▷ 書評:山城むつみ『ドストエフスキー』(講談社→講談社文芸文庫)
『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』が大ベストセラーになり、今では「文系評論家」の肩書きで大活躍中の三宅香帆は、その著書『考察する若者たち』の中で、いま流行りの「考察」とは何であり、「批評」とどう違うのかということを論じた上で、自分は批評の方が好きだと語っている。
三宅の見解では、「考察」は「正解がある(決まっている)」ことを大前提とした正解探しであり、一方「批評」には「正解が無い」とする。
つまり「批評」の場合は、読者それぞれが自分なりの「正解」としての解釈を見つけることが出来るのだから、そっちの方が面白いじゃないか一一と、大筋でそれが、三宅香帆の主張なのだ。

しかし、少し考えてみればわかることだが、この説明には、あまり説得力がない。
なぜならば、「唯一の正解」を見つけることよりも、「人それぞれの正解」を見つけることの方が「楽しい」と、なにを根拠にそう言えるのだろうか?
普通に考えれば、唯一の正解を見つける自信のある者に対して「みんなそれぞれの正解でいいじゃないか?」なんていう生ぬるいことを言っても、通用することはない。
なぜなら、そうは感じなったからこそ、彼らは、批評ではなく考察を選んだからだ。
そのため、彼らからすれば三宅の意見は、唯一の正解を見つける能力が無い者の、自己正当化のための「方便」くらいにしか聞こえないのである。
例えば、次のように問われた場合、三宅香帆はどのように反論するのだろうか?
「あなたは、自分の力で正解に到達することが出来ないと思っているから、正解と不正解の区別を無くしたいだけなんじゃないですか? 例えば、小学校の運動会での徒競走なんかでも、順位をつけずに、みんな平等に一着だとしておけば、足の遅い子の体面も保てるからと、そんな理由でおかしな綺麗事を口にしたりする
それと同様で、テキスト読解においても、正解はいろいろあって良いなどというのは、結局のところ、読解能力の低い自分を正当化し、自分より読解力に優れた者を、自分の位置まで引きずり下ろすことで満足しようとする、ということなんじゃないですか、本当のところ」
実際、三宅香帆には、こうした追求に反論してする能力は無いのだろう。
だから、そこまで突っ込んだ「文学的」な議論はせず、世間で通りの良い「綺麗事(建前)」のレベルで早々に話をまとめて、無難に誤魔化しているのである。
一一だが、そんなものは「批評」ではないし、「考察」ですらもなく、単なる「趣味的なご意見」にすぎない。
なぜ「考察」をする若者が増えたのか、その点については、いろいろと理由が考えられようし、その意味で「正解」は一つではないだろう。
だから、三宅が『考察する若者たち』で書いていることも、あながち間違いではない。
ただ、その説明は、そのまま三宅自身の安易な「批評」観を反映して、薄っぺらい「絵解き」に終わっている。
またそのため、まともな批評文(評論)を読んだことのない若者たちには、わかりやすいとウケは良くても、批評文をそれなりに読んできた者には、いかにも食い足りない「戯論」でしかない。
問題は、考察と批評の「どちらが上か」ということではない。
なぜ、今どきの若者たちは、批評ではなく考察をしたがるのか、という点なのだが、それは三宅も書いているとおりで、考察を好む若者たちは、明示的なかたちでの支持や承認を欲しているからであろう。
なぜなら、批評的にどんなに面白い解釈をしても、それは無限にある解釈のひとつでしかなく、その人が特別であるという、絶対的な証拠とはならないからだ。
それこそ、ひろゆき(西村博之)ではないが「それって、あなたの感想ですよね」と言われて、相対化されかねないのである。
だからこそ、「正解」は一つであり、その意味でその価値は、絶対的なものでなければならない。その価値は、議論の余地のない、客観的な事実をでなければ、彼らはその正解に安んずることができないからだ。
正解が一つならば、それに到達した人は「合格」であり、それ以外の人は「不合格」となって、そこに明確な線引きがなされる。そのため、合格した「私」は、承認されたことになる。
たとえ、その提題がつまらないものであり、簡単に正解に辿り着けるものだとしても、やはり「正解組」と「不正解組」との間には、明確に線引きがなされるから、「考察的な正解」を出したなら、少なくとも自分は「正解組」(勝ち組)の一人として、承認を得ることができると、そう感じるのである。
つまり、子供の頃から受験勉強などを通して他者と競い合い、その中で「合格」という明確なゴールにおいて承認を求めて頑張ってきた若者たちにとっては、「全員合格です」と言われても、少しも嬉しくはないのである。
たとえ、自分一人だけが合格者だということではなくても、つまり合格者が何人かいたとしても、肝心なのは、ひとまず不合格者がいるという事実の方なのだ。
不合格者がいて、自分はその不合格者ではないから、すなわち自分は「彼らに勝り、彼らとは違って承認されている」という安心感を得ることが出来るのである。
だが、そんな保身的であるが故に無難な行為としての「考察」など、「無難にその他大勢でいるくらいなら、むしろ派手に負ける(ハズす)方が面白い」と感じるような「個性重視派」には、当然ことながら下らないものでしかない。
「考察」とは、「何者にもなれないことが、あらかじめ見えている負け犬の、手近なところでの保証を求める行為」としか感じられないのである。
「どうして、そうも小さく無難なところで、身を守ろうとするんだよ。考察における、決まりきった正解なんて、手続きさえ踏めば誰にでも手に入れることのできる程度ものでしかないじゃないか。
つまり、みんなが同じ正解に至るようなものなら、せいぜいが早い者勝ちでしかない。だから、正解自体はつまらなくても、人より先に正解の出せるような問題しか考えようとしない。
でも、だからこそその程度の正解を出すやつなんて、世の中にいくらでもいるんだよ。なのに、その不都合な現実から目を背けて、自分は正解した合格者であり、承認されたんだなんて思おうとするのは、あまりにもケチくさい自己欺瞞だろう。そんなのは、負け犬の逃避的な思想だよ」
「なぜ、単純な正解など容易には見つからない、そんな難問に挑もうとしないのだ」と問われたとき、はたして「考察主義者」には、どのような反論が可能であろうか?
たぶん、彼らに可能なのは「オンリーワンが、そんなに偉いのか!」といった、単なる感情的な反発の言葉でしかなく、「論」にはならない反論もどきしか、発し得ないのではないだろうか。
言うまでもないことだが、その人が「考察」をしようが「批評」をしようが、それはその人の「勝手」であって、どちらが正しいという問題ではない。
なぜなら、そもそも「考察」と言い「批評」と言っても、それぞれに深いものもあれば浅い(薄っぺらい)ものもあって、薄っぺらい批評よりは、深い考察の方が良いに決まっているのだから、「一般論」としては、考察と批評のどちらが「偉い」などとは言えないのは、自明な話なのだ。
だが、問題は、こうした一般論ではなく、なぜ今どきの若者は「批評」を避けて「考察」に安住しようとするのか、という問題なのである。
そして、なぜ三宅香帆の自称「批評」がダメなものであり、それが「批評」の名に値しないのかと言えば、それは三宅のそれが「真理を求める探究の旅」としての批評ではなく、笠井潔が言ったところの「理屈なら何とでもつけられる」といった類いのものでしかないからなのだ。
まただからこそ、「批評は、正解が無い」「正解は人の数だけある」みたいな、予防線めいた安易なことを、平気で言えるのである。
つまり、本物の批評家ならば「正解はあると信じて、その終わりのない思考的探究の旅を生きる」のであって、初めから「何でもあり。ウケればそれが正解でしょ」みたいな、手近なところで手をうってみせる、そんな軽薄な態度など採れない、ということなのである。
そんなわけで、三宅香帆に言われるまでもなく、近年の日本では「批評の死」が、常識的なものとして語られている。
人気批評家の三宅香帆が「私は批評の方が面白いと思う」と言い出したために、途端に「私もそう思っていた」と言い出す若者(年寄りも)も多少は出てきているようだが、そんな彼らとて、まともに批評評論を読んできた結果として、そういう結論に至ったわけではない。
ただ「自分は、今どきの考察屋さんたちとは、ちょっと違うよ」ということをアピールしたいだけなのだ。
実際、三宅香帆に賛成して「私も批評派」だなどと言っているような人の文章には、まともな批評家の名前や評論書のタイトルなど出てはこず、ただ何となく「それなりに読んでますよ」的な雰囲気を漂わせているだけなのである。
○ ○ ○
ともあれ、今さら三宅香帆に言われるまでもなく、すでに前世紀の末頃には、批評の危機が語られていた。
しかし、例えば柄谷行人の場合だと、「若者が文芸評論を読まなくなった」などというつまらない嘆き節ではなく、「日本の文学そのものがつまらなくなった(論ずるに値しない薄っぺらなものになった)から、もう文学を論ずるのはやめた」という話であり、「それよりも他に論ずるべき(考えるべき)問題がある」ということだったのだ。
「批評」を、形式としての「文学批評」に限定することなく、人によって書かれたものなら、何を対象としても「文芸批評」である、といったレベルの話なのである。
まただからこそ、「文学界」の体たらくという現実を問題にしようともせず、いま目の前にある「小説」作品を論じるのが文芸批評の「仕事」だなどという、志の低い者が文芸評論家を名乗り出したからこそ、文芸評論は、ますますくだらないものになっていった。
つまり、読者が離れたのかどうかが問題なのではない。
読まれる読まれない以前に、まず論じられるべきは、「文学」であり「文芸批評」と呼ばれているものの、現在の質なのである。
読むに値しないものが「文学」や「文芸評論」の名において延命していたり、あるいは隆盛を誇ったりしたところで、商売としてならそれは喜ばしいことではあれ、「批評」的には無意味であるどころか、ゾンビとなることで死に損ないの醜態を晒している、ということにしかならない。
極論すれば、そんなものは売れない方が良いのだ。
だから、かなり早い時期から柄谷行人は、大学の「文学研究者」的な文芸評論や、その批評もどきのあり方に苛立ちを隠さなかった。
例えば、哲学研究者・赤間啓之との1994年の対談(「カオスの辺縁 自由主義・超越論・資本主義」)においては、自分の専門知識をペラペラと並べ立てる赤間に対し、柄谷は終始、苛立ちを隠さない態度で次のように語っていた。
『僕は思想史的に、あるいは特にフランス思想史的に考える能力も余裕もないので、あなたの話は興味深く聞くということしかできません。しかし、そのことが自分の思考にとって欠落になっていると思えないのですが。』(P408)
『僕は(※ 外国人に関しては)いわばビックネームばかりやっているんですけど、それは単に怠惰だからです。ただし、日本のことならかなり無名な人をも知っていますけどね。しかし、もっと根本的に、僕はいわゆる歴史に興味がないんです。構造にしか興味がない。カントに関しても、それを歴史の中で見ようとは思っていない。カントからどれくらい可能的な構造(※ カントの可能性とその中心)を引き出せるかということにしか興味はありません。そして、そういう可能的構造にカントという名を当てているだけです。マルクスに関しても同じです。』(P409)
柄谷が赤間に対してここで言おうとしているのは「あなたはよくお勉強なさっていますが、それは批評ではないし(ましてや哲学でも思想でもない)、あなたは批評というものがわかっていない」ということである。

私は、上の柄谷の言葉を『柄谷行人発言集 対話篇』から引用したのだが、同書のAmazonカスタマーレビューには、「カンパネルラ」という人が、「読み始める前から面白いに違いない。その裏付けは、著者「あとがき」」と題したレビューで、柄谷についての次のようなエピソードを紹介していた。
『30年程前、今はネット時代になり取らなくなった新聞の広告に、ザ・アールという人材派遣会社主催のシンポジウムが掲載され、私は勤務先に仮病を使い都内会場、たしか日本青年館ホールだったか、に行った。シンポジストは柄谷行人氏のほか2名だった。
テーマすら覚えていないが、他のシンポジストの発言に対して、司会者が柄谷さんはどう思われますかと質問したところ、柄谷氏は「発言が全く分かりません」と返答。会場が爆笑の渦に包まれた。
何故なら他のシンポジストのジャーゴンだらけの発言が、聴衆にとっても全く分からなかったから。柄谷氏の返答に聴衆は一瞬、虚をつかれたものの、偉ぶりもせず率直に返答した柄谷氏に我が意を得たりの爆笑を送ったのである。その後、柄谷氏の発言に聴衆は聞き入った。』
もちろん、柄谷だって専門用語は使う。
だが、それはそれをひけらかすためではなく、それを使わないと説明しにくいから使うというだけの話なのだ。
だからこそ、無駄に専門家ぶりたがる人たちのひけらかしには、心底反発していたのであろう。いかにも関西人らしい態度である。
まあ、先の赤間との対談について言えば、私から見ても、「そこまで言わなくても良いのに。あれは学者なりのやり方だし、たいがいの場合、彼らにはそれしか出来ないのだから…(大目に見てやりなよ)」と、そんなふうに感じはしたのだが、現在の「批評の死」なかんずく「文芸批評の死」を目の当たりにすれば、柄谷行人の危惧は、まったく正しかったのだな、柄谷はこうなることを洞察予見していたのだなと、そう感心するとともに、嘆息しないわけにはいかないのである。
同じことを、もっと剥きつけな言葉で語っているのが、「文芸評論家」とは名乗らず、「批評家」とか「哲学者」だなどと自称している東浩紀である。
ほぼ間違いなく、すでに東は「文芸批評」の死を認めているからこそ、「文芸評論家」という、もはや実体を欠いた肩書きになど何の魅力も感じていない、ということなのだろう。
日本SF大賞の選考委員をおりてしまえば、好きだったSF小説さえ読んでいるかどうかも疑わしいところだ。
だが、それも仕方がない。
本気で「批評」をしようと思えば、もう「文学」などを対象になどしていられないのた。猫も杓子も「褒めることしかしない」、それしか許されないような世界において、プロとしての批評家など続けられる道理はないからだし、その価値もないからだ。
だから、批評を続けようと思えば、柄谷行人の場合は、言葉の基礎論的なところまで潜った末に、社会の問題へと自らを開いていった。この行き詰まった社会をどうすれば救えるのかと、この現実世界そのものとの対決を指向するようになっていった。
失敗に終わった地域通貨の試みなども、大敵たる資本主義との格闘のひとつだったのである。
一方、柄谷行人のこうした方向性に否定的だったはずの東浩紀も、子をなし歳をとっていく中で、現実社会をその哲学的批評の対象とするようになっていった。
近年の著作は、いずれも多かれ少なかれそうしたものなのだが、特に最新刊の『平和と愚かさ』などは、タイトルからして、その傾向のわかりやすいものだと言えるだろう。

その中で、東浩紀は、ぼやくようにして次のように書いている。
『 哲学や批評という言葉は、いまではすっかり、小さく個別的な問題を、慎重に(ときに政治的に)まちがいのないように検討する、専門的な技法を意味する言葉に変わってしまった。ソルジェニーツインについて語るのであれば、ロシアに留学し、ロシア文学に通暁し、スターリニズムについての膨大な文献に目を通し、その結果として長編のひとつでも分析できれば幸運なような、そういう「厳密さ」が二一世紀の人文系アカデミズムの本質である。ぼくはその厳密さを否定しない。とはいえ、大学から遠く離れ、年齢も五〇に近づいたぼくとしては、もはやそのような厳密さなどどうでもよく、ただ自分が生きているあいだになんとかして大きな問いに戻りたいと、そんなことばかり考えている。
ただし、それは困難な課題である。解答が困難であるだけではない。問いへの接近そのものが困難なのだ。
いま述べたように、現在の哲学や批評はそのような大きな問いに接近するようにつくられていない。だから、問いに近づくためには、いまの哲学や批評の語彙、それそのものからあるていど離れる必要がある。しかし、だからといって、過去の人文知の蓄積を放棄し、徒手空拳で思索を展開するのでは、あまりに効率が悪いし、なによりもまともな読者はだれも読まなくなる(とはいえ現実には、いまはかつてなくそのようなアマチュアリズムが幅を利かせている時代でもあるのだが)。だとすれば、ぼくはまずは、哲学でありながら哲学でないような、批評でありながら批評でないような、新たな語彙と文体を開発する必要がある。』(P163〜164)
東浩紀は、ここで、
『「厳密さ」が二一世紀の人文系アカデミズムの本質である。ぼくはその厳密さを否定しない。』
とか、
『しかし、だからといって、過去の人文知の蓄積を放棄し、徒手空拳で思索を展開するのでは、あまりに効率が悪いし、なによりもまともな読者はだれも読まなくなる(とはいえ現実には、いまはかつてなくそのようなアマチュアリズムが幅を利かせている時代でもあるのだが)。』
などと言って、慎重に「厳密であることを否定しはしない」と書いてはいるのだが、所詮これは、プロの文筆家としての保身から出た、予防線的な言葉でしかなく、それも仕方がないものとは言え、やっぱりこんなものは「言わでもがな(言うまでもない)」話でしかない。
つまり、「厳密かつ慎重であるに越したことはない」というのは、わかりきった話なのだ。
だから問題は、批評家や哲学者にとって、学者的な「厳密さ」を犠牲にしてでも必要なもの、採るべきものがあるのかということになるのだが、少なくとも「大学学問」ではなく、「文芸批評」を含む「批評」や「哲学」をやるのなら、「厳密さ」よりも重要なものは、当然ある。
それは「深く読む=深く考える」ことだ。
「深く読み、深く考える」ことさえすれば「厳密でなくてもかまわない」という話では、当然ない。
厳密であるに越したことはないというのは自明の前提であり、しかし一人の人間に与えられた時間が有限だというのもまた確かなことなのだから、厳密を期して、最新情報の収集とその内容的正確性の精査に時間をかければ、その情報そのものを深く読み込む時間も考える時間も、そのぶん失われてしまうというのもまた、物理的な事実なのである。
つまり、深く読み込み深く考察する(考える)ということをしようとすれば、おのずと情報収集やその精査に割く時間は削らざるを得ないということなのだ。
例えば、とにかく「情報」に通じた専門学者(の文芸評論家)が、ある作品を論じるのに「こういう事実がわかっていますから、ここはこういう意味なんですよ」と言えば、なるほどそれは俗耳に入りやすく、その意味でわかりやすいから、説得力もあるだろう。
それに比して、さして個別専門情報を持たない(研究者」ではない)文芸評論家の「深読み」などは、それこそ「それはあなたの感想ですよね」ということされかねない。
しかしだ、実際のところ、専門学者の知識に裏付けられた「解釈」と、文芸評論家の経験的な直観による「解釈」と、そのどちらが「真相」なのか、真相に近いのかは、じつのところ誰にもわからない。
例えば、ひとまず多くの情報を根拠としているために、学者の解釈の方が真実らしく聞こえたとしても、さらに新しい事実が判明すれば(新しい情報がもたらされれば)、経験主義的な文芸評論家の解釈の方が、結果として真相に近かったということになることもあるだろう。
しかしまた、さらに新しい事実が出てければ、またその立場が逆転したりして、一一要は、情報が無限に開かれている以上、真理はいつまでも確定しえず、その時点での、仮の「真理らしきもの」を探究するしかない、ということに、ならざるを得ないのである(原理としての不確定性)。
そしてそうだとすれば、学問・学者的なやり方と、批評・哲学者的なやり方とは、永遠に到達し得ない「真理」を目指すための「別ルート」でしか、あり得ない。
目的地に接近することはできても、永遠に目的地そのものには到達できないのだとしたら、どちらが絶対的に正しいということは「言えない」のではなく、まさに「無い」のである。
それらは、性質を異にした別種の「方法論」なのだから、どちらが上だなどとは言えないし、その意味で、どちらが正確だとも言えず、結論としては、どの道を選び、どちらに賭けて進むのか、という問題でしかないのである。
だから、学者の文芸評論家が、経験主義的な文芸評論家に対して「厳密さに欠けるからダメだ」とか言うのは、物事を自分の視点でしか見ていないからでしかなく、それこそがダメなのである。
それを言うのなら、経験主義的な文芸評論家は、その分「深くテキストを読み、深く考えている」のだし、専門知識ではなく、広く常識的な知識は持っており、おのずと専門バカではあり得ないのだ。
昔から「専門バカ」という言葉があるけれども、専門家はそれくらいのことは、自分自身の問題として承知していなければならないのである。
だが、残念ながら今の世の中は、「考察」が流行るのと同じ理由で、絶対的に「正解」に近いという誤った感覚において、「専門知識」の誤った偏重が、世に憚っている。
だから、東浩紀もあのように書なければならなかったのだし、noteの方で、アマチュア評論家の私の文章を、多少なりとも読んで下さり、時に言及して下さった与那覇潤氏も、歴史学者を辞めて、今さら文芸評論家へと転じたのであろう。
大学にいたなら、学者をやるしかない。それが仕事だからであり、食い扶持を稼ぐためには、学者をやらないわけにはいかないからだ。
だが、病を得て大学を去らねばならなくなり、学者の肩書きを少なくともいったんは捨てざるを得なかった氏は、もはや「学者という肩書き」は、思考の中身を保証しないものであるという事実を直視するに吝かではなくなったのであろう。
学者をやっていたからこそ、「学者がナンボのものか」と、そう確信を持って言えるようになったのだ。
だから、在野におかれてもなお、「真理の追求」ということを志すならば、「専門学者」ではなく「文芸評論家」だと、与那覇氏はそう考えたのではないだろうか。
そうでなくては、歴史学者の肩書きを捨ててまで、今どき流行らない、文芸評論家に転ずるメリットなど、どこにもないからである。

つまり、徹底的に読み徹底的に考えることで「真理」に至ろうとするのであれば、文芸評論家であろうと哲学者であらうと、専門学者に遠慮するべき何の理由も必要もないのである。
問題は、その人個人の能力と努力であって、肩書きに規定された「方法論」などではない。
「方法論」という「飛び道具」だけで、誰もが真に優れた結果を出せる(真理に至れる)のならば、誰も苦労はしないのである。
平たく言えば、例えば「批評理論」をいくら研究したり学んだりところで、優れた批評が書けるようになどならないというのは、少し物を考える人には、分かりきった話なのである。
○ ○ ○
そんなわけで、やっと当レビューが主として扱う、文芸評論家・山城むつみによる『ドストエフスキー』の話になる。

無論、本書は「ドストエフスキー」論であり、そこには徹底してドストエフスキーのテキストを読み込み、そして山城が自分の頭と感性で思考し抜いた結果が語られている。
だから本書もまた「唯一の正解」ではないかもしれないが、優れた「論考」であるのは間違いない。
まさに「文芸評論とは、こういうものだ」と言いたくなるような、文芸評論の一書なのだ。
だから、山城むつみも本書の中で、ドストエフスキーを読むというのは、ドストエフスキーの実生活を研究して、それに合わせてテキストを解釈する(小さく切り揃える)といったことではないと、そう説得力を持って断じている。
『 (※ ドストエフスキー研究者の、タチアナ・)カサトキナは(※ 長編『白痴』の登場人物)ナスターシャの運命に聖母の昇天を重ね合わせることで、これまで不可解だった(※ この物語の)結末の細部を一網打尽に解読する。たとえば、最後のナスターシャがしきりにオリョールに行きたがっていたという片言は様々に憶測されて来たが、カサトキナはこの謎を次のように解く。
《地名としてのオリョールは普通名詞では鷲を意味する。そして、鷲はキリスト教のシンボリズムにおいて聖霊、昇天、さらには罪の大海から魂を救済して神のもとへと召し上げるキリストを意味する。つまり、聖母ナスターシャの願望は、殺されて眠った後に、鷲であるキリストによって天の神のもとへと運ばれたいということなのだ》と。
ここからは次のような読みがひらける。《聖母の色である(※ 10行省略)のだ》。
かくして、『白痴』に関する多年の研究を、ウスペンスキー大聖堂を核とする発見において総決算しようとするカサトキナは次のように述べることを憚らない。この作品の最も本質的な部分はロシアの歴史と福音の物語というメタテクストに結びつけられており、ロシア史やキリスト教とりわけ正教に関する認識をぬきにしてただ作品固有の領域内で読んでいるだけでは『白痴』の本質は適切に解釈し得ない、と。
たしかに、本場ロシアで正教に関する深い造詣を背景にしてなされるカサトキナの、聖女のごとく神がかった『白痴』読解は強力で刺激に満ちており、ロシア史にも正教にも疎い日本の読者を驚かせる。ひょっとすると研究者さえ彼女の諸発見を存分に利用して新説の謎ときを濫造するかもしれない。いや、大文字のドゥーフ、聖霊(Dukh)が緑の緞帳の向こう側に横たわるナスターシャの遺体にやって来て彼女を復活させ天へと運び去るというカサトキナの《適切な解釈》が、誰よりも、上述の八節のように読んで来たこの私にとって好都合で刺戟的だったことは断るまでもないだろう。
しかし、圧倒的な謎ときを前にしたこういうところこそ《読むこと》が踏み止まるべき閾(しきい)なのだ。カサトキナの謎ときに反論する用意も力も全くないにもかかわらず、《何かが根本的にちがう》と私は感じている。ナスターシャの遺体が天に召し上げられるなどあり得ぬ荒唐無稽だと言うのではない。復活や被昇天があっても別にかまわない。お伽話はいいのだ。ただ、ムイシュキンとロゴージンとナスターシャの関係の外部でそれが問題にされているかぎり、一切は(※ 創作的な)趣向にすぎなくなる。本文を興味深く照らし出す、気の利いた借景であっても、趣向を凝らすということは《読むこと》とはちがうのだ。お伽話が私にとって意味を持つのは、その荒唐無稽が三人の「関係そのもの」(森有正)としてあらわれているかぎりにおいてなのだ。ナスターシャはただ死んだのではない。彼らに殺されたのだ。彼女の眠り(uspenie)は、過剰に決定された三人の関係のなかに書き込まれているのである。こうした関係性ぬきにそれ自体として強調される大文字の就寝(Uspenie)に私は興味を持てない。どんなに上等な謎ときであっても、《読むこと》は謎ときではない。私は自分の読みを一歩でも進めたいと思っているが、素人の読み方を一歩たりとも離れようとは思わない。テクストの外部を参照するのはかまわない。私も大いに利用する。しかし、それはテクストの内部にあることが直観されていながらテクスト内部ではどうやっても見ることができなかったものを、それが見えるようにしてくれるかぎりにおいてのことだ。カサトキナやクニリスキーの注釈を私が参照するのも同じ理由からだ。だから、彼らの注釈のように卓抜な謎ときであっても、テクストの外部(たとえばロシア史や正教に対する認識)に見出した事柄や事物に適合するように作の解釈を切りそろえる手つきがほんの少しでも見えた瞬間、素人の読み手(※ である私・山城むつみ)は眉をひそめて呟く、《ロシア史や正教に関する特殊な認識なしには読めない部分など、たとえそれこそが『白痴』の本質なのだと誰かが証明してもそんな本質とは一緒にいたくない》と。』
(単行本版 P340〜342)
『(※ ナスターシャを)刺す瞬間、ロゴージンがあの百姓のように《主よ、キリストに免じて(※ この愚かな私を)ゆるしたまえ》という祈りを心の中でその(※ ナスターシャの愛を宿した)眼にささげなかったはずはない。この人殺しが粗暴さの極致であげたこの繊細な祈りを、初めて赤ちゃんの笑顔を見た母親のように喜んで聴き取ることのできる耳でないどんな「神」がこの(※ 特異な)作家(※ ドストエフスキー)に信じえただろう(※ ドストエフスキーの「神」とは、教義どおりの神などではない、ということ)。《眼》も《耳》もただ彼らのこの関係の内側にあらわれる。正教のドグマも神学も分離派に関する注釈もその内部には入れない。ここから先は飛び道具(※ お手軽で便利な道具)は棄て去るべきだ。『白痴』を読むのに必要なのは三人の「関係そのもの」を、広間に足音として嗅ぎ分けようとする(※ 繊細かつ真剣な)耳だけだ。それを緞帳の向こうに出来事として嗅ぎ取ろうとする(※ 透徹した)眼だけだ。もはや、自分の耳と限の嗅覚以外に頼るべきものはない。教義も神学も注釈もそれらを塞ぐばかりだ。』
(単行本版 P349〜350)
つまり、文芸評論においては、最終的には作品(テクスト)」がすべてであり、その声をどれだけ聞き取るか、嗅ぎ取るかかが、すべてなのだ。

もちろん、テキスト外の情報を参照するのはかまわない。
しかし、己が視力の足りなさを眼鏡で補うのは良いけれど、だからといって、自分の目で見、耳で聞くことをやめてしまったら、それはもう「文学」ではなく、「情報処理」にすぎない。
それは、生成AIに読ませて得た回答を、私の見解ですとするのと似たようなことであり、そこにあるの、近年注目された「コスパ重視」「ダイパ重視」と似たような精神のあり方なのだ。
子供を育てるのも、機械任せにしておいた方が「効率的」だというようなものだと言っても、大きく間違ってはいないだろう。
なぜなら、テキストとその読者である私たちの関係は「赤ちゃんと親」の関係にも似たものだからだ。
言葉にならないサインまで、読み取ろうとする、それは愛に発する無償の努力であり、その1対1の関係性において、初めて通ずる何かだからである。
山城むつみの言うことが、古い文芸評論家の精神論的な自己正当化にすぎないとか、私の説明がレトリックにすぎないと本気で思うのなら、本書を読んでから、そう言うべきだろう。
たかだか、ここに紹介したわずかばかりの引用文で、そうと決めつけるのは、安易な人間のすることでしかないである。
だが、本書を読めば、いやでも「文芸批評の力(凄み)」を感じることになるだろう。
これまで、「書評」くらいしか読まなかった読者は、「文芸評論」というものが、今どきの「書評」などとは、本質的に別種のものだと感じて、かならずや圧倒されるはずだ。
(2026年4月1日)
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