍人が憧れの職業だった時代なのである。



またそんな時代だからこそ、子供たちの間でも、軍隊的な序列の存在が、自明視されていた。
まずは、リーダーたる腕っぷしの強い「ガキ大将」がいて、その横には参謀格がいて、その下に兵卒が何人かいて、その末尾に「みそっかす」の幼児もいる、といったグループ構成である。



上の「あらすじ」では『地元の悪ガキグループ』と紹介されている子供たちは、しかし、決して「悪ガキグループ」などではない。ただの子供たちである。
ではなぜ、この紹介文を書いた人には、彼らが「悪ガキグループ」に見えたのかと言えば、それは現代においては、子供たちが「グループを組んで遊ぶ」ということが当たり前ではなくなり、「いたずら」をすることさえもが当たり前ではなくなったからであろう。
そのために、グループを組んでいる子供たちを見ると、無意識に、昭和後半の「不良グループ」や「暴走族」などの、「やんちゃをする子供たち」を連想してしまい、「悪ガキグループ」と表現してしまうのである。


しかし、本作で描かれる子供たちは、近所の子供たちのいつものメンバーが集まって遊んでいるだけで、「不良グループ」や「暴走族」といった、ごく一部の特殊なグループのことではない。
当時の子供の場合、今とは違って、家にいても遊び道具など何もなかったから、おのずと外に出て、近所の子供どうしが集まって遊んでいたというだけであり、これは日本国中どこでもそうであった、当たり前の風景に過ぎなかった。
当時の子供たちは、土日祭日は無論、平日の授業を終えてから夕飯までの間は、外に出て、近所の子供たちと遊ぶしかなかった。
ゲームどころか、当時はテレビすらなかったということを、私たちは忘れてはならないのである。
そして、そうした子供たちの日常生活のなかで、彼らはときに喧嘩をしたり、近所の庭の柿の木から柿の実を盗んだりした。
そうしたことが、大人からすれば、彼らの「好しがらざる行状」であり「いたずら」だったのである。
そしてこういうことは、私が幼かった1960年代から70年代初頭には、まだ当たり前に残っていた。
つまり、子供は、外で遊ぶものであり、よほどの事情のある子でなければ、近所の子供たちと遊ぶものであった。
たとえその中においての「序列」が低く、いつも泣かされて家に帰ってくるというようなことがあったとしても、それでも子供の世界はそこにしかなかったから、やっぱり翌日にはそこへと帰っていって、一緒に遊ぶというのが、当たり前の姿だったのだ。

また、大人たちもそうした序列のある子供社会を自明のものとしていたから、「仲良く遊びなさい」とか「小さい子をいじめちゃダメよ」などと注意を与えはしても、目くじら立てて、それを非難するようなことも少なかった。
中には、自分のうちの子が泣かされて帰ってきたのに腹を立てて、泣かせた子の家に怒鳴り込んで行って、その親に謝罪を求めるといった親もいたけれど、しかしそれはそれで、子供たちの間においては「恥ずかしい」ことのひとつとして、共通了解にもなっていた。
「子供の喧嘩に親が出てくる」とか「親に言いつけた」などと、子供の間で非難されたのである。
今の親なら、子供が「悪いこと」をしたのなら、親が出て行くのも当然ではないかと、そう考える人もいるだろう。
だがそれは、ネット上での「貶し合い」を、裁判沙汰にするようなものである。
つまり、未熟な大人が、その程度の問題を、当事者どうしで解決するとか折り合いをつけるといったことができずに、国家権力という「親」に言いつけて、その圧倒的な力によって、自分の気にいるように解決しようとするのと、「子供の喧嘩に、いちいち親が出ていく」というのは、似たような話なのである。
しかしながら、そしてこうした「上位権力に頼む」といったことも、今の時代なら「当然」だと考える大人も少なくないだろう。
例えば、武蔵大学の教授でフェミニストの北村紗衣は、ネット上で自分の悪口を書いた相手を、名誉毀損の民事訴訟で訴えて、賠償金を支払わせることにより、その口を封じることに成功した。「山内雁琳」訴訟である。
たしかに、山内の言葉には、一部に下品下劣なものも含まれていただろう。
しかしながら、口喧嘩ならば、それも当然のことで、例えば、昔は子供の口喧嘩の常套句である「アホ」「馬鹿」「うんこ垂れ」「お前の母さん出べそ」とか、あるいは「貧乏人」とか「○○屋の息子」とかいったこともあったのだが、その同じ言葉をネット上で使えば「名誉毀損罪」に当たる場合があるだろう。
単なる個人間の口喧嘩ではなく、公開の場で、相手の名誉を貶めることで「不利益(実害)を与える」からだと、そういう理屈になるからである。

しかし、実際のところ、今やインターネットは、私たちの「日常」の延長であり、そこにおいての対話やりとりも「日常」的な会話や口喧嘩の延長と感じられている。
そのため、そこでも喧嘩になることは当然あるのだから、時に口汚い言葉を使ってしまうこともあるだろう。
無論、それでも「場所柄を弁える」べきなのは当然だが、しかしだからと言って、「子供の口喧嘩レベル」の発言を捉えて、民事賠償の裁判を起こすというのも、どんなものだろうか?
私が若い頃にはまだ、そうした「過剰行為」は、大人として「恥ずかしい」ことだという共通了解があった。
何でもかんでも「裁判沙汰」にするような人間は「金力を嵩にきた、鼻持ちならないやつ」だと見られたのだ。
だから、「アメリカでは、自分がデブでなったのを、マクドナルドのせいだと訴えて、裁判に勝ったそうだ。そんなことで訴える奴も狂っているが、そんな訴えを認める裁判所も狂ってるね」一一なんて話を、よくしたものであり、これが日本人の平均的な認識であり、「良識」でもあったのである。
ところが、前記の「北村紗衣による山内雁琳に対する名誉毀損訴訟」で、訴因とされた山内の言葉とは、「ウンコ教授」とかいったレベルのものだったのだ。
また、それによって「社会的な名誉を傷つけられた」との訴えが裁判所に認められた、裁判における勝者たる北村紗衣の方は、具体的にどんな言葉について訴えたのかを広く明示することは避けながらも、その勝訴だけは、勝った勝ったと弁護士ともどもネット上で宣伝して、「正義は勝つ」などとまでアピールしたのである。
これが、今どきの大人である「大学教授」と、それに雇われた「弁護士」のしたことなのだ。
まさに「勝てば官軍」で、「相手は真っ黒であり、こちらは真っ白」だというのが、ツイッター(現「X」)上で、低レベルの喧嘩しかできなかった、「武蔵大学教授」の主張なのである。
無論、「仲良く遊びなさい」とかか「小さい子をいじめちゃダメよ」といったことは、正しい意見であるし、未熟な人間に対しては、そうした、教育的な「指導・注意」が与えられて然るべきではあるだろう。
だが、それと同時に、大人は大人なりの紛争解決能力を備えていて然るべきではないだろうか。
それが、金があるから裁判だというのでは、あまりにも幼稚にすぎはしないだろうか。
ちなみに、北村紗衣は、地方新聞社社主の娘であり、祖父は治安維持法で逮捕されたこともあるという地方の名士だからなのか、北村紗衣の名誉毀損訴訟に関わった「弁護団」は、共産党系の弁護士だったそうだが、果たしてこれは偶然なのだろうか?
それとも思想的で政治的なコネが、見当違いなところでも、役に立ったということなのだろうか?
ともあれ、意見が対立すれば、公然と「議論・論争」をして、それでどちらが正しいのかを、論理的に決すればいい。
それが民主主義の根幹である「言論による民主的な解決」というものだ。
またもし、どちらか、または両方が感情的ななってしまい、議論で解決できなくなった場合は、どちらか、または両方が、賢く議論を打ち切って、相手を無視するというようなことも、大人の判断であろう。
例えば、ネットの場合だと、相手を「ブロック」するという手もあるのである。
しかし、それでは相手の言いたい放題になるから「我慢ならないので、裁判だ」というのは、果たして、まともな「大人」のすることだろうか?


無論、裁判に訴える権利はあるし、それがやむを得ない場合もあるだろう。
だが、ネット上で「ウンコ教授」呼ばわりされる程度のことが、果たして200数十万円もの賠償金を支払わせた上で、相手の口まで封ずるようなことなのか?
こうした「現代日本の惨状」を目の当たりにしてみると、本作に描かれたような「昔の子供たちの世界」が、しごく真っ当なものであり、おのずと郷愁を誘うものにもなっているというのも、道理であろう。
たしかに、子供たちの間には「ガキ大将」がいて、それが威張っており、その命令に従わない者をいじめたり泣かしたりしてはいた。
本作だと、ガキ大将の亀吉のそばには金持ちの岩崎の息子などもいて、まるで『ドラえもん』の「ジャイアンとスネ夫」そのままであり、彼らの遊んでいる場所も、雑草のしげった「空き地」なのだ。

そこで彼らは、明白に「力関係」の存在する子供社会において、どのように生きて抜けば良いのか、そのすべを徐々に学んでいく。
「仲良く遊びなさい」とかか「小さい子をいじめちゃダメよ」といった言葉は正しい。
だが、そうした理由で、いきなりそこに「国家権力」の強制的な介入を求めるような社会は、果たして「民主的」なものだと言えるのだろうか?
少なくとも、アナキストやコミュニタリアンなら、そんな主体性放棄の「国家主義的な考え方」を、愚劣なものとして完全否定し、嘲笑することだろう。

それにしても、いわゆる「正義」を為すためならば、どんな権力や暴力を利用しようと、それは正当化できるものなのだろうか?
しかし、日本が中国大陸に進出して、植民地を作ろうとしたのも、それはそれなりの「正義」を掲げてのことだったという事実を、私たち日本人は、決して忘れてはならない。
西欧の覇権主義国家の餌食にならないためには、東アジアもまた、それに劣らぬ力を持ち、力を合わせて「大東亜共栄圏」を築かなければ、西欧列強の餌食になるしかない、というのがその理屈であり、大日本帝国の「正義」だったのである。
だが、そうした「正義」を認めた時、国民は、そうした国家目的遂行のために、否応なく兵役につくことになり、否応なく他国民を殺すことを強いられたのである。
「正義」の行いであったはずのことが、どうしてそんなことになってしまったのか?
それは「正義は、必ずしもすべての人の正義ではない」という、当たり前の現実があるからだ。
最近レビューを書いた、朱喜哲の著書『〈公正(フェアネス)〉を乗りこなす』の帯には、
『正義は暴走しないし、人それぞれでもない』
という、私たちの「常識」に反した、ずいぶん勇ましい「断言」の言葉が刷り込まれている。

だが、同著を読めばわかることだが、この惹句は「売らんがためのハッタリ」にすぎず、私はレビューにおいて、そのあたりを厳しく批判したのだ。
だが問題なのは、この朱喜哲もまた「哲学者」を自称する大学教員だといういう現実の方なのである。
このように見てくれば、私たちの社会が、本当に進歩したと言えるのか、それはかなり疑わしいとしか思えない。
たしかに、「進歩した部分」もあるだろう。
一一だが、「退化してしまった部分」もあるのではないだろうか。
小津安二郎が、本作で描いた「昔の子供たちの世界」は、現実そのものではなかったとしても、やはり、それ相応の理由があって、私たちの郷愁を誘うものとなっており、それだけではなく、そこから「学ぶべきもの」ものも少なくない作品にさえなっておろう。
本作で描かれているのは、「子供の世界」のおける弱肉強弱の「力関係」が、薄められ変形させられたかたちで、「大人の世界」にも反映されているという、事実である。

子供たちに「立派な大人になれ」と説教する父親が、会社では嫌々ながらも上司に媚びへつらい、またそのことで、子供たちに責められて辛い思いをするというのが、本作後半に描かれた、この「世界の実相」だった。
つまり、現実の世界からは、「弱肉強食の力関係」が無くなることはないのだ。
だが、それを「可能なかぎり縮減して」無害化しようとするのが、「人間の知恵」であり「大人の知恵」というものであろう。
だから、たしかに現代では、昔にあったような、露骨は「力関係の行使」が抑制された部分もあろう。
だがまた、それとは真逆に、「かたちを変えて」そうした「弱肉強食の力関係の行使」が現に為されているというのも、前記のような、安直な「裁判沙汰」にも明らかだろう。
要は、金のある者が裁判を起こし、金のある者が優秀な弁護士を多数雇うことで、裁判にも勝てるという、アメリカで先行し、日本でもそれに追随した現実なのだ。
一一しかしこれが、一種の「変形された弱肉強食」でなくて、いったい何なのであろうか?
そう。この人間社会から、「弱肉強食」の論理を完全に消し去ることは、原理的にできないのだ。
なぜなら、人間も動物の一種だからである。
私たちが「平等という理想」を求めても、「強者」はいつでも、その力において「権力」を買い、「正義」を買うのだという事実を忘れてはならない。
つまり、「力関係」が無くなることなど、決してないのだ。
だからこそ、私たちは賢くならなくてはならない。
単純な「正義」の幻想に、欺かれてはならない。
本作で描かれたように、「力関係があったとしても」、それでも「それなりに共存できる社会」を築かなければならない。

「白か黒か」「イチがゼロか」「敵か味方か」ではない、その「中間」的なところに妥協点を見出す強かさを身につけなければ、強者の専横に従うしかなくなるのである。
だから、本作で描かれている「序列のある子供の社会」は、現在の私たちの「序列のある大人の社会」よりも、決して劣っているわけではないということにも、そろそろ気づくべきであろう。
私たちが本作の描いた世界に「郷愁」を感じるのは、決して故なきことではないのである。

(2026年7月27日)
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