『柄谷行人ディスカッション』:「上野千鶴子・水田宗子vs柄谷行人・浅田彰」の結末

0

▷ 書評:『柄谷行人ディスカッション』(講談社)


本書は、柄谷行人が関わった「討論会もの」(対談ではなく、柄谷を含む3人以上で行われたもの)のセレクションである。

柄谷の討論会(座談会)ものは、ほとんど読んでいないので、これが討論会もののベストセレクションなのかどうかまではわからない。
だが、参加メンバーを見れば、落穂拾いでないのは明らかだし、実際どれも面白く読むことができた。
本稿では、そのあたりをお伝えできればと思っている。

本書『柄谷行人ディスカッション』は、四六版2段組全540ページの大冊だが、読者の興味に応じて、きっと「面白い」と感じる討論があるはずだ。

本書収録の討論会は、次のとおり。
柄谷以外の参加者名が記している。

(1)「戦後文学」は鎖国の中でつくられた青野聰坂本龍一中上健次(1985年)

(2)〈分裂病〉をめぐって木村敏中井久夫市川浩(1988年)

(3)〈近代の超克〉と西田哲学廣松渉浅田彰、市川浩(1989年)

(4)芸術の理念と〈日本〉磯崎新岡﨑乾二郎、浅田彰(1993年)

(5)中上健次をめぐって 双系性とエクリチュール蓮實重彦渡部直己、浅田彰(1994年)

(6)〈戦前〉の思考 1930年代的状況と現在:小林康夫、絓秀実、西谷修、福田和也、山城むつみ、浅田彰(1994年)

(7)日本文化とジェンダー家父長制とその批判〉から始めて水田宗子上野千鶴子、浅田彰(1994年)

(8)ハイパーメディア社会における自己・視線・暴力:浅田彰、大澤真幸黒崎政男(1998年)

(9)冷戦終結後の政治と文学スーザン・ソンタグ、浅田彰と(1995年)

(10)現状に切り込むための「足場」を再構築せよ 理念、社会、共同体山口二郎中島岳志(2008年)


私がこの中で、特に面白いと思ったのは、(2)(4)(7)(8)ということになる。


だが、この中で異質なのは、フェミニストである水田宗子、上野千鶴子を迎えての、柄谷行人、浅田彰コンビによる、バシバシのやりとりだ。

Amazonのレビューを見ても、「note」などの記事を覗いても、本書中でも特に目立つはずの、この(7)に触れているものは見当たらずない。これはほぼ間違いなく、読んでよほど嫌な気分にさせられたのだろうと、私はそのように推察する。

またそれ故にこそ、多くの評者には、個人としてフェミニストと事を構える気迫も力量もないものだから、うるさ方のフェミニストのからむ議論ついては、無難に敬して遠ざけたということなのであろう。
しかしまた、そうした意味ではむしろ、喧嘩屋の私としては、こんなに興味深い座談会も、またとなかったのである。

ハッキリ言って、他の座談会に比べて、議論の中身自体は薄い。最終的には、ほとんど用語法とそれに裏打ちされたそれぞれのスタンスの確認に終わっており、フェミニズムについての突っ込んだ議論というほどのものはなされるには至っていないのだ。

いやむしろ、柄谷や浅田は興味の対象を、狭くフェミニズムに絞るつもりはなく、フェミニズムとは、あくまでも問題の一部であり、そのいち現れだと感じていたからなのではないだろうか。

だが、だからこそ、この討論への食い違う期待のせいで、フェミニズムについての議論以前の段階における、相手を自分のフィールドに引き摺り込んで、したい議論をしようとする駆け引きがなされており、かえってそれが滅多にみられないものとして興味深かったのだ。

特に、上野千鶴子は、フェミニズムの限定されたリアルフィールドに柄谷らを引き摺り込んで、議論をリードしようとするスタンスをハッキリと見せている。
だが、それはそうだ。フェミニズムの現実問題については、自分たちの方が専門家だという自負があるのだから、柄谷らのフェミニズムに関する不十分な理解を指摘して、折伏教化しようという気満々だったのであろう。

だが、上野・水田コンビのそうした、かなり露骨に殴り込み的な態度に対しての、柄谷・浅田コンビの老獪な受け太刀が、またとても見事で、そうした双方の駆け引きこそが、この討論会の見どころなのだ。

この種の討論会(あるいは座談会)と言えば、予定調和的な馴れ合いが珍しくはなく、さらに昨今では、相互の褒め合いによる、お互いの「箔付ゲーム」に終始したりするのが当たり前のようにになっている。
だが、だからこそ、そうしたものとは真逆であり極めて稀有なこの討論会を読み、その「重さ」や「面倒くささ」の意味するところを考えずして、本書を読んだことにはならないだろう。

すなわち、たいがいの人なら、こうした場に立ち会えば、ブスっとして黙り込むか、キレてしまうかしかないはずなのだが、柄谷・浅田は、じつに見事な体捌きで、上野らの気勢を利用して、議論をリードしていくのである。

一一しかしながら、こういう「美味しいもの」は後に取っておいて、まずは他の3つの座談会について、簡単に紹介をすることにしよう。

 ○ ○ ○

(2)「〈分裂病〉をめぐって」は、著名な精神科医である2人を招いての座談会だが、読みどころは、精神分裂病(今の統合失症)の治療行為と批評との類似性ということが扱われている点であろう。

物理的な外傷とは違って、精神の病を治療するには、患者の心の状態を読み解かなければならない。この診断が、「文芸批評」などと同じ「解釈」という行為によるものなのだから、4人の興味が重なるのは当然なのだ。

中井『(※  やむを得ない事情があって、患者の家へ往診に行くとなると)往診する前より家族関係が悪くならないように、と考えて、それから起承転結を最後までやり通さねばならない。途中で、(※ すぐにはどうにもならなさそうだからと)「やめた」と言って帰るわけにはいかない。どういうふうにしてこの一幕を閉じる(※ 適切に区切りをつける)かということを考えながら入っていく。むろん往診している間に場は(※ 患者との関係は)どんどん変わっていきますよ。それをどうやって終えて(※ どこで区切りをつけて)、次回をどのようにしようか、できたら外来に来てもらうようにしたいが、どうか、とか、筋をいくつも読んでゆく。(※ いくら頼られても、)やりとおせそうにないこと(※ 自分の手に負えそうにない病状の患者)なら、むしろ最初から(※ 往診を)断わる。するならどういうふうに好ましい影響を残そうかと。
 たまたま将棋の名人について書いている本を読んだら、素人の将棋はあらゆる可能性を読むんだそうですね。将棋のプロは自然に一筋の道が見えてきちゃって他はあり得ないとなるのだそうです。あらゆる可能性を考えてやっているわけじゃない。すーっと一筋の道が見えてくるのだそうですね。われわれもこれが見える時がたまにある。見えない時はほんとうに苦しい。』(P59)


ここで語られているのは、読みきれていないのに、一定の読みを示さなければならない時の苦しさということであり、読める時には『すーっと一筋の道が見えてくる』ように読めることがある、という事実である。

これは、私たちが、ある作家の本を読んでいて、最初に読んだ時には、その作家が何を考えているのか、訴えたいのかがよくわからないのだけれど、ひとまず、分かった範囲で読解を語る、みたいな厳しさのことだ。

しかし、ここで考えなければならないのは、例えば、本を1冊読んだくらいでは、深いところまでは「わからないのが当たり前」だということであり、すぐに分かったつもりになるのは、むしろ浅はかだということである。

柄谷 あまり将棋の例はよくないのかもしれないと思ったんですけど、それはどうも判断の速さということと結びつくからです。前に木村さんと対談した時に非常に感銘を受けたことがあります。それは医者の前で嘘をつけるのではないかとぼくが言った時に、私どもが患者を診たというのは十年診たということであり、十年付き合えばまず偽ることはできないと言われたことです。ぼくはそれに感銘を受けました。そうすると今の症状というのも、ウェイ・オブ・ライフというのも、そういう関係として時間が入っているかどうかで違ってくると思うんです。治療による診断と言われたことには、そういう「時間」が入っていると思う。コミュニケーションといっても一回きりじゃない。そういう長い時間をかけてほとんど共存していくという感じでなされた判断と、いっぺんで見抜いたのとは違うと思うんですね。
中井 いっぺんで見抜くというのは危ない。柄谷さんは非常に大事なポイントを言っておられるので、(※ 犯罪容疑者などに対する精神)鑑定というのは一瞬のこと、稲妻の光で診た風景を求める(※ 診断結果を求めるということな)ので、それは鑑定に一年かけようとかわらない。(※ それは診察のために患者とつきあうということと同じではない)』(P60〜61)


つまり、精神の読解でもテクストの読解でも、それが正確にやれるようになるためには「経験(時間)」が必要だ、という話である。

だが、読解力の無い人間にかぎって結論を急ぎ、そのとき思いついたことこそが真理だと強弁したがる。
まるで自分には、初めから神の如き洞察力が備わってでもいるかのように、自信満々に「決めつけ」を語りたがるのだが、しかしそんなものは偽物でしかない、という話だ。

プロの棋士が「いっぺんで正しい読み筋を見抜く(見出す)」というのは、彼に神の如き洞察力があるからではなく、それまでの長い鍛錬と経験があり、それがその瞬間に結実したということなのだ。

柄谷 さっき言った「分裂病評論家」(※ を名乗る知ったかぶり屋)のことですけれども、ぼくなんかが分裂病のことでものを言えばその類にすぎない。いわば認識を急ぐというか、即座にわかろうとか、そういうことがあると思うんですね。それはしかし分裂病のことだけじゃないでしょう。たとえば小林秀雄が、母親は子供のことを、見あやまたない、それは分析的に見ないからだと言っています。小林の言うような母親は最近減っていると思いますけど(笑)。しかしその(※ 長い時間をかけた)分析の反対を直観とは言えないと思うんですね。つまり母親は子供を長い間見ているわけです。こういうとこもある、ああいうとこもあることを知っていて、そういう意味で、仮に子供がどんなことをやったとしても、ああそうだろうと思う。つまり、(※ 子どもの行動や心理を)了解するということに歴史が入っているというか、長い共同の生としての時間が入っている。そういうのは直観と分析とかというのとは違うんじゃないかと思うんですね。だから(※ 実のところ)分析も入るんですよ、「時間」の中に。分析的でなければだめだ、だけど、それを十年やると分析を突きぬけてしまう。ぼくは当り前のことだけどなんか恐ろしいような感じがするんですね。

木村 それはね、分析という場合は、大体は客観的に対象的にものを見ているんだろうけど、さっきぼくが治療の眼というような言い方をしたのは、あるいは母親が子供のことよくわかると言ったのは、子供のことわかっているんじゃなくて、自分のことわかっているということでしょ。

柄谷 そうです。』(P65〜66)


この木村敏の、

『母親が子供のことよくわかると言ったのは、子供のことわかっているんじゃなくて、自分のことわかっているということでしょ。』


という言葉を、私たちは噛み締めなければならない。

というのも、本を読んで「わかったつもり」の人というのは、3歳の子供から老人に至るまで、当たり前に転がっているけれども、自分がどこまでわかっているのか(いないのか)という、自分のことをわかっている人はほとんどいない、からだ。

赤いレンズの入ったメガネを掛けているのに気づかないまま、「世界は真っ赤だ」と言うのが、当たり前の人で、なにしろ「そう見えるのだから、そうだろう」と、そう確信してしまうわけなのだが、しかし、いろんな物やいろんな人を見て、それを見過ごしにしない人ならば、「ちょっと待てよ。あいつは確信ありげに、そこに地縛霊がいるとか言ってたけど、どうして、そんなトンデモなことを自信ありげに語れるのかと言えば、それは彼には現にそれが見えているからなのではないだろうか。存在しないものを、人間の脳は現に見てしまうのではないだろうか。だとすれば、私に現に見えているからと言って、そのように確信していることが、現実だとは限らない。だとすれば、私はどうすれば良いのか。自分の色眼鏡に気づいて、それをはずすには、何をどうすれば良いのだろうか?」一一と、そんなふうに考えることもできるだろう。
そういうのが、木村が言うところの「自分のことがわかっている」ということなのだ。

また、それとは逆に「あれはこうだよ」「それはこうに決まってるじゃないか」と、やたら明快に断言できる人というのは、精神治療の現場を知らず、頭の中で病像をでっち上げているだけの「精神病評論家」と同様の、「自分のことがわかっていない」、浅はかな馬鹿だということにもなる。

私たちは、どこの馬の骨とも知れない匿名者が、例えば「柄谷行人はダメだ」などと、根拠も示さず、聞いたふうな口を叩いているのを、Amazonレビューはもとより、SNSなどで、当たり前のように見かけるはずだ。

だが、そういう人はまず間違いなく、自己分析を行ってはいない。考えたこともないだろう。

なぜなら、彼らは自身の現実を見たくないからで、そんな「抑圧された自己理解」があるからこそ、自身の実力を実証して見せようともしない。
それが出来ないのを、無意識のうちに知っているからである。

言い換えれば、無意識に自分のダメさを知っているからこそ、彼は「自分を知らない」し、だからこそ「直観」によって物事の本質を洞察できるなどという、自己についての超能力信仰にも陥ってしまうのだ。

批評とは、他者を分析する以前に、自己分析があるものなのだ。それがない批評など、「批評の真似事」にすぎないのである。

(4)「芸術の理念と〈日本〉」は、これまで著書を読んだことのなかった磯崎新という建築家の明晰さと誠実さ、それにこちらは初めて知った岡﨑乾二郎(造形作家・批評家)の明晰さと、ズバリと本当のところを言い切ってしまう気風の良さが、とても爽快に感じられて楽しかった。特に岡崎の方は、その評論集をぜひ一度読んでみたいと思う。

この座談会で、個人的に特に興味深かったのは、「美術絵画の値段」というものの裏側を率直に暴いて、私がこれまで、腑に落ちないまま曖昧に呑み込んでいたことを、ハッキリと消化させてくれた点である。

岡崎 もう一つ言うと、アメリカ(※ の美術界)が力をもった秘密の一つは、美術館に買われたものは、もう売られることがないだろうとみんなが信じているというフィクションです。あれは一つのトリックで、美術館が平気で売るようになると壊れちゃうんですね。

磯崎 ところが、最近はそうなってきている。そのフィクションをいちばん最初に象徴的に崩したのがグッゲンハイム美術館で、モジリアニシャガールカンディンスキーを売っちゃった。山ほどあるから、一度も展示したことのないのを一枚くらい売ってもいいだろう、と(笑)。

浅田 美術市場というけれど、美術館という半ば公的なインスティテューション(※  公共の施設)がストックを支えていたからもっていた(※ 価格が安定していた)んで、本当に全部市場化したら、ほとんど純粋な投機市場だから、めちゃくちゃになっちゃう。

岡﨑 売買不能な国宝とか美術館とか、ああいう制度が美術の価格を支えているんです。

磯崎 そのとおりです。』(P209)


これの何が面白かったかと言うと、私は長らく「初版本」のコレクターをやっていたのだが、その「古書価」(時価)というものに、長らく幻想を抱きつつ、疑問も抱えていたためだ。

私が若い頃は、バブル景気の最中か、まだその余波が続いていた時期だった。それため「古書」さえもがささやかな投機の対象となって、価格が高騰していた。

例えば、「日本の三大奇書」と呼ばれるのは、夢野久作『ドグラ・マグラ』小栗虫太郎『黒死館殺人事件』中井英夫『虚無への供物』で、このうち前の2冊が戦前の昭和10年の刊行で、『虚無への供物』は、ずっと遅れて昭和39年の刊行だった。
で、私が、この3冊の「初版本」を欲しいと思った頃の時価が、『ドグラ・マグラ』と『黒死館殺人事件』がおおむね100万円。『虚無への供物』が65,000円という感じだったのだ。

ところが、バブル経済がはじけて世間が不景気になり、しばらくすると、そうした古書価が少しずつ下がり始めた。

そしてそうなってくると、投機で買っていたような人は、損切りでそうした初版本を手放し始めるから、市場に出回る冊数が増え、入手難度も下がって希少価値も薄れ、それでまた時価が下がるということになった。

そんなわけで、100万円した頃には入手を諦めていた『ドグラ・マグラ』や『黒死館殺人事件』の初版本も、徐々に買えそうな値段になってきて、私が一大決心をしてこの2冊を(同時にではないが)買ったのは、それぞれが50万円を切った頃だと思う。

もう少し下がりそうではあったのだが、そんなことを言っていては、いつまでも買えないし、生涯手に取ることはないだろうと思っていた憧れの本を、あまりにも安く買い叩くに忍びないと、そんな気持ちもあったから、50万円なら出せると、そう思って買ったのだ。

当然、そのあとにも、10万なり20万なり値下がりしただろうが、その頃にはもう、値段をチェックすることもしなくなっていた。すれば、腹が立つだけだし、すでに所蔵している、また買うわけでもない本の値段をチェックしても意味がないと考えたからである。

で、私はこうした「初版本」蒐集ということを通して、「物の値段」ということを学ぶことになった。

それまでは、価値があるから高価で売られるのだと、単純にそう考えていたのだが、初版本のコレクションを始めると、いくら素晴らしい作品でも、本がたくさん現存すれば、特別な値(プレミア価格)がつかず安いままだし、内容自体は大したことがなくても、残存数が少なく、一部に熱心なファンがいたりすると、そうした人が買い占めたりするので、おのずの希少価値が高まり、内容に不釣り合いな値段がついたりするという、そんな「理不尽」に、私は気づくようになったのである。

「値段」というのは、基本的に「中身の価値」とは無関係であり、「需要と供給」の問題でしかないということを、実感をもって知ったのである。
無論、以上は、マルクスや初歩の経済学を齧る以前の話だ。

だが、それにしても「初版本」はこれほど下がったのに、どうして「有名絵画」が下がることはないのだろうかと、そうした疑問が漠然とあったのだが、それが上の岡﨑乾二郎の説明でハッキリして、目から鱗が落ちたのだ。

「そうか、アメリカの美術館が、大枚叩いて名画とされるものを買い漁り、それを手放すことをしなかったから、一種の買い支えとして、有名絵画の値段は下がらなかったのか」と、そう呑み込めたのである。

例えば、ゴッホの絵が何億円とかいう、冷静に考えれば「意味不明」としか言いようのない法外な価格も、所詮は、こうした買い漁り、買い支えに端を発した、希少価値によるものだったのだ。
高く買われたそれが、世界に1枚しかなく、それが美術館に所蔵されたまま、二度と市場に出ないのなら、そりゃあ、他の作品の値段も上がるし、値崩れがすることもないよなあと、そう得心がいったのである。

「時価何億円の名画」だからといって、それで目が眩んで(価値観まですっかり歪んで)いる美術愛好家も少なくないだろう。
しかしそれは、絵画を愛しているのか、資本主義経済を盲信しているだけなのか、じつにあやしいところなのだ。

ゴッホが数億円で、『ドグラ・マグラ』の初版本が100万円に止まるのは、中身(美的価値)の問題ではなく、残存数(希少価値)と市場規模の問題でしかなかったのである。

なのに、それを知らずに「さすがはゴッホ」などとわかったつもりになっている大人の、なんと多いことか。

そういう人は「ぼーっと生きてんじゃねえよ」と、チコちゃんに叱られるべきなのだ(と、キョエは思う)。

(8)ハイパーメディア社会における自己・視線・暴力」が興味深かったのは、1998年という、まだまだ一般家庭にパソコンが普及しきってはおらず、「パソコン通信」の時代をやっと卒業して、パソコンのメーラーによる電子メールのやりとりが、やっと始まったというような(当然スマホなど存在しなかった)時代に、この座談会のメンバーは、現在のネット社会における問題点を予告的に語っていただけではなく、現在は生成AIによる著作権問題として語らていることの本質なども、すでに指摘していたという点である。
そうした明察に、正しい状況認識(知識)に基づく正しい状況判断の凄みを感じさせられたのだ。

『 電子メディアと直接民主制

大澤 黒崎さんがゲストになって、津野海太郎さんと室謙二さんとで討議したのを最近読んだのですが(津野海太郎室謙二『コンピューター文化の使い方』思想の科学社、一九九四年)、この二人は、パソコン・ネットワークをカウンターカルチャーの理念で捉えていますよね。つまり、パソコン通信というのは、理念的に言えば直接民主主義の道具だという感覚なんです。たしかに、パソコン通信というものが出てくれば、理論上は直接民主主義に近いものができるようになるわけなんですよ。直接民主主義が物理的に不可能だから、仕方なしにそのオルタナティヴとして代議制というのがあったと仮定しておくと、本当に直接民主主義ができるならそのほうがいいじゃないかという議論になってくるでしょう。

黒崎 でも、実現してみるとものすごいことになりそうだ、と。

大澤 つまり、直接民主主義は実現できないから仕方なしに代議制でやるんだと言っているときに、民主主義というのはいちばんうまくいくんですよ。先ほどの話との関係で言えば、直接民主主義ということを言った場合、理論上は、個々の主体はアイデンティティを確立してちゃんとした意見をもっているという前提があるわけです。しかし意見を表明するにも一分前といまとでは意見が違うというようなことなら、民主主義というのは成り立たなくなってしまうわけです。パソコンのネットワークというのは、実際にちょっと意見が変わった場合に、これをネットワークを通じて伝達したり、集計に反映させたりすることを、技術的に可能にしてしまった。

柄谷 「朝まで生テレビ」にしても何にしても、TVでディスカッションをしながら、その内容に関して視聴者からファックスで意見を聞いたり世論調査をしたりするけれど、それは非常に曖昧かつ流動的で、誰かが強力にしゃべると、サーッとそちらに変わったりして、一定しないんですね。

黒崎 だから、直接民主主義というのを、どの時点でやるのか、ニュースを流す前にやるのか、後にやるのか、それだけで結果が全然違ってくる。

柄谷 自己というものをもつには、一定程度の時間が必要なんですよ。そのことは、ヒュームも言っているし、ニーチェも実はそれをひそかに引用していると思う。つまり、自己というのはひとつの政府(ガヴァメント)だ、多数の自己のあいだでの代表だ、とその意味で、自己というものがすでに代表制でしょう。そうすると、そのような自己から成り立つ政府形態というものを考えるときに、それを直接民主主義でやるというのはおかしいんです。全国民がボタンを押して絶えず現在での意見で政策を決めるようになれば、政策の一貫性なんてなくなるんですよ。

大澤 いままでは、そういう問題が単純に技術的な問題で隠されていたわけでしょう。たとえば、国民の意志なんてものがどうして存在できるかと言えば、しょっちゅう確認できないからなんです。何年かに一度、選挙をやって、ようやく確認できるというような段階だから、国民の意志というふうに束ねて存在できるわけですね。それを本当にリアルタイムで確認できるようになったとたんに、「国民の意志」と呼ぶにたるような統一性は、あっというまに分解してしまう。そうなれば、そもそも、民主主義的な意志の集計によって、「何を」決定しているのかも判らなくなってしまうわけです。

黒崎 そうなると、完全にバークレー的な状況ですよね。一瞬一瞬、私も別な自己であり、政府も別な政府であり、ただ命名によって一貫性を保持しているだけだ、と。

浅田 ルソーが一般意志というけれど、具体的なモデルとしては小さい共同体を考えているわけで、それを無視して直接民主主義を乱暴に拡大すると、ファシズムと限りなく近いものになってしまうわけです。
 たとえば、リンツ「アルス・エレクトロニカ」というのをやっているんだけれど、あそこはヒトラーが生まれた所だから、ヒトラーが演説した広場があって、前回は、そこに巨大なスクリーンを立てて、インタラクティヴなゲームをやったんですね。みんなに赤と緑の反射板をもたせて、全員でTVゲームをやったりね。そこで、市長の人気投票とか、直接民主主義制のゲームもやったんですが、まさに柄谷さんがおっしやったような感じで、みんながそのつど結果を見て補正するから、およそ一定しないわけです。

黒崎 だいたい、一人の個人にしたって、どうしようかとずいぶん迷っている。その総和が増幅されて出てくるだけだから、それはもう、かなり混乱するでしょうね。

柄谷 アドルノヘーゲルについて、ヘーゲルが精神と言っているのは実は社会のことなんだ、と言っている。社会という意味で精神を捉えるならば、ヘーゲルの言っていることはだいたい全部了解できる、と。それがどういう社会かというと、全然発展段階の違うものが、しかも同時に存在しているということだと思うんですね。これが、現在の社会で物を言う時に痛感することなんですよ。

黒崎 感覚的確信や自己意識から絶対知までが、一挙に存在している。

柄谷 そう。民主主義と言ったって、各国で意味が違う。いまだに民族=民権みたいなことをポジティヴな意味で言えるところもある。それは否定できない。しかし、そんなところと、それこそコンピュータ・ネットワークなんかでやっているところが、パッと一緒になったら、話が通じませんよ。
 マイノリティの問題でも、いろいろなレヴェルが同時に出てきて、大混乱が起きている。それこそ、前に浅田さんが言ったように、三重苦より四重苦が勝つとかいうことになって、そうなると、自分を代表することすらできない人がいちばん偉いということになってしまうーということはつまり、誰かがそれを代表したかたちで勝つということになるんでしょうね。』(P466〜468)


まるでネット選挙による、風見鶏的な大衆行動を予見するかのような、的確な指摘だったというのが、よくわかるだろう。

「直接民主主義」とは、実現不可能だと考えられていたからこそ、それを「理想」として語ることも出来たのだけれど、それが実現されてしまうと、それはもう単なる「愚民政治」と区別のつかないものになってしまう。

つまり、かつての「直接民主主義(の夢)」とは、柄谷言うところの「統整的理念」として働いていたのであり、それが構成的に実現されてしまうと、それはもう「理想」状態でも何でもないことが明らかになる。

私は最近のレビューのどこかで、「実現されたユートピアというのは、ユートピアではあり得ず、単なる現実にすぎないだろうし、悪くすれば、それはディストピアにさえ転じてしまう」という趣旨のことを書いたのだが、今の「ネット選挙」とは、まさに「実現された理想としての悪夢」だということになるのかも知れない。

だから、「みんなが投票に行けば(投票率が上がれば)」とよく言われるけれど、本当に投票率が上がれば、民主的な政治が実現するのだろうか?
それこそ、投票率が80%なんてことには「絶対にならない」と、そう思っているから、それに夢を託せているだけなのではないのだろうか?

一一けれども、大切なことは、だからと言って、そうした「理想」を捨ててはならない、「理想主義」を否定してはならない、ということなのだろう。

「理想」とは一一「理想の名に値するもの」とは、その「完璧性」において「統整的理念」として、その実現が目指されるべきであり、それが目指されながら、「完璧」なものであるが故の「実現不可能性」において、常にすでに「今ここ」の彼方にある目標だと、そのように考えるべきなのではないだろうか。

 ○ ○ ○

さて、いよいよ(7)「日本文化とジェンダー 〈家父長制とその批判〉から始めて」である。

この座談会は、柄谷や浅田の主催する批評(同人)誌『批評空間』の主催で行われたものであり、要は、柄谷らが、水田宗子と上野千鶴子という2人のフェミニストを招いて、フェミニストの問題を語り合ったものである。

この座談会が行われた1994年というと、上野千鶴子がフェミニズム界のエースとして大活躍し始めた頃だと、大雑把にそう考えていいだろう。
Wikipediaによると、こうなる。

『1977年3月に京都大学大学院の博士課程を単位取得退学。その後の2年間を日本学術振興会研究員として過ごす。1979年4月の30歳の時に公募により平安女学院短期大学(現:平安女学院大学短期大学部)の専任講師となる。

1980年(昭和55年)、マルクス主義フェミニズムを知り、これの紹介者・研究者となる。上野はのちに『家父長制と資本制 – マルクス主義フェミニズムの地平』(1990年)を書いた。「日本女性研究学会」の「女性学年報」創刊号(1980年10月発行)の編集長を務めた。』

「経歴」の「卒業と就職」から)


『『セクシィ・ギャルの大研究』(1982年)で初メディアデビューした。タイトルを見た両親は「うちみたいな堅い家からなぜあんな子が。お前の育て方が悪かったからだ」と父は母を責め、「あなたが甘やかしたから」と母は父を責めたものの、本屋で買ったモノを他の親戚に勧めてくれたことを明かしている。表紙カバーに推薦文を寄せた栗本慎一郎山口昌男、あるいは 鶴見俊輔などから評価され、文化人類学・記号論・表象文化論などの方法を使って現代の消費社会を論じるフェミニストとして知られるようになる。特に1987年(昭和62年)から1988年(昭和63年)にかけて世論を賑わせたアグネス論争アグネス・チャン側を擁護する側で参入した。フェミニズムでは「東の樋口、西(当時京都在住在勤だったことから)の上野」と呼ばれた。』

「経歴」の「メディアデビュー」より)

『1993年(平成5年)4月、東京大学文学部助教授に就任。
1994年『近代家族の成立と終焉』(岩波書店)でサントリー学芸賞受賞。』

「経歴」の「東京大学教員時代」より)


つまり、座談会の行われた1994年とは、第一著書の『セクシィ・ギャルの研究』から12年後、東京大学文学部助教授に就任し、その翌年に『近代家族の成立と終焉』を刊行してサントリー学芸賞を受賞したという年だから、世間を騒がせるフェミニストを卒業して、学者としての実績がひろく認め始められた時期。一一言うなれば、油が乗り切って、最も勢いがあった時期だと言えるだろう。
上野はこの年、46歳である。

一方の水田宗子は、Wikipediaによると次のような人だ。

水田 宗子(みずた のりこ、1937年8月19日- )は、日本の比較文学者、詩人。学校法人城西大学理事長や理事を歴任(中略)雙葉小学校、雙葉中学校、高等学校を経て、東京女子大学文理学部英米文学科を卒業後、1970年にイェール大学大学院で博士(アメリカ文学)。1970年からメリー・マウント大学、スクリップス大学英文学部で助教授として現代英米文学、批評理論などを担当し、1974年から南カリフォルニア大学で比較文学部助教授、準教授を務め、アメリカ文学、日欧米比較文学、フェミニズム批評理論などを講義した。』

(Wikipedia「水田宗子」


つまり、上野より少し年上で、本場アメリカ仕込みのフェミニストということになるだろう。
比較文学者や詩人としては、さほど目立った仕事はしておらず、あくまでもフェミニズムが売りの人だったようだ。

さて、そんなわけで、この座談会で面白いのは、フェミニズムの荒武者のごとき上野千鶴子が、柄谷に対して「フェミニズムと向き合う気があるのか」と言わんばかりの調子で食ってかかり、それに対して浅田彰が、いつもの調子で「それは、こういう意味ですね。でも、それはこういうことなんじゃないですか」と理詰めで反論し、上野はこれを鼻であしらうような態度を取りつつ、本丸である柄谷に食らいつくのだが、柄谷の方は余裕綽々の構えで「もちろん、その気はありますよ。だけど、あなたと同じスタンスでそれをやるということではありません。私には私のやり方がありますからね」的な返しで、上野を寄せつけず、徐々に自分の考え方を、上野にも認められるかたちで説明して、座談会の体をなすものにしていく一一と、そんな感じである。

(A)

上野 こういう議論は概念定義からやってもらわないと困ります。概念が混乱すると、同じ言葉を使って違うことを意味していることがしばしばありますので。「双系制」という概念はもともと人類学の用語なんですが、柄谷さんの用法は人類学の慣用と全然違います。人類学の用語法はこうだけれども、自分はこのようにして再定義して使うというふうにおっしゃるならかまわないけれども‥‥‥。

柄谷 ぼくはそのつもりです。

上野 だけど、人類学の概念定義を踏まえた上で、異同を明らかにしていただかないと困ります。まず、双系制というのは、出自原理が父系と母系の両方を辿れるというもので、これでは親族ネットワークはできますが、集団形成はできません。その場合も、母系制、父系制が同じバランスで両方とも系譜を辿れるということはなく、氏族外婚制が成立している以上は、集団帰属原理のなかで優位な系譜と劣位な系譜の区別はあります。それとは別に両系制という父系継承と母系継承が二重化しているものがあります。日本だと関西にありますけれども、姓は父系でも、家校は母系とつながるとか、そういう例があります。双系制にも両系制にも正統的な系譜と非正統的な系譜があって、完全にイコール・バランスではありません。それを称して系譜の二重性と言うのであれば、その程度の二重性なら世界中いたるところにあるので、日本に限りません。柄谷さんの言及しておられる高群逸枝は、古代日本の家系には一氏多祖現象のような母系原理が含まれている、と論じています。だけど、ほとんどの父系社会では、母系要素が必ずなんらかの形で含まれています。
というのは、外婚制のもとでは、母の属する集団は異族だからです。外婚制を敷いている社会では必ずや父系原理と母系原理との両方の要素があって、父系制か母系制かは、そのどちらかが優位に立っているというだけの話です。現実には、一方が非常に厳格な優越性を保っていてもう一方が完全に抑圧されているものから、双方がゆるやかにつながって母系原理が正統化された権力の表舞台に出ているものまで、いろんなバランスがあるんですね。
 たとえば日本でも沖縄には「聞得大君」という制度があります。それからポリネシアにはトーキング・チーフという制度がある。おもしろいのは、トーキング・チーフというのは、ルーリング・チーフの影の部分で、こういうのを二重君主制と言うんですけれども、このトーキング・チーフは、母系原理を体現する母系集団の男性メンバーなんです。父系原理が一方で母系原理に支持してもらわなければ維持できないということを、ほとんどの父系集団はよく知っています。これは父系社会の一種のパラドックスなんですけれども、たとえば非常に厳格な父系支配を行っているアフリカのケースでさえ、父系集団は、ほとんどが、その創世神話のなかで、民族の起源については、女性始祖をもつというパラドックスがあります。どうしてかと言うと、厳格な父系制であればあるほど一夫多妻制を敷きますから、これは一氏多祖と非常に似てくるわけですね。つまりみんな同じ父親をもっているんだけれども、父親の共同による集団の認知をするかわりに母親を同じにする同胞の間で集団形成をするのです。父系集団は父親が生きている間は一つのまとまりをもっているけれども、父親が死んでしまったらあっというまに分解して母を共同する同胞集団単位になる傾向があります。

浅田 いまの北朝鮮ですね(笑)。

上野 まったくそうですよ。非常に厳格な父系制の社会であってさえ、こういう二重性はいたる所にあります。柄谷さんのおっしゃる双系制や二重性を、このような現象だと解釈していいんですか。

柄谷 いや、違います。

上野 困ったな。

水田 柄谷さんの言われているのは、日本の家父長制というのが、近代以前だと、必ずしも、父あるいは男による継承権・相続権、そしてまたそれをもつことによる支配を意味するのではなく、むしろそういう形態のなかに女性的あるいは母系的なものが入っている、そういうことを指して双系制という言葉を使われているのですか。

柄谷 いま言われたようなきっちりした制度をぼくは双系制とは言わない。ですから社会学あるいは人類学の概念ではないですね。ぼくは、エクリチュール(※  記述言語)のレヴェルで始めたわけです。われわれは現に漢字仮名混じり文で書いているわけで、その歴史の現実性から出発している。それに関しては、ラカンが日本へ来て帰ってから何回も書いているんですけれども、日本語には音読みと訓読みの二重性があるから、日本人には精神分析は要らないというようなことを言っているんですね。ぼくが考えていたときはそのことは知らなかったんですけれども、精神分析とは言わないにせよ、似たようなもので、ある意号で現象学的な出発をしているわけで、社会学的あるいは歴史学的な考察から始めているわけじゃないんです。

上野 もしそうだとしたら、用語法を変えていただかなくてはなりません。「二重性」をおっしゃるのはかまいません。二重性というのは非常に抽象度の高い概念ですから・・・・・・。

柄谷 言葉の問題なんですけれども、ぼくはクリステヴァ的な二重性に対して双系制と言っている。

上野 それに「双系制」という用語を当てるのは避けていただくほうがいいんじゃないでしょうか。

柄谷 わかりました(笑)。あなたが読んだのは講演録のようなもので、「日本精神分析」という論文の文脈では誤解の余地はないはずですけどね。

上野 非常に混乱するんですね。自分はエクリチュールから出発したんで、何も親族構造や系譜概念から出発したわけではないとおっしゃりながら、「双系制をめぐって」という論文では、エクリチュールの問題と高群逸枝の親族論をオーヴァーラップした理論の組み立てをしていらっしゃるでしょう。

柄谷 そうですね。しかし、高群逸枝自身が本居宣長から出発しているわけで、その意味で彼女も文字の問題から始めて民族学に行ったと思う。しかし、彼女は宣長と同様に、漢字・仮名交用性の問題を考えていなかったと思います。だから、漢字(=家父長制)以前の純粋な音声言語(=母系制)というような(※ 事実に則さない、図式化された)考え方になってしまった。
 人類学的な対象であれ、歴史学的な対象であれ、そういうものを反省する時点というのは近代ですね。その意味で宣長は近代の人だと思います。過去が出発点ではなくて、過去について考えるときの出発点に問題がある。「人間の解剖は猿の解剖に役立つ」とマルクスは言っていますけど(笑)、とりあえず、過去をやるまえに、現にわれわれ自身が自明だと思っている漢字・仮名交用性がはらむ問題から始めないといけないと思ったわけです。

上野 もし親族構造を論ずるのだとしたら、相続や継承の問題が全部入ってきます。そうじゃなくて、エクリチュールについて論じるのだ、と限定なさるのでしたら、言説の問題になります。言説のレヴェルでジェンダーの問題を論じると限定するなら、そういう話し方はできますけど。』(P369〜372)


もともと、柄谷行人という人は関西人であり、率直でもあれば、そのぶん短気なところもある人だから、評判のフェミニズムの闘士である上野千鶴子を招けば、こうなることは当然予想していただろうし、そうなったらどう料理してやろうかと、余裕を持って構えていた節が感じられる。
普通なら、喧嘩を売られているとしか言えない上野の調子に対して、反論ではなく、しらっと「私はそうではないのですよ」というような調子で返すところは、上野の喧嘩腰を楽しんでいる節さえ感じられるのだ。

実際、柄谷は過去の座談会、すでに紹介した(4)「芸術の理念と〈日本〉」で、次のようなやりとりをしている。

(B)

磯崎 岡崎さんの奥さんのぱくきょんみさんも(※ ドイツ在住でドイツ語で書いてる小説家・多和田葉子と)同じ問題をかかえているんじゃないの。

岡崎 ただ、彼女の場合、在日朝鮮人であるにもかかわらずモダニストだというだけで珍しいという(笑)、そういう評価になるのは気の毒ですね。ガートルード・スタインの翻訳なんかをやってるわけだけれども、翻訳の質のよさ自体っていうのはどちらの言語にも入らないんで、同じ見通しをもたないかぎり誰も評価することができないって、そこに過剰なエネルギーを使ってアイデンティティにしてるところがある。在日っていう役はもう嘘をついてるみたいな気がして嫌なわけね。それさえ言えば誰も文句は言わないんだもの。

柄谷 ぼくも、アメリカで、それを使えるなと思う機会がある。ぼくが怒りだしたら誰も文句を言えませんよ。
浅田 それは日本でもそうでしょう(笑)。
柄谷 いやいや。アジア系が怒り出したら、「政治的に正しい」白人は文句を言えない。しかし、ぼくはそういう前提が嫌ですね。

岡崎 アメリカでは最近そういうのが増えていますよ。伝統に戻る保守化というのもあるけれども、むしろ、誰も批判できないポジションを確保するというのを作品にすり替えるのが目立ってきた。

浅田 そうですね。「保守派」が伝統的な「良い趣味」に戻る一方で、「革新派」のほうは、有色人種でも女性でも同性愛者でもいい、とにかくマイノリティの立場を擁護することが「政治的に正しい」と。

岡崎 別に正しいとは思っていないんですよ、本人たちに聞いてみると。ただ、誰も文句は言えないっていうのが重要なのね。

浅田 たしかに、アメリカには露骨なレイシズム(※ 人種差別)やセクシズム(※ 性差別)があるから、それと対抗する「ポリティカル・コレクトネス」の主張をあんまり批判したくはないけれど、あえて言えばそれは前もって批判を封じるトリックですよ。考えてみれば、その種の「革新派」と「保守派」は実は表裏一体なんじゃないか。少なくとも、芸術はもはや不可能なんだからシミュレーションのテクニックを駆使してスマートなプロパガンダ・マシーンをつくってみせるしかないというとき、ウォーホルの延長上でジェフ・クーンズみたいに資本主義のプロパガンダをやるにせよ、ジェニー・ホルツアーバーバラ・クルーガーみたいにフェミニズムのメッセージを強調したり、AIDSデモグラフィックスみたいにAIDSがらみでゲイ・リブのメッセージを強調したりするにせよ、形式としては同じことですからね。

岡崎 最近のダムタイプの〈S/N〉もゲイ・リブでやったらしいけど、告白というのが流行るのも、これもまた小林秀雄について言ったように、告白してる人に何言っても仕方がないですからね。美術でも結局そういうものばかりがどんどん増えてきている。

柄谷 文学も理論もそうですよ。

浅田 建築でさえ、フェミニスト・アーキテクチュアとかゲイ・アーキテクチュアとかいって、男性中心主義の建築は角ばっているからいけないとか(笑)。』(P232〜233)


上野らは、この座談会記事を読んでいただろうか? 私は読んでいないように思うのだが。

ともあれ、上野の方も柄谷のマイペースぶりに対して、「お話にならない」と言わんばかりに揶揄うような調子で切り返すのだが、これは最初に突っかかることで、自分のフィールドに引き込もうとしたことに肩透かしを喰らわされため、やむなくなされた戦術的微調整だろうし、それは一種の妥協とも言えるもので、明らかに柄谷ペースなのだ。

柄谷は、いつも言っているように、人がどう思おうとそんなことは関係なく、自分のやりたいことをやるだけという人だから、上野の、柄谷に「男性としての、女性についての自覚と責任」を問おうという戦法には、まったく乗ることがない。

「いや、それは自分もやってますし考えてますが、そのやり方があなたのようなやり方ではなく、もっと根本的に考えたいということなんですよ」的な調子なので、上野としては、暖簾に腕押しで、得意のプロレスに持ち込めない。
柄谷を怒らせて失言を招き、「だから男は」と悪者にし、そこにつけ込んで一気に倒すという戦法が功を奏さず、そうするうちに、じりじりと柄谷・浅田ペアのペースに引きずり込まれるという展開だったのである。

(C)

上野 (※ 略)それから、柄谷さんに質問があります。これまでジェンダーについて語るのを避けてこられた柄谷さんが、なぜことここに及んで、ジェンダーの差異について語るという、わざわざ火中の栗を拾うようなことをおやりになるのか。もちろん、そういうことをまじめにやっていただくのは歓迎すべきことではありますけど、いったいどういう戦略なのでしょうか。

柄谷 ぼくは「戦略」があって動いている人間ではないんです(笑)。大概直観的にやるだけです。それから、これが火中の栗なのかどうか、いま言われるまでそんなことを考えたことがなかった。

上野 いよいよ柄谷さんの性的他者論が出てくるのかと、期待しているんですけれど。』(P414)


つまり、こう言ってはなんだが、この座談会は、たぶん柄谷行人が、噂の上野千鶴子と手合わせしてみたかっただけと、そんな印象の強いものなのだ。
だからこそ、相互の探り合いが中心で、議論が深まるところにまでは至らなかった。

だが、だからつまらないとか意味がないというのではなく、論壇と言えども、人間の作る小社会だから、人間の器や存在感がものを言うというのが、非常によく表れていて、そこが興味深いものとなっているのである。

たぶん、上野としては、まだポストモダン思想家のイメージが残っていた柄谷行人に対して、そんな「観念論」で煙に巻こうとしても無駄だぞと、返り討ちにしてフェミニズムへの貢献を約束させるか、さもなくばフェミニズムの理論的闘士としての上野自身の実績として、柄谷行人の首を取ろうと、そんな腹づもりだったのではなかったろうか。

だが、柄谷の方は、上野が突っかかれば突っかかるほど、それを楽しみにしていたんだとばかりに、機嫌良さげにマイペースを崩さないから、上野の方も最後は、「そこはわかる」とか「そこは私も同じだ」みたいなところまで退き下がって、そこに妥協点を見出さざるを得なかったのであろう。
そうしないと、一人でいきりたっている道化にさせられかねなかったためである。

だが、柄谷が上野を相手に「ボケとツッコミ」漫才を楽しんでいる一方、浅田彰の方は、上野みたいな、真剣ではあれベタな政治運動屋は当然好きではないからこそ、それはそうですね、それはこうですね、と上野の言説を冷静に腑分けしてゆき、最後の方ではなんだかんだ言いながら、ズバリと辛辣な評価を語ることもする。

(D)

上野 柄谷さんが一般論と各論の両方をやってくださるというのは結構なんですが、私は、日本のケースが特権性をもっているからではなくて、ただ私がたまたま日本について他の社会よりよく知っているから、日本についてやるのだとしか考えませんけどね。

柄谷 ぼくもそういう考えですよ。ただ、われわれが日本に生まれ育ったことは、たんなる側然であっても、サルトル的に言えば、すでにそれを反省以前的に選択しているわけですからね。そういう歴史的・身体的事実性をたんに外的なもののように考えるのは自己欺瞞になると思います。

浅田 ぼくは、結局のところ上野さんの明快そうでいて浅薄な社会学的相対主義に根本的に異論があるな。レヴィ゠ストロース以降、すべての文化は相対的であり、クーン以後、すべての歴史的パラダイムも相対的であると言うけれど、そう簡単にはいきませんよ。いろいろ問題があるなかで一つだけあげれば、そういうことを言う主体のポジションはどこにあるのか。世界の外、歴史の外にいなければそういうことは言えないわけで、そうでないとすれば、柄谷さんが身体性あるいは歴史性という言葉で示される次元が出てこざるをえないでしょう。』(P419〜420)


つまり、ここで浅田彰が何を言っているのかというと、上野千鶴子の「この現実社会に立脚して、思考し発言せよ」という『明快そうでいて浅薄な社会学的相対主義』的な立場というのは、それ自体がじつは「観念的」であり、自身の立場を「特権的な判定者」に置くものでしかない、ということだ。

上野は、柄谷が「日本人の立場から西洋を見ることは、逆オリエンタリズム的に、観念的な西洋を語るものでしかない」と批判するのだが、しかし、その上野が現実としているのは、文字どおりに通俗的な「男女二元論」であり、「被害者としての女性」という立場でしかない。

そもそも、ジュディス・バトラーが主張し、浅田彰が支持する「現に存在するのは、男女両極の間にグラデーションをなして存在する、中間的な人間だ」という考え方を、上野が「観念的であり、現実的ではない」と否定したところで、そもそも「男女二元論」自体が「観念論」だということを、上野は、「戦術的」に認めないだけで、議論としてはすでに認めざるを得ないところに立たされているのだ。


つまり、まったく「観念的」ではない立場になど、誰も立ち得ないにも関わらず、こうした議論を理解できない人たちを味方につけるために、わかりやすい「男女二元論」を強弁している段階で、すでに上野の「実利のためなら欺瞞も辞せず」という、知的誠実さを放棄した態度を採っているのであり、少なくとも物を考えることのできる者には、まったく通用しないダブルスタンダードに立っている、ということなのである。

無論、柄谷も浅田も、女性の社会的地位が実際的に改善されなければならないと考えている点では、上野らフェミニストと、完全に考えは一致している。

しかし、そのためなら「嘘も方便でゴリ押しだ」的な考えは、同情はするけれど、支持はできないと、そう批判しているのである。

(E)

浅田 ともあれ、そういう(※ 一筋縄ではいかない困難な状況の)なかで(※ フェミニズムの)今後の展望ないし戦略について考えるとしたらどうですか。

上野 裏返しのコロニアリズムあるいはオリエンタリズムからくる日本本質論がつねに女性本質論と結びついて出てくるという問題があります(※ だから、柄谷の日本特殊論的な言説に疑問を覚えた)。フェミニズムも危機におちいるたびに、女性性への回帰というディスコース(※  言説)が、女性自身の手によって繰り返し繰り返し出てきます。それに対して、ポストモダンのほうに曲がり過ぎた棒を今度は近代主義のほうに曲げるという戦略は、あまりに単純すぎてうまくいくとは思えない。

柄谷 あまり具体的に戦略とか言われても困るんですけれども、それは文脈による発言であって、一言で言えば「臨機応変」だと思う(笑)。

上野 別名「無原則」(笑)

柄谷 いや、ケネス・バークがそう言っているんです。批評の最高の原理とは何か。それは「臨機応変」である、と(笑)。それは原理的な理論だけでやっていると、そのこと自体が矛盾をもってくるから、常に移動できる用意がなければならないということでしょう。ケネス・バークは、アメリカ人としては抜群の独創的な原理的理論家でしたけどね。

上野 それは非常に健康なポジティヴィズムですね。

柄谷 原理的な思考は常に一方で不可欠ですが、ぼくは批評家はフットワークが大事だと思っています。

上野 それはよくわかります。「臨機応変」という言葉を聞いて驚きましたのは、私がたとえば九〇年代フエミニズムの戦略は何かと聞かれたときに答える答え方とあまりに似ているからです。私は「ケース・バイ・ケース」もしくは「是々非々」と言っているんですが、それはたんなる無原則ではありません。実際に個々のケースにあったときに取りうる判断の幅はかなり広くて、おっしゃるとおり迷いがあります。たとえば、現在の女子学生の就職難にどう対処すべきか。原則はもちろんけしからんということにつきます。それじゃ女性が(※ 単純に男性と同様の)総合職につけばいいのか。そこには判断の幅があって、その幅にはもちろん間違いの(※ 判断を誤る)可能性が含まれています。ちょうど歴史の系譜学で言うように、形成期にあるものは常にアクシデンタルにゆらいでいる(※ だから、絶対確実はあり得ない)という認識だと思うんです。しかし、そうなると、私も柄谷さんも(※ そうしたゆらぎのある状況に臨機応変で対応するという)そんなにまともなポジティヴィストだったのかというので、なんとなく平和裡にこの座談会は終るのかなと(笑)。』(P422〜423)

(F)

浅田 逆に、上野さんは、そのような(※ 言説における)エクスプロイテーション(※ 搾取)を逃れるどのようなディスコース(※ 言説)をつくればいいとお考えですか。

上野 フーコー的な意味でのメタ・ディスコース(※ ベタに落ちない自己相対化する言説)をどのようにして繰り返し繰り返し再生産しつづけていくかという、それしかないですね。砂山を崩しては積み上げるような作業ですけれど。

浅田 それは正しいでしょうけれど、それだけでは何も言ったことにならないでしょう。ただ、最低限言えることは、原理主義・本質主義のディスコースを拒否しつづけなければならないということでしょうね(※ フェミニストであっても)。

柄谷 それについて、水田さんの言われた、差別する側が常に差別される側のエクリチュールを使いながらやってきたということとも関連して言うと、今後はさまざまな差別がものすごく絡み合う形になると思う。国内だけで考えると単純に見ることができたものが、世界的に見て非常に入り組んだ形になるのではないか。『批評空間」の前号(『批評空間』第Ⅰ期2号一九九四年七月)で、差別問題をやったとき、水平社あるいは戦後の部落解放同盟が朝鮮人差別問題をまったく無視していたという問題を取り上げたんですね。それは金靜美が緻密に実証した歴史的問題です。しかし、現在・今後に関して言うと、こういうことはもっと複雑に錯綜して起こってくるのではないかという気がするのです。そして、それに関して、根源的な立場のようなものはありえない。そのつど非常に難しい判断を迫られるとぼくは思っています。

上野 その予想にはまったく賛成です。これからますますさまざまな変数が入り組んだ形で出てくるでしょう。それは決してジェンダー変数が重要性を失うということではありません。逆にどんな状況においてもジェンダー変数抜きには語れなくなるという状況でもあります。ただし、ジェンダー変数だけでも語れない状況が出てくるだろうというのはまったくそのとおりです。それに対して(※ 硬直した=思考停止の)ファンダメンタリズム(※ 原理主義)とエッセンシャリズム(※ 本質主義)を拒否するとしたら、「臨機応変」もしくは「ケース・バイ・ケース」でという解が出てくるわけで(笑)、まことに健康なポジティヴィズムにおいて意見の一致を見ることになりますね。』(P424〜425)


だが、結論から言ってしまえば、上野の、

『これからますますさまざまな変数が入り組んだ形で出てくるでしょう。それは決してジェンダー変数が重要性を失うということではありません。逆にどんな状況においてもジェンダー変数抜きには語れなくなるという状況でもあります。』


という「希望的観測」は外れる。

それまでは、「女性差別」の問題だけ語っておれば済んだ日本のフェミニズムも、フェミニズムの本場アメリカにおける「人種差別」や「階級差別」などとの複合差別の問題を無視するわけにはいかなくなり、「インターセクショナリティ(交差性)」という考え方を抜きにしては差別の問題が語りにくくなっていく。


また、そんな中、日本においても「LGBTQ」の問題が焦点化されるようになって、まるで「女性差別の問題」は政治的な解決に託され、フェミニストたちは「LGBTQ」問題の専門家ででもあるような動きが目立ち始めるようになる。


つまり、フェミニズムという思想においては、「男女二元論」における「女性」というジェンダーは、いささか影の薄いものとなり、柄谷らとの座談会の数年後には、上野らが主導したフェミニズムは、バックラッシュの嵐に遭って後退することにもなるのだ。

そして、それから10数年して、アメリカでの「#MeToo」運動やBLM(ブラック・ライブズ・マター)運動など、インターネットを活用した運動の影響を受けて、日本でも「ネット・フェミニズム」と呼ばれ「第四次」と呼ばれるフェミニズムが盛り上がるものの、それは、上野らのような思想的な強度を持たず、もっぱら「インターネットを活用したポピュリズム的な宣伝」に訴えるものとなっていた。

上野らが、思想的な正しさや深度よりも「現実を改革する政治的な実践」を重んじた結果、新たに巻き起こった「第四次」は、議論のできない、する気もない、「党派利益」追求のためのイデオロギー運動体のようなものに堕してしまったのだ。


いまや日本のフェミニズムは、「弱者である女性のため」ではなく「女性である自分の利益のため」の党派イデオロギーに堕してしまい、その一方、今や上野は、その尻拭いをする気力もなく、老いて無難に、自身の老後に収まりかえってしまったのである。

上野は「温和」になったように見える。
だがそれは、フェミニズムが大きな成果と同時に、同じくらい邪悪なものを生んでしまったという感触を持っているからなのではないだろうか。
もう、取り返しがつかない何かを、良かれと思って「野に放ってしまった」というような。


今のフェミニズムには、上野が感じていたような「理念と実践のギャップ」に苦しみ迷うというような「良心」が残っているとは、私には、とうてい思えない。

上野千鶴子は、日本のフェミニズムの現状を、柄谷行人に対して、自信を持って語れるだろうか? 

一一これが私の娘たちであり、その成果である、と。


(2026年8月23日)

 ○ ○ ○









コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です