▷ 書評:西式豊『処刑館殺人事件』(早川書房)
西式豊という作家は知らなかったが、やっぱり、このタイトルには目が惹かれた。
私は綾辻行人以降の「新本格ミステリ」ムーブメントの最初期から、これに10年以上つきあってきた人間なので、「館もの」らしきタイトルには、つい目が行ってしまう。
しかしながら、さんざ書かれた「館もの」に、いまさら滅多なことでは傑作など出ないだろうとも思っているので、普通なら知らない若手(?)ミステリ作家の「館もの」なんか読まない。
では、なぜ今回、本作を読んだのかと言えば、それは法月綸太郎が、思わせぶりな推薦文を書いていたからだ。
私は、法月綸太郎という人は嫌いだが、ミステリ作家としてはわりと高く買っており、推薦文も比較的信用できるのではないか考えていた。だから、
『クローズドサークル✕館ブームにとどめを刺す/「鬼」の本格、驚嘆必至。』
という言葉には、「とどめを刺す」という以上、「クローズド・サークルもの」としても「館もの」としても、かなり良く出来ているのではないかと、そう理解して期待したのである。
ちなみに、あとの二人の推薦文については、本格ミステリ作品を肯定的に評価する場合の常套句に近いものだったので、まったくなんとも思いはしなかった。
ミステリ作家たちへの鎮魂歌。
同業者として慄きつつ読んでいると、予想外の波状攻撃にしてやられた。
大山誠一郎
最後のページまで気を抜くな!
その閃きはまだ小説家の掌の上だ。
今村昌弘
○ ○ ○
そんな訳で本作を読んでみたのだが、さて、どうであったか?
一一「地味な努力賞」といったところである。
別に読む必要はなかった。
なにが物足りないのかと言えば、とにかく本格ミステリとしての「華がない」のだ。
いろいろ複雑に作り込まれた作品であり、作者が非常に誠実で真面目な「本格ミステリ」好きだというのはよくわかって、作者には好感を覚えるのだが、やはりそれだけでは物足りない。
読むのなら、法月綸太郎のように性格は悪くても、作品に本格ミステリとして華のある人の作品を読みたい。
本作の「本格ミステリ」以外のところでの読みどころでは、今どきの職業作家たちの大変さである。
いくら周囲から「先生」付けで呼ばれたとしても、一部の売れっ子以外は、みんな平均的な会社員よりも年収が少ない。
まして、情報化が進むと「ごく一部の売れる作家や作品はバカみたいに売れ、それ以外はぜんぜん売れない」ということになってしまう。
「上位1%の富裕層だけで世界全体の個人資産の37%〜40%を独占している」といったことと、似たような話である。
また、人気作家になったとしても、今はそうしたスターをも次々と消費する時代だから、人気作家だって自分の人気がいつまで続くのかと戦々恐々としているという、本作にも描かれたその様子には、とてもリアリティがあって興味深かった。
そんなわけで、人気職業の裏話としては、面白くない訳でもなかったのだが、しかしまた、こんなことはもうずいぶんと前から言われていることで、私としては特に耳新しい話ではなかった。あらためて、その切実さを痛感させられた、という程度の話だったのである。
したがって、やはり問題となるのは、あくまでも本格ミステリとしての「切れ味」の方なのだが、それがない。
複雑に作り込んでいるのだが、どこかモタモタした感じの、隔靴掻痒感が残る。
大山誠一郎は「ミステリ作家たちへの鎮魂歌。同業者として慄きつつ読んでいると、予想外の波状攻撃にしてやられた。」と書いているが、当然のことながら、ミステリ作家の苦労話だけでは困るし、大どんでん返しが無いのなら、波状攻撃くらいはしてもらわないと困る。
また、今村昌弘は「最後のページまで気を抜くな! その閃きはまだ小説家の掌の上だ。」と言うけれど、そんなの当たり前だろう。
本作の場合、380ページほどの作品で、残り80ページほどの段階ですでに死んだ人物の「自供の手紙」が始まるのだが、こんなに長々と犯人自身による説明があっては退屈だから、無論それが真相ではないというのがわかってしまい、事実そうなった。
しかし、この「自供の手紙」の後に明かされる真相は、クローズド・サークルものとして反則なのではないか。これでは、閉じていたとは言いがたい。
さらには、動機も取ってつけたようなもので、「気狂い犯人」という見せかけよりはマシかもしれないが、リアリティが無いという意味では、大差がないと言えよう。
結局、本作でリアリティがあったのは「小説家という職業の大変さ」を描いた部分だけだった。
そこにリアリティがあっただけに、犯行のリアリティの無さは、むしろ肩透かしだったのである。

○ ○ ○
だが、それにしても、法月綸太郎は、どうしてこの程度の作品を、
『クローズドサークル✕館ブームにとどめを刺す/「鬼」の本格、驚嘆必至。』
なんて書いたのだろう。
本気で本作が『クローズドサークル✕館ブームにとどめを刺す』ほどの「傑作」であると思ったのたら、クリスティ先輩や綾辻行人先輩が書いた「クローズド・サークルもの」や「館もの」は、本作にとどめを刺される程度のものだったと、そう言うのだろうか?
それとも、いまさら「クローズドサークル✕館もの」を書いて、それでもこの程度のものしか書けないのなら、『クローズドサークル✕館ブーム』も「いよいよおしまいでしょ」とでも言いたかったのであろうか?
しかしだとすれば、それは読者に対して不誠実な、ひどい推薦文だと言うか、推薦文ではない推薦文に見せかけたペテンでしかないと言えるだろう。
推薦文を書けば、原稿料として50,000円ほど貰えるという話を聞いたことがあるのだが、まあ金額は別にして、わざわざ読者を騙すために、推薦文に見せかけた非推薦文を書いたのだとしたら、作家的良心や職業倫理に反した行いだということになるのだが、本当のところはどうなのだろう?
やはり、本作でも描かれているとおりで「貧すれば鈍する」ということなのだろうか?
そうであってほしくはないが、本気で誉めたというのなら、それはそれで、批評眼の衰えとしか思えないから、いずれにしろ救いのない話である。
まあ、自分で自分にとどめを刺すようなことだけはしないでほしいと衷心から願うばかりである。
ともあれ、「新本格ミステリよ、永遠なれ!」
(2026年6月13日)
【おまけ】

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