▷ 書評:鈴木沙巴良『文学フリマ物語 なぜ人は創作に魅せられるのか』(ウェッジ)
端的に言って、つまらない本である。
文学フリマに通う人たちの何割かが、タイトルに惹かれて本書を買ってくれたらと、そんな著者の「当然の目論見」が透けて見えないのは、「文学フリマ万歳!」な読者か、取材される側に立ちたくてならない者だけだろう。
著者は、大学生の頃に第1回の文学フリマを覗いたことのある人で、大学卒業後、海外放浪や大学院進学などを経て、現在は共同通信の記者なのだそうだ。
しかし、自社の配信記事では到底紹介しきれない文学フリマの今と昔をもっと知り語りたいと、独自取材をしてまとめたのが本書である。

しかし、そんな本書のダメなところは、取材対象たる文学フリマに、べったりと肯定的なところだ。
そこには、もともと著者自身が、若い頃に文学フリマを覗いたような人だったという個人的な事情(愛着)があるというのは無論だが、それよりも、いかにも現役の新聞記者らしい「取材対象」にべったりな態度にこそ、問題あろう。
一一快く取材に協力してくれた人については、悪くは書けない、というようなことだ。
つまり、取材対象は、多少なりとの好意的に「美化」されている。
取材対象の方は「見せたい自分」だけを見せ、取材する著者は、それをそのまま肯定的に描く。
「そんなこと言ってるけど、それは綺麗事でしょう?」的な、意地悪な、しかし批評的な目など、そこにはかけらも存在しない。
こうした「文化部」的な記事なら、それで八方うまく収まるのかもしれないが、そこには、そんな提灯記事を読まされる読者に対する意識が欠けている。
現実をそのまま伝えようという意識が希薄で、「取材対象に喜んでもらえる記事にしよう」という、一見もっともらしいだけの姿勢なのだ。
だが、こんな記者では、政治部や社会部では使いものにならないだろう。事なかれの、サラリーマン記者になるのは目に見えている。
取材対象である、政治家や警察関係者などに気に入られようとするあまり、彼らを裏切ってでも真実を伝えようというリスクを引き受ける気概など、とうてい持てはしないからだ。
しかも、さらに問題なのは、読者にはそうした「取材対象にべったり」とは映らないようにと「問題意識を持って客観的に観察し、考察もしてますよ」といった、アリバイ工作にしか見えない、薄っぺらい分析がそこここに見られる点だ。それがどうにも鼻持ちならない。
いかにも、この本の「想定読者」に喜ばれそうなことしか書いておらず、その意味で、大西巨人言うところの「俗情との結託」そのものであって、外部に通用するような普遍的な価値がない。
いま流行りのもの、いま栄華を誇るものにべったりと媚びることにより、今ウケさえすればそれでいいという、そんな無自覚な軽薄さが透けて見えるのだ。
だから、私のような、文学フリマと距離をおいて来たような人間には、そうした「臭み」が鼻についてならないのである。
では、そんな私がなぜ本書を読んだのかと言えば、それは無論、文学フリマというものに、「興味」があったからだ。
しかしそれは、「興味」であって、ことさらな「好意」などではない。
だから、自分でその会場にまで足を運び、直に確認しようというほどの興味までは持てなかったから、ときどき横目で見ながら、「ずいぶん盛り上がっているようだけど、所詮はお祭りだろう」と、そんな覚めた目で、遠目に眺めてきたのである。
私は、本書で「最初に文学フリマを提案した人」として語られる批評家の大塚英志より4つ年下で、初期の文学フリマを「ゼロアカ道場」で盛り上げた東浩紀より9つ年上だ。
つまり、大塚や東の初期著作は、新刊書店で見かけて、そこそこ読んできたような世代の人間である。
だから、文学フリマのことも、第1回以来、折に触れてその噂くらいには接してきて、それなりに興味はあったのだが、自分が参加しようという気にまではならなかった。
文芸版コミケ(コミックマーケット)とでも呼ぶべき文学フリマの楽しさや存在価値が、まったく理解できないというわけではない。
というのも、私は高校時代は漫画部に所属していたのだが、作品の発表の場というのは、年1回の文化祭くらいしかなかったからである。
せっかく描いたものなら、同じ部員だけではなく、また限られた友人だけでもなく、いろんな人に見てもらい、感想をもらえたらと、そういう気持ちはあったからだ。
実際、一度だけだが、学区内の高校の漫画部と漫画研究会が合同で、市民会館の一室を借りての合同発表会を開催したことがあったが、その時の高揚感というのは、今も覚えている。
無論、その頃にはすでにコミケは開催されていたのだが、大阪在住の私には、それは遠い東京の話に過ぎなかった。
また、その当時の高校生にとっては、会誌や同人誌といえば、ガリ版刷りや青刷り、良くてコピー誌で、オフセット本というのは、かなり覚悟のいる、極めて高価なものだった。

もっとも、当時の私は、漫画家やアニメーターに憧れて、勉強もせずに絵ばかり描いていて、さっぱり受験勉強の方はお留守だった。
また、そのために、しっかり大学受験に失敗してしまいましたのだ。
だが、さりとていまさら面白くもない受験勉強をする気にはならず、どうしようと焦っていたところ、たまたま父のすすめで警察官の試験を受けたところ合格してしまった。
そしてそのまま社会人になったため、その後の趣味は、元来は漫画を描くための勉強として始めた読書の方にシフトしてしまった。
絵を描いたり文章を書いたりしても、どこにも発表する場がなかったので、パソコンを手に入れて、それで絵を描いたり文章を書いたりするようになるまでは、そうしたことから、ほとんど完全に遠ざかっていたのである。
しかし、創作をしなくても、アニメファンとしてアニメ専門誌『アニメージュ』を長らく購読していたので、コミケなどの同人誌即売会関係の情報には折に触れて接した。
そのおかげで、ある時、大阪の中之島公会堂で同人誌即売会が開催されるというのを知り、「ここなら行ける」と、初めて同人誌即売会へと足を運んだのである。
一一だが、私はその場がぜんぜん楽しめなかった。
同人誌を売るブースの記憶はまったく残っておらず、記憶に残っているのは、アニメ版『ダーティペア』(1985年)のコスプレをしていた若い男性と、同作に登場する小型サポートロボット・ナンモのコスプレ(ダンボールで作ったナンモを、箱男のように頭から被っていた)だけである。
私は、そのコスプレを見て、自分のことのように恥ずかしくてならず、それにすっかり腹を立ててしまい、二度とこんな所へは来るまいと、そう思った。
私がなぜ、そこまでそのコスプレに腹を立てたのかというと、それが似合ってるとかいないというようなことではなく、その「自己満足」垂れ流し的なものが、たまらなく嫌だったのだ。
雑誌などで、コスプレの写真は見ていたから、自分でもそんな感じになるとは予想できなかったのだが、目の前にその実物を見ると、それが自分と同じ人間として、生々しく迫り上がってきたからなのかも知れない。
もちろん、所詮はお祭りイベントなんだから、人に迷惑をかけないかぎり、本人が楽しめればそれで良いじゃないかというのは正論だと思うし、理解もできる。
だが、当時の私は、そうした自己満足というのが気に入らなかったし、そうした自己満足こそが「恥ずかしくないのか?」と、そんな気持ちになったのである。
つまり、自己満足ももちろん大切だが、客観的なクオリティが気にならない、そんな志の低さが気に入らなかったのだと思う。
自分の「気持ち」にしか興味がなく、その行為が、客観的にどれほどの価値を有するのかということなど、てんで気にならないふうな、いかにもお気楽な様子が、私の嫌悪を誘ったのだ。
で、ここまで書けば、私がなんで文学フリマに興味を持ちながらも、関わろうとはしなかったのかは明らかだろう。
要は、それが「自己満足だけのイベント」であろうことが嫌だったのだ。
平たく言えば、そこは、自己満足的な「作家先生ごっこ」「そのファンごっこ」的お約束の上に成り立っている、馴れ合い持たれあいの虚構空間であり、おのれを突き放す自己批評性というものが、まったく感じられない、そんな暗に同調を強いる類いの「空気」が嫌だったのだ。
私が当時も今も好きなアニメに『あしたのジョー2』がある。
その第14話「どこにある…ジョーの青春」には、ジョーをひそかに慕う典子との、次ようなやりとりがある。

紀子 「矢吹くんは……さみしくないの? 同じ年ごろの青年が、海に山に恋人とつれだって青春を謳歌しているというのに……。
矢吹くんときたら、くる日もくる日も汗とワセリンと松ヤニの臭いがただよう薄暗いジムに閉じこもって……」
ジョー 「紀ちゃんの言う〝青春を謳歌する〟って事とはちょいと違うかもしれねぇが、オレはオレなりに、今まで燃えるような充実感を何度も味わってきたよ、血だらけのリングの上でさ。
ブスブスとそこらにある、見てくれだけの不完全燃焼とはわけが違う。
ほんの瞬間にせよ、眩しいほどに真っ赤に燃え上がるんだ。
そして、後には真っ白な灰だけが残る。
燃えカスなんか残りゃしない。真っ白な灰だけだ。
力石だって、あのカーロスだってきっと、きっとそうだったんだ!」
紀子 『私……とてもついて行けそうもない……』
一一時代錯誤なのは百も承知の上だが、私の根っこには、馴れ合いを嫌うところが厳然としてあって、「みんなで盛り上がろうぜ、ヒャッホー!」的なものは、すべて嫌いだった。
例えば、コンサートやバーベキュー(BBQ)パーティーが好きなタイプの人たちだけではなく、とにかく人が多人数集まって、画一的な行動をとることで盛り上がり、やがて個が失われて全体に融解するのが心地よいといったようなものは、すべて嫌いだった。
だんじり祭りだのマスゲームだのも、群生動物に退化したかのようで、恥ずかしいとか気味が悪いとしか思えなかったのだ。
つまり、私は個としての境界が失われることに嫌悪感があった。
特に選んだ特別な相手だというわけでもないのに、その場の雰囲気で簡単に一体化するみたいな、自堕落なあり方に嫌悪感を覚えたのである。
だから、私が、組織や集団に加わるためには、明確なロジックと意識が必要だった。
その場のノリによる、「なんとなくの仲間」「なんとなくの共感」的なものが嫌いだった。
のちに知った適切な比喩で言うなら、『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』のラストシーンで、アスカがシンジに向けて放ったセリフ「気持ち悪い」のそれである。
このセリフのアフレコ時、庵野秀明監督は、アスカ担当の声優・宮村優子に「見知らぬ男が横でオナニーしているのを見たらどう思うか」という例え話をしたそうだが、私が、馴れ合いのべったり感に感じるのは、そういう嫌悪なのだ。
「そんなに簡単に、欲望をさらけ出すなよ、恥ずかしい」ということなのである。
私は「ナメクジ」が、なによりも嫌いなのだ。あの、ヌメヌメと湿った感じが気持ち悪い。
つまり、私が文学フリマにもそれと似たようなものを感じたのだ。だからこそ、距離をおいた。
そうした「人類補完計画」的な欲望と、その盛り上がりが嫌だった。
だからこそ私は、TVシリーズ版『新世紀エヴァンゲリオン』のラストを支持したのであろう。私はそこに、自堕落な物語的欲望に対する峻拒を見たのである。
みんなで承認しあって、みんなで盛りあがろう。「おめでとう、おめでとう」一一みたいなものは、コンサートであれ、野球観戦であれ、オリンピックであれ、万博であれ、みんな、どこかでうんざりさせられた。
私は、群衆の中にあっても、個を失いたくはなかった。「群衆の中の孤独」の方が、よほど心地よかったのである。
そうしたものに感激する「多数派」の人たちは、そうしたことに、それぞれに「意義」の見出しているのだろう。
だが、そんなものは所詮、すべて自己正当化のための「後付けの理屈」であって、その根本あるのは「人類補完計画」を実現しようとしたような、べったりとした「相互依存的な安寧」への欲望でしかないと、そう私には思えたのである。
一一それ以外に、いったい何があろうか?
(01)『もちろん、外に発言してすごく評価を得るとか、ここから有名な作家になっていくとか、それもいいんですけど、それよりもやっぱり中の人たちがうまく自分の居場所を得られるというのが一番いいのかなと思います」
だからこそ、同人誌作りにおいてはなるべく楽しんでやることを心掛け、原稿のやりとりをする場合も粗を探すのではなく、良かったところを伝えているという。あっきーさんはもともと編集者だった頃から寄り添うタイプの編集者だったというが、それはアディ(※ 店名)で接客する際の物の柔らかさにも見て取れる』(P82〜83)
『粗を探すのではなく、良かったところを伝えている』というのは「長所を伸ばす」「褒めて育てる」「怒るのではなく叱る」といった類いの「今どきの正論」ではあろう。
だが、それで私たちが失ったものは、本当にないのだろうか?
苦痛に対する耐性がなく、すぐにその場から逃げてしまう若者が増えているという指摘も少なくない昨今なのだが、それで本当に問題はないのか?
なにも、うつ病になったり自殺したりするまで堪えろと言っているのではない。
むしろ、やられたらやりかえすくらいの気概を持てと言いたいところなのだが、当節そんなものは、ドラマの中以外では、とんとお目にかかれない。
(02)『「文学フリマはマジでお祭り。みんなワクワクして行く。付録付けをみんなでやったり、文化祭みたい。本を作る時は大変で、何でやっちゃったんだろうと思うこともあるけど、会場に行くとめっちゃ楽しい」』(P93)
そりゃあ楽しいだろう。
そんな自分の感情に精一杯なのだろうが、みんなで盛り上がって楽しいことが、すべて正しいことでも好ましいことでもないというようなことなど、考えたこともないのだろう。
一一「楽しさは正義」って、本当かよ?
(03)『「今でもお店のPR目的というのは常に少しあります。ただ、きっと僕にも承認欲求があって、その満たし方の一つが文学フリマなんだと思う。仕事でも自分が書いた記事がバズったりうれしいコメントが付いたりしたら、それをずっと見てしまうことがあります。文学フリマで自分の分身みたいな本を買ってくれたり、その感想をSNSに上げてくれたり、『続編を楽しみにしていました』と言って買いに来てくれたりすると、これは〝脳汁〟ですよね」』(P95)
『きっと僕にも承認欲求があって』って、あるに決まっているし、見るからに承認欲求モロ出しなのに、つまらない見栄を張るな一一としか思えない。
現にそうして〝脳汁〟垂れ流し状態なんだから。
(04)『「他者の存在を感じてほっとするというか、同じような状況の人の日記を読んで『自分だけじゃないのかも』と新たな視線を見つけることができたり、悩ましく思っていることについて同じように悩んでいる人の日記を読んで『これからも生きていっていいのかも』という視点を見つけられたり。一方で、知らない人の日記ではあるから、人間ってよく分からないなぁと味わうこともできる。そういう魅力はある気がしています。あと、普遍的なことと出合うとうれしくなりますよね。例えば『更級日記』を読んで『これ、現代でも考えるぞ』と、時間を超えて通じ合う。そういう魅力もあると思います」』(P260)
「似たような人間」を見つけて、安心するまではよいとしても、それで「人間がわかった」なんて思い上がるなよ、と言いたい。
そんな人間ではない人間、つまり他者を理解しようとしてこそ、多少なりとも人間がわかるのだ。
日記を公開するという点において似たような人間だけが、おなじ人間ではないことに気づけよと、そう言いたくなる。
(05)『 内沼さんの話が説得的だと感じる理由の一つが、文学フリマや「日記祭」で購入した日記の本の内容とどこか合致するところがあるからだ。『15人で日記をつけてみた』や『アフター・アフター・アワーズ』を読むと、それぞれがそれぞれの生きづらさを抱え、社会から疎外され、それでも生き抜いている様子が伝わってくる。日記をつけること、創作をすること、そうした営為を通して自分を見つめることが、その支えになっている。』(P271)
「生きづらさを抱えながら頑張っている」という、いかにも「人々に寄り添う」ジャーナリスト好みの、テンプレ的な表現にもウンザリだ。
しかしそんなものは、現に生きている大概の人について使える体の、安直なレトリックでしかない。
つまり、「生きづらさを抱えながら頑張っている」なんて人は、コミケの外にもいくらでもいるが、そういう人たちのことも、少しは視野に入れて書いているのかと、そう問いたい。
(06)『 仮に内沼さんが構想するように「分科会」が林立し、文学フリマが「本体」として存在するほどの盛り上がりを見せるとするならば、それはもはやただのイベントというよりは、一つの運動とみなせるのではないだろうか。市場原理が行き渡り常に競争が求められ、その結果に対して自己責任が課される社会にあって、自らの日常を見つめ、それを言葉として残し、人々とつながること。ゆうあんさんは「第3の居場所」と表現していたが、世間の機序から隔たった現代の「アジール(避難所)」を求める運動は、東浩紀さんが「新しい文化運動」と語った文学フリマ黎明期の動きとは異なり、結節点となるような影響力のある文化人もおらず、徐々に草の根的に広がっているように思われる。』(P275)
「市場原理」だの「自己責任」(を要求してくる抑圧的な社会)だのを批判する身振りだけを示しつつ、「居場所」だの「アジール」だの「草の根」だのといった陳腐化した言葉で、自分たちの側をご大層に「理論的な権威づけ」しなくても、要は、生きるのがつらい人たちが「避難場所」を必要とし、それを求めた結果が、文学フリマなのだと、そう言えばいいのだ。それは何も悪いことではない。
なのにそれを、手慣れた手つきで「美化」するところが気持ち悪いし、またそうした「お世辞」を鵜呑みにして信じてしまう、頭の悪さも気持ち悪い。
前述の「人類補完計画」だって「全体主義国家」の国民だってそうだが、ひとまとまりになって一方向に走っている時は、みんな高揚しており、何か崇高な目的にでも向かって一致団結しているような気分になっているものなのだ。
そうした中で、その群れの流れから外れ、いったん立ち止まって考えようとするような者など、1000人に1人もいはしない。
そしてそうした場所には、必ず本書著者のような、時流に竿刺す「ヨイショ屋」がいるのだ。
本書でも何度か好意的に参照されている、いま人気の絶頂の評論家・三宅香帆の著書『推したちとどう生きるか』が、所詮は、自分が推される側の立場に立った上での「推し活」擁護推進論にすぎないと、そう私は批判したのだが、本書著者の文学フリマ賛嘆にも、似たような臭みが感じられてならない。
結局のところ、要は「勝てば官軍」なのだ。
「流行っているから勝ち」でしかないもの、過ぎてしまえは「あれは、時代に流されただけの虚しい流行現象だった」と言われてしまうようなものであっても、同時代において便乗的に「そこには重要な価値がある!」と追随迎合してみせ、そのおこぼれに与る宣伝屋。
彼らの理屈とは所詮、笠井潔が言うところの「理屈なら何とでもつけられる」というレベルの、薄っぺらいものでしかない。
例えば著者は、文学フリマの価値を称揚するのに、ご大層にも哲学者ハンナ・アレントを持ち出して、こんな具合に論じてみせる。
(07)『(※ アレントにおける)(action)は、人間の多数性に基づいていて、人間関係の網の目の中で自らが「誰(who)」であるかを明らかにする営為だ。この活動に参加する人々の間に生まれる空間をアレントは「出現(アピアランス)の空間」と呼んだ。「すなわち、それは、私が他人の眼に現われ(アピアー)、他人が私の眼に現われる空間であり、人びとが単に他の生物や無生物のように存在するのではなく、その外形(アピアランス)をはっきりと示す空間である」。これは公的領域とも言い換えられ、古代ギリシアのポリスを思想的モデルとするアレントは、そこに政治の根源を見いだす。
アレントは芸術作品を生み出す営為を、このうちの仕事と結びつけている。それは人間の思考能力を源泉とし、「自己の内部に閉じ込められていた情熱的な激しさを世界の中に解き放つ」ようにして物へと変化させる営為だ。そのようにして生まれた芸術作品は優れた永続性を持っているが、その「生きた精神」が生き続けるのは必ず「死んだ文字」の中であり、いつの日か他者と接触する時にのみ復活する。このようにして芸術は、人間の内にあるものを公的な現れの中に差し出すとされる。
文学フリマに向けて本を作ることも、世界を表現する営為だろう。文字をつづるときには、意図しようとしまいと世界を現れてきてしまうものだ。』(P345)
こういうのが、「哲学」のもっともダメな使い方だ。
虎(有名人・権威者)の威を借りて「鬼面、人を脅かす」という、わかりやすく手垢にまみれた、エセ知識人風のレトリック。
だが、これは読者の知的レベルを低く見積もっている証拠でもあれば、文学フリマで売られている、ウケ狙いだけの三流批評誌の論説そのままのパターンでなのであろう。
いまならAIが、最も得意とするパターンの文章だ。
プロンプト【ハンナ・アレントを使って、文学フリマを肯定的に評価してください】
一一こんな感じだろうか?
(08)『 これは(※ 文学フリマで伸長しているジャンルとしての)日記やエッセイに限らないのではないだろうか。本章で、短歌が「私性の文学」であることが近年のブームの要因になっている可能性を見た。日々の生活の中で感じたことを題材にするという点で、短歌と日記は共通している。思えば、『蜻蛉日記』のようなかつての日記文学は、和歌をそのうちに含んでいる。親和性が高いのだ。
そう考えると、同じ2010年代後半頃から日記や短歌が人気を集めるようになったのは、偶然ではないように思われる。新自由主義的な価値観が社会に浸透したことの、いわば反作用として、日常を見つめ直す契機になる短歌や日記が注目されているというのは、十分あり得ることだ。』(P272)
「新自由主義的な価値観に抵抗する、日記文学の流行」一一必ずしも嘘ではないが、マーケティング的なまでに、いささか大袈裟に自己賛美的ではないか。
ともあれ、こうした文学フリマの現在への「全肯定」的な身振りに対し、冷ややかな視線を送っているのは、なにも私のような、まったく関わりを持たなかった者ばかりではない。
初期の文学フリマに関わった者の少ない部分が、「だだっ広いぬるま湯」と化した今の文学フリマに、物足りないものを感じながらも、「まあ、仕方ない」と諦めているいうふうなのは、いくつかの言葉にも明らかだ。
(09)『10年以上にわたり文学フリマに参加してきた2人には、文学フリマの変化はどう見えるのか。そう尋ねると、Pさんから「変な人が減っている」との答えが返ってきた。』(P69)
逆に言えば、今の人は「凡庸無難な人」ばかりだ、ということだ。
それでいて、ここまで見てきたように、時代の先端をゆく「クリエーター」気取りなのである。
(10)『「インターネットとかSNSとかがあるので、みんなある程度のクオリティーを目指し(※ そこで満足し)ちゃう気がする。ノウハウがどんどん共有されていくと、みんなが『こういう作り方で』となっちゃうんだと思う。いろんなブースを順繰りに回っていると、ウェルメイドというか、イラストとかも気を引くようなやり方でやっているんだろうな、というのが前より増えた。売り方が巧妙になるのはいいんですけど、一様になるのはちょっと面白くないじゃないですか」』(P70)
要は、売ってるものの中身は、どんぐりの背比べで個性や面白みには欠けるが、売り込み方だけは(ジャパネットたかたでもあるまいに)巧妙になったと、そういう話である。
だが、これはクリエーターとしては堕落であっても、所詮は「相互承認のための場」でしかないと言うのならば、それでも良しということだ。
お互いに「よく売れたら」、それで救われるからである。
(11)『 2002年の第1回文学フリマにも足を運び、当時の会場の印象を「学園祭みたいな感じですごく盛り上がっているし楽しいなと思いましたよ」と表現する東さん。規模が拡大して多様な人々が出店する現在の文学フリマを高く評価しつつ「スタート地点というのは、今みたいにいろんな人が自己表現するためのプラットフォームみたいなものではなかったと思う」とも回顧する。「もっととがった表現とか、自意識過剰な人たちが集まってくるすごく変な場所だったと思います。僕はまだ30代前半でしたけど、そういう同じ世代の熱い奴らが集まっているなみたいなものの一部として文学フリマはあって、それはすごく懐かしく思い出します」』(P164)
東浩紀らしい、お客層には敵を作らないよう配慮した物言いだが、今の刺激に欠ける「癒しの場」としての文学フリマに、物足りなさを感じているのは明らかだ。
(12)『 その後は、全国各地で開催される文学フリマに出向いている。「雰囲気がピリピリしていて、〝ガチめ〟だった」最初の文学フリマに比べ、今は「やわらかい」印象だという。「こんなに『誰でもどうぞ』というイベントはほかにありません」』(P171)
これも、東浩紀と同じ。
本音を滲ませながらも「私は皆さんを否定しません」と、そうアピールしている。
これが今の文学フリマの、支配的な「空気」だということであり、本書著者もそれに従順に従っているのだ。
時流におもねらない反骨心など、今のジャーナリズムでは流行らないのである。
(13)『「(※ 従来の短歌結社には)歌の技術的なことや、おじいちゃん、おばあちゃんにちゃんと伝わるかとか、そういう(※ 作歌の基本的な)トレーニングの場があるわけじゃないですか(※ だから、丸ごと承認ではなく、そこで鍛えられるという側面もあった)。これは(選歌で)取られない(※ 選んではもらえない)んだ、とか(※ そういう、他者の目線の厳しさを教えてもらえるところがあった)。それが(※ 今の自由な短歌作家には)ないから、ちょっと薄っぺらい感じがする。もったいない。(※ 負荷のかかる経験をしないから)濃縮度がないし、もっと鍛えられるのになあって(※ 惜しいと感じてしまう)」』(P229)
「自由」は好ましいが「自由放任」としての冷たさもある。
貶されることはなくても、どこまで本気で褒めているのかもわからないという、人間味の無さもある。
一一こんな具合で、要は、昔は過剰なまでのクリエーター意識を持って、尖っていた人もいたけれど、今はすっかり、傷の舐め合い持たれあい、みたいになってしまっている。
「でも、これもご時世なら、仕方ないけどね(下手なことを言って、老害だ、パワハラだなんて言われても困るし)」と思っている、「古い人」も、少なからずいるわけだ。
本書著者は、こうした「老害」的な意見も決して否定はしないものの、しかし、事実として「勝ち組」である文学フリマの現状に、注文をつけることはしない。
「みんな違って、みんな良い」というパターンの、八方美人的な物言いなのである。
だから、批判的な言葉に対しては、「しかしながら」こうした変化によって救われる人が多くいるし、出版物の裾野も広がったと、そんな調子で、「大勢」をフォローをするだけなのだ。
(14)『 (※ 東浩紀的な)オタク文化と親和性の高い「文化運動」と結びついた文学フリマ像は、文学フリマを立ち上げた大塚さんや市川さん、そして運営を引き継いだ望月さんのそれとも異なっているように思われる。ただ、いずれかが正しくいずれかが間違っているという話ではないだろう。雑多な表現をフラットに並べたかったとする大塚さん、交流により化学反応を起こしたかったと語る市川さん、地に足を着けた運営で積極的に「色」を出すことを避けた望月さん。いずれも文学フリマの運営を担った人間として、どのように表現の場を創出しようとしたかを語ってくれた。』(P164〜165)
(15)『初期にはある種の「文化運動」の一環とも目されながら、しかし徐々にあらゆる表現を包摂するプラットフォームとして地域的にも規模的にも拡大していく過程が明らかになってきた。』(P220)
一般論的な危惧を語って「問題意識は持ってますよ」アピールしては見せても、個別名指しでは、誰ひとり批判しない。
「政府が悪い」「資本主義が悪い」「世間が悪い」と言いはしても、政治家や金持ちや世論を代表するようなインフルエンサーが出てきたら、その人個人については「よく考えている立派な人」みたいな書き方しかしないのだ。
例えば、文学フリマが巨大化して、そこに文藝春秋の『文學界』誌や新潮社の『新潮』誌の編集部が出店してくる。
それについて「文学フリマが、商業出版の青田買いの対象になるようなことになっては困る」といった「一般論的な危惧」は語っても、現場に乗り込んでくるプロの編集者個人については、その言い分を鵜呑みにして同志扱いにし、その下心を疑うようなことは、絶えてしないのである。
(16)『 しかし、そんな緊張は(※ 文藝春秋『文學界』編集長の)浅井さんと話し始めてすぐにほどけた。同じ大学の同じ学部の同級生、しかも文学系のサークルに入っていたという共通点があり、学生時代に似たような景色を見ていたことが分かったからだ。
最初の文学フリマが開催されたのは2002年、浅井さんが大学1年生の時だった。自身は用事があったのか行くことができなかったが、所属していたミステリ系のサークルでも話題になり、サークル仲間が並んで買ってきた『タンデムローターの方法論』を目にした記憶があるという。「(執筆者の)佐藤友哉さんとか、そのあたりの人たちはわれわれ世代の作家という感じで人気があったので、純粋に書店に売っていないものが読めるというか、レアなものを読みたいみたいな。中学生ぐらいの時に(佐藤さんらを輩出した雑誌)『メフィスト』ができた世代なので、(佐藤さんらの作品は)やっぱりみんな読んでいましたよね」』(P314)
(17)『又吉さん(※ 又吉直樹)のブログを読み、『別冊文藝春秋』を読んでくれていると知っていた浅井さんは、又吉さんに初対面のあいさつをした。その際に本人から聞いたのだったか記憶は定かではないというが、又吉さんが短い物語を書いたことがあると知り、後日取り寄せて読んでみて「やっぱり書ける人だ」と確信。『別冊文藝春秋』の献本先として聞いていた住所に、小説を書いてみませんか、という手紙を送った。その一通の手紙が『別冊文藝春秋』に掲載される短編小説の執筆、そして中編小説「火花」の執筆へとつながっていく。
『文學界』に異動していた浅井さんが編集を担当した「火花」は、2015年1月7日発売の『文學界』に掲載され、センセーションを巻き起こした。インターネットの販売サイトでは売り切れが相次ぎ、1933年の創刊以来初となる増刷、再増刷を経て『文學界』史上最高の計4万部になると発表された。3月刊行の単行本は”新人作家”としては異例の15万部でスタート。7月に芥川賞の受賞が決まると全国の書店で完売が相次ぎ、翌月には累計発行部数200万部を突破して芥川賞受賞作の記録を塗り替えた。
文学史に残るべき反響だが、浅井さんはどのように受け止めていたのか。
そう尋ねると「すごいなぁって思いましたね」と、意外に淡白な反応。』(P316)
(18)『(※ 『新潮』誌の)楠瀬さんは文学フリマに出店しようと思った動機について「発想の基は本好きのイベントに参加したいということ。読者の顔を見たい、読者と同じことをしてみたい、そういう欲望でした」と語る。SNSなどでは、大手出版社が出店することに批判もあった。これに対しては、文学フリマという場を荒らすつもりはないのだと強調する。「『売らんかな」的なものだったり、そんなに『PR、PR』していたりしないものを心がけました。(他の出店者と)同じことをやってみたかったから、(普段作っているような)本じゃなくて、薄めのZINEとかグッズを作るのがいいのかなって」』(P323)
なるほど、こうした紹介をしている分には誰からも嫌われないだろう。
だがまた、著者の存在が、文学フリマの盾や防波堤となることもないだろう。
実際、著者は、人を見て扱いを変えている。
(19)『「2010年代のNewsPicks的な価値観というか、自己啓発というか、つまり経済はまあまあ停滞しているんだけれども、『自分は価値観をアップデートして常に上に行くんだ』『このビッグウェーブに乗り遅れると自分は遅れていく』みたいな、つまりそういう自己啓発的な本、幻冬舎の箕輪厚介さんとかが作っていた本のような、そういう風潮が片側にあって、そういう価値観に疲れる、ついていけないという反動が(日記が注目される)素地にあったと思っています」
「NewsPicks」は2013年、さまざまなメディアの経済ニュースを著名人らのコメントとともに配信するブラットフォームとしてサービスが始まった。2017年には幻冬舎とパートナーシップ契約を結び、「リーダーの教養」をコンセプトに出会いや学びの場を提供する有料サービス「NewsPicksアカデミア」を開始して、書籍レーベル「NewsPicks Book」も創刊。毎月出版する書籍をアカデミア会員に送り、関連イベントも案内した。このレーベルの幻冬舎側の責任者が箕輪さんで、堀江貴文さんの『多動力』や落合陽一さんの『日本再興戦略』を刊行して注目されたものの、箕輪さんのセクハラ問題が報じられ、2020年にレーベルは終了している。』(P266〜267)
ここで著者は、取材対象ではなく、「今や評判の地に落ちた、過去のスター編集者」については、その落ちぶれた理由まで具体的に書いている。
ところが、目の前の取材対象だと、次のような書き方になる。
(20)『 しかし、時が流れるのは早いもの。気付けば社歴は一番長くなっていた。その間に、会社のルールも増えていた。いよいよ社長にさせられそうな雰囲気を感じたが、自分が向いているとは思えなかった。「逃げるなら今だ」。24年間の編集者生活は、独り立ちできる自信をはぐくんでいた。2017年に退職することを決意した。
当時、国や自治体が絡む大きな話も来ていた。個人で仕事を請け負うことはできないので「百万年書房」を設立。新たな門出は順風満帆に見えたが、早々に思いもかけない「大炎上」案件が発生する。本旨から外れるためここでは詳細には触れないが、そのせいで予定していた仕事が全て飛んだという。』(P300)
結局のところ、著者は文学フリマが巨大化することを否定しはしない。
当然それには各種のメリットが伴うからで、その前に「消されていく小さなもの、古いもの」になど、配慮する気がないのだ。
(21)『 文学フリマの隆盛について、北尾さんは印刷技術の発展により高品質で安価に本を出すことができる「民主化」が起こったことが前提になっていると指摘した上で、SNSがすぐに炎上する「地獄」と化し、きれい事しか発言できない場になっていることも背景にあると推し量る。だからこそ、どのような本でも発表できる文学フリマのような場から、切実な思いを抱える抜きん出た表現者が現れるし、商業出版社としてそうした人たちに選ばれる対象でありたいと語る。』(P306〜307)
SNSの「地獄」に抵抗することもしなかったような書き手が、生暖かい文学フリマから商業デビューしていくような未来に、危惧を感じることはないようだ。
(22)『 付言しておくと、こうした自主制作本の生態系において流通されやすいのは、小説のようなフィクションの要素が強い文芸作品よりも、エッセイや雑誌のような事実に基づいたテーマのはっきりした作品らしい。独立系書店の「本屋B&B」や「日記屋月日」を手がける内沼さんは、独立系書店が扱いやすい自主制作本について、次のように語る。
「小説は難しいんですよ。無名の人の小説が独立系の書店に置かれても、それはちょっと難しい。独立系書店で扱われる個人のもので、最初に多かったのは雑誌だと思います。だけど、それから徐々に日記エッセイ的なものが増えていったっていう流れは、独立系書店側から見るとあると思います。評論っぽいやつも、軽いやつだとありますね。ただ評論っぽいやつも、どっちかというと雑誌(っぽいもの)なんですよね」』(P327)
要は「何がトレンドか」という話が、トレンドの「日記」というジャンルに関して語られている。
言い換えれば、失われていくもの、陽の当たらないものへの興味は、取材対象に話を聞く著者にもなさそうだ。
(23)『『文學界』編集長の浅井茉莉子さんは「小説が面白くなくなっているという話では全然なくて」と断った上で、次のように語る。
「もちろん売れている本とか局地的に読まれている本はあると思いますけど、文学全体で見るとやっぱり(需要が)狭まってきているのかな、と感じますね。文学フリマがこんなに盛況であることと、「文学が元気がいい』というのは本当に違う話じゃないですか。それが悲しいところだなと思いますし」
浅井さんがここで「文学」と呼んでいるのは、旧来の出版流通システムを利用する小説を中心とした文芸作品の総称のことだろう。この「文学」に値するかどうかの評価や「文学」作品の優劣の判断は、大手出版社が刊行する文芸誌や主催する新人賞・文学賞、また新聞や雑誌に掲載される書評などによってなされている。基本的にそれは市場原理とは切り離されて維持されており、そうした「文学」を生み出すシステムに関わる人たちによりいわゆる「文壇」が形成されている。』(P328〜329)
著者が「文壇」的なものにこだわるのは、大塚英志が、文学フリマ的なものを提唱した際に「仮想敵」とされたのが「文壇」だったからである。
しかし、今や昔日の面影もない「文壇」に対し、天下を取ったにも等しい「文学フリマ」の側が、殊更に「文壇」敵視して見せるのは、死者に鞭打つが如き、当今流行りの「被害者ビジネス」に似ていなくもない。
「私たちは巨大な権力の圧力に抵抗している」とアピールしている側の方が、じつは巨大勢力だったりするのだ。
(24)『 今後も、文学フリマでの創作活動を続けた先に「文学」の世界でデビューする作家が出てくることだろう。また、こだまさんや又吉直樹さんのケースのように、文学フリマが契機となって書き手と編集者との幸運な出会いが生まれ、すい星のように一躍注目を浴びる〝新人〟作家も出てくるかもしれない。
しかし、そうした状況は文学フリマが生み出しているものの一側面に過ぎない。先の浅来さんの言葉にも表れているように、文学フリマが包含する領域は「文学」が意味するものよりもはるかに広がっている。文学フリマの盛り上がりは一つの中心によって支えられているのではなく、小説のほかエッセイや日記、短歌といったいくつものジャンルの隆盛により支えられている。「東浩紀のゼロアカ道場」が盛り上がった時代と比べるならば、一極集中型から分散型のイベントに変化しているとも言えるだろう。
「文学フリマにとっての文学とは何なのか?」
文学フリマ事務局の前代表である望月倫彦さんに、そう尋ねたことがある。望月さんの答えはこうだった。
「書く人と読む人にそれを委ねているのが文学フリマなんですよね。『あなたが文学と信じるものを出してください』というのが文学フリマの理念。今回の(2025年5月の)東京で言えば3千ブースあるわけですけれど、それが今の日本における文学の姿なんだと言えると思います」』『(P330〜331)
問題は、どんなかたちであれ、それはいつでもその時の「文学のかたち」でしかないのだが、要は、勢力さえ得られれば、あとは現状追認だけで良いのか、ということだ。
(25)『 話を聞いた出店者たちのほとんどが、それで食べていけるわけではない。誰に頼まれたわけでもない。それにもかかわらず、忙しい日々の中で時間を捻出し、悩みながら机に向かい、締め切りに追われながら、一文字ずつ文章を書き進めていく。製本された本に胸を震わせ、緊張に足を震わせ、来場者と対面する。もしかしたら誰も読んでくれないかもしれない。酷評されるかもしれない。それでも、創作したい。』(P343)
ここで「趣味なんてものは、なんでもたいがいはそうだろう」と言っては、ヤボなのだろうか?
ここでは、「好きなことをやって、しかも稼げる」というのが、自明の前提になってやしないか?
(26)『山本賞の選考委員である石田衣良さんが「デフレ下の恋愛そのもの」と高く評価したのが印象的だったが、そこで目指されるのは「ちょうどよくしあわせ」であることで、他者との差異ではない。
そのような時代において、「私」を本で表現し、「誰か」として認められたい人が増えているのだとしたら、それは何を意味しているのだろう。』(P348)
そんなもの、昔からだろう。
ただ、それを大規模に可能にする経済システムが存在していなかったから、その欲望が顕在化しなかっただけではないのか?
(27)『 これまで見てきたのは、こうした〈経済の時代〉において文学フリマが一種の避難所として機能している可能性だ。生きづらさの増す社会に対して、それを変革するというよりは、既にあるものを見つめ直して経済的な豊かさとは別の形での充足を得ること。それは一種の抵抗とみなせるかもしれないが、〈政治の時代〉の感覚が取り戻されたことを意味しない。その意味では、「手帳的な」世界観の広がりと「日記的な」世界観の隆盛は、方向性は異なるもののポスト〈政治の時代〉における2種類の反応であり、政治性の欠如という点では共通していると見ることもできる。
しかし、果たして本当にそうなのだろうか。
再びそにっくなーすさんの言葉を思い出す。彼女は文学フリマで短歌やエッセイが盛り上がっているという話の流れの中で、こう述べたのだった。
「きっと各個人に「自分が当事者だ』っていう意識が高まっていて、エッセイ的な本、自分の話をしてみようかなというのが増えていっていて、それはいいなと思いますね」
当事者として自分や自分が置かれている世界を見つめ直すこと。そのことについて本を書き、他者に開示すること。それは現実に対して疑いの眼を持ち、別の可能性を思考することにつながる。換言すれば、批評性を持つことにつながる。確かに党派性という意味では政治的ではない。けれど、「個人的なことは政治的なことである」(第2波フェミニズム運動のスローガン)という観点からすると、広義の政治性を胚胎した営為ではないだろうか。』(P353〜354)
『それは現実に対して疑いの眼を持ち、別の可能性を思考することにつながる。』とは、いかにも手前味噌に「針小棒大」的な表現である。
こんなものは、現に政治的に苦しめられている人のことを、完全に視野から排除しているからこそ、お気楽に書くことのできる「有閑人的な形容」にすぎない。
文学フリマ的な批評は、「外の現実」には届かない。
内部で自足しようとするそこにおいては、「身内批判」は御法度だからだろう。
(28)『第1回文学フリマを主催した大塚英志さんにインタビューした際、今の文学フリマについてどのように感じているのか尋ねると、大塚さんはこう答えたのだった。
「ものを書くプラットフォームがあることはとても大事なことなんだよ。でもさ、参加する人間がユーザーになっちゃ駄目なんだよねって。文学フリマもエコサイクルになっているわけでしょ。ある意味で物語消費的な、ユーザー参加的な社会ができあがっていく、それが一つの現実なわけじゃない。それに対してさ、参加する側がどういう意識を持っているのかっていう時に、いわばユーザーになっちゃいけないんだよ。それがどんなに大切なことか。つまり、消費者としての作家になっちゃ駄目でしょっていうさ」
大塚さんの言葉を、これまで見てきた文脈に沿う形で考えてみたい。
プラットフォームという言葉は、文学フリマの現在のあり方を取材する中で、一つのキーワードとして浮上してきた言葉だった。第1章と第2章で見た通り、文学フリマはnoteなどの投稿プラットフォーム、kindleなどの電子書籍サービス、XなどのSNSと結びつきを深めながら発展している。そのことで創作者の利便性は高まり、さまざまな形態で創作物を発表できる環境が生まれつつある。おそらく、そうした創作プラットフォーム間の結びつきは、今後さらに強まっていくだろう。そこで文学フリマは、自主制作本が集まるプラットフォームとして存在感を発揮している。
そうした状況を見る中で、「創作世界の植民地化」とも言える皮肉な状況が生まれつつあることを指摘しておいた。創作に打ち込むことが〈経済の時代〉における待避的な営為として機能している可能性を考えると、そのアイロニーはさらに強調されることになる。経済原理が支配する世界からの退避が、現代の資本主義社会を主導するプラットフォーム企業に利益をもたらすことにつながりうるのだ。』(P354〜355)
いかにも優等生的に、無難な作文だ。
大塚英志なら「まったくダメだ」と酷評するだろう。
著者が、プラットホーム企業を取材したなら、どんな記事になるのかが、目に浮かんできそうだ。
あんたは評論家なのか? 批判するなら「名指し」でやってみせろよ。新聞記者(ジャーナリスト)なんだろう?
一一と、そう言っておきたい。
(29)『 大塚さんは、ユーザー=消費者になるということはプラットフォームに馴化することであり、そのシステム自体を疑えないということだと指摘する。ユーザーはサービスに対してクレームをつけることはできるが、それは制度自体への懐疑ではない。システムへの懐疑を失うということは批評性を失うということであり、それはもはや文学ではないのではないかと大塚さんは言う。
「(文学フリマに)あえて『文学』ってつけたんだからさ。例えばマガジンコミケでもよかったわけ。文字コミケでもよかったわけ。『文学なんて死んでしまえ』って言っていたんだから、文学なんて名乗らなくたってよかったわけよ。でも、あえて文学ってしたことの意味ってさ、『文学やるんでしょあんたたちは、俺は知らないけどね』っていうさ。『俺は文学から出て行くけど、あんたたち文学やるんだったらちゃんと文学やりなさい』っていうことの中にさ、あのイベント自体が批評なんだよっていうさ。制度そのものや社会そのもの、世界そのものを疑っていくのが文学なんでしょ、当たり前のことでしょって」これまで文学フリマは「文学」の内実を参加者に委ねることで、実質的にあらゆる表現を受け入れてきた。そのことで、狭い意味での「文学」とは異なった領域で起きている潮流も受け入れながら、その規模を拡大してきた。もし文学フリマがなかったとしても、別の形で自主制作本の即売会が生まれ、人気を博していたかもしれない。けれど、結果として文学を名乗るイベントが創作に魅せられる人たちの最大の受け皿になっている。そのことの意義が、あるのではないか。
新たに生まれたそんな問いへの答えは、きっとこれからの文学フリマが示してくれるだろう。』(P358〜359)
見てのとおりだ。
『プラットフォームに馴化することであり、そのシステム自体を疑えないということだと指摘する。ユーザーはサービスに対してクレームをつけることはできるが、それは制度自体への懐疑ではない。システムへの懐疑を失うということは批評性を失うということであり、それはもはや文学ではない』
システムに飼い慣らされるな。それに依存するな。
「文学」を名乗るのなら、何様にも距離をおく、それなりの覚悟を持ってやれ。
ただ、書きたいだけ、自己アピールしたいだけなら、「文学」ではなく「文フリマ」でも「文章フリマ」でも「文芸フリマ」でもいい。それなら、嘘じゃないからだ。
そして、これは「新聞記者」や「ジャーナリスト」という肩書きにも言えよう。
形式に飼い慣らされた文章になど、その肩書きに値するような批評性など無い、ということである。
かつての「文壇」の不自由さだけを論って、自分たちは「自由」を手に入れたとなどと大仰に誇っては見せても、敵を名指しで批判することもできない、身内褒めだけが習い性になった、つまり「自由」も「抵抗の意志」も失った者の書く文章が、どうして「文壇文学」以上のものであり得よう。
「歌壇」がそうであったように、たしかに文壇にも階級的な抑圧があった。
まただからこそ、それに抗おうとして牙を剥く者も出てきた。筆極道の殺し合いみたいな気分だってあったのだ。
そうしたものがすっかり脱色され、整地されて空調の効いたホールにおいて、「みんな違って、みんな良い」などと唱えている今どきの「文学」が、そんなに良いものなのか?
野鳥の弱肉強食と、鶏小屋の管理された環境と、どっちがマシだと思うかは、その書き手次第なのだが、例えば単純に「昔の小説より今の小説の方が面白くなった」と言える人のうち、昔の小説を読んでいる者が、いったいどれほどいるのかと、そう問いたい。
エアコンもパソコンも無かった時代より、今の方が間違いなく楽だし生きやすいと、そう言える者は、昔の幸福をどれだけ想像したことがあるのか。
豪華のオフセット印刷で本を作るよりも、昔、初めて作った粗末なコピー誌のほうが、よほど輝いて見えたという、そんな可能性を想像できないような者に、「文学」など語ってほしくはないのである。
(2026年10月15日)
○ ○ ○









コメントを残す