呉座勇一・與那覇潤 『教養としての文明論 「もう西洋化しない」世界を見通す』: 志高き「学問」を取り戻すために

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▷ 書評:呉座勇一・與那覇潤『教養としての文明論 「もう西洋化しない」世界を見通す』(ビジネス社)


本書は、「歴史学」の世界では軽視されがちな「文明論」というものの今日的な必要性について、文明論の名著5冊をとりあげ、歴史学者と元歴史学者が論じあう一書である。


しかし、それにしてもなぜ、「歴史学」の世界では「文明論」が、いや、「文明論的なもの」全般が、軽視されるのであろうか?

それは、「歴史学」というのが、基本的には「哲学」や「思想」あるいは「批評」ではなく、「歴史研究」であり、研究とは「資料にあたって事実を確定していくもの」だと、そう「狭義」にばかり考えられがちだからだ。
すこしでも、他ジャンルの臭いのついた話はお断りという、他者の意見には耳を傾けようとしない、狭量で自閉的なムラ的学問になりがちなのである。

そのせいで、「あなたの個人的なご意見やお考えは必要ないのです。とにかく事実(証拠)を示してください。そうでなければお引取りを」と、そういう態度になりがちなのだ。

無論、この意見にも一理ある。

かつて、資料批判的な基礎的作業を蔑ろにし、意図的・イデオロギー的に、自分たちの望む「美しい日本の歴史」を描こう(捏造しよう)とした「新しい歴史教科書を作る会」などのリビジョナリスト(歴史修正主義者)が跋扈し、強硬保守のエンタメ小説家(今は政治家)である百田尚樹が『日本国紀』なる擬似「歴史書」を書いてベストセラーになり、それが歴史研究家から完膚なきまでに批判されたというのは、決して大昔の話ではないからだ。


そうしたこともあって、多くの歴史学者は「大味で空想的な絵を描くのではなく、地道に事実の発掘検証に取り組むべきだ」と、そうなったのも、ある意味やむを得ざるところだったのである。

だが、物事には程があるし、その点でバランス感覚が必要だ。

というのも、そもそも「歴史学」以前の問題として、人間というのは、直観的な「目星」というものなしには、何も研究することなどできないし、考えることもできず、当然ろくな研究もできないためである。

つまり、全体を見渡した上で「ここがポイントだぞ」「ここはもっと緻密に深掘りされなくてはならない」といった「俯瞰的な視点から、重要ポイントを見出す力」がなければ、例えば、重要な「歴史的遺構」を掘り出すことは出来ず、見当違いに新しい埋立地を掘りかえしては、ゴミでも掘りおこすしかないからだ。

無論、新しいゴミを掘り出しても、それはそれなりの価値はあるだろう。

「ああ、ここは10年くらい前までは、ゴミの埋立地だったんだな。おお、このお菓子の包装紙は、私が子供の頃に食べていたやつだ。でも、包装紙の色使いがいかにも時代がかっているな。あの時代のセンスを反映しているのだろう」

などという、ささやかな発見くらいならあり得るからである。

実際、「シェイクスピアの研究者」を自称し、「英文学者」などと呼ばれることもある、武蔵大学の教授で、自称フェミニストの北村紗衣は、いったい何を研究したのだろうか?

「そりゃあ、シェイクスピアでしょ」って?

一一それが違うのだ。

北村紗衣が研究したのは、シェイクスピアその人でもなければ、シェイクスピアの文学でもない。

シェイクスピアの「同時代の女性ファン」の研究をしたのである。

そんな研究をしたのは、世界でも初めてだったのだろう。
だから北村紗衣は、それで曲がりなりにも博士号を取り、現在の武蔵大学教授にまで上り詰めた、立ち回りのツボを押さえた人なのである。


ではなぜ、北村紗衣が「シェイクスピアの女性ファン」の研究などを始めたのかというと、それは、北村がもともとはBL(ボーイズラブ)小説・漫画の熱心なファン(読者)であり、そんな彼女が、若きレオナルド・ディカプリオの主演した映画『ロミオ+ジュリエット』(1996年)にやられて、シェイクスピアにも興味を持つに至ったためである。一一女オタク(旧「腐女子」)を侮るなかれ、といったところである。


しかしながら、シェイクスピアと言えば、「西欧の文学伝統(正典)の中心」、あるいは文学批評家ハロルド・ブルームの言葉を借りれば「西洋正典(ウェスタン・キャノン)の中心」とまで呼ばれる戯曲作家なのだから、日本のレオさまファンが、そこからシェイクスピア研究を始めて、目新しい業績を示せる余地など無いと断じても良いくらいだろう。
まあ、一生かかって爪痕でも残せれば御の字なのだが、普通に考えて、陽の当たらない地味な研究人生で終わるのは、ほぼ目に見えている。

だからだろう、もともと目立ちたがり屋で「セレブリティフェミニスト」を目指していた北村紗衣は、シェイクスピア当人やその文学という難攻不落の「本丸」を攻めるのではなく、その「取り巻きファンの女性」を狙うことにしたのであろう。「将を射んと欲すれば、まず馬を射よ」である。

まあ、「将」まで射なくても、大学教授になれたのだから、それで十分だったようなのではあるが…。

一一そうですよね、北村紗衣教授?

『連載を始め、(※ それを)まとめて(※ 『お砂糖とスパイスと爆発的な何か 不真面目な批評家によるフェミニスト批評入門』を)刊行したあたりから、イベントをするたびに女性読者から楽しかったという感想を頂いたり、またTwitter 等で女性と思われるユーザからさまざまな質問を受けたりするなど、ある種の「ファン」として記述できそうな読者が現れるようになった。著者が「日本にもセレブリティフェミニズムが求められているようだ」ということを理解したのは、この過程を通してだ。著者は(※ まだ)あまり有名ではない(※ フェミニズム)研究者であり、田嶋陽子やグロリア・スタイネムのようなセレブリティではない。そんな(※ まだあまり有名とは言えない自分のような)人間でもファンになってくれる読者がいるほど、日本の女性はロールモデル(※ 模範となる人物)にできそうなセレブリティフェミニストを必要としているようなのだ。』

(『現代思想2020年3月臨時増刊号〈総特集〉フェミニズムの現在』所収「波を読む一一第四波フェミニズムと大衆文化」より)


しかしながら、シェイクスピアの「同時代の女性ファン」を研究しているだけでは、「シェイクスピア研究者」でもなければ「英文学者」でもないのではないか?
それでは「肩書き詐称だろう」とお思いになる方も、当然いらっしゃるだろう。

だが、シェイクスピアその人やその文学そのものを研究しなくても、「シェイクスピアに関連すること」を研究すれば、それは「広義でのシェイクスピア研究」だということになる。

例えば、シェイクスピアの「両親」を研究すればどうか? シェイクスピア存命時にその劇を演じた「俳優」たちの研究はどうか? シェイクスピアが劇を行った「劇場」の研究はどうか?
一一すべて「広義のシェイクスピア研究」ということになろう。

つまり、「シェイクスピアその人やその文学を研究するために」という大義名分さえ立てば、それは「広義のシェイクスピア研究」だとみなされるので、「シェイクスピアの同時代の女性ファン」の研究も、ギリギリ「シェイクスピア研究」とは言えるのである。

もちろん「シェイクスピアファンの女性の趣味生活を支えた夫」の研究となると、これはたぶんアウトだ。
まったく無関係ではないが、研究対象であるシェイクスピアと、直接の研究対象(女性ファンの夫)との間に(ファンの女性という)ワンクッション入ってしまっているからである。

つまり、若い頃の北村紗衣教授は、実にうまいところを突いたのだ。

「シェイクスピアの同時代女性ファン」というのは、当たり前の意味では「シェイクスピア研究」ではないけれど、「シェイクスピアに関係する研究」として、つまり「広義のシェイクスピア研究」としては、ギリギリセーフだったのである。

しかし、「シェイクスピアの女性ファンを研究しても、それは英文学研究とは言えないだろう」と、そうツッコミを入れる方もいらっしゃるだろう。

それはまったくその通り。
だから、北村紗衣教授の授業は実のところ「英文学」ではなくて「英国文化」研究なのだ。シェイクスピアもその女性ファンも「英国文化」の内であることは疑いないのだから、「英国文化・社会研究」者とでも名乗れば、それはぜんぜん嘘ではない。

(自称「ゆるふわ」とトレードマークの「緑の熊のぬいぐるみ」に注目!)

しかしながら、北村紗衣教授がマスコミに露出した際の肩書きは、しばしば「英文学者」となっている。

なぜ、そうなるのかと言えば、北村紗衣教授を取材するメディアの側が、北村の研究の中身まで詳しくは承知しておらず、単に「シェイクスピアの女性ファンについて研究した、シェイクスピア研究者」だと、その程度の認識で取材しているためである。

それに、わざわざ記事にするのだから、取材対象である北村の肩書きだって、とにかくシェイクスピア研究者なんだから「英文学者」なんだという粗雑な短絡で、世間的に通りの良い「英文学者」だということにしてしまいがちなのである。

カート・ヴォネガット・ジュニアの口癖ではないのだが、世の中「そんなもの(So it goes.)」なのである(『スローターハウス5』)。


要は、その手の読み捨て記事では、肩書きなど「箔付け」のためのものでしかないのだから、嘘はつけないものの、馴染みのないマイナーなジャンルのそれよりも、通りの良いメジャーな「肩書き」の方が、宣伝効果的に望ましいためなのである。

無論、取材された側の北村紗衣教授が「いや、私は英文学者ではなく、英国文化研究者です」と正せば、訂正されもしたのだろうが、教授ご当人としても、世間で通りの良い肩書きの方が好都合だし、完全な肩書き詐称というわけでもない(なにしろ取材したメディアの方が、勝手に間違えただけなのだ)から、「英文学者」というズレた肩書きを、そのままありがたく容認しているのであろう。

一一違いますか、北村紗衣 武蔵大教授?

それに、北村紗衣だって、さすがにシェイクスピアをひととおりは読んでいるし、シェイクスピア本人についてやその文学についても、「入門書」や「ゆるふわエッセイ」程度のものなら書けるし、事実書いている。

(第一著書『お砂糖とスパイスと爆発的な何か』でも「不真面目な批評家」を自称しているが、要は、学術的ではない「不真面目な内容」だという、予防線であろう)
(今では「ゆるふわ」でイメージチェンジを図っているが、かつては危険人物として、ネット上でブロックされまくっていた北村紗衣。また、それが自慢だった、若い頃もあったのだ)


「シェイクスピア研究」の「学術的な成果」というほどものではなくても、そんな著作でも「広義のシェイクスピア研究書」だとは言えようから、それなら北村紗衣教授だって、「シェイクスピア文学を論じることもできる、広義のシェイクスピア研究者」だということにはなろう。
つまり、この段階で、北村紗衣教授だって「英文学者」だと、言って言えないこともないのである。

一一もちろん、その中身やレベルを問わなければ、の話なのだが…。

話を戻せば、現在の大学研究者というものは、研究者としてのオリジナリティを出して、自身を売り込むために、「重箱の隅を突くような」研究をやりがちなのだ。

かつての大学とは違い、とにかく「商品となる学問」であり「商品としての学者」でなければならない。
となれば、学者としての実績や実力はさておき、ひとまず「目立ってなんぼ」なのだ。
どうせ、素人の学生に、学者の実力など見抜けず、せいぜいマスコミへの露出度くらいしか気にしないのだから。



シェイクスピア研究をするのに、例えば、福田恆存すら読んだことがなくても、ひとまず、先人がやっていないところさえ掘れば、出てきたものがシェイクスピアの遺構などではなく、シェイクスピアファンの捨てたゴミであろうとも、かえってその方が「話題性のある実証研究」ということになる。

シェイクスピア文学の新解釈はネットニュースにならないが、シェイクスピアファンのラブレターが見つかれば、ネットニュースになる可能性はある。ひとまず話題性ならあるからだ。

そんなわけで、いまさらシェイクスピア本人の人生を、極東のいち無名研究者が研究したところで、地元イギリスの研究者たちの仕事の穴を埋めることなど到底できない。
ましてや、シェイクスピア文学を文芸批評的に論じても、幾多の先人のそれに比肩するようなものを書くことなど、とうてい不可能だ。

だから、ジャンルは多少違えど、今どきの「歴史学者(歴史研究家)」も、北村紗衣教授と同様、「はあ、そこを深掘りなさったんですか?」と、ため息混じりにそう言いたくなるような、「重箱の隅」の研究をしているのである。

また、そんな地べたを這うような研究をしている歴史学者からすれば、「天の高みから、歴史を論ずる」ような、「文明論」的なアプローチなど「研究ではない」と、そう言いたくなる気持ちになるのも、よくわかる。

昔の漫画ではないが、貧乏人の子供が働きながら苦学してプロ野球選手になったのに対し、金持ちの御曹司が金にあかせて有名トレーナーを雇い、恵まれた施設を使って個人レッスンに明け暮れた結果、同じグラウンドに立ったりしなら、「あんな奴」と、そう言いたくなるのと似たような感情なのだ。

実際、北村紗衣教授などは、北海道の地方新聞社主の御曹司、ではなく、ご令嬢であり、豊かな「文化資本」(ピエール・ブルデュー)に恵まれた結果もあって東大に入り、そこで流行りのフェミニズムと出会って、BL(ボーイズ・ラブ)小説好きの彼女もフェミニストとなり、それを武器に大学教授にまでなった、いまや貫禄のある人なのである。

そんなわけで、「歴史学」に限った話ではないのだが、「歴史学」もまた、個人の立身出世のため、要は、多少なりとも「オンリーワンになりたい」がための「重箱の隅を突くような研究」が、その大半を占めるようなものになってしまい、「世界を俯瞰する目(スケール)」を失ってしまっているのだ。

で、そんな「歴史学」の現状に、危機感をもって疑義を唱えている歴史学者が呉座勇一であり、もう「言う(批判する)だけ無駄だ」と、日本の歴史学の世界を見限ってしまい、「歴史学者という肩書き」を捨てたのが、與那覇潤なのである。

つまり、両者は「今のような、重箱の隅を突くだけの歴史学であってはならない」という問題意識では共通しており、その観点から、この対談はなされたのだ。

では、今の日本の歴史学界が「重箱の隅を突くだけの歴史学」から抜け出すためには何が必要なのかと言えば、そのひとつが「文明論」的な「巨視」的視点であり「総合的な知」の回復的な獲得だ、というのが、本書の主張である。

そして、そうした「文明論」的な「巨視」的視点であり「総合的な知」を示したものとして、本書では(相応の年齢に達した読書家ならば、読んではいなくてもそのタイトルくらいは知っていて当然の)歴史的名著が召喚され、そこで示された「文明論的な知」の重要性が、著者二人の「今日的な目」を通して、積極的な検討にふされるのである。

『 文芸評論の元祖にあたる小林秀雄は1961年、連載「考へるヒント」(のち文春文庫)でまさに『忠臣蔵』を素材に、現代人には想像することが難しい往時の人々の情感を「歴史の穴」と呼び、歴史学者はそれを素通りしすぎだと批判しました。丸谷さん(※ 『忠臣蔵とは何か』の著者である丸谷才一)も(※ 同書の)20ページから小林に言及しつつ、自分はもっと精緻に彼らを理解してみせると表明する。こうした(※ こんにち失われかけている)文学や芸能を扱う批評の系譜が、日本文化論の貴重な蓄積になっています。
 武士という私の研究テーマと重なることもあって、後ほど述べますが正直、歴史学者としては丸谷さんの(※ 『忠臣蔵』)解釈に「どうかなぁ」と思う箇所もあります(苦笑)。ただ、だからといって同書が無価値な「トンデモ本」ということはなく、むしろ史実と異なる部分は訂正しつつ、日本人の思考や感情の奥底を探る手がかりとして読める(※ 懐の深い)作品だと思います。』

(呉座の発言・本書P228)


つまり「今から(後知恵をもって)見れば、詰めに甘いところもある」けれども、そこをして「古い」だなどと全否定するのではなく、名著に秘められた「今は失われた美点」を積極的に見出し再評価すべきだ、ということであり、「そうした積極的な姿勢が、今の私たちには気づきにくい、歴史学の弱点を気づかしめて、結局は歴史学に益することにもなるんだ」と、そういうことなのである。

そしてこうした観点は、私が最近レビューを書いた、與那覇潤の二著にも共通するものなのだ。


要は、「目新しさ」ばかりに追い立てられて視野狭窄になるのではなく、「温故知新(古きをたずねて、新しきを知る)」ということなのである。

自身を大きく見せたいがために、「我々こそが研究の最前線だ!」などと、ケチくさく威張って見せるのではなく、自分たちの「常識」が、先人の苦闘によって築かれたものだという事実を謙虚に受け止めることができるならば、まだまだ先人から学ぶべきことはある。一一そして「私たちが、効率性のゆえに見失ってしまったものを、もう一度みつけることも出来るはずだ」と、呉座勇一と與那覇潤は、そのように訴えているのである。

本書での「歴史」や「歴史学」についての議論は、二人がその道のプロであり、かつ、5回の対談記録に徹底的に手を加えたというだけはあって、じつに充実した内容になっている。
一一こんなこと、現場でそのまま話してたのなら、二人はとんでもない天才だということになるだろうというほど、レベルが高く稠密な議論となっているのだ。

だが、もともと「記憶力が無い」と公言する私は、若い頃から「歴史が苦手」だったため、歴史に関する二人の専門的な議論には、十分にはついていけない部分も、正直なところ多々あった。

だが、歴史学者になるつもりのない私にとって、本書から読み取るべきは、「歴史学は、いかにあるべきか」ということではなく、一一「知り学ぶ」とはどういうことであり、何のためのものなのか。そして「読書」とは、何のためになされるのか一一ということなのであった。

本書には、明確に「読書論」としての側面があり、その優れたテキストとして、次の名著5冊が紹介されている。

・ 梅棹忠夫『文明の生態史観』
・ 宮崎市定『東洋的近世』
・ 井筒俊彦『イスラーム文化』
・ 高坂正堯『文明が衰亡するとき』
・ 丸谷才一『忠臣蔵とは何か』


私たちは、本書における二人の著者の読み解きを通して、これらの名著の非凡さに触れるだけでも、確実に、ひとつ盲をひらくことになるだろう。

なお、対談中で與那覇潤が触れているとおりで、呉座勇一と言えば、2016年に刊行してベストセラーとなった歴史書『応仁の乱 戦国時代を生んだ大乱』(中公新書)で「実証史学ブームの立役者」となった人だ。

その呉座が、どうして「実証史学ブーム」に水を差すような注文をつけるのかと言えば、それは「歴史学」にとって、綿密な実証研究は大前提のものとして必須なのだけれど、それだけでは「方向性」を見失ってしまうと、そこに危機感を募らせたからなのだ。

ただ「人のやっていないことをやること」、つまり「重箱の隅を突くようなこと」に専念することで、自分を売り込もうとするようなケチな心掛けではなく、「歴史」研究ということの目的であり「大義を見失うな」と、呉座勇一は、そう言いたいから、本書のような本を同志である與那覇とともに、書きもしたのである。

なお、「歴史」にはあまり興味のない私が、呉座勇一の名前を知ったのは、Wikipediaにも立項されたほど有名な、告発状「オープンレター:女性差別的な文化を脱するために」によってであった。

呉座は、前述のフェミニスト北村紗衣とSNS上でケンカとなり、その挙げ句、北村が呉座を「女性蔑視者」だと名指しして、「こんな人物を学会に居座らせてはならない」と訴えて、千数百人もの賛同署名を集め、それをインターネット上に公開した。

その結果、呉座はこの「オープンレター」の圧力により、いったんは歴史学者としての職を奪われ、社会的にキャンセル(排除抹殺)されかけた、そんな「ネットバッシングの被害者」だったのである。



(※ なお、このオープンレターには、複数の偽署名が確認されている。また、北村紗衣は日本語版Wikipediaの編集者をしているため、上の「オープンレター:女性差別的な文化を脱するために」項目からは、北村紗衣の名前も呉座勇一の名前も、直接の関係者名は全て削除されており、「呉座勇一」の項目も「オープンレター」については、曖昧に『2021年3月に(※ twitterへの)不適切な投稿が発覚し、批判を受けて呉座は謝罪を表明』としか言及がいない。
これは、呉座に二度も公開謝罪をさせた上、その職まで奪った「オープンレターは、いくらなんでもやりすぎだ」という批判を受けた結果、その過去を隠滅するためのものだと見てよかろう。実際、北村紗衣は、自身のTwitter(現「X」)のオープンレター関連ログを、ほぼすべて削除している。もちろん、Wikipediaの「北村紗衣」の項目には、オープンレターへの言及などカケラも無いが、記事の出典だけは異様に充実しているのが、さすがと言うほかない)


私が何年も後から、この「オープンレター」騒動の存在を知ったのは、ネット上でいきなり、私に因縁をつけてきた北村紗衣という人物について、こいつは何者かと調べてみた結果であった。

すでに、まる2年以上前の話だが、その頃の北村紗衣は、「オープンレター」によって、いったんは呉座勇一の学者生命を奪い、さらに、そんな呉座を擁護して北村紗衣をネット上で攻撃した、当時大学教員(助教)だった山内雁琳に対しては、その言葉尻を捉えて「名誉毀損の民事訴訟」のスラップ裁判を仕掛けて、賠償金220万円をせしめ、山内の口までも(法的に)封じていた。
また、この裁判のせいで、山内もまた大学での地位を失うことになった。


そんな「荒ぶる実績」のおかげで、北村紗衣は、ネット上で「名指しで批判できない危険人物(アンタッチャブル)」視され、また、それを良いことに、自身の気に入らないことを主張するネット上の発言者を、「スラップ裁判」や「SNS管理者への通報による記事の削除やアカウントの停止」をちらつかせて黙らせるという、好き放題をやっていた。
私に対するいいがかりも、そのひとつだったのである。

例えば北村紗衣は、自身の「映画解釈」を批判した人さえ、「女性蔑視者」呼ばわりすることで、黙らせようとした。
解釈の中身を議論するのではなく、相手が男性だと見るや、これ幸いとばかりに「それは女性蔑視から出た意見ですね」と決めつけ、フェミニズムをふりかざして悪用することで、相手を恫喝したのである。

で、私も、当時はそんなこととはつゆ知らず、たまたま見かけたら北村紗衣の、映画に関するインタビュー記事を読んで「こいつ、アホだな」と思い、当時、北村紗衣と「アメリカン・ニューシネマとは何か」について、ネット上で論争していた映画マニア須藤にわか氏の「note」記事のコメント欄に、須藤氏の見解に賛同し、北村紗衣を否定的に評するコメントを書き込んだところ、須藤氏の「note」を見張っていたのであろう北村紗衣が、いきなりその記事のコメント欄に、「管理者通報した」旨のコメントを書き込んできたのだ。

一一これが、北村紗衣と私の、初遭遇だったである。



(北村紗衣にかかると『北村さんの本を読んで、きっちり切り刻んでやろうかな(笑)。』という言葉が、『私の本を切り刻むというコメント』と、まるで「器物損壊予告の脅迫」であるかのように言い換えられ、管理者通報の理由にされてしまう。北村紗衣は、日本語が読めない「英文学者」なのだろうか?)

そこで私は、そのコメント欄において即座に北村紗衣に反論したのだが、北村紗衣は、自分の方からケンカを売っておきながら、以降、うんともすんとも言わなくなったので、業を煮やした私は、その経緯を詳細に記した「note」記事としてアップしたところ、今度は、その記事が管理者通報されて、突然削除されてしまったのである(ちなみに、note運営事務局からは、この削除措置に関する事前問い合わせ等は一切なかった)。


ではなぜ北村紗衣は、恫喝によって多くの人を黙らせておきながら、私には反論もしなければ、裁判も起こさないのかと言えば、それは私が、これまでにTwitter(現「X」)やmixi、Amazonカスタマーレビューなどのアカウントを停止されながら、それでもSNSを変えつつ、相手を選ばない批判的言論を続けてきた人間であり、しかも、私生活ではすでに定年退職した独身の元公務員であると、削除された「note」記事において告げ、北村紗衣に対し、次のように「警告」していたからであろう。

「私の批判が名誉毀損になると言うのなら、山内雁琳にしたのと同様、賠償請求裁判でも何でも起こしたらいい。しかしこっちは、山内が払わされた200万円くらいなら、支払っても生活に支障がないくらいの余裕はあるから、そのつもりでいろ。裁判で負けたとしても、そっちの陰険なやり口を、法廷の場ですべて明らかにしてやる」と。

北村紗衣は、自身が終身雇用の保証された「テニュア教授」であるのを良いことに、相手の社会的地位を奪う「キャンセル(カルチャー)」を得意技としていた。
だから、論争する気もなければ、そもそも、その能力もなかったのである。


だが、私の場合はすでに、失うような「公生活における立場」などない隠居の身だったので、北村紗衣による恫喝など怖れる必要はなく、北村もそれを知ったからこそ、もとより理屈では勝てない歴戦の私に反論することはせず、以降、姑息にも無視黙殺を決め込むことにしたのである。


ちなみに私は、北村紗衣に難癖をつけられた当初、一度だけだが、北村の勤務先である武蔵大学に、自身のスマホから直接電話をして、本人を出してくれと言ってみたのだが、とうぜん取り次いではくれなかった。

それで、電話に出た大学職員に「北村紗衣教授がネット上でやっていることを、大学側は承知しているのですか? 職員の素行について把握していますか?」と問うたところ、その女性職員は「教員の私生活については、基本的に干渉はしないし、こちらとしては何もお答えすることは出来ない」と、いかにもクレーム慣れした、しかしすこし怯えた感じで、そう答えた。

当然ことながら、武蔵大学は、北村紗衣教授の「オープンレター」騒動も「名誉毀損賠償請求裁判(雁琳裁判)」のことも、百も承知していたため、無難に守りに入っており、関わりを恐れて、聞く耳を持たなかったのである。

ちなみに、私は以前、ある関西の大学の名誉教授の著書を「note」記事で批判して、そのあとご当人からのコメントがあったので、しばらくやりとりしたのだが、先方の「私はそうは思わない」を繰り返すぐずぐずした物言いに業を煮やして、その名誉教授が私的に開催していた有料講座の場に「お誘いいただけるのなら、こちらから直接お伺いしましょうか? 生徒さんの前で堂々と論争しようじゃないですか。私のレビューのコピーくらいは自腹で配らせていただきますよ」と返し、途端に相手からブロックされた、ということもあった。

つまりこちらは、議論の内容にさえ自信があれば、何様が相手であろうと、逃げ隠れのできない「公場対決」こそ、望むところだったのである。


ともあれそんなわけで、私にとっての呉座勇一とは、鍵アカウント内で北村の「陰口」を叩いてしまったという不用意な落ち度こそあれ、社会的に抹殺されねばならないほどのことはしていない、北村紗衣主導の「オープンレター」による「過剰報復の被害者」という位置づけだった。

「歴史」にはあまり興味がないため、呉座の著作にも興味がなく、こんにちまでその著書を読んではいなかったのだが、しかし、北村紗衣批判の先輩である與那覇潤の著書はすでに何冊か読んでいたから、今回は呉座勇一との共著である本書『教養としての文明論』を読むことにしたのである。

で、本書を読めば、呉座勇一が、北村紗衣とケンカになったというのも、それはある意味で「当然だな」と、そう理解することができた。

端的に言って、呉座勇一は北村紗衣などより、はるかに頭がいい。学者としても、比較の対象ですらないくらい、格段に上だ。

それに「重箱の隅を突くような隙間学問」ではなく「広い視野」を持つべきだとする呉座からすれば、流行のフェミニズム一本で成り上がっただけのタレント学者でしかない北村紗衣など、学者としてはお話にもならない三流以下だと、そう映ったのも故なきことではないのだ。

ただ、往年の無敵の日本人プロレスラーだった力道山が、チンピラに刺されて死んだという厳然たる「戦後史」から学ぶなら、手段を選ばないチンピラこそが、かえって危険であり、決して舐めてはいけない存在だったのだ。

だが、まだ若かった呉座は、そうした世知には長けていなかったのであろう。
それで、思わぬ角度から(フェミニズムによるキャンセルカルチャーによって)刺されてしまったのである。


まさか、「口喧嘩」に負けた腹いせに、千数百名を引き連れて、「お礼参り」に来るとまでは考えなかったのだが、後知恵だとは言え、北村紗衣が「#MeToo」ブームに乗ってフェミニストとして売り出した人物であってみれば、「徒党の力」に訴えるおそれのあることは、考慮すべきだったかもしれない。

ともあれ私たちは、呉座勇一の犠牲によって、「言論」ではなく「数の暴力」に訴えるような、自称「マイノリティ(少数者)の味方」を名乗る、言行不一致の輩の存在を、身に沁みて知ることになるのである。

だがまた、いくらそうしたケチなチンピラだからといっても、社会悪は批判されねばならない。

「オープンレター」のように、「数の暴力」で、寄ってたかって「個人」を攻撃をする「ネットバッシング」は許されないが、言論による1対1の批判・反論の「議論」は、民主主義の大前提として、是非とも為されなければならない。
「知らぬ存ぜぬ」のノーディベートなど、許されてはならないのだ。


当然、北村紗衣のような、あるいは、「重箱の隅を突くようなことしかやれない、不勉強な学者」は、適切に呵責なく批判されねばならない。
学問とは、相互批判・相互検証によって、その健全性が担保されなければならないものなのだ。

そうでなければ、徒党を組む悪貨が良貨を駆逐して「子供騙しの三流学者」ばかりが学会で幅をきかせることになり、その挙げ句、最近では「(口先だけの)人文学などいらない」などと言われたりすることにもなるのだ。


私は一介の読書人にすぎないが、とは言え、読書を愛し、人文知を愛する者の一人として、本書の問題提起を無視することなど到底できない。
本書『教養としての文明論』に語られているのは、「今ここの危機」なのだ。

北村紗衣のような、ごく狭い専門と趣味の部分(映画、舞台、洋楽)以外は、完全に無知な「今どきの(本を読まない)学者」が、知識人を気取ることを許せば、日本人の知的レベルは、確実にさらに低下するだろう。(武蔵大生よ、良き師に学べ)

「ジャニーズ喜多川問題」にも明らかなとおりで、出版社や書店、各種マスコミなどは、表向きでこそ「ご立派なこと」を口にしても、所詮は人気者を利用して稼ぐことしか考えていないのだから、損得抜きでやれる者が、語るべき正論を語るしかないのだ。


本書『教養としての文明論』でなされているのは、そういう稀有な「抵抗の言説」なのだ。

だから貴方も、その戦列に加わるべきなのである。
そしてそれをするためにも、「良書」を読み、「古典」に親しむべきだ。

それなくして、真贋を見分ける「眼力」など、身につくわけもないのである。

なお、本書の成立事情については、下のネット動画に詳しく、こちらはとてもわかりやすいので必見である。

私自身は、一銭の儲けにもならないが、是非ともご視聴をと、こちらも強くオススメしておきたい。
無料で視聴できる92分ぶんだけでも十分である。

・YouTubeチャンネル「春木で呉座います。」
【ゲスト:與那覇潤】歴史学はオワコンか? 文明論は復権する!!



(2026年10月10日)



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“呉座勇一・與那覇潤 『教養としての文明論 「もう西洋化しない」世界を見通す』: 志高き「学問」を取り戻すために” への2件のフィードバック

  1. モハのアバター

    呉座勇一さんと與那覇潤さんの共著であるならば、これはもう武蔵大学の北村紗衣教授の話題は避けられないだろうと思いましたが、やはり記事内で密度の濃い内容で紹介されておりますね。

    ところで下記の

    >若きレオナルド・ディカプリオの主演した映画『ロミオ+ジュリエット』(1996年)にやられて、シェイクスピアにも興味を持つに至った

    この話は初めて知りました。シェイクスピアや英文学よりも映画の本ばかり出している印象が強い北村紗衣教授には以前から違和感がありましたが、こういう出発点でしたら成程納得なのです。

    それにしても改めて思いますに、「シェイクスピアの女性ファン」の研究は、現代の話に置き換えるならば「コミックマーケットに来場する漫画・アニメ・ゲームの女性ファン」あたりでしょうか。
    こういう方々を研究する人をして、題材となった漫画・アニメ・ゲームの研究家と言えるのかは、私には非常に怪しく思えます。

    しかし記事で書かれているように、メディアでは分かりやすさを重視して「シェイクスピア研究家」「英文学者」と紹介されますので、現状追認すれば双方ともにメリットですから、実に上手い具合に事が運んだものです。

    (思えば現首相である高市早苗にも、過去にはメディア側で分かりやすく「米国連邦議会立法調査官」なる肩書が設定されましたので、同じ構造なのでしょう。)

    ところでWikipediaでの北村紗衣教授の項やアルクの記事を見る限り、赤が勝負服のように思えて、なるほど攻撃的な彼女には似つかわしいと思えます。

    それだけに、記事内で画像が貼られました「素面のダブリン市民」の爽やかな緑が目を惹く装丁や、ツイッターのアイコンにも設定されている可愛らしい緑の熊のぬいぐるみの写真が使用されている帯には少々、いや、だいぶ無理があるように思われてなりません。

    (今や熊の被害が日本各地で出ていますので、その点だけは時代に先駆けていたのかもしれません。)

    それに今さら「ゆるふわ」と言われても、冗談にしか見えません。
    そもそも「私は善人だ」と自称する人間が善人であった試しはありませんので。

    と、このままだと北村紗衣教授の話題のみでコメントが終わりそうなので、呉座勇一さんの話題も上げさせていただこうと思います。

    非常に売れている「シン・関ヶ原」という本の内容が、これまでの研究の積み重ねを無視したもので非常に問題があるという事で、呉座勇一さんがYoutubeにて著者の高橋陽介さんと対談、論戦を繰り広げておりました。

    その映像の中で呉座さんは、高橋さんに一定の理解を示しつつも、新説を導き出すまでの論理に飛躍があり、拙速である点は呵責なく批判していました。研究姿勢とその実力をひしひしと感じるものであり、オープンレター事件でつまづいた分、これからも頑張ってもらいたいと思った次第です。

    このような歴史学者の方だけに、自分の過去のつぶやきを抹消し、将来にオープンレター事件の妥当性を検証する事が不可能にならざるを得ない行為に及んだ事は、心中いかばかりであっただろうと、(外部からの働きかけの有無なども踏まえて)色々と考えてしまいます。

  2. 年間読書人のアバター

    > モハさん

    コメント、ありがとうございます。

    > 呉座勇一さんと與那覇潤さんの共著であるならば、これはもう武蔵大学の北村紗衣教授の話題は避けられないだろうと思いましたが、やはり記事内で密度の濃い内容で紹介されておりますね。

    まあ、私は「北村紗衣の専門家」ですからね(笑)。

    > (思えば現首相である高市早苗にも、過去にはメディア側で分かりやすく「米国連邦議会立法調査官」なる肩書が設定されましたので、同じ構造なのでしょう。)

    たしかに、最近の高市早苗を見ていると、最近の北村紗衣と重なる部分がありますね。
    かつては、見せびらかすが如き「タカ派」だったのに、今ではすっかり「優等生」ぶっているようなところが。

    > ところでWikipediaでの北村紗衣教授の項やアルクの記事を見る限り、赤が勝負服のように思えて、なるほど攻撃的な彼女には似つかわしいと思えます。

    おっしゃるとおり、北村紗衣の勝負服の色は「赤」だったと思います。
    「燃える闘魂」アントニオ猪木の「赤タオル」と同じでしょう。

    ああ、そこから言えば、かつての北村紗衣は、BLに「萌える闘魂」だったのかもしれません(笑)。

    > それに今さら「ゆるふわ」と言われても、冗談にしか見えません。
    > そもそも「私は善人だ」と自称する人間が善人であった試しはありませんので。

    たしかにそうなんですが、「ウソも百遍つけば(本当になる)」という言葉もありますし、なにしろオープンレターのことでは、臆面もなく「証拠隠滅」をやったり、公私混同でウィキペディアンの立場を悪用したりするような厚顔無恥な人ですから、「私は、ゆるふよ♡」とか、四〇代半ばになってもやれるんでしょうね。

    そう言えば、最近の写真を見かけないのは気のせいなのか、イメージ操作の一環なのか?

    > 非常に売れている「シン・関ヶ原」という本の内容が、これまでの研究の積み重ねを無視したもので非常に問題があるという事で、呉座勇一さんがYoutubeにて著者の高橋陽介さんと対談、論戦を繰り広げておりました。

    オープンレターでのつまづきに懲りないで、是々非々を貫かれている姿勢は立派だと思います。

    > このような歴史学者の方だけに、自分の過去のつぶやきを抹消し、将来にオープンレター事件の妥当性を検証する事が不可能にならざるを得ない行為に及んだ事は、心中いかばかりであっただろうと、(外部からの働きかけの有無なども踏まえて)色々と考えてしまいます。

    まあ、「謝罪」の前提として要求されたことであり約束したことだから、やむを得なかったと言うことなのでしょうが、それでも忸怩たるものはあるでしょうね。

    でも、その悔しさをバネにして、歴史家としての本義を貫いてもらえればと思います。

    まあ、それにしても、與那覇さんも「オープンレター」の本を書かれますし、山内雁琳さんも本を出す方向のようです。山内さんの場合も「裁判」での縛りがあって、北村紗衣とのやりとりの詳細を公開できなくなっているのかもしれませんが、いずれ第三者が、オープンレターの「歴史」を描くことになるのは、間違いないと思います。

    歴史的資料が極めて少ない「古代史」だって、可能な範囲で「歴史」は描かれるのですからね。

    「北村紗衣オープンレターの乱」とかな。(←文末は、北村紗衣の真似)

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