成瀬巳喜男監督 『山の音』: 原作を越えてゆく

▷ 映画評:成瀬巳喜男監督 『山の音』(1954年)


先日、映画ジャーナリストが「10回は観直した」、究極の名作6選。」というタイトルのネットニュースが目につき、興味を惹かれて読んでみたところ、その中に映画評論家・立田敦子の選出で、本作、成瀬巳喜男監督の『山の音』が入っていた。

日本人映画監督のビックネームとしては、溝口健二小津安二郎黒澤明といったところは多少押さえたのだが、成瀬巳喜男についてはまだ一作も見たことがなかったので、ちょうどいいと思い、今回見ることにしたのだ。

タイトルを見た時に、これは川端康成かなと思ったのだが、やっぱりそうだった。

映画は詳しくないが、日本文学ならそこそこ詳しいから、このタイトルも記憶にあったのだ。
しかし、短編だったかなと思ったのだが、映画を見たあとに調べてみたら長編だった。川端の戦後の代表作のひとつだという。

私が川端の『山の音』を短編かなと思ったのは、読んでいれば短編だろうと思ったからだ。つまり長編なら読んでいないという確信があった。

なぜ、短編なら読んでいるかも知れないと思ったのかと言えば、それは「老境の男性主人公が、山の音を聞いて、卒然と自分の死期を感じた」というような描写のあることだけは記憶していたからだ。だが、それ以外は何も憶えていない。
だから、読んだとしたら短編だろうが、もしかすると評論か何かでその部分が紹介されているのを読んで、それを記憶しているだけなのかも知れない、とも思ったのだ。

というのも、私の場合は、今も昔も川端康成には興味がなかったからで、読んでいてもせいぜい1、2冊だろうし、それも二十歳前後の頃の話でしかないので、最初に読んだのは短編集なんじゃないかと、そう思ったためである。

では、なぜ川端康成に興味がなかったのか。
それは、私が幼いの頃、元号で言うと「昭和」の40年代頃、川端は日本で最も有名な文学者であり、始終その名がマスコミ上に登っていたからだ。
そのため、私が高校生になってやっと本を読み始めた頃には、かえって新鮮味が感じられず、興味を持てなかったのである。

そういう作家としては他に、かつては大人気だった井上靖なんかもいる。
だが今は、読書家の間ですらその名を耳にすることがない。

もちろん、川端康成の方は今でもしばしば言及されはするのだが、しかしそれはたぶん、川端が日本人で初めてノーベル文学賞を受賞して、その名を日本の文学史に深々と刻みつけ、さらにその数年後に自殺してしまったためであろう。
つまり、作品の方はあまり読まれなくなっても、文学史的には、今でも戦後昭和を象徴する重要作家として、しばしば言及されるのである。

で、この川端康成がノーベル文学賞を受賞したのが1968年、自殺したのが1972年で、私が生まれたのは1962年だから、そりゃもう私が幼いの頃には、川端康成が「日本一の小説家」扱いだったというのは、容易にご理解いただけると思う。

今の若い人には縁もゆかりもない作家かも知れない。
だが川端は、いま大人気の作家など足元にも及ばないほどの「世界的な大作家」だったのだから、いまの人気作家なんて、そのほとんど全員が、いずれは誰にも読まれなくなるというのは無論、その名を誰も憶えていないような世の中の来るのだということを、少しは承知しておいた方が良いだろう。世評なんてものは、そのくらいに浅薄なものなのだ。

(新潮文庫版の初版装丁)

一一そんなイヤミを一発かましたところで、話を戻そう。

そんなこんなで、たぶん『山の音』は読んでおらず、「老境の男性主人公が、山の音を聞いて、卒然と自身の死期を感じた」というような描写のあることだけは、どこかよそで読んで記憶していたのであろう。
だから、もしかすると私は川端康成を1冊も読んでいないかもとそう思って、昔の読者ノートを確認してみたら、1冊だけ読んでいた。

こちらは、『山の音』よりもずっと有名な代表作、『雪国』である。昔はほとんど必ず、国語の教科書にその冒頭部分が紹介されていた。そんな超有名作品だ。

一一「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。」

つまり、かつての私は「いちおう川端康成も1冊くらいは読んでおこう」と考え、無難に『雪国』を手に取ったのだろう。だが、あまり面白くなかったため、川端とはそれっきりになってしまったのだ。
当時の私の読書ノートでは、10点満点の5点が「可もなく不可もなく、まずまず」という評価だったのだが、『雪国』は4点だった。つまり面白くなかったのである。
実際、読んだことすら忘れていたのだ。

そんなわけで、私は「老境の男性主人公が、山の音を聞いて、卒然と自身の死期を感じた」というような描写があるはずだ、ということ以外は、何の予備知識もなく本作、成瀬巳喜男による映画版『山の音』を鑑賞した。

こちらも伝説的な名女優・原節子がヒロインで、同居の義父が山村聰。この二人がメインキャラクターであり、物語の舞台は鎌倉だから、なんだか「小津安二郎みたいなパターンだな」と思い、小津との違いに注目しながら見ることになった。

本作『山の音』の基本的な物語設定は、原作小説のWikipediaから、「あらすじ」の冒頭部分を引用することで紹介しておこう。

一一というのも、意外なことに、Wikipedia日本版には、映画版『山の音』は立項されておらず、英語版しかないのだ。
映画についても原作の項目の方に記載があるとは言え、英語版はあって日本語版が無いとは、さすがは成瀬巳喜男監督作品だけはある。今となっては、海外での方が大切に扱われているということなのであろう。

『昭和24年7月末から昭和25年秋まで

東京にある会社に通う初老の重役・尾形信吾は、妻・保子、長男夫婦(修一菊子)の4人で鎌倉に住み、修一も同じ会社で補佐的な役を務めている。近頃もの忘れをするようになった信吾は、去年の還暦の年に少し喀血したが、診察も受けず特に支障はなかった。しかし夏のある深夜、地鳴りのような「山の音」を耳にし、死期を宣告されたような恐怖を少し覚えた。最近では、友人たちの訃報も続いてきた。

修一の嫁・菊子はほっそりとした色白の娘で、菊子を見ると、信吾は妻・保子の姉を思い出した。保子の姉は美人で、少年時代の信吾の憧れの人であったが、若死にし今はもうこの世にいない。修一と菊子は結婚してまだ2年足らずだったが、修一はもう他に女をこしらえていた。だが女が出来てから、修一と菊子の夫婦生活が急に進んできたらしく、深夜、前にはない菊子の声を信吾は聞く。信吾は菊子を不憫に思い、修一の浮気の秘密を知る会社の秘書・谷崎英子から、女の居場所を聞き、その家を外から眺めたりした。』

(Wikipedia「山の音(川端康成の長編小説)」

このように、原作の方には、主人公の尾形信吾が、

『夏のある深夜、地鳴りのような「山の音」を耳にし、死期を宣告されたような恐怖を少し覚えた。』

という描写がある。
だから私は、映画版を見ながらこの有名なシーンがいつ登場するのかと思っていたのだが、一一結局、最後までそんなシーンは無かった。
タイトルが『山の音』なのに、その象徴的なシーンが無かったのである。

だがまた、いい加減なことに、本作映画版のストーリー紹介文には、原作のイメージからだろう、この「山の音」のシーンに触れているものもあった。

『62歳の尾形信吾は、歳のせいか夜半によく目を覚ます。鎌倉の谷の奥から聞こえる深い山の音に、自分の死期のようなものを感じて寂しくなった。彼は少年時代の憧れの女性だった妻の姉を思い返す。そして息子の嫁・菊子にかつての人の面影を見出していた。』

filmarks.com『山の音』

つまり、当然のことなのだが、この映画版もまた、原作小説そのままではないのである。
長編小説の内容をすべてそのまま、95分の映画に詰め込むことなど、どだい不可能だからである。

ちなみに、この映画版には、たぶん原作には無いであろうユーモラスなシーンがある。
布団を並べて就寝する信吾と妻・保子なのだが、さっさと寝入った保子のいびきがひどいので、信吾が保子の鼻をつまむ、というシーンである。

しかし、このシーンは、深読みすれば本作・映画版を象徴するシーンだったのかも知れない。
というのも、「山の音」を聞くことのない映画版の信吾が、「山の神=古女房」のいびき(音)を「消す」からである。

そもそも、この映画は、原作とは違い、原節子の演ずる菊子がヒロインであり、それを描くための視点人物が山村聰、つまり尾形信吾なのだ。

だからこの映画版では、信吾の息子・修一(上原謙)の嫁で、原節子が演じた菊子の存在が、原作よりもクローズアップされている。
つまり、主人公は、信吾ではなく菊子なのだ。

本作・映画版では、夫・修一の浮気に堪えながら、彼女を気づかってくれる義父に気丈に使える菊子の苦悩が大きく扱われて、原作小説では主人公だった信吾は、映画版では、その菊子を見守る優しい義父という、二番手の役回りなのだ。菊子あっての信吾なのである。

大雑把にいえば、本作・映画版のストーリーは、なかなか子供をもうけることが出来ず、それもあって修一の浮気にも黙って堪えていた菊子が、そのなかなか出来ないと言われていた子供を妊娠したにも関わらず、黙って妊娠中絶していたことが判明することで、物語は終盤に向けて大きく動き出す。

夫に愛のないままで子は産めないと考えた菊子は、優しい義父には申し訳ないと思いながらも、修一と離婚して新たな人生に踏み出すことを決意し、信吾もそれを応援する。一一といったところで終わっているのである。

だから、結果的には、小津安二郎とは、だいぶパターンが違う。
小津の場合は、実の父娘の濃密な関係が中心で、嫁に行きたくない娘と、娘の幸せを思って結婚をすすめる父との葛藤が描かれるのだが、本作の場合は、義父と息子の嫁であり、直接の親子愛でもなければ、かと言って、精神的なものとしての男女の関係でもない。

義父・信吾の方には、菊子に、昔憧れた女性(妻の姉)の面影を見て、男として惹かれている部分も多少はあるようだが、それは決して露骨なものではない。
それに、歳をとったって、息子の嫁だって、美人で気立が良ければ、男ならば多少なりとも好意を持つのは当然のことであり、その程度の当たり前の話なのだ。

で、私としては、結局のところ、こういう夫婦間の葛藤みたいな話にはあまり興味がないので「なんだか当たり前に、家庭のトラブルを扱った地味な話だな」と思っただけなのであった。
悪くはないが、特にどうってことのない話だなと、当初はそう感じたのである。

無論、原節子は美しかったし、ラストも前向きで感じの良いものだったから、悪い印象は無かったのだが、ただそれだけだとも言えるような作品だった。

で、映画を見終えたあと、原作小説の方はどんな話なのだろうと、原作のWikipediaの「あらすじ」を確認してみると、そこには物語のラストまでが比較的丁寧に紹介されており、映画版では省かれた部分、具体的には語られなかった(暗示に止めた)部分というのが、よく分かった。

そして、原作の方では、信吾と菊子の関係が、映画版とはかなりニュアンスが違って、隠微なものであるというのがわかった。

そもそも、映画版では、妊娠中絶をして修一との離婚を決意し、自立する菊子なのだが、原作の方はそうではなく、その続きがある。

原作では、菊子は、修一と離婚しても信吾のもとには止まりたいと言い、そうこうしているうちに、修一との間に二人目の子供を妊娠してしまい、結局は離婚しないまま、曖昧に元の鞘に収まってしまうのだ。

つまり、本作・映画版は、基本的には、夫の不倫に堪える若妻とそれを気づかう義父の物語であり、最後は若妻が離婚を決意して、新たな生活に踏み出すところで終わるため、義父である信吾の「老境の感慨」みたいなものとは、ほとんど関係のない話になっている。信吾に「死の影がさす」といった、仰々しいニュアンスが無い。

また、多分だからこそ、信吾が「山の音」を聞くこともないのである。信吾は、その生(あるいは性)と死がテーマとして扱われるような、主役ではないからなのだ。

そして、そうした「死の影」の問題として特に私の注意を引いたのは、信吾の息子・修一の、原作での人物設定だった。

映画の方では、修一がなぜ、美人の妻がありながら浮気するのかが、今ひとつハッキリとは描かれていなかった。

(右から、尾形信吾、その妻保子、長男修二、その妻菊子、信吾の長女房子

ただ、修一が、会社の部下である秘書の女性・谷崎英子に「あいつ(妻)は子供なんだよ」というようなことを言って嘲っていたという事実が語られるので、要は、修一は貞淑な妻・菊子に、娼婦的なものを求めており、それが満たされなかったので浮気したのだろうと、そんなふうには窺えたのである。

しかしこれだと、修一は単なる自分勝手な男でしかない。
何を勝手なこと言ってるんだとしか思えないのだが、しかし、修一の浮気を知っており、菊子が苦しんでいることを知って、菊子が可哀想だと気を使っているその割には、修一の父である信吾は、菊子が堕胎したという事実を知るまでは、修一に対して厳しく当たるということはせず、夫婦間の問題には口出ししないという、曖昧な態度に終始していた。

だから、物語としては、いささかズルズルと流されてゆき、最後は菊子一人の辛い決断で、ようやく決着をつけたというような、今ひとつスッキリしないものとなってしまっている。
前向きなラストだとは言え、もう少しどうにかならなかったのかというような物語だったのだ。

一一ところが、原作小説の「あらすじ」を読んで、驚いた。

修一が、自分勝手な浮気をするようになったのは、なんと「戦争体験」がその原因だったようなのだ。
映画版には、そんなことはチラリとも描かれてはおらず、完全に「戦後の物語」だったのに、である。

『信吾は、修一が菊子のことを(※ 会社の部下である)谷崎英子に、子供だとよく言っていることを知り、怒りに震えた。純潔な処女だった菊子を軽んじ、他人にも平気で下世話な話をする修一の無神経さが信吾には不可解であった。戦地から帰った復員兵の修一は、どこかで深いトラウマを受けた「心の傷病兵」であった。』

つまり、修一が戦地において、どんな心の傷が負ったのかまではわからないが、少なくとも彼は、決して単純に自分勝手な男だったわけではなかったのである。

そして、この事実を知れば、映画でも描かれていた修一の愛人が戦争未亡人であること、修一はその愛人に暴力を振るうことがしばしばあったといった事実なども、ある程度は説明がつく。

例えば、修一にしてみれば、「戦場の現実、人間の醜い現実を知らない菊子は、子供みたいなものだ」と腹立たしく感じられもすれば、「戦場で血にみまれ、獣になり下がった俺に、無垢な菊子を愛する資格などない」とか、戦争未亡人の愛人に対しては、自分のことを棚上げにして「死んだ夫を裏切った女」といった怒りの感情を持ったとしても、さほど不思議ではないのである。

そして、修一は、そんな自己嫌悪的な感情を誰にも語れず、彼なりに苦しんでいた結果が、不倫というかたちになってしまったのだと、そう考えることができるはずだ。

実際、原作の「登場人物」紹介では、修一は、次のように紹介されてる。

尾形修一
信吾と保子の長男。父親と同じ会社に勤務し、毎日一緒に通勤している。東京育ち。美男子。太平洋戦争から復員した「心の負傷兵」。以前は優等生であったが、戦後は頽廃的な性格になり、戦争未亡人の絹子と浮気をしている。信吾のようには運命論を信じない。』

『以前は優等生であった』つまり、修一は本来なら不倫をするような男ではなかったということなのだ。

だが、このけっこう重要な事実を、映画版はまったく描いてはいないのである。


○ ○ ○

しかし、原作小説と映画版との最も重要な違いは、菊子の描かれ方にあろう。

原作の菊子は、次のように紹介されている。

菊子
20歳くらい。修一の若妻。ほっそりとした色白で、顔が小さく、あごから首の線が娘らしく美しい。旧姓は佐川。8人きょうだいの末っ子。末っ子らしく皆に気安く愛されて育った。兄姉もみな結婚して子供が多い。菊子は、母親が高齢で出来た子で、それを恥じた母が堕胎を試みてしくじり、難産で額に鉤をかけられて生まれたため(鉗子分娩)、額にかすかな傷の跡がある。体調が悪く顔色が青ざめていたりすると傷跡が目立つ。普段は前髪で隠れているが、ふとした時に見えるその傷を、信吾は愛おしく思う。』

問題は、『ほっそりとした色白で、顔が小さく、あごから首の線が娘らしく美しい。』の部分だ。
純粋無垢なのだが、生き物としての強さというものをまったく感じさせない、いかにも庇護欲をそそる弱々しい存在なのである。

では、なぜここが重要なのかと言えば、映画版で菊子を演じた原節子は「華のある女性らしい女性」であり、優しくはあっても、どこかで芯のある女性を演じることが多く、決して「お人形さん」タイプではないから、原作の「ほっそり」とか「小さい」たか「娘らしい」というのとは、明らかにタイプが違うからである。


そして、原作者の川端康成の「好み」のタイプとは、当然、原作に描かれた菊子であって、原節子とは違うということがわかるのだ。

例えば、川端康成の著名な幻想短編「片腕」は、川端のそんな「(お人形さん)好み」をよく表している作品として有名なのだが、それは次のような話なのだ。

『『片腕』(かたうで)は、川端康成の短編小説。ある男が、ひとりの若い娘からその片腕を一晩借りうけて、自分のアパートに持ち帰り一夜を過ごす物語。官能的願望世界を、シュール・レアリズムの夢想で美しく抒情的に描いた作品で、後期の川端の珠玉の短編として知られている。』

あらすじ
「片腕を一晩お貸ししてもいいわ」と娘は、右腕を肩からはずし、「私」の膝に置いた。その若い娘の袖なしの服の肩や腕を「私」がきれいだと思っているのに気づき、娘は片腕を貸してくれたのだった。雨もようの靄の夜、「私」は大事に外套の中に娘の腕を抱きアパートに帰った。
「私」は、娘の片腕をベッドの上に置いてくつろぎ、娘の腕と会話し戯れながら、以前関係した女たちのことを思い出したりした。ベッドに入り、「私」はゆかたをひらいた胸に娘の腕を添寝させた。娘の手首の脈と「私」の心臓の鼓動が一致してきて、片腕は安らかに眠った。(以下略)』

(Wikipedia「片腕(川端康成の小説)」

つまり、女の肉体丸ごとではなく、(臓器を有しない)その「白くほっそりとした片腕」と一夜を過ごすという幻想譚であり、評論家の多くは、そこに川端康成の、性的なオプセッション(強迫観念・執着)を読み取った。

それは時に、江戸川乱歩「人でなしの恋」にも通ずる「人形愛」であるとか、それは「物神崇拝フェティシズム)」であり、一種の「ネクロフィリア(屍体愛好)」であるなどと論じられたのである。

つまり、映画版の菊子は、必ずしも原作どおりに「中性的」でも「物的」でもなく、ハッキリと「女性的」であり、血の通った「人間」なのである(鼻血を出すシーンもある)。

そして、そうした違いを考える上で、原作と映画版の、次のシーンの有無も、明らかに重要だ。
原作の方にだけ、次のようなシーンがある。

『嫁に行った(※ 信吾の)長女・房子は、夫・相原と不仲で、2人の幼子(里子、国子)を連れて実家へ帰ってきたりしていた。そんな家族の鬱陶しい厄介事の重苦しさの中で、可憐な嫁の菊子だけが信吾にとっての「窓」であった。菊子もそんな舅の優しさに親しみを感じていた。信吾は時々、死んだ知人・友人の登場する夢や、若い娘を抱擁する妖しい夢を見ることが多くなった。信吾は、亡友の遺品の能面を預かり、その少女のような美少年の中性的な慈童面の唇に接吻しそうになった。』

映画版の信吾には、このような側面はまったく描かれない。
前述したとおり、菊子に、昔愛した女性の面影を見て惹かれる、というくらいのことはあったかも知れないが、こんな淫夢を見るようなタイプには描かれていないのである。

言い換えれば、原作の信吾には、川端康成その人のオプセッションが、色濃く投影されているのだ。

で、ここで、問題にあるのは、映画にも登場した子供の顔の能面「慈童」、能の「菊慈童」で使用される能面なのだが、原作の方では、それを信吾が菊子に被られせ、その仮面の下で菊子が涙を流すという、ある意味で、かなりエロテックかつ重要なシーンがあるのだが、映画の方では、それもない。

映画の方では、会社の執務室にやってきた旧友から、その能面を買ってくれないかと言われた信吾が、人が被ればどんな具合かといった軽い調子で、秘書の谷崎英子に対し「君、ちょっとこれを被って見せてくれないか」と依頼するシーンがあるだけで、菊子がそれを被ることはないのである。

『ある日、菊子は茶の師匠をしている友人の家から戻り、信吾が眺めている慈童面を顔にあててみた。顔を動かさないと表情が出ないよと信吾に言われ、いろいろに艶めかしい少年の能面を動かす菊子の姿が信吾には痛ましかった。菊子の能面に隠れた小さな顔の顎から喉へと涙が伝って流れていた。信吾は、菊子が離婚の決意をし、自分も友人のようにお茶の師匠になろうかと思案しているのを察し、菊子にそう(※ 考えているのかと)呼びかけた。菊子は頷き、もし修一と別れても、お父様の所にいて、お茶をしてゆきたいと言った。』

(Wikipedia「山の音(川端康成の小説)」

つまり、原作での「菊子」とは、明らかに「菊慈童」を意識したネーミングであり、「菊慈童」とは、おおよそ次のような物語の主人公の「少年」なのである。

『菊慈童(きくじどう)は、中国の周の時代、皇帝(穆王)の枕を跨いだ罪で山奥に流された少年が、教えられた仏の偈(げ)を菊の葉に書き写したことで不老不死の霊薬(菊の露)を得て、700年もの間、若々しい姿で生き続けたという伝承。不老長寿の象徴として能の演目や「菊水」の文様、重陽の節句に用いられる。 』

(Google AIによる要約説明「菊慈童伝説」)

つまり、川端康成の好みとは、女性的な女性(肉体を有する女性)ではなく、ほっそりとした中性的な(少年的な)タイプなのである。
しかも、老いて衰え、容易に朽ち果てる「肉体」ではなく、人形のそれのように、無機質だからこそ朽ちにくい、冷たいくらいに硬質なそれを望んだのだ。

だからこそ、短編「片腕」(あるいは、中編小説『眠れる美女』)と同様、自身を投影した信吾が惹かれる嫁娘の名を、菊慈童からの連想で「菊子」としたのであろう。

したがって、映画版において、原節子の演じる菊子に、慈童の能面を被せなかったのは、映画版の菊子は、原作の菊子とは、まったく違ったタイプの女性だったからであろう。

そんなわけで、前述のとおり物語のラストも、映画版と原作とではまったく違っており、原作では、菊子は修一と離婚しないのである。

下は、原作の「あらすじ」の末尾部分である。

『房子(※ 信吾の娘、修一の妹)の夫・相原は女と心中事件を起こした後も行方不明で、房子は離婚届を出していた。もし房子が誰かと再婚し、幼子2人を実家(※ 信吾たちの家)に置いたままにした場合、(※ 同居の)菊子に負担がかかると考え、信吾は再び菊子に自分たちとの別居を勧めた。菊子はやはり修一と2人だけの生活が怖く、信吾と離れたくないようだった。信吾は、修一が菊子は自由だと言っていたことの意味に、自分(信吾)からも菊子は(※ 優しい舅に気遣うことなく)もっと自由になれ、という意味があると思い、そのことを菊子に告げた。その瞬間、鳩が飛び立ち、信吾にはその音が「天」からの音に聞こえた。菊子は鳩を見送りながら、私は自由でしょうか、と涙ぐんだ。

ある日曜の夕飯時、一家7人全員が揃っていた。長女・房子が、スタンドの飲み屋でもいいから小さい店を持ちたいと言うと、菊子も「女はみんな水商売が出来ますもの」と、店を開いたら自分も房子を手伝いたいと言った。信吾は次の日曜に家族みんなで田舎の信州に出かけ、もみじを見に行こうと提案した。食事のあと、座敷からからす瓜が重そうに実っているのを見た信吾は、それを菊子に伝えるが、食器を洗う音で聞こえないようだった。』

(Wikipedia「山の音(川端康成の小説)」

つまり、推察するに、原節子の主演で『山の音』を映画化するのなら、原節子演ずる菊子の義父・尾形信吾を、原作どおりに描くわけにはいかないし、菊子も原作のままでは、主体性のない単なる弱い女であり「お人形さん」になってしまう。

そこで、成瀬巳喜男監督と脚本の水木洋子は、この物語から「戦争の影」をぬぐいさり、戦後の新しい時代を前向きに生きていこうとする「女性の自立」の物語へと、書き換えたのではないだろうか。

原作者の川端康成は、ノーベル文学賞受賞記念講演を「美しい日本の私」と題したことからもわかるとおり、戦後には失われた「日本の伝統的な美や感性」のイメージに執着したタイプの人だった。

だからこそ、理想としての無垢な菊子とは真逆に、修一の描き方はあのようなもの(日本人らしい美徳を失った姿)になってしまったのであろう。
戦争が、日本から美しい心を奪って、日本人を変えてしまった、というような。

だが、原節子を主人公とする映画版は、菊子をそんな後ろ向き(保守的)なものにはしたくなかった。

だからこそ、原節子の演ずる菊子は、離婚を決意して新たな道へと踏み出し、信吾もそれを祝福するというラストになったのではないだろうか。

また、そんな信吾とは、川端が自身を投影したような、菊子に性的に惹かれるような隠微な思いを秘めた義父ではなく、菊子の再出発を心から喜んでやれる明るい人物として、意識的に描き変えたのではないだろうか。

だからこそ、映画版の信吾は「山の音」を聞くことも無かったのではないか。

つまり、本作で映画版『山の音』は、原作とは違い、敗戦後の再出発を力強く肯定しようとする物語だったのであろう。

映画版の菊子は、戦争の影を引きずる修一の犠牲になったまま、ひたすら堪え続けるような「古い日本の女」に止めるべきではない。一一そうした思いから、原節子のイメージに合致した「清楚な中にも、強い意志を秘めた女性」として描かれ、生まれ変わった菊子として描かれたのではないだろうか。

映画評論家の立田敦子が本作を強く推したのも、それは本作に、時代を先駆けた「女性の自立意識」や、一種のフェミニズムを見たからなのではなかったろうか。



(2026年4月7日)


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