クリストファー・リーヴ主演 『スーパーマン』シリーズ全4作: 人になった神の物語

▷ 映画評:クリストファー・リーヴ主演『スーパーマン』シリーズ全4

(1)スーパーマン(1978年/リチャード・ドナー監督)
(2)スーパーマンⅡ 冒険篇(1980年/リチャード・レスター監督)
(3)スーパーマンⅢ 電子の要塞(1983年/リチャード・レスター監督)
(4)スーパーマンIV 最強の敵(1987年/シドニー・J・フューリー監督)

すでに伝説的な存在となったスーパーマン俳優クリストファー・リーヴの主演した映画版「スーパーマン」を全作まとめて、その意義を紹介しよう。

まず、私個人の「スーパーマン史」から紹介しておくと、たぶん幼い頃に、モノクロのTVシリーズ版(1952年〜1958年/ジョージ・リーヴス主演)をある程度は見ているはずで、それが私の原体験だ。

その後、自覚的にスーパーマン映画を見たのは、クリストファー・リーヴ主演の4作ではなく、リーヴが亡くなった2004年の2年後に作られた『スーパーマン リターンズ』(2006年/ブライアン・シンガー監督)である。

なぜ、この作品を見たのかと言えば、それはこの『リターンズ』がそうであったように、クリストファー・リーヴへの追悼の思いがあったからだ。

たしかにこれまでの私は、「自覚的に」リーヴの主演した4作の映画を見たわけではなかった。それらはいずれも、ごく若い頃にテレビで見て、それなりに楽しんでいただけである。

しかし、そのようにして鑑賞した作品を通して、私がリーヴ演ずるところのスーパーマンに親近感を覚えたのは、彼のまっすぐな正義漢とその紳士然たる態度によるところが大きかったはずだ。
リーヴの演じたスーパーマンは、当時のアメリカ人の、理想の自己像だったのではないだろうか。

だが、他の俳優とは違い、リーヴが特別に私の印象に残ったのは、それだけの理由ではなかった。
つまり、あの不幸な事故と、その後の彼の立派すぎるほどの人生が、多くの人から「彼は真のヒーローになった」と称賛されたとおり、スクリーンを飛び出したところで、私にも強烈な印象を与えたのである。

来歴
小説家で大学教授の父フランクリン・ドリエ・リーヴとジャーナリストの母バーバラ・ピットニーの息子として、ニューヨーク州パウンドリッジに生まれた。1974年にコーネル大学を卒業して文学士の学位を取得したのち、ジョン・ハウスマンの指導するジュリアード音楽院に入学した。

ブロードウェイの舞台やテレビのソープオペラ『Love of Life』に出演したのち、1978年にリチャード・ドナー監督の映画『スーパーマン』で主人公のクラーク・ケント(スーパーマン)役に抜擢され、その後に製作された3本の続編にも主演した。1980年にはタイムトラベル・ロマンス作品『ある日どこかで』でジェーン・シーモアと共演した。

1995年5月27日、バージニア州シャーロッツヴィルで乗馬競争中に落馬し、脊髄損傷を起こして首から下が麻痺した。そのため映画界から離れ、リハビリテーションに専念する。また、妻のダナとともにニュージャージー州ショートヒルで「クリストファー・アンド・ダナ・リーヴ麻痺資源センター」を開設し、身体の麻痺に苦しむ人たちに対してより独立して生きるよう指導した。ちなみに、落馬事故前に主演した最後の作品は『光る眼』である。

以後は車椅子での生活を余儀なくされるも、1996年の第68回アカデミー賞授賞式にプレゼンターとして姿を見せ、出席者からはスタンディングオベーションが送られた。1997年にはHIV感染者を主人公としたテレビ映画『フォーエヴァー・ライフ 旅立ちの朝』で監督業に進出し、同作で息子のウィル・リーヴを俳優デビューさせている。

1997年にナレーションを務めたドキュメンタリー番組『Without Pity: A Film About Abilities』でエミー賞情報スペシャル部門作品賞を受賞し、1999年には自伝『車椅子のヒーロー あの名俳優クリストファー・リーブが綴る「障害」との闘い』の朗読アルバムでグラミー賞最優秀スポークン・ワード・アルバム賞を受賞する。

これを機に俳優活動を本格的に再開し、1999年にはテレビ映画『裏窓』(アルフレッド・ヒッチコック監督の『裏窓のリメイク作品)を製作するとともに、車椅子に乗った主人公を自ら演じた。さらに、2003年から2004年にかけて連続テレビドラマ『ヤング・スーパーマン』に出演し、若き日のクラーク・ケントに素性の手掛かりを与えるヴァージル・スワン博士役を演じた。

2004年5月にはアテネオリンピックのコマーシャルにも出演したが、10月9日に自宅で心不全を起こして昏睡状態となり、翌10日にニューヨーク州のノーザン・ウェストチェスター病院で死去した。52歳だった。リーヴの訃報に際して、『スーパーマン』シリーズで共演したレックス・ルーサー役のジーン・ハックマンやロイス・レーン役のマーゴット・キダー、スーパーマンの母役のスザンナ・ヨーらは哀悼のコメントを発表した。なお、スーパーマンの父ジョー=エル役を演じたマーロン・ブランドも、リーヴに先立つこと3か月前の2004年7月1日にこの世を去っており、妻のダナ・リーヴは2006年3月9日に肺癌によりこの世を去った。

人物
生前、リーヴはインタビューで「ヒーローとはどのような存在か」と問われることがあった。『スーパーマン』の映画撮影中は「先のことを考えずに勇気ある行動をとる人のこと」と答えていたが、落馬事故を起こした後は「どんな障害にあっても努力を惜しまず、耐え抜く強さを身につけていったごく普通の人」と答えている。
身体障害者に対する持続的な支援活動が評価され、2003年にはメアリー・ウッダード・ラスカー公益事業賞を受賞した。』

(Wikipedia「クリストファー・リーヴ」)

だれも、彼のこの見事な生涯にケチをつけることなどできないだろう。
特に障害を負ってからの後半生は、「偽善」や「綺麗事」などというありがちなケチを寄せつけない、完璧な生き様であった。

だから、リーヴの後半生を、同時代に生きた私も、心から彼のことを尊敬していた。
とうてい真似することなどできないと、そう認めざるを得ないものだったのである。

だから、彼が亡くなった時も「とうとう亡くなったか」と、いわく言いがたい感情にとらわれたし、2年後に作られた『スーパーマン リターンズ』も、迷わず映画館へ見に行った。
映画館で見た初めてのスーパーマン映画は、リーヴの主演作ではなかったけれど、リーヴによく似ていると言われたブランドン・ラウスがスーパーマンを演じた、この『リターンズ』だったのである。

しかし、この『リターンズ』は、評価こそ高かったものの、期待されたほどの収益はあげられなかった。
またそのために、予定されていた続編も作られず、おのずとスーパーマン映画は「当たらない」として、新作の作られたにくい雰囲気にもなっていった。

リーヴの後半生は、たしかに立派であった。
けれども、あの颯爽としたスーパーマンが、四肢不随の車椅子生活となり、おのずと徐々に衰えていったその姿を見るのは、かなりつらいことだったし、それは、私を含めた多くの人の、偽らざる感情だったはずだ。

彼の後半生については、心から称賛したい。けれども、その衰えた姿は、正直なところ、あまり見たくはなかったのである。

だから、今でこそ顰蹙ものだからと語られることもなくなったが、リーヴの生前には「スーパーマン俳優の呪い」というようなことが、けっこう広く語られていた。
これはリーヴも含めて、それ以前のスーパーマンの主演俳優がしばしば不幸な運命に見舞われたというような、下世話な話である。
だが、そんな馬鹿馬鹿しい話であっても、リーヴの痛々しい車椅子姿を見れば、否応なくそれが人々の脳裏を掠めざるを得なかったのだ。

もちろん、スーパーマン映画を作ってヒットするのであれば、そんな噂など一顧だにもしない映画人は、いくらでもいただろう。
だが、「スーパーマンものはヒットしない」となると、「スーパーマン映画は呪われている」という言葉の信憑性までが何となく強まって、よけいに敬遠されるというようなこともあったのではないだろうか。

出演者が不幸に見舞われるというよりも、端的に「映画が当たらない」という印象が醸成されていたのではないかと、スーパーマンファンの私には、そう感じられてならなかったのだ。

そんなわけで、2006年の『リターンズ』以来、ひさしぶりに作られたのは、2013年にザック・スナイダー監督による『マン・オブ・スティール』であった。

しかしこの映画は、純粋な「スーパーマン映画」というよりは、あらかじめ構想されていた「ジャスティス・リーグ」三部作の第1弾という意味合いが強かったはずだ。

その証拠に、同作はスーパーマン映画のリブート作品としては期待されたほどにはヒットしなかったものの、同監督による続編『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』(2016年)は予定どおりに作られ、公開されたのである。

つまり、『マン・オブ・スティール』が、スーパーマン映画として、仮に期待したほどにはヒットしなかったとしても、続編では、単独映画作品としてすでに人気のあるバットマンとの「二大ヒーローの競演&対決作品」として、必ずやヒットするに違いないと、そう期待されていたのである。

つまり、この『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』が予定どおりにヒットした後、バットマンとスーパーマンは手を組んで、ヒーロー軍団を作り上げるのが「ジャスティス・リーグ」であり、そこに参加するのは、すでに単独映画作品があったり、TVのシリーズドラマになったりして、一定の人気を博していた、ワンダーウーマンアクアマンフラッシュサイボーグなどであった。

当然、この『ジャスティス・リーグ』こそが、『マン・オブ・スティール』に始まる「三部作」の最終目的であった。
ザック・スナイダー監督は「ジャスティス・リーグ」映画の立ち上げのために、最初から「三部作」を任され、その構想の下にシリーズ3作を作る予定だったのだ。

そして.当然それは、アメコミの世界でDCコミックスのライバルたるマーベルの、「アベンジャーズ」映画の成功を受けてのものだったというのは、誰の目にも明らかだった。

ところが、最初の『マン・オブ・スティール』だけではなく、今度こそはと期待された第2作『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』もまた、肝入りの大作にしては、期待されたほどの大ヒット作とはならなかった。

しかも、批評家筋からの「暗すぎる」という酷評の集中砲火を受けてしまった。
彼らの脳裏には、クリストファー・リーヴの演じた「明るく前向きなスーパーマン」のイメージが染みついており、それを否定するかのような作品に、拒絶反応を起こしてしまったということなのであろう。彼らは、スーパーマンというヒーローに、現実逃避の「救い」を求めていた、ということなのではなかったろうか。

結局、スナイダー監督が『マン・オブ・スティール』で描いたスーパーマン(ヘンリー・カヴィル)は、ドナルド・トランプ大統領の時代にふさわしい「悩める正義のヒーロー」だったのだが、そうした「リアルな暗さ」が、かえって歓迎されなかったのだ。
スーパーマンまでが暗い顔をしていては、救われないという気分が批評家たちにはあり、「スーパーマンは、私たちに希望を与えてくれる存在でなければならない」と、そんな気分だったのではないだろうか。

ともあれ、『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』の不評を受け、スナイダー監督によってすでに撮影を終えていたシリーズ第3作『ジャスティス・リーグ』は、ポストプロダクションという最終局面を残してスナイダー監督が退場することになり、それをジョス・ウェドンが引き継いで完成させ、劇場公開することになる。
会社側の意向を受けての追加撮影分を含め、全体を明るい調子に変更したのが、ウェドンによるこの劇場公開版『ジャスティス・リーグ』であった。

だが、このドタバタ劇も結局は焼け石に水でしかなかった。
ウェドン監督による劇場版『ジャスティス・リーグ』もまた、会社側の期待したほどにはヒットしなかったし、高い評価も得られなかった。

それどころか、かえってこの「路線変更」はファンからの反発を招くことになり、最終的には、後に作られた『ジャスティス・リーグ〈ザック・スナイダー・カット〉』と呼ばれる長尺の作品が、「三部作」の正統な3作目と評価されるようにもなるのである。

で、この「ジャスティス・リーグ」三部作の評価については、私はすでにウェドン版も含めた4作のレビューを書いているので、是非そちらを参照してほしい。

そんなわけで、私はスーパーマン映画である『マン・オブ・スティール』を含む、ザック・スナイダー監督による「ジャスティス・シリーズ」三部作については、すでに私なりの決着をつけた。

また、それとは別に、もともと好きだったバットマンを扱った映画の中でも、別格と呼んで良い『ダークナイト』を含む、クリストファー・ノーラン監督による「ダークナイト三部作(トリロジー)」についても、すでに詳細に論じている。

スーパーマンとはまた違った意味で、私はバットマンが好きだった。

どこが好きなのかと言えば、それは彼が「影を背負ったダークヒーロー」であり、その点で陽性のスーパーマンとは、好対照の魅力を持っていたためである。

ではなぜ、あまり「影を背負った」という印象のないスーパーマンに惹かれたのかと言えば、それは彼が単純に陽性なのではなく、真面目であるが故にこそ、ひそかに悩むという部分を持っていたからである。

つまり、私にとっては、スーパーマンであれバットマンであれ「悩めるヒーロー」としての部分に、惹かれていたのだ。

日頃の態度や、正義へのこだわりについての根拠に違い(スーパーマンは正義を父に託され、バットマンは両親を殺した悪を憎んだ)などはあれ、彼らがそれぞれに、正義を実現しようと悩み葛藤する姿に、私は魅力を感じたのである。

だから、昨年(2025年)に公開され、スーパーマン映画として、ひさびさのヒットを飛ばした、ジェームズ・ガン監督の『スーパーマン』(主演:デヴィッド・コレンスウェット)については、正直なところ、世評に反して物足りないものを感じた。

たしかに、世間からの偏見に悩むシーンもあるにはあったけれど、しかし、ガンの描いたスーパーマンは、自らの正義について確信的であり、ナイーブかつ自省的に悩むといったタイプではなかったので、そこが世間的には「痛快」だと映ったのかもしれないが、わたし的には物足りなかったのだ。

もちろん、悩まないスーパーマンがあっても良いとは思うが、それは「私の好み」ではないのである。

一一そして、やっとここで話は、クリストファー・リーヴ主演の「スーパーマン」四部作へと戻ることになる。

はたして、私が好きだったスーパーマンとは、どういうスーパーマンだったのか?

一一それを確認するためには、子供の頃にテレビで見たままだった、リーヴ主演の4作を、今の大人の目で再確認し、検証しようと私は考えたのである。

 ○ ○ ○

そんなわけで、4作を見た結果について、その評価を語っていこう。

(1) 『スーパーマン』(1978年/リチャード・ドナー監督)

まさに「原点」的な傑作である。

本作は、実質的に初めての本格映画化作品らしく、スーパーマン(カル=エル)の出生の秘密から、地球での養父母との生活、それからメトロポリスにやってきてデイリー・プラネット社の新聞記者となり、ロイス・レインと惹かれ合うようになるも、その正体を隠し、日々犯罪や災害などから人々の生活を守るヒーローとしての仕事に勤しむ姿などが描かれている。

つまり、スーパーマン映画の基本形を示した作品であり、本作の魅力は、「悪との戦い」そのものよりも、養父母との絆や、ロイス・レインとの恋愛といった、ロマンチックな「心情」の部分にあると言えよう。

言い換えれば、本作に描かれる「悪との戦い」は、いささかスケールが小さい。
これは、本作が当初は二部作の大長編として2本分同時に撮られていたせいであり、その撮影が遅れに遅れ、それに伴う予算超過のために、ひとまず第一部部分を単品として完成させるという方向転換を余儀なくされた。それが、本作『スーパーマン』だったのだ。

つまり、本来なら第二部で描かれるはずだった、ゾット将軍率いる「クリプトン星の三悪人」との戦いが、本作ではごっそりと削られてしまったのである。
出生の秘密から、養父母との生活、そして新聞記者クラーク・ケントとしての二重生活といった基本的なところをぜんぶ押さえてしまうと、ゾット将軍らとの対決を描かなくても、144分に及ぶ長編になってしまったのだ。

だから、ひとまず第一作として完結させ、それをヒットさせれば、すでに半分は撮影を済ませていた第二部も、続編第2作として作れるはずだ一一と、本作はそんなかたちで作られた作品だったのである。

だが、「アクションシーンとしての見せ場には乏しい」という弱点はあっても、本作はたいへん高い評価を受けて大ヒットした。

アメコミ映画が当たり前となった今とは違い、それまでは、特撮なんてものは無いに等しい、かなりちゃちなテレビシリーズのイメージがあって、「アメコミもの」というのは、子供向けの幼稚な作品というイメージが強かったのだ。

だが、本作はそのイメージを覆した、大人の鑑賞にたえる、ロマンチックな映画だったのである。


(2) 『スーパーマンⅡ 冒険篇』(1980年/リチャード・レスター監督)

さて、次は第一作の大ヒットを受けての続編、元の「第二部」であった第2作『スーパーマンⅡ 冒険篇』だっだのだが、驚いたことに、前作をヒットさせただけではなく、この2作目の大半をも撮り終えていたリチャード・ドナー監督は、本作からは降板することとなり、かわりにリチャード・レスターが、新たに監督を務めることになった。

こうなってしまったのは、当初二部作であった『スーパーマン』の制作が、前述のとおり遅れに遅れてしまったためだ。

最初の予定よりも丸一年以上遅れてしまい、その分、予算も余計にかかることになった。
そしてその結果、二部作の第一部を優先して、先に完成させるということになった。それなら、二部作が途中で共倒れになるおそれは回避できたからである。

だが、こうした経営的な事情から、プロデューサーのサルキンド父息子アレクサンダーイリヤ)と、彼らに任命された現場監督としてのドナーとは、予定が遅れ始めた制作中から、裏では激しく対立するようになっていたのだ。

だが、幸いなことに独立した第1作として完成させた『スーパーマン』は大ヒット作となり、めでたく第2作の制作も決定した。

しかし、だからといって、サルキンド父子とドナー監督との確執が、すべて水に流されたというわけではなかった。

なにしろ、たまたま第1作がヒットしたから良かったようなものの、これがコケていたら、当然、第2作も作れず、すでに撮ってあった第二部のフィルムもすべて水の泡となってしまい、サルキンド父息子は大赤字を抱えることになったのだし、そうなればプロデューサー人生に致命的な傷を負うという事態にもなりかねなかったのである。

つまり、映画がヒットしたとしても、ドナーが使いにくい監督であるという事実に変わりはないし、ましてや第1作の大ヒットを受けての第2作は無論、第3作、第4作というシリーズ化の欲も出てくる。スーパーマンを「007シリーズ」のように出来ればと、サルキンドが考えたのは無理もないことだったのだ。

一一そこで、使いづらいドナー監督を切ることにしたのだろう。

ドナーの腕は認める。彼がスーパーマンシリーズの原型であり基礎を作ってくれたという功績は認めるが、しかし、すでに確立したスーパーマンというキャラクターさえあれば、監督が変わっても、シリーズ作品を作ることは可能なはずだと、サルキンドが、そう算盤を弾いたのは、ハリウッド的には常識的な判断だったのであろう。

「007」も「バットマン」も「スター・ウォーズ」も「インディジョーンズ」も「エイリアン」も「ターミネーター」も、すべてそのようしてシリーズ化されたのだから。

だが、第2作の『スーパーマンⅡ 冒険篇』は、前作と同様の大ヒットを飛ばしたものの、監督が変わったことについては、「なぜ?」という声が、熱心なファンの間からあがった。
そして、その原因は「サルキンド父子と対立したドナー監督が、その貢献も認められずに、一方的に切られたのだ」という噂が、業界筋の情報として広がってしまう。

つまりこのことで、サルキンド父子は、ファンからの厳しい批判に晒されて、わかりやすい悪役として、その評判を落としてしまったのである。

では、この「噂」は、事実だったのだろうか? それとも下世話な噂話にすぎなかったのだろうか?

私は、それは、事実だったと思う。

私が今回見た、サルキンド父子のプロデュースによる「スーパーマン三部作」(4作目はサルキンドの手から離れて作られた)には、例によって関係者による本編コメンタリーや特典映像が付録しており、第1作『スーパーマン』のそれには、ドナー監督の情熱あふれる人柄を絶賛するコメントがいくつも寄せられ、「彼あってのスーパーマンだった」と絶賛されていた。

それだけではない。ロイス・レイン役のマーゴット・キダーは、ドナー監督への肩入れを隠さず、

「この映画は、最初の予定からは、最終的には12か月を超えたはずだけど、おかげでキャストやスタッフとは、家族のように親しくなりました。ドナー監督は、私が疲れてやる気を失っている時なんかには、いつも冗談を言って、私を笑わせてくれました。本当は私なんかより、もっと休む暇もなく働いていたはずなのに。
監督は、サルキンドと揉めていることを、私たちには隠していました。でも、みんなそのことを知っていましたよ。だから、第2作がドナー監督でなくなったことには納得できないし、彼以外にスーパーマンを撮れる人なんかいません」

という趣旨の、熱い擁護論を語っていたのだ(DVDに収録されたこの証言自体は、後年の撮影時のものだが、キダーは当時から同様の発言をしていたようだ)。

(ロイス・レイン役の、マーゴット・キダー

しかも、驚くことには、彼女はその後も、4作目まで、ずっとこのスーパーマンシリーズに出続けていたのだから、言うなれば、プロデューサーに盾ついたような発言はしても、仕事は仕事として、シリーズに愛着を持ってこなしていた、ということなのだ。

だから、さらに面白いのは、第2作『スーパーマンⅡ 冒険篇』、第3作『スーパーマンⅢ 電子の要塞』のコメンタリーにおいて、イリヤ・サルキンドが、次のような言い訳を、くどいくらいに繰り返していた点だ。
こんなコメンタリーは、滅多にあるものではない。

「ドナー監督と対立したから、彼を排除したというようなことでは、決してない。たしかに意見の対立はあったが、それは物を作る上では当たり前にあることだし、その上で議論をしながら作品を作るのも当前のことだ。しかし、作品の最終決定権はプロデューサーにあって、監督にはない。そこは絶対に譲れないところだ。なぜなら、金を集めるのはプロデューサーの仕事だし、その結果責任を被るのもプロデューサーだからだ。だから、残念だけれどもそうした事情から、ドナーは納得してこのシリーズから身を退くことになった。しかしそれは、私たち親子が辞めさせたとか、そういうことではない。そういう、誤った憶測が、ネット社会の中でまことしやかに広まっているので、この際、その誤解を解いて真相を明らかにすべく、あえてこのように説明させてもらったのだ。」

「第3作では、ケントのラブロマンスの相手として、学生時代ケントの憧れの人だったラナが登場し、相対的にロイス役のマーゴットの出番が減ったことについて、これを私たちを批判したマーゴットへの制裁だというような話もあるようだが、それも根拠のないデタラメにすぎない。実際、私たちはマーゴットをロイスの適役として使い続けたのだから。
第1作と第2作で、ケントとロイスのラブロマンスは十分に描かれたのだから、第3作で同じことを繰り返すことはできない。だから、あのようなかたちになっただけだ」

たしかに、プロデューサーの立場とすれば、それはそうなのだろう。

だが、ファンにとって問題なのは、サルキンドがその立場の圧倒的な優位性に立って、一方的にドナー監督を切ったということの方なのだ。当然それは、対等な話し合いなどではなかったはずなのだ。

だからファンからすれば、実質的に『スーパーマン』という作品を作り上げたドナーの、その功績に対して十分な敬意を払わず、使い捨てるようにしてお払い箱にした、という風にしか見えないし、その事実が問題なのである。

サルキンドへの批判が、このような、ある意味で「理想主義的に厳しい断罪」となったのは、それは日頃から彼ら映画関係者が、業界の裏側を隠して綺麗事ばかりを口にしていたせいである。
そのため、リアルな業界事情を知らず、聞かされていた表向きの「綺麗事の建前」を前提にしたナイーヴなファンの目からすれば、サルキンドの主張は、あきらかに日頃の言動に反したものとしか聞こえなった。
つまり、言うなれば、自業自得だったのである。

いずれにしろ事実としては、当然、第2作『スーパーマンⅡ 冒険篇』の監督としてテロップされるはずだったドナーの名前は、どこにも出てこなかったのだから、お互い納得づくのことだと言い張ったところで、それは圧倒的な力関係の差を前提とした、否応のない「納得」の結果でしかなかったということにしかならない。

だから、ファンはサルキンドを、感情的に許せなかったのだし、オリジナルキャストの多くも、ドナーの人柄と功績を誉めるかたちで、ドナーの方を支持したのである。

そんなわけで、サルキンド側の言い分は、客観的に見て、いかにも苦しく説得力がない。
「監督の代わりなんて、いくらでもいる」と、そんな本音が見え透いている。
だから、いくら言い訳をしても、誰もそれを信じないのだ。

それに、お互い大人の話し合いの上での納得づくだったと言ったところで、その客観的な証拠はどこにもなく、所詮サルキンド側の言い分は、容疑者当人の一方的な証言でしかないのである。

そして、むしろ事実は、サルキンドの証言するようなものではなかったのではと疑うに足る、ドナーに対するキャストたちの同情的な証言が多数出ている以上、サルキンド側の証言が説得力を持たないのは、当然のことなのだ。
キャストたちが、あえてプロデューサーの不興を買うような証言をしたというのは、よくよくのことだったからである。

ともあれ、このようなこともあって、第2作の『スーパーマンⅡ 冒険篇』は、第1作と同様の大ヒットをしたにもかかわらず、ファンの間では「第1作に劣る」という評価が少なくなかったようだ。

半分はドナーが撮ったものであり、残りをレスターが撮ってまとめた作品なのだが、第1作に比べると「コメディ色」が強くなっており、これはもともとコメディが得意なレスターの色が出たものであり、それが第1作のファンには気に入らない、ということのようである。

しかし、この2作を見比べてみて、私は、第2作が特に見劣りするとか、コメディ色が強くなったという印象は無かった。
むしろ、第1作の続編として、まったく違和感のない作品に仕上がっていると評価する。

つまり、この第2作へのファンの厳しい評価は、いささか「坊主憎けりゃ袈裟までにくい」つまり「サルキンド憎けりゃ第2作までにくい」といった類いの、色メガネによるものなのではなかったろうか。

イリヤ・サルキンドも指摘しているとおり、第1作は、大雑把に言えば、三部構成的な作品になっている。
スーパーマンの出生の秘密を語る「クリプトン星」パート、養父母との思い出を語る詩情豊かな「カンザス」パート、そして、スーパーマンとしての生活を描く「メトロポリス」パートということになる。

最初の「クリプトン星」パートは、どうしても説明的なものだし、当然、スーパーマンは赤ちゃんだから活躍することもない。
一一と言うよりも、当時、話題のまとだった、べらぼうに高い出演料をぶんどった、マーロン・ブランドのためのパートと言っても、けっして過言ではないくらいだ。

(スーパーマンの実父ジョー=エル役の、マーロン・ブランド

(※  この時マーロン・ブランドは、カメオ出演と言ってもいいだろう、2週間ほどの拘束(実働時間)で370万ドル(当時のレートで約10億円)以上のギャラを受け取ったと言われている。ちなみに、通常の主演クラスでも100〜200万ドルだったのだから、それがいかに破格なものだったかはあきらかで、当時大変な話題にもなった)

一方「カンザス」パートは、ノーマン・ロックウェルアンドリュー・ワイエスが描いたような「古き良きアメリカ」の原風景が見事に再現されており、その意味で、アメリカのファンには、他のスーパーマン映画には代え難い魅力のあるパートであった。

そして、それとは一転して「都会」に舞台を移した「メトロポリス」パートは、「コメディ」的なテンポの良さが前面に出ることになる。
第1作のスーパーマンは、同格の超人的な強敵と闘うわけではなく、かなりユーモラスな悪党レックス・ルーサーと言葉でやり合った程度のことだし、ロイス・レインとスーパーマンとのラブロマンスが前面に出るその一方、クラーク・ケントの誇張された間抜けっぷりによってドラマにメリハリがつけられたから、どうしても、明るく楽しくものになっているのである。

(クラーク・ケントとスーパーマン)

そして、サルキンドが言うには、この第2作は、第1作の最後の「メトロポリス」パートのノリを引き継いだものなのだから、当然、前作よりはコミカルな印象は強まることになる。
また、前作では否応なく必要だった「設定説明」を、第2作ではする必要がなくなり、そのぶん前作では描けなかったゾット将軍率いる三悪人との対決が描かれたので「本作(第2作)の方が面白かったという意見は、決して少なくはなかった」と、そのように主張することにもなったのである。

無論これは、ドナーに同情するファンからすれば、サルキンドの自己正当化のための言い訳ということにしかならないし、事実そうした側面は否定し難いだろう。

だが、そうした事情はすべて捨象して、可能なかぎり作品だけを見るようにして評価するならば、前記のとおりで私は、この第2作は、第1作に劣らない、正当な続編に仕上がっていると、そう評価する。

サルキンドを擁護する気などさらさらないけれども、作品は作品として、客観的に評価すればそうなる、ということである。

実際、のちにジェームズ・ガンが『スーパーマン』(2025年)を撮った際、

「もう、スーパーマンの出生の秘密とかいったことの説明は不要だろう。いきなり、スーパーマンの活躍から始めても、もうだれも戸惑うことはない」

と主張して、スーパーマンの戦闘シーンから物語を始め、適宜必要に応じて「回想シーン(過去シーン)」を挟むようにしたのは、完全に正解だったと思う。

そうした「過去シーン」は、ドナーの『スーパーマン』で描かれ、『リターンズ』ても描かれ、『マン・オブ・スティール』でも描かれていたから、ドナー版の『スーパーマン』を、今になって改めて鑑賞した私には、「クリプトン星」パートは、特撮などの貧弱さもあって、かなり退屈な印象が強かった。

したがって、ドナーの『スーパーマン』には、「カンザス」パートの魅力がある一方、「クリプトン星」パートの退屈さがあり、本格的なアクションがないという弱点があったとも言えよう。

またその点で、第2作『スーパーマンⅡ 冒険篇』は、そうした弱点を免れ得たから、第1作と第2作とは、美点と弱点の差し引きゼロで、同じように面白かったと言えるし、やはり第2作は、第1作の正統な続編になり得ていたと、私は斯様に評価するのだ。

いずれにしろ、ドナーが半分は撮ってその方向性を定めたものであり、レスター監督も基本的には、ドナーの敷いた基本線に沿うかたちでまとめたのがこの第2作なのだから、あえて酷評しなければならない理由など、そもそもどこにも無いのである。

ちなみに、この第2作『スーパーマンⅡ 冒険篇』は、当初テロップには、ドナーとレスターの連名が提案されたそうなのだが、これはドナーが断ったとも言われている。
しかしそれも、さもありなんといったところであろう。要は「俺は納得していない」という意思表示だったのではないだろうか。


(3) 『スーパーマンⅢ 電子の要塞』(1983年/リチャード・レスター監督)

さて、次はレスター監督による完全オリジナル作品である『スーパーマンⅢ 電子の要塞』なのだが、これはもう文句なしの「失敗作」だ。

私だけがそう言うのではない。昔も今も、そういう評価の下された作品だということだ。

何がダメなのか、その理由はハッキリしている。

第2作までの大ヒットを受けてシリーズ化が意図され、必然的に作られたこの第3作ではあったが、問題は、どのような方向性の作品にするか、という点であった。

第1作『スーパーマン』では、死んだロイス・レインを生き返らせるために、スーパーマンは時間を逆転させるという荒技を使う、ラブロマンスの物語である。

そして、第2作『冒険篇』では、スーパーマンに恋するロイスが、スーパーマンの正体がクラークではないかという疑いを持ち、それを否定しようとするクラークに、最後はロイスへの愛と共に、その正体を告白させてしまう。
つまり、クラーク=スーパーマンとてロイスを愛していたから、いつまでも「友だち」関係に止めておくこと、ロイスを騙し続けることは辛かったので、ついにその正体を告白するのだが、その代償として、彼はクリプトン人としての特別な力を捨て、完全な地球人(同様)になることを決意することになる。

というのも、スーパーマンは、地球においては特別な力を持つが故に、全人類のために戦うという使命を与えられている。また、そうである以上、一人の人への愛情に縛られていては、その使命が果たせないからだ(ちなみに、このあたりのヒーローのジレンマは、後年、クリストファー・ノーラン監督の『ダークナイト』で、きわめて残酷な現実として描かれている)。

だから、スーパーマンは、自らの特別な力を捨てることで、そのヒーローとしての使命を捨てることを決断するのだが、無論、そうは問屋がおろしてはくれない。
結局、スーパーマンは、ロイスを残してでも、助けを求める人々のところ行かなければならないという使命を選ぶことになり、そのため、ロイスの記憶を消して、元の「友だち」に戻るという苦渋の選択をするのである。

このように、第1作では、愛するロイスを生き返られさせるために時間を巻き戻すという、ほとんど一度きりの反則技(なぜなら、それが出来るのなら、何でもありだから)を使い、第2作では、ロイスとの大切なロマンスを無かったことにしてしまう。

つまり、これらが何を意味するのか言うと、スーパーマンとロイスとのラブロマンスは、この2作品で究極的なところまで描かれてしまったので、もう二度とそこを深掘りすることはできない、ということになったのである。

だから、後の作品では、そこは避けるしかない。一一だとすると、あとは、第1作の魅力であった「ラブロマンス」ではなく、第2作で描いた「悪との対決」の拡大再生産という方向しかなくなってしまう。

ところが、このパターンは、すぐにインフレを起こすのが目に見えているからそれ以外の、何か目新しいことはやれないかと考えていたところに、思いもかけぬ話が持ち上がった。
それは、当時アメリカのテレビ界で大人気だったコメディアンであるリチャード・プライヤーが、出演する人気テレビ番組でスーパーマンの物真似をしたあと、自身がスーパーマンの大ファンであり、スーパーマン映画に出演するのが夢だというような言葉を漏らしたという話がもたらされたのだ。

(テレビ番組出演時の、リチャード・プライヤー

そこで、作品の方向性に困っていた第3作は、プライヤーという魅了的なキャラクターを加えることで、これまでにない新しいスーパーマン物語を描く、という方向性に定まったのだ。
つまり、プライヤーありきでシナリオが作られ、言うなれば主人公が、二人になってしまったのである。

また、プライヤーの個性を生かすためには、どうしてもコメディ色が強くなるし、すでに書いたとおり、レスター監督自身コメディが得意だったから、本作は、前の2作に比べて、明らかにコメディ色の濃い作品になった。

しかしまた、コメディ色の濃くなったことが悪いというのではなく、問題はその新しさが、それまでの2作品が持っていた、スーパーマン物語の魅力を減じてしまった点にある。

つまり、スーパーマンの持つ、不器用なまでの「真面目さ、誠実さ」といった側面が相対化されて、否応なく全体に「軽い」印象を与える作品になってしまっていたのだ。

たしかに、プライヤーは優れたコメディアンであり、その存在感は素晴らしいのだが、彼は「スーパーマンの世界」に登場すべきキャラクターではなかった。
スーパーマンの世界に登場すべき「お笑いキャラクター」とは、第1作や第2作に、登場したレックス・ルーサージーン・ハックマン)のような「笑える悪役」であって、プライヤーのような「基本善人の、とても面白い奴」ではない。

(レックス・ルーサー役の、ジーン・ハックマン

例えて言うなら、「スーパーマンの世界」に『ビパリーヒルズ・コップ』などで知られるエディ・マーフィのようなキャラクターが登場したらどうだろう? きっと、スーパーマンの誠実キャラは、空回りせずにはいないはずなのだ。
どちらが魅力的だとかではなく、両者は両立しない善人キャラなのだと、私はそう評価するし、その点で本作『電子の要塞』は、人気コメディアン、プライヤーを安易に使おうと考えた段階で、すでに方向性を誤っていた。

そうした基本的な誤りからすれば、今となっては、古臭くて漫画くさいコンピュータの表現などは、大した欠点ではないのである。


(4) 『スーパーマンIV 最強の敵』(1987年/シドニー・J・フューリー監督)

そして、クリストファー・リーヴの最後のスーパーマン役となる第4作『最強の敵』だが、これも残念ながら「失敗作」である。

第3作の決定的な失敗で、スーパーマンシリーズはサルキンドの手を離れて「キャノン・フィルムズ」に売却され、その下で新たなスーパーマンが制作されることになった。一一ところがだ、

製作
(※ この第4作は)クリストファー・リーヴのストーリー原案への参加、および3作目では不在だったレックス・ルーサーの復活をセールスポイントとした。前作『スーパーマンIII/電子の要塞』の後、ワーナー・ブラザースと契約を解消した製作総指揮およびプロデューサーのアレクサンダーとイリヤ・サルキンド親子は映像権をキャノン・フィルムズに売却。オリジナル・キャストやテーマ曲を引き継いだことから、サルキンド親子の名もシリーズ創始者としてクレジットされている。

予算は$17,000,000で、製作したイスラエル系独立プロダクションのキャノンはジャン=クロード・ヴァン・ダムチャック・ノリスシルヴェスター・スタローン主演作などの小・中規模アクションを得意としてきたスタジオである。会社の規模拡張に従い、本シリーズの製作権を獲得したが、公開までに財務上の問題を抱え「制作陣は本作の歴史的ヒットを願わずにはいられません」と当時報道される状況だった。』

(Wikipedia「スーパーマンIV 最強の敵」

つまり、「中・小規模の作品」から、初めて「大作」へと踏み出す予定のだったのだが、予想外に予算が集まらず、制作は難航を極めたのである。

出演料が桁違いだし、回想シーンにしか出てこないマーロン・ブランドを外すのは当然として、スーパーマンの敵役であるレックス・ルーサー役のジーン・ハックマンを復帰させただけではなく、ロイス・レインをはじめとしたデイリー・プラネット社のお馴染みの面々を揃えたまでは良かったのだが、キャストに金を使えば、他が手薄にならざるを得なかった。

本作のDVDコメンタリーで、脚本・原案の一人だったマーク・ローゼンタールは、監督やスタッフ個人を責めはしないものの、

「とにかく予算が足りなくて、やりたいことがやらなかった。その最もわかりやすい部分が特撮・特殊効果の部分で、それまでの優秀なスタッフを手放さないわけにはいかなかった」

という趣旨のことを語っている。

あと、驚くことに本作は、もともとは134分の長尺大作であったものを、そこからまんべんなく89分にまでカットされた結果、あちこちに無理のある作品になってしまった。

初めから90分の作品のつもりで作っておれば、そうでもなかったのだろうが、2時間越えの作品のつもりで、シナリオが作られ撮影され、それが結局は4分の1以上も切り詰められてしまったのだから、全体にまとまりのない、メリハリを欠く作品になってしまったのは、やむを得ないところだろう。

いかにも真面目なクリストファー・リーヴが原案に参加した作品らしく『米ソは核軍縮交渉を中断。世界は核戦争の危機』だとか、「新聞社への企業買収によるマスコミの質の低下」とかいった問題、あるいは「スーパーマンは神にも等しい力を持ちながら、どうしてこの世から不幸を無くしてしまわないの?」のいう「子供の素朴な疑問」に応えるだとか、いろいろと面白い問題が提起されてはいるのだが、それらはいずれも、さほど掘り下げられることもなく、文字どおり「演説」で終わってしまっている。

なお、そんな本作の原題は『The Quest for Peace』つまり「平和への探究」というものであり、邦題の『最強の敵』とは、その趣を大いに異にしながら、しかし、ある意味では「当たっている」というのは、皮肉な現実であろう。

スーパーマン映画として、核兵器で大儲けを企む悪役レックス・ルーサーの活躍も描かなくてはならないし、そのルーサーがスーパーマンの細胞から作った強敵ニュークリアマンとの対決も描かなければならない。
また、初登場の女性キャラクターとロイスの、クラークをめぐる恋の鞘当てといったことも多少は描かなければならないと、あれこれ欲張ったあげく、それらが、最後の大ナタカットによって、どれも中途半端なものとなり、本作は、第3作に続く失敗作となってしまったのである。

 ○ ○ ○

そんなわけで、クリストファー・リーヴ主演のスーパーマン全4作を見ての、私の評価は、第1作と第2作は85点、第3作は40点、第4作は60点というようなことになる。

その意味で、こうした作品を子供の頃に見て、私がスーパーマンに感じた魅力とは、やはり、スーパーマンその人の「真面目さとその紳士さ」だったのであろうし、それはそのままクリストファー・リーヴの魅力だったのだと思う。

不器用にも、真面目に難問に向き合っていく、並外れたストイックさに、私はスーパーマンに特別な魅力を感じたのであろう。

なにしろ、人並みに恋をしながらも、世界のすべての人々のための、その恋をあきらめて、スーパーマンの役目に止まろうなどという発想は、バットマンの禁欲とは、また桁違いのものなのである。

だがだからこそ、スーパーマンの性格設定を、非現実的な綺麗事だとしか思えない人も、無論少なくはないだろう。

だが、ヒーローとは、もともと現実的なものでもなければ、普通の意味で人間的なレベルに止まるものであってもならないのだ。

人並みの「普通」などではないからこそのヒーローであり、憧れの対象たり得るのではないだろうか。

例えば、イエス・キリストは、「原罪に穢れた人間を救うために、わざわざ人間の穢れた肉体を得て地上に降り立ち、人々の罪を引き受けてその肩代わりするために、磔になった(贖罪論)」のだとされる。

だとすれば、スーパーマンも、もともとは「神」に等しい存在でありながら、一人の女性を愛するために人間になろうと一度は決心し、しかし、最後はそんな自分の個人的な欲望を捨て、神に止まることを決意した、そんな「人間の感情を持ちながら、あえて神に止まった神」のようなもの、とでも言えるのではないか。

そしてその意味で彼は、人間的でありながら、非人間的でもある、その矛盾を引き受けた「自己犠牲的な神」だと、そんなふうに理解するべきなのではないだろうか。




(2026年4月14日)

 ○ ○ ○

【関連レビュー】










◇ ◇ ◇




○ ○ ○


○ ○ ○




○ ○ ○



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です