▷ 書評:仲正昌樹『Nの肖像 統一教会で過ごした日々の記憶』(双風舎)
先日、仲正昌樹の『ネットリンチが当たり前の社会はどうなるか?』を読み、案に反して仲正のことをかなり手厳しく批判してしまった。
かの「オープンレター:女性差別的な文化を脱するために」批判している者としては、「ネットリンチは良くない」という点ではまったく一致しているのに、どうしてそんな仲正を批判することになったのか。
それは同書に限ったことではないのだが、仲正特有の、程度の低い「左翼への恨み言」が多くて、かなりうんざりさせられたからだ。
もちろん、左右に関係なく、よろしくないものを批判するのは結構なことだ。一一と言うか、批判はどんどんすべきだと思うし、私自身、積極的に批判をするタイプなのだが、仲正昌樹のそれは、「批判」ではなく「恨み言」なのだ。そこが、いかにも「男らしくない」から好きではない。いや、嫌いなのだ。
その点、前に批判した、兵頭新児に近いところがある。
それに仲正昌樹は、いい歳をして(私より一つ年下)、大学教授にまでなっていながら、いまだに「泣き言」めいた「恨み言」をいつものように書いており、もはやそれが、周囲からも「芸風」とでも見られているようなところもよろしくない。
そんなものを持ち上げて煽てる周囲までも含めて、品性に欠けると思えるからだ。

それにしても、仲正昌樹の「左翼」に対する否定的言辞は、なぜ、「批判」ではなく「恨み言」にすぎないと言えるのか。
それは、主語が「左翼」という一般名詞であって、特定個人ではないし、特定個人のどんな発言が問題なのか、そこが明らかにされていないからである。
つまり、「左翼」がこんなことを言った、こんなことをしたと、自身の被った被害を漠然と訴えた上で、左翼とは「そういうものだ」と否定的かつ断定的に語るのだが、そりゃあ、誰と特定しないのなら、何とでも言えよう。
「左翼」に分類される人にかぎらず、いわゆる「右翼」や「保守」の人だって、「リベラル」の人だって、ひどいやつ、程度の低いやつというのは、少なからず必ずいるからだ。
だから、そこをとらえて「左翼は酷い」と言うのなら、同じ理由で、「右翼」も「保守」も「リベラル」も、そのいずれでもない「その他」の人も、あるいは「日本人」も「アメリカ人」も「中国人」も「ドイツ人」も、みんな「ひどい」ということになるだろう。
だが、批判対象を特定せずに、漠然と「〜は酷い」と評価しても意味が無いのだ。
私はつねづね、SF作家シオドア・スタージョンの、
「SFの9割はクズである。ただし、あらゆるものの9割もクズである。」
という言葉を引用し、スタージョンのそうした認識を支持している。
つまり、「左翼」も「右翼」も「保守」も「リベラル」も、すべての9割はクズなのだ。
ついでに言うと、「大学教授」の9割もクズだし、そもそも「人間」の9割もクズなのである。
これは客観的にも明らかなことだろうし、そもそも、真に「優れた人」というのは、きわめて少ないからこそ「優れた人」だと言われるのであって、優れた人が全体の半分以上を占めていたりしたら、それはもう「優れた人」ではなく「人並みの人」か「比較的マシな人」でしかないだろう。
つまり、「左翼」であれ「右翼」であれ「保守」であれ「リベラル」であれ「大学教授」であれ、その9割はクズに決まっているのである。
だから、初めから「一般論」としてはクズであるに決まっているものを、クズだクズだというのは、頭の悪い議論でしかない。
したがって、わざわざ批判するにあたいする価値を有するのは、そうした9割のクズや、クズの中でも最下層のクズ、つまり、仲正の言うような「左翼」のクズ、クズの中のクズなんかじゃなくて、残り1割の「優れた人」の問題点をこそ、批判しなければ意味が無いのだ。
だから、仲正が「左翼批判」をしたいのなら、名もなき「その他大勢の(しばしば匿名の)左翼」などではなく、「左翼」の中でも「優れている人」として知られる、1割に入る「左翼」を批判して、「左翼」の本質部分を批判しなければならない。それをしなければ、「左翼」を批判したことにはならない。
単に「どこにでもいるバカ」を「バカ」だと言っているにすぎないことになるのである。
したがって私は、仲正昌樹のやっていることは、「左翼批判」ではなく、わざわざ程度の低いところを相手にした、程度の低い、個人的な「恨み言(愚痴)」にすぎないと、そう評価するのである。
で、仲正が「そうではない」と言うのなら、名指しで、どの左翼のどの発言が、どのようにダメなのかを、具体的かつ論理的に批判しなければ、批判する意味がない。
にもかかわらず、仲正昌樹は、その意味のないことを、始終やっているから、仲正昌樹の「左翼批判」(のつもり)は、単なる「つもり」でしかないし、そんな「つまらない」ことを長年やってる仲正昌樹自身が「つまらない」人間だと、そう評価せざるを得ないのである。
無論、仲正昌樹は、東京大学の大学院まで出て、仙台大学の教授にまでなった人なのだから、一般的な意味での「頭が悪い」人ではない。
であるにもかかわらず、「愚行」が止まないのは、仲正昌樹の「頭の良さ」とは、ひと言で言ってしまえば「学力的な頭の良さ」であって、「明晰さ」や「洞察力」ではない、ということである。
こう書くと、仲正昌樹は、いつものように、
『新宗教から脱退した私が大学教授になっていることを妬んで、ちょっとでもいいから足を引っ張ろうとする、心根のいやしい少数の負け組老人や中年ニート』(P228)
とか言うのかも知れないし、ましてや生涯いち巡査であった無名の私なんかは、分かりやすく『心根のいやしい少数の負け組老人』呼ばわりされるのかもしれない。
だが、仲正の上のような言い方とて、どこの誰を批判しているのか、まったく不明な「愚痴」の類いだ。
私もかつては、何度となくネット右翼に自身のSNSを荒らされた経験のある人間だから、程度の低い手合いが少なからずいるという事実は、よく承知している。
実際、こういう手合いは、ほぼ間違いなく「匿名」なのだ。
だが、それにしても、私はそうした「ネトウヨ」をして、だから「右翼は」とか「保守は」などという、いい加減な批判などしたことはない。
たしかに、私が長年にわたって直接からんだ(やり合った)のべ千人を超えるネトウヨの中には、議論すれば話の通じた「例外」も2人ほどはいたが、それはもう完全に「例外」であって、もはや「ネトウヨ」と呼ぶべきではない「ネット利用の右翼」にすぎないのだから、一般論的に「ネトウヨはクズ」と言っても、差し支えないないはずだ。
なぜなら、そういう例外的な(1割の)人たち自身、「ネトウヨ」の存在には迷惑していたからである。「あんなものと一緒にするな」と。
例えば仮に、頭山満がネットを利用しても、それを「ネトウヨ」と呼ぶ人はいないだろう。なぜなら、発言の中身が違うからである。
言い換えれば、クズではない人を探しても見つからないくらいなのがネトウヨなんだから、「ネトウヨはクズ」という言い方は、決して、仲正昌樹的な「偏頗な決めつけ」ではないのである。
そんなわけで、それでも仲正が「9割のクズ左翼」を批判したいのなら「9割のクズ左翼(エセ左翼)は」と書くか、「左翼的な主張をする○ ○というハンドルネームを使っている人物の、これこれの主張は、こうだから」おかしいのだと、そのように具体的かつ限定的に批判すべきなのだ。
実際、私はそのようにやってきた。
しかし、「こっちはあなたのように暇ではないから、そんなことやっていられない」と、そう言うのであれば、客観的には論拠の不確かな、漠然たる「左翼批判」など、しなければ良いだけの話である。
つまり、これは本書でも仲正昌樹自身が認めているとおりで、要は、仲正は、自身の感情コントロールの出来ない人なのだ。
ご当人は、昔に比べればできるようになったと自己申告なさっているが、それは過去に比べればマシになったという、現状肯定的な自己満足でしかない。
客観的に見れば、まだまだそれが出来ておらず、いかにも「おとな気ない」言動が目立つのだ。
例えば仲正は、序章で、こんなふうに書いている。
『 統一教会で一一年(※ 11年)半のあいだ活動し、その後は教会とは縁を切り、現在は大学の教師として哲学・思想の研究をしている私自身の体験を語るのであれば、週刊誌かスポーツ新聞のネタのような話ではなく、現在の私が一応の専門としている社会哲学あるいは現代思想の主要なテーマに関連づけることができるような、一定の問題提起を含んだ内容にしたい。そのためには、私から、そういう内容を引きだしてくれるような一一ただし、わざとらしくはない問いかけをしてくれる聞き手が不可欠だ。
(※ 見出し省略)
今回、私の本を何冊か編集してくれた関係で、親しくしている双風舎の谷川茂氏より、「統一教会体験についてまとまった本を書いてみませんか」という誘いを受けた。谷川氏が聞き手になり、適宜質問してくれたうえで、整理して記録し、文章としてまとめてくれるという。
彼は、人文書関係の書籍編集者であるだけでなく、ジャーナリストとしてインタビュー取材の経験もかなりあるので、いい聞き手になってくれそうな気がした。それで今回、彼と一緒にこの企画に取りくむことになった。』(P10〜11)
このインタビュアー選任理由を読んで、どう思うだろうか?
つまり、これが「客観的な聞き手を選んだ」という説明になっているだろうか、ということである。
そりゃあ誰だって、初めから偏見や先入観を持って意地悪な質問をしてくるようなインタビュアーを求めたりはしないだろう。
できるかぎり、客観的な聞き手を求めるというのは、わざわざ書くまでもなく、ごく当たり前の話である。
しかし、
『ただし、わざとらしくはない問いかけをしてくれる聞き手が不可欠だ。』
と言う場合の「わざとらしくない」とは、何を基準に誰が決めるのか、という話である。
当然、仲正昌樹は、それを決めるのは「自分」だと思っているわけだが、それでは、それこそ「客観的」に言って、手前味噌な「主観的判断」でしかないだろう。
要は、自分に都合の良い聞き手(インタビュアー)を求めているだけなのである。
で、結果的にもその通りになって、いわば「担当編集者」の一人を、インタビュアーに選んだだけなのだ。
私は、この「谷川茂」という人のことをよく知らないが、
『私の本を何冊か編集してくれた関係で、親しくしている』
人と言えば、それはもう完全に「身内」であって、日頃から仲正のことを「先生、先生」と持ち上げている人に間違いない。
そこには、それなりに売れっ子の著述家と担当編集者という、明白な「上下関係」が存在しており、仮に谷川氏が、本音では仲正のことをどう評価しておろうと、サラリーマンとしては、仲正のことを悪く言うわけがない。
当然、仲正の「されたくない質問」なんかも承知しているのだから、仲正に忖度して、先生のご機嫌を損ねるような質問などするわけがない。
下手な質問をして、いきなり「やっぱりお前も、本音ではそんなふうに見てたんだな!」などとキレられたら、サラリーマン失格だからである。
つまり、客観的に見れば、完全に仲正の「身内」であり「イエスマン」(批判できない立場の人)でしかない谷川氏をインタビュアーに選んでおいて、谷川氏について、
『人文書関係の書籍編集者であるだけでなく、ジャーナリストとしてインタビュー取材の経験もかなりあるので、いい聞き手になってくれそうな気がした。』
などと書くのは「先生扱いボケ」としか思えないのである。
会社で言うなら「上司と部下」にも等しい力関係のある人を選んでおいて「彼ならいい聞き手になってくれそうな気がした」とは、あまりにも間抜けな物言いだろう。
それは「気がした」のではなく、自分に都合の良い質問しかしない人をわざわざ選んだのだから、都合の良い質問しかしないのは「当然の結果」であって、「気がした」とかいうような、ねむい話ではないのである。
だが、仲正昌樹という人は、万事この調子なのだ。
こういう馬鹿げたことを平気でそのまま語ってしまうところは、基本的に「正直」で「無邪気」だと言っても良いなのかもしれないが、「頭が良い」とは、決して言えないのである。
こんなことを書けば、第三者からどう思われるのか、それがわからないのだから、こうした「先生呆け」は、仲正が自身を客観視できていない、何よりの証拠なのだ。
だが、自身が客観視できていない仲正だからこそ、ご当人は、自身を客観視できていると、そう思い込んでもいる。わかりやすく愚かな勘違いだ。
まただからこそ、自分の欠点を繰り返し語ってもいるのだ。
『 私だって善良になりたいが、才能がなくて、努力してもなかなか認めてもらえなかったら、ひがみっぽくなる。勉強もスポーツもできる子が、受験で落ちたりすると、「ざまあみろ」と思ってしまう。自分でもいやな奴だと思うが、好きでそうなったわけではない。』(P64)
しかし、見てのとおりで、結局は、自身の欠点も、すべては「人のせい」なのだ。
常に「自分は悪くない」という、他責的な考え方しか出来ない人なのだ。
本当の意味で、自身を反省するということが出来ない人なのである。
だから、自身の難点まで、小理屈をつけて正当化してしまう。
「自分は今のままでいい」と思っているためである。
『「ひとつの特異な教義を持つ宗教」に自覚的にコミットすること自体は、決定的に危険ではないかもしれない。自覚してコミットしているのであれば、かつての私のように、折にふれて「本当に変わった宗教に入ってしまったなあ。世間の人は私たちのことをおかしい奴だと思っているだろうなあ」と、自分(たち)のことを第三者的な視点から見ることもあるからである。
そういう第三者的な視点を持って入れば、その教団からあまりにも無茶なことを指示されたとき、その是非について考えることができる。
問題なのは、まわりから第三者的に見ると、ひどく奇妙な教えを信奉しているのに、自分たちではぜんぜんそう思っておらず、むしろ〝宗教などとは無縁の健全な常識人〟の集いだと思っているような場合である。
自覚していないと、独善性が次第にエスカレートしていき、自分たちが〝変な教え〟を説いているせいで、外部の人との話しがつうじにくい〝閉鎖集団〟であることが理解できなくなる。気づかないと、いろいろ他人に迷惑をかける可能性が高くなる。ネット上には、そうした意味で迷惑な、ミニ擬似教団がたくさんできあがっている一一その多くは、せいぜい、暇をもてあましている老人や日本的な意味での〝ニートの若者〟などからなる、きわめて少人数の集団なので、さほど実害はないのだが。』(P225〜226)
「世間は、新宗教の信者というと、教義も何もかも、ぜんぶ鵜呑みにしている妄信者のイメージを持っているかもしれないが、新宗教の信者の現実とは、意外にそうではないのだ。信者と言えども、人間なんだから、疑問に思ったり、反発することもあるけれど、しかし、組織人として、そうした弱みを外部の人に見せたりはしないから、外からは凝り固まっているように見えるだけなんだ」一一という主張である。
そしてさらには「自分のように、明確な信仰(やイデオロギー)なんかを持っている者の方が、かえって、その〝自覚〟に立って、自身を客観視することもできる。だからむしろ、そうした自覚もないまま、自身を中立的な判定者だなんて思っているような世間一般の人なんかよりも、むしろ自分たちの方が、現実が見えている」一一という、「目を瞑っている方が、かえってよく見える」式の、あまりにも呑気で手前味噌な議論を、展開するのである。
だが、こんなものは所詮「子供だましの逆説」でしかない。

なぜなら、仲正がここで言うような「自覚」や「自己相対視」までもを含めて、宗教やイデオロギーというのは、自身を見失わせるものだからである。
世間が思うほど、新宗教の信者というのは「目をつり上がらせて凝り固まっている」わけではない、というのは事実なのだが、しかし、その程度のこと(自覚)で「そう思われていることは重々承知してますが、でも、私たちは自分たちのことをそれなりにわかってますよ。皆さんが私たちをどう見ているかくらいのこともね」と、そう「メタレベル」に立っているつもりになれるところが、凝り固まった人の凝り固まっている所以なのである。
要は、「自己懐疑」の意識を欠いた、おかしな「エリート意識」を持っているのだ。
仲正昌樹が、自慢げに語っている「自覚」など、現実にはまるっきり役には立たず、所詮は自己満足にすぎないというのは、仲正自身が、自身の性格の弱さや歪みに〝自覚〟を持ちながら、それを少しも正せない現実に明らかなのだ。
だが、その程度のことにも気づいていない。
それに、その程度の「自覚」ならば、仲正が批判している「オウム真理教」のテロに加担した幹部信者だって、多少なりとも持ってはいたのだ。葛藤ならあった。
だが、立場や面子などに縛られて、結局は退くに退けなかったのである。
したがって、仲正のような「わかっているつもり」というのは、あくまでも「自己正当化の自己満足」にしかなっておらず、その「現実の行いや思考」を正す役には立たない。
仲正が統一教会を辞めたのも、統一教会の問題点に気づいたからではなく、要は、自分が望んだほどには評価されなかったからにすぎなかったのだ。
ともあれ、私の場合は、新宗教だけではなく宗教そのものを、所詮は「願望充足的な幻想にすぎない」と批判して来たのだけれども、そうした「宗教」レベルの話で言えば、「宗教」というのはもともと、信者が教義を100パーセント信じているわけではないというのは承知の上、つまりそれを当然の前提とした上で、それでもその組織の論理に従わざるを得ないように「導く」システムなのである。
「俺は、なんでも鵜呑みにしているわけではないぞ。ロボットになったわけじゃない」なんて内心で思っている小賢しい信者も、信仰の理想を本気で求めているかぎりは、おのずと徐々に従わざるを得ないようになるよう設られたシステムなのである。
そもそも、本気で疑うことが出来たのなら、入信などしないし、してもすぐに退会する。
ましてや仲正昌樹は、大学生になってから自ら進んで入信し、その後11年半も統一教会信者をやっていたのだから、本書みたいなものを書いて「本当は、うすうす疑問は感じてました」などと主張したところで、そんなものは所詮、後付けの言い訳にすぎない。
つまり、その程度の「疑い」ならば、現在、統一教会の大幹部をやっているような人だって、じつは内心では抱えており、ただ、立場上「100パーセント信じてます」みたいな顔をしなければならないからしているだけ、という可能性だって十二分にあるのだ。
そうした「信と不信の狭間で揺れ動いているのが、普通の信仰者」であって、100パーセント信じている狂信者など、かえって珍しいのである。
まただからこそ、本書でも描かれているとおりで、組織内でそれなりの立場にある幹部信者が、あることでその立場を奪われたりすると、それを反省するのではなく、しばしば批判者に転向したりもする。
つまり、そんなことができるのは、そもそも従順な信者をやっていた頃から、じつは内心ではそれなりに「信仰って結局、願望充足的な幻想なんじゃないのか?」という程度の「疑い」は持っていたからなのだ。
ただ、そうは思っても、その組織の中で人間関係ができ、立場を得たら、今更それを捨てて、独りでゼロからやり直すというわけにもいかないから、損得勘定の算盤を弾いた結果として、自覚的に「曇りなき強信者」を演じて見せるのである。
無論、その方が、組織(教団)内の「狭い世間」では、評価が高くなるからだ。
したがって、「信仰」というものは、もともとそういう「自己欺瞞的なシステム」であって、信者が「疑い(迷い)を抱えている」というのを前提にしたものなのだから、信者の「いや、俺は呑み込まれてはいない。理性を捨ててはいない」などといった、ありふれた自意識など重々理解した上での、一枚上手の「メタシステム」なのだ。
言い換えれば、信者の「自分のことは客観視できている」といった自意識など、実際には何の役に立たないし、それは前述のとおりで、自覚はあっても、仲正が一向に自身の「性格を直せない」というのや、覚醒剤中毒者が「やめなきゃ」と思いながらやめられないのと同じで、役には立たない「お気持ち」でしかない、ということなのである。
だが、仲正は、そんなことすらわからずに「ひとつの信仰やイデオロギーでも持っている方が、一病息災みたいなもので、かえって精神の健康にはいいかもよ」なんて、いい気なことを言っているのだから、そんな人を、賢い人だなどとは、とうてい評価しえない。
昔、俳優の西田敏行が出演していた洗剤のTVコマーシャルのセリフが、
「いま、やろうと思ってたのに、言うんだものなあ〜!」
というもので、これは「言われなくても、わかってたよ! やるつもりだったんだ!(だけだ、あなたに言われたことで、かえってやる気が無くなった)」ということであり、子供などが母親から「宿題はやったの?」と聞かれて、腹立ち半分で言い返す際のセリフでもあろう。
つまり、仲正昌樹が「世間の人々は、新宗教の信者だというと、何の疑いもなく、100パーセント、マインドコントロールされていると思ってるのかも知れないけど、そんなことはないんだよ。むしろ私は、あなた方なんかより、懐疑心を持っており、しかしその上で、わかっていながらやっているんだ」というような言い方をして、世間のうわ手に立ったつもりなのだ。
しかしそんなものは、「言われなくても、今から宿題をやるつもりだったんだよ」と反発する子供と同レベルの、言い訳でしかないのである。
むしろ、「やらなきゃならない(退会しなきゃならない)」と思いながらも、自身の依頼心(依存心)や優柔不断な意志薄弱さのゆえに11年半も統一教会の信仰に縋りついていた、そんな自分の弱さや、非理性的な行動を指摘されたのが悔しくて、仲正は、子供じみたつまらない言い訳をしているだけなのだ。
仲正昌樹は、統一教会を辞めた自分が、いまだに「統一教会のシンパなんじゃないか」「偽装退会」なんじゃないかと言われることに苛立ちながら、それでも「統一教会を積極的に批判する気はない」とするその理由を、次のように書いている。
『 なお、本書では、統一教会が邪教なのか、また悪徳宗教なのかという評価をおこなうつもりはない。その理由は、さまざまな原因で邪教よばわりされている統一教会であっても、信者だったからこそ〝救われた〟と思えるような経験が、すくなくとも私自身にはあるからだ。
統一教会の教えを信じることによって救われたと感じている人たちは、現在でも数多くいる。
リベラリズムの教科書のような言い分になってしまうが、教団と関係のない人に迷惑をかけないかぎり、彼らの信仰も尊重されるべきである。
かといって、統一教会を積極的に肯定するつもりもない。それは、統一教会の内部にいたからこそ、見えてしまったいやなな(※ ママ)部分を忘れることができないからである。いまの私にとっては、統一教会はかなり不自由で、重苦しい存在である一一むろん、それはあくまでも私の知っている、かつての統一教会のイメージを元にした印象だ。』(P12)
これも、いかにももっともらしい物言いだが、しかしそれを言うのなら、仲正が大嫌いな「左翼イデオロギー」の信者だって、それを信じることで救われているのだから、そういう立場も尊重して、仲正のようにみだりに「悪口」などすべきではないと、そういう理屈になるではないのか。
自身の信じていた信仰が「邪教」呼ばわりされるのは、自身の評価にもつながるから止めてくれ、あれはあれで救われた人もいるんだから、もっと「寛容」になるべきだなどと、仲正昌樹らしくもないことを言うその一方で、自分に嫌いな「左翼」については、誰のどの発言かも特定しない、いかにもいい加減で無責任な悪口を書き連ねるというのは、あまりにもご都合主義的なダブルスタンダードではないか。
だが、こんな見え透いた矛盾を、わかりやすくやってしまうところが、仲正昌樹という人の「正直さ」でもあれば「頭の悪さ」の、自己証明でもあるのだ。
仲正は「統一教会についてあれこれ言うお前たちだって、同じじゃないか」という理屈で自己正当化をする。
そのわかりやすい例としては、「マルクス主義も、信仰の一種だという見方は、よくなされているところだ」などと、学者ぶって賢しらなことを言う。
『 見方を変えれば、マルクス主義自体が宗教的要素を多分に持っており、そのことをマルクス主義者たちもなかば自覚しているがゆえに、みずからが隠蔽したい〝本性〟をはっきりと体現している宗教が、目障りになるのではないだろうか。
東大の民青や反原理共闘が、原研のようなちいさなサークルを目の敵にしていたのは、自分たちと同じように狂信的な体質を持っていると感じていたからかもしれない。』(P220〜221)
だが、こういう反論の仕方が、そもそも「レベルが低い」のだ。
なぜなら、自分の問題を指摘された時の切り返しが、むかし流行ったネットスラング「オマエモナー」レベルだからだ。
あるいは、「たしかに俺はロリコンだ。が、お前もロリコンだ」みたいな、居直りなのである。
どうして、仲正昌樹は、
「たしかに統一教会には問題もある。その点については、自覚が無かったとはいえ、私もその責任の一端を担っていた元会員の一人として、きちんと批判をしていきたい。
ただ、これは単に、統一教会だけの話ではなく、そもそも信仰というものが抱えている問題なのだから、統一教会だけをスケープゴートにして済ませて良い問題ではない。
また、これは、宗教の問題にすら限定できず、各種のイデオロギーを含めた、人間の〝信念〟一般の問題だと、そう考えるべきだろう。
そうでなければ、私たちはまた、表面的意匠を少し変えだだけの、同じ過ちを繰り返すことになるからです」
と、そう「前向き」に言えないのか?
それは、結局のところ、仲正昌樹の物の考え方とは「自分が気持ちよくなること」に止まって、「少しでもマシな人間になろう」という「成長への意志」が、決定的に欠けているからである。
本書を通読すれば分かるとおり、仲正は、自分が承認される(愛される)ことだけを求めて生きてきた。
統一教会への入信も、学者になったことも、すべてそうである。
そして仲正は、そんな自身の欲望について「誰でもそうでしょう?」という理屈を持ち出して来て、自己正当化してしまう。
『 「他人に認めてもらいたい」。そういう願望は誰にでもある。
「将来が見えない」。そんな不安に襲われる人は多い。
「他人とうまく付きあえない」。万人が、人とのコミュニケーション能力に長けているはずがない。
宗教とは、そういう思いを抱いた瞬間に、人の心の中に入ってくるものなのかもしれない。
逆に、そうした思いを抱いた瞬間に、人は宗教を求めるものなのかもしれない。』(P13)
「あなただって同じでしょう?」「左翼だって同じでしょう?」という理屈である。
たしかにそれはそうなのだが、この理屈は、平たく言えば「ダメな者どおし、他人の欠点を指摘しあうようなことはやめましょうよ」ということであり、要は「お互い、ダメ人間のままでいいじゃないですか」という理屈なのだが、しかしそのわりには、「左翼は」ああだこうだと、他人のことには、人一倍不平不満の多いのが、この男なのである。
したがって、仲正昌樹は、どうしてこんな「学問はできる問題性格者」なのかと言えば、もちろんその決定的な(単一の)原因などはわからない。
ただ、私は『ネットリンチが当たり前の社会はどうなるか?』を読んだ際には、「大学での原理研時代に、よほど左翼からいじめられたせいではないか」と、そう思ったのだが、どうやら、それだけではないらしい。



たしかに、原理研時代の遺恨が、今に至る「左翼」に対する「恨み骨髄」の原因だというのは、本書で仲正自身も認めているところなのだが、しかし、それ以前に、仲正の「私をそのまま承認して欲しい=成長を要求しないで、今のまま承認してほしい」というような欲望は、もっと幼い頃に原因が遡ることのようなのである。
その大きな要因を、仲正は次のように自己申告している。
幼い頃に階段から落ちて片足を痛め、それ以来ながらく歩き方がおかしくなっていた為に、小学校や中学校では、それを揶揄われるというイジメに遭った。またそれもあって運動が嫌いになり、運動が苦手になって、余計に日陰者的な立場に立たされて、人嫌いにもなり、コミュケーションが苦手になった。一一と、そのような事情である。
しかしながら、そうしたハンデを持った人が、みんな仲正のようないじけた性格になるのかと言えばそうではないのだから、これは原因の一部ではあっても、すべてではない。
だとすれば、ほかに考えられるのは、仲正の父親による家庭内暴力で、これはとうてい無視できない事実であろう。
『 ごく普通の家で育つ(※ 見出し)
呉市の家では、父(七五)と母(七四)、私、弟(四四)、父方の祖母、そして父方の叔母の六人で暮らしていた一一年齢は二〇〇九年六月現在。中学一年のときに祖母が亡くなり、その直後に叔母が別居し、そのすこしあとに私たちも、同じ呉市内で、広島市寄りの天応町というところに引っ越した。
父は、ある大手自動車会社の下請け工場で溶接工をやっていた。私が生まれたころからそこで働き、定年まで勤めあげた。とにかく気性の荒い人だった。母は専業主婦だったが、天応町に引っ越した前後に、しばらくスーパーなどでパートの仕事をやっていた。
はじめに住んだ家は借家で、ちいさな庭のある平屋の一軒家であった。引っ越した先も借家だったが、二階建てになった。私が暮らしたいずれの町も、高級住宅街もスラムのような地域もない、ごく普通の家庭が集まった地域である。海側から山側にかけて、ゆるやかに傾斜しているような地形で、長崎ほどではないけれど、坂の町だという印象が残っている。
生活に困るようなことは、とくになかった。しかし、父が酒飲みで、酔っぱらうと理不尽な理由で怒っていた。ときどき、酒乱になるのである。ものを壊すのは当たり前で、家族を殴ったり蹴ったりすることもあった。ひどいときには、煮物をしていた熱い鍋やガラスのコップを母に投げつけたりした。
「なんでいうこと聞けんのんじゃ」
父がこう言いはじめると、殴られるんじゃないかと怖くなった。急に怒りだして、収拾がつかなくなる。祖母がとめてもいうことをきかず、暴れつづけ、母や祖母、そして叔母たちが一時的に家を出ていくこともあった。そんなとき、子どもだった私や弟は本当におろおろしていた。
母は、いってみればごく普通のおばさんといった感じの人物である。やさしいときもあるし、子どもをしかることもある。ちなみに、私は父にはときどき殴られたが、母から本気で叩かれたことはない。』(P27〜28)
「ごく普通の家で育つ」という見出しが付けられているのは、仲正自身の自覚としては、そうだった、ということであろう。
たしかに、昔はこんな家庭も珍しくはなかった。
だからそれを「ごく普通の家庭」と呼ぶのも、いちがいに間違いではないのだけれども、しかしそれが「ごく普通」だったとしても、「だから、何の悪影響も無かった」ということにはならない、というのも明らかだろう。
仲正自身としては、前述の「足の問題」で、クラスメートや先生から「ドン(鈍)な奴」と言われ続けたことが、自分の人嫌いの原因だと、そう言いたいようなのだが、暴力的な親を持たなかった者の目から見れば、それはとうてい「普通」だとは言えないし、それを「普通」だと言い張っているがごときところにこそ、仲正昌樹のトラウマを見ないではいられない。
仲正昌樹は、大学での原理研時代、原理研を目の敵にしてくる左翼学生たちの暴力に対して、原理研の先輩たちから「やり返してはならない。原理研が暴力的だと誤解されるだけだ」と指導されていたにもかかわらず、結構やり返してやった、というような「自慢話」をしている。
「意外かも知れないが、私はやられて黙っているような人間じゃないんだぜ」と、そう言いたいのだろうが、しかし、本書の終盤では、自分は安全志向の人間であるとも主張してもいる。
で、どっちなんだよという話だが、無論、大学生の頃とは違い、歳もとり大学教授という社会的な地位を得た今となっては、それ相応に保身的になるのも当然だろう。
だが、人間の本質的な性格というものは、そう簡単に変わるものではない。
では、仲正昌樹の本当の性格とは、どちらなのか?
無茶で無謀な攻撃性のある人なのか、それとも安全第一の保身的な人間なのか?
無論、私は、後者が仲正昌樹の本質であると見ている。
と言うのも、父親の圧倒的な暴力に晒されて、その顔色を見ながら育った彼ならば、保身的になるのも当然だからだ。
それに、有名人「左翼」を名指しにしない慎重さや、本書で「中沢新一氏」などと、わざわざ「氏」付けにしている点などから見ても、そう疑われる。
しかし、ではなぜ仲正は、大学生時代は、けっこう好戦的であったのか?
それはたぶん、小心者が虐められて、逆ギレするというパターンではないかと思う。
その意味では、自制して反撃をしなかった、原理研の先輩がたの方が、よほど冷静で肝も据わっていたとも言えよう。
つまり、仲正の逆ギレ体質は、父親が、酒が入ると暴れるというパターンの、変形された遺産なのであろう。
したがって、父親の暴力は、決して「なんでもなかった」わけではないのだ。
仲正の心に傷を残さなかったわけではないのである。
その一方、仲正は、父親の暴力性への嫌悪や恐怖と同時に、それに魅了されるところもあったのではないか。
言い換えれば、自分の中に、解き放ってはならない「危険な虎」を抱えており、そうした不安があるから、人交わりを避けてしまう臆病さもあったのではないか。
さらに言えば、仲正が憎む、一方的な「加害者」としての「左翼」には、理不尽な「父親の暴力性」が重ねられているのではないか。
哲学の先生である仲正昌樹には釈迦に説法だが、フロイト心理学では、父親は「倫理」を司る超自我を象徴する存在なのに、現実の父親は、その真逆である、理不尽に暴力的な、自己矛盾した存在であった。
だから、そんな仲正昌樹にとっては、「ご立派なことを言うわりには、実際には理不尽な暴力を振るう」存在である「左翼」とは、「憎んでもいい父親」であり「復讐してもいい相手」ということだったのではないか。
そういう、無意識的な衝動を抱えているからこそ、仲正昌樹は、「左翼」に対しては、理性が働くなってしまったのではないだろうか。
ともあれ、私が仲正昌樹に感じる嫌悪とは、結局のところ、仲正の考え方は「志が低い」というところにある。
『 私には、共産主義が持っている「あなたは変わらなければならない」と迫ってくるような雰囲気が、どうしても受けいれられなかった。同じような雰囲気は、キリスト教にも垣間見られるような気がした。
人からいわれて、〝自分の何か〟を変えることなど、私には耐えられないと思った。なぜならば、「自分を変える」ということは、ある意味では「一回、死ぬ」ということでもあるのだから。逆にいえば、人から「変われ=死ね」といわれて、抵抗しないほうが不思議ではないか。』(P51)
これは、体の良いレトリックである。
変わるとか変わらないとか言う以前に、およそどのような思想であれ宗教であれ、そういうものには必ず「理想」というものがあって、それを目指すように促すのは当たり前のことなのだ。
「皆がそのままで良い」のなら、思想も宗教もいらない。
しかし、「そのまま承認してほしい(愛してほしい)」仲正は、「成長しなさい」という要請を「変わりなさい」と言い換えることにより、「変わるということは、一回死ぬということだ」と大袈裟なレトリックを駆使し、「そんなこと出来なくて当然だ」と、そう自己正当化するのである。
このように、仲正は「今このままの私を承認してほしい」という、わかりやすく「甘ったれた」人であり、それが叶えられないと、途端に相手に反発する。
本書にも自分で書いているとおり、すぐにすねるむくれる。それで、統一教会の中でさえ、持て余されていたのだ。
最近、話題になっている漫画『みいちゃんと山田さん』の主人公であるみいちゃんも、知的遅滞の障害のせいで幼い頃から人に馬鹿にされ、それ故の「被害者意識」のため、人からの善意の忠告さえ、批判だと受け止めてしまい、結果として、周囲の人を遠ざけてしまう、という描写がされていた。


たしかに、そんなみいちゃんは、同情されてしかるべき存在なのではあるけれど、しかし、その原因はどうであれ、「被害者意識」の強い人というのは、「私は被害者であり、私は悪くないのだがら、私が変わる必要はない」と、そう自己中心的に考えがちであり、それが対他関係の障害の原因となっている場合も珍しくはない。
「私は悪くない」というのが、口癖のような人とは、誰だってつき合いづらいはずなのだ。
だが、自身に現に対他的な問題があっても、それを認めようとも改めようとはしないならば、おのずとそのぶん、他者に責任を転嫁(帰責)し、不当に他者を責めることにもなりがちなのだが、仲正昌樹も、まさにこのパターンなのだ。
それを本書『Nの肖像』は、裏付けているのである。
また、そうした「被害者意識」に由来する「頑なさ」のせいで、「自分はまだ未熟だから承認してもらえないんだ。だから、成長しよう。そして、承認してもらおう」と、そんな当たり前の「前向きさ」がまったく持てず、そうした自分の態度を棚に上げてしまい、しばしば他責的になる。
だからこそ、仲正の場合は、「理想」を目指すという意味での「向上心」が無いために、「こっちもこっちかも知れないが、お前らだって似たようなものだろう」という「低レベルでの自己正当化」で自足してしまう。
他者の一番悪いところ、程度の低いところだけに注目して、その事実を責めるばかりで、「君たち左翼の理想とは、元来そういうものではないはずだ」という「筋論(正論)」で返すことをしない。
そもそも、自分に向上心が無いのだから、相手に本気で成長を求める気にもならない。
「俺も一生このままだけど、きっとお前らもそうだろう」としか思えないのである。
そんなわけで、仲正昌樹の著作にいつも不満を感じるのは、そこには、思想や哲学において探究されてきた「崇高さ」や「高みを目指そうとする姿勢」みたいなものが、まったく感じられないからなのだと思う。
仲正の場合、そんなものは端から信じてはおらず、あくまでも「人間なんてくだらない」という、世をすねた視点から、思想哲学を説明するから、私たち凡夫にはかえって「わかりやすい」のかも知れないのだが、しかし、わかりやすくはあってもつまらないのだ。
現代思想早わかりみたいなものを求める読者ならば、それでも良いのかも知れない。
だが私は、哲学や思想に、その哲学者なり思想家なりの「理想探究の苦闘の記録」を感じたいし、そこから何かを学び、少しでも成長したいという気持ちがある。
もちろん、実際に成長できるか否かは、また別の話だが、そういう気持ち(憧れ)はあるから、仲正昌樹の書くものには「志が低い」という印象をうけて、好きにもなれなければ、褒める気にもならないのだろう。
私は、一般には「左翼」に近いが、それにもかかわらず「左翼」も批判するし、逆に右翼や保守の人とでも議論したいと思うのは、問題は思想の左右ではなく、「志の高さ」の問題だからなのだろう。
したがってそんな私からすれば、仲正昌樹の思想は、志が低く、承認ばかりを求めて、おのずとわかりやすく地位自慢をするというような点において、私がこの2年来批判している、武蔵大学の教授でフェミニストと北村紗衣と、何ら変わりはしない。
北村紗衣も、東大出身の大学教授だという「肩書き」の点では、仲正とまったく同じなのだ。
たしかに、「学力的な知能」の点では、仲正の方がかなり上だし、仲正の正直さは、北村紗衣には無い美質である。
仲正には、北村紗衣のような小狡さや陰険さは感じられない。
だが、いずれにしろ、「大学教授で、著作もたくさんあるぞ」と自慢されても、それがどうしたという気にしかならないのである。

北村紗衣が自身の中学生自身の「イジメ被害体験」を語り、近年では「発達障害」だったことを自らアピールしたのと同様、仲正昌樹が、学生時代の「被害者体験」を、一方的にいくらアピールしたところで、今の現実が誉められたものではないのなら、過去についての自己申告だって、そのまま鵜呑みにすることはできないし、仮にそれを信じて同情することは出来ても、ただいま現在の仲正昌樹を承認する気にはならない。
仲正昌樹と北村紗衣という大学教授を並べた時に、思想の左右など本質的な問題ではないというのは、少なくとも私には明らかだとしか思えないのである。
『 この物語の結末は、比喩によって語るしかない。なぜならそれは、天国という無時間の世界で起こることだからである。(※ 神学者)アウレリアヌスは(※ 天国へ行って)神と言葉をかわしたが、神は宗教(※ 教義)上の相違にあまり興味をもたれないので、アウレリアヌスを(※ アウレリアヌスが敵視した神学者である)パンノニアのヨアンネスとおまちがえになった、ということはおそらく正しいだろう。しかしながらこのことは神の御心に混乱があることを意味していよう。より正しく言えば、楽園においてアウレリアヌスが知ったのは、計り知れぬ神にとって、彼とパンノニアのヨアンネス(正統的信仰者と異端、憎む者と憎まれる者、告発する者と告発される者)とはただ一人の人物を構成するものである、ということであった。』
(J・L・ボルヘス「神学者たち」より)
本来、学者に求められるのは、目先の「社会的な承認」などではなく、やはり「永遠の相の下における」真理探究への熱情なのだ。
無論、それはきわめて困難なことで、サラリーマン学者には無理なことではあろう。
しかしながら、そうした困難に挑むからこそ尊敬されもするのであって、それをしないで尊敬しろというのは、どだい無理な要求なのである。
(2026年9月24日)
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