▷映画評:ノーマン・ジュイソン監督『屋根の上のバイオリン弾き』(1971年/アメリカ映画)
先年、ミュージカル映画の名作『雨に唄えば』を見て以来、ミュージカル映画というものに興味を持ち、名作と呼ばれる作品はひと通り見ておきたいと考えるようになった。本作も、そうした作品のひとつである。
私が本作『屋根の上のバイオリン弾き』のタイトルを記憶したのは、日本での舞台のTVコマーシャルか何かを何度も目にしたからであろう。
そうした記憶に残っているのは、森繁久弥と市村正親が主役を演じた舞台である。
森繁久弥がテヴィエ役で主演したのは1967年から1986年、市村正親は2004年から現在まで。私が子供の頃と、一番新しいところである。
その間に、上條恒彦や西田敏行が演じているらしいが、そちらの印象は薄い。今回Wikipediaを確認して、そういえばと、ぼんやり思い出した程度である。
いずれにしても、近年までは舞台と映画とを問わず、ミュージカルには興味がなかった。また、今でも舞台演劇には興味がないから、これらの記憶は、もっぱらTVコマーシャルなどによるものと思う。興味はなくても、タイトルに特徴があったので、自然に記憶してしまっていたのだ。
それでも、日本の舞台『屋根の上のバイオリン弾き』に「原作」があることくらいは想像がついた。なにしろ外国を舞台にした外国人の物語なのだ。
だが、『屋根の上のバイオリン弾き』というのが、原作小説のタイトルではないというのはおおよそ検討がついていた。有名な作品なのに、そんなタイトルの小説など聞いたことがなかったからだ。
しかし、本作の原作が、外国の舞台なのか映画なのかというのは、考えたこともなかった。ただ、ミュージカル劇として人気のある名作だから、日本でもやっているのだろうと、それくらいの認識だったのである。
だから今回、何かのきっかけで「そうだ。まだ『屋根の上のバイオリン弾き』を見ていないな。それも見ておこうか」と思い立ち、昨日実際に見た段階では、どういった中身の作品なのかは、まったく知らなかった。
私はてっきり、主人公がバイオリン弾きだとばかり思い込んでいたのである。一一そのくらい、ほとんど白紙の状態で、本作を見ることになったのだ。

本作は、1971年の映画で、同名舞台の映画化作品である。
つまり、直接の原作は、1964年の舞台『屋根の上のバイオリン弾き』であり、こうしたパターンは、ハリウッドのミュージカル映画にはよくあることだ。
舞台で成功した作品の映画化であり、今の日本で言えば、ベストセラーになった漫画や小説のドラマ化、映画化みたいなもので、手堅い商売だということなのであろう。
しかし、アメリカの舞台劇『屋根の上のバイオリン弾き』にも原作はあって、それは1894年に最初に出版された「牛乳屋テヴィエ」を語り手の主人公とする、ショーレム・アレイヘムによるシリーズ小説である。
主人公テヴィエは、ユダヤ人の牛乳屋であって、バイオリニストでもなければ、趣味でバイオリンを弾くような階層の人間でもなかった。
牛を飼い、そのミルクを馬車で戸別配達するのが生業。店舗販売しているわけではない。
そもそも、原作小説の出版年からもわかるとおり、当時はまだ、酒場は別にして、ミルクを含むソフトドリンク専門の飲料販売店など存在しなかっただろう。
日本でだって、私が子供の頃は、牛乳と言えば牛乳屋さんが戸別配達してくれるものというのが、通り相場の常識だったのである。
ともあれ、本作の舞台は、ロシア革命(1917年〜1923年)直前のウクライナ地方である。
「ウクライナ地方」と書いたのは、当然この当時は、まだウクライナがロシアから独立してはおらず、あくまでもロシアの一地方だったからだ。
したがって、当時のウクライナは、キエフ(現キーウ)などの一部都市は別にして、その大半が農村地帯であり、田舎であったのだろう。
本作の舞台となる村アナテフカも、当時ロシア帝国領であったウクライナの町ボヤルカをモデルにして描かれている。
その村アナテフカには、大勢のユダヤ人が住んでおり、前述のとおり主人公のテヴィエもユダヤ人で、その名前からも明らかなとおり、原作者のシャーレム・アレイヘムもユダヤ人である。
しかし、アナテフカ村がユダヤ人村だというわけではない。どちらが多いのかは定かではないが、ロシア人社会の中にユダヤ人が、異民族として共存していたのである。
無論、ユダヤ人差別は当時からあった。
本作中でも、ロシアの役人がユダヤ人を「キリスト殺しの厄介者」と呼んでいるように、ユダヤ人はキリスト教国おいては「イエス・キリストを殺した、呪われた民族」だと理解されていたし、それで蔑まれてもいた。
新興国であり移民の国であったため、(黒人は別にして、基本的には)人種や民族(出身)を問わなかったアメリカを除けば、キリスト教圏のどこでも、宗教を異にするユダヤ人は「よそ者」であり「厄介者」扱いをされていたのだ。
つまり当時のユダヤ人は、人様の土地で、その土地に順応するようにしてひっそりと生きていたのだが、まただからこそ、その信仰(ユダヤ教)だけが、心の支えであり拠り所でもあったのだろう。
ユダヤ教の信仰を捨てて、世俗主義に転じた者も少なくはなかったが、その多くはキリスト教に転宗して、ユダヤ人としての出自を隠すことになる。
それなら差別を受けにくいから、社会中では生きやすいし、出世もしやすいからである。
だが、当時としては、ユダヤ人がキリスト教徒になるというのは、その本音は別にして、ユダヤ教とはキリスト殺しの民族だという「常識」に迎合したことにもなる。
だから、出世の見込みなどない、本作主人公テヴィエのような貧乏人階層のユダヤ人は、その信仰を固く守ることにもなったのだ。
さて、どうしてこんなことを長々と書いたのかと言えば、それは本作が、この「信仰」問題と、切っても切れない作品だったからだ。
事実、オープニングクレジットのあとの本編ドラマの冒頭は、馬車を引いて牛乳配達をするテヴィエが、「語り手」として画面の外の観客に向かい、ユダヤ人の村がどういうものかというのを、半分は語り、半分は歌って説明するというものなのだが、そこで誇らかに歌われるのは、ユダヤ人の「伝統」ということなのだ。
「われわれには、このように誇るべき伝統としての生活様式があり、われわれはその伝統を忠実に生きている」と、おおよそそうした趣旨の歌である。

しかし、その伝統に基づいた生活様式というのは、今の言葉で言えば、典型的な「家父長制」である。
つまり、家庭にあっては、父親がリーダーであり、彼が経済的に家庭を支えて、外に向かっては家族を守る存在。
そのかわり、家庭における最終決定権は父親にあって、その許可なくしては、何も決まらないし動かせない。
ならば、母親(妻)の立場はどうなのかというと、家庭における内政、つまり家政の責任者である。
母親は、子を産み育て、家政一般を取り仕切って、家長である夫を支える立場であり、要は「内助の功」、つまり家庭における「縁の下の力持ち」の役割を求めてられたのである。
当然、子供たちは、親に絶対服従であった。
しかし、こうした家庭観は、それがユダヤの伝統だというだけではなく、「アブラハムの宗教」共通の「伝統」である。
つまり、「(旧約)聖書」に描かれた父祖アブラハムの末裔である、ユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒は、いずれも基本的には「家父長制」を伝統としているのであり、ただキリスト教が広く西欧世界に広がり、その中から近代思想としての「人権」意識が生まれてきたので、キリスト教圏において真っ先に、女性の人権運動(フェミニズム)が広がり、典型的な家父長制が揺らいだということなのだ。
聖書を読めばわかるとおり、聖書に描かれたユダヤ社会は、完全に家父長制である。
そして言うまでもなく、イエス・キリストもそんなユダヤ教徒であり、聖書に書かれた戒律重視のユダヤ人社会の中で、新しい「寛容の精神」を説いたがために、彼は処刑されることにもなったのだ。
つまり、ユダヤ人というのは、聖書に描かれた過去の歴史のせい(ご先祖さまのせい)で、キリスト教圏では迫害されることになったのである。
旧約聖書に描かれているとおり、神(エホバ)に選ばれた民族たるイスラエルの民(ユダヤ人)は、数々の試練に遭い、何度も祖国を失うのだけれど、最後は神が約束した土地(安住の地)にたどり着けると、そう信じていた。
だからこそ、他民族の中での差別迫害にもじっと耐え続けたのであり、またそうであるからこそ、聖書の記述に忠実な、伝統的な生活を守ろうとしたのだ。
したがって、本作『屋根の上のバイオリン弾き』の冒頭で、ユダヤ人の家父長である主人公テヴィエが、「伝統」を強調する歌を歌うのは、本作が何よりも「ユダヤ人の物語」であることを示しているのである。

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そんなわけで、本作の前半を構成するのは、テヴィエの娘たちの「結婚」にかかわるエピソードである。
テヴィエには、まだ若い5人の娘がいて、良い縁談が訪れるのを待っている。
「良い縁談が訪れるのを待っている」というのは、伝統的なユダヤ人社会(家庭)においては、当然のことながら「自由恋愛」なんてものは、存在しなかったからだ。
本作でも描かれるとおりで、仲人を職業とする「縁談屋」の婆さんなんかが「良縁」なるものを持ち込んできて、その条件次第で、家父長がその縁談を取り結ぶのだ。
つまり、娘からすれば、ある日いきなり、父親から「おまえの結婚相手が決まったぞ。良縁だから喜べ。おまえは幸運だ」という話になるのである。
で、この家父長の決定は絶対的なものであり、娘にとっては、否応のない「運命」だった。
長らくそのような伝統社会だったのだから、娘の方もそういう運命を自明のものとして受け入れており「そういうものなのだ」と思い込んでいて、ただ「良い夫だといいな」と、いわば運を天に任せていたのである。
ところがだ、時代は徐々に変わりつつあった。
ロシア社会においても、社会改革の機運が高まりつつあった。社会改革の機運の高まりとは、すなわち「人権意識」の高まりでもある。
当時のロシアにはまだ「皇帝(ツアー)」がいて、王制がしかれていた。
それまでは、神によって人民の統治を委ねられた特別な存在としての王や皇帝がいて、民衆を統治するのというのは、自明の事実であり当然のことだと考えられていた。
ところが、フランス革命の成功によって「自由と平等」を掲げる人権意識が高まり、それがロシアにまでも伝播して、「皇帝も庶民も同じ人間である。したがって、庶民から搾取するだけの王制など廃止して、民主制をしかなければならない」という革命思想が広がり始めていた。
その結果、庶民のなかでも徐々に人権意識が高まり、家父長制に対する疑念も生まれ、自由恋愛というものも、その中で浸透してゆき、都会を中心にだが、若い世代の意識に影響を与え始めていた。
本作『屋根の上のバイオリン弾き』に描かれるのは、そんな時代を背景とした、ロシア領ウクライナ地方の片田舎に住む、ユダヤ人一家の運命の物語なのである。
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そんなわけで、本作で最初に描かれるのは、テヴィエの長女のツァイテルの結婚をめぐるエピソードである。
ツァイテルは当たり前に「素敵な男性との縁談」が舞い込むことを期待していた。ところが、縁談屋の婆さんが持ち込んできたのは、「肉屋のおやじラザールの後妻に」という話であった。
しかし、その話を受けるか否かは、父の一存でしかない。
だから、その縁談話は、まず母親にもたらされ、父親に伝えられて、父親が決めることになる。
だが、両親の「良縁の基準」とは、まず相手が身元のしっかりした人物か否かであり、平たく言えば、金持ちか否かである。
テヴィエ一家は貧乏だったから、少しでも金のある者と結婚できれば、娘も苦労せずに済むようになると、そういう発想なのだ。
だから、母親も父親もこの話を受けることにした。肉屋のラザールは、村のユダヤ人の中では金持ちの部類だったのだ。
テヴィエとラザールの間で婚約の話がまとまったところで、はじめて長女ツァイテルに対して「おまえの縁談がまとまった。良縁だぞ、喜べ」と伝えられることになる。
ちなみに、この縁談相手の肉屋のラザールは、テヴィエよりも年上の初老の男であった。

ところが、ツァイテルには好き合っている思いびとがいた。今は一人で仕立て屋を営んでいる、幼馴染みの青年モーテルだ。
当然ツァイテルは、他の男との縁談が決まったと言われても喜べはしない。
しかしながら、それを断ることもできない。彼女自身、家父長の決定の絶対性を、自明のものとして内面化していたからである。
ところが、その縁談話を聞いて、元来は気弱なモーテルが、テヴィエに決死の思いで直談判をする。「娘さんをください。きっと幸せにする」と。
テヴィエもモーテルのことは昔からよく知っていたし、心根の優しい若者だと好感を持ち、娘の友達としては認めていた。
しかしながら、結婚相手となれば話は別である。貧乏暮らしで苦労することになるのが目に見えているのに、しがない仕立て屋なんかに、大切な娘をやれるものかと、いったんはそう拒絶するのだが、気弱な青年が勇気を振り絞って、父テヴィエに直談判してくれたことに、ツァイテルが涙を浮かべて感激している姿を見ると、テヴィエの心は揺らいだ。
もともと、娘たちの幸せを心から願っているが故に良縁を求めていたテヴィエだからこそ、娘の心を知ってしまうと、むげにモーテルの申し出を断ることが出来なくなり、結局は、モーテルとの結婚を認めてしまうのである。
次に描かれるのは、次女ホーデルの恋愛である。
ある時、テヴィエは牛乳の配達の途上に、都会から来たという見知らぬ青年パーチックと知り合う。
彼はキエフ(現キーウ)で学んでいた大学生で、そこで最新思想を身につけ、ロシア社会の民主化・自由化の必要を確信していた。またそのために、話の端々にそうした思想が出てしまう、そんな血気盛んな若者なのであった。

だがだからこそ、村の老人たちに言わせれば、パーチックは「危険思想」の持ち主だと言われることにもなるのだが、長女ツァイテルに貧しい仕立て屋の青年モーテルとの結婚を認めたことからもわかるとおりで、もともとユダヤ人としてはかなりはリベラルな考え方をするテヴィエは、パーチックに好感を持ち、田舎へやってきて頼る当てもなさそうな彼に対して「うちに来て、娘たちの家庭教師をやってくれるのなら、食い扶持だけは保証してやるぞ」と提案し、パーチックも渡りに舟とこの申し出に乗って、テヴィエ家で居候することになるのである。
テヴィエは、貧しいとは言え、娘には教養をつけてやりたいと思っていたのだ。
もっもと、テヴィエの考える教養とは、聖書を学ぶということだったのではあるのだけれども。
そんなわけで、次女ホーデルと革命家を志す青年パーチックが惹かれ合うようになるのだが、やがてパーチックは都会へ出ることになる。
一時的にこの田舎町に潜伏していたのだが、いよいよ都会で、仲間たちと共に本格的な運動を始めることになったのだ。
そこでパーチックはホーデルに「村を出て都会に行くので、僕が戻るまで待っていてくれ」と告げるのだが、ホーデルは自分が遊ばれていたと思い、青年に腹を立てて別れを告げる。
それに慌てたパーチックは、初めて「結婚してほしい」と、ホーデルへの思いをはっきりと告げ、ホーデルもその告白を受けて、二人は揃ってその婚約をテヴィエに伝えに行く。
ところが、テヴィエはそれを許さない。
なぜなら、娘の結婚は村に残ることを前提としたものであって、都会に出してしまうことなど想定外だったからである。
だが、結局のところテヴィエは、パーチックを人としては悪く思っていないし、娘の真剣さにほだされて、二人の「婚約」を認めてやることにする。
そして、パーチックは婚約者のホーデルを残して、一人都会(モスクワ?)へと旅立つのである。
ところが、都会に出たパーチックは、仲間たちと街頭でのアジ演説をしていた際に、警察に逮捕されることになる。
警察の騎馬隊から逃げようのしたために、その場で斬り殺された仲間も少なくなかった。


それからしばらくして、パーチックからホーデルへ手紙が届き、そこには、自分は逮捕されて、まもなくシベリア送りになるから「僕のことは忘れてくれ」という趣旨のことが書かれていた。
そこでホーデルは、パーチックを追ってシベリアに旅立つことを決意し、両親に黙って家を出て、ひとり粗末な駅舎で列車の到着を待ってところに、父テヴィエがやってくる。
シベリアのどこにいるとも知れないパーチックの行方を追って、不毛の辺境へとひとり旅立つ娘の決意に、もはやテヴィエは口を挟むことなどできず、お互いに永遠の別れになるかもしれないと覚悟をして、父娘は別れを告げたのであった。




その次に描かれるのは、三女チャバの恋愛である。
チャバが家業の手伝いで牛を引いて歩いていると、4人ほどの村の若者が、彼女をからかいにやってきた。
彼らは娘がユダヤ人であることを知っていてからかおうとしたのであり、つまり彼らはユダヤ人ではなく、ロシア人なのだ。
私はこれまで、いささか曖昧に書き方をしていたのだが、アナテフカはロシア人だけの村ではなく、ロシア人も住んでいるのだ。
どちらが多いのかは不分明なのだが、社会階層的には当然ロシア人の方が上である。
そうしたことからロシア人の青年たちは、ユダヤ人の可愛い娘をちょっとからかってやろうと、ちょっかいを出しに来たのだが、その時、一人の青年がその4人を厳しくとがめて、青年らを立ち去らせる。
チャバにちょっかいを出した青年たちには、さほどの悪意があったわけではない。ただ、ユダヤ人を軽く見るところはあってか、娘をからかおうとしたのだったのだ。
だからそれを、同じロシア人の青年からキツく咎められ気まずくなり、「別に、ちょっとからかっただけだよ」などと言い訳しながら、あっさりと退散したのである。
これはユダヤ人たちが、ロシア人たちとの良好な関係を取り結ぶために、日頃から気を使っていたので、ロシア人たちもユダヤ人を敵視するというようなことまではなかったためなのであろう。
ともあれ、テヴィエの三女チャバを救った青年もロシア人だった。
彼フョードルにはユダヤ人に対する偏見はなく、本好きの彼は、以前から書店で見かけることのある、彼女が気になっていた。ただでさえ田舎なのだから、女性の本好きなどきわめて珍しかったのである。

そんなわけで、二人は共通の趣味を通じて恋人になる。
そして、姉のツァイテルやホーデルと同様、父にフョードルとの結婚の許しを乞う(正確には、結婚の許しを乞うたのではなく、ただ祝福されることを求めた。結婚は、すでに自分たちで決めた既定事項だったからである)。
だが、今回もテヴィエは、結婚を許さない。
なぜなら今回は、フョードルがユダヤ人ではなく、異教徒だったためである。
映画では具体的には語られていないのだが、当然のことながらフョードルは、キリスト教東方教会のひとつ、ロシア正教の信者だったのであろう。
そんなわけで、テヴィエとしても、この一線だけは譲れなかった。
長女と次女の結婚や婚約を認めたのも、それは相手がユダヤ人だったからで、その点はテヴィエにとって、最低限の前提条件だった。自分が生きてきた伝統の中では、異教徒との結婚など、考えられない話だったのだ。
娘の異教徒との結婚を認めるというのは、娘が天国に行けなくなるということでもあれば、自分たちの信仰を否定するも同然だったからである。
ところが、チャバは父の反対を受け入れず、家を出ていき、フョードルとの同居を始めてしまう。
テヴィエは可愛い娘に去られて悲しむが、結婚を認めることはできず、娘は死んだものと考えて諦めることにするのであった。
しかし、そんな折、大きな事件が起こる、それはすでに一部は描かれ、伏線の張られていた事態であった。
ロシアの中央政府が進めつつあった、ユダヤ人への追放政策が、アナテフカの村にまで及び始めたのである。
これもはっきりとは描かれていないが、たぶん当時の政府としては、ユダヤ人に対して信仰的な偏見を持っていたばかりではなく、ユダヤ人もまたロシア社会における不安定分子であり、左翼革命家の扇動に乗せられやすい存在として危険視したために、ロシアの地から西方へと追いやろうと、そう考えたのであろう。
ちなみに、今のウクライナなどの元ロシア領の国々に、昔ほどユダヤ人が居住していないのは、こうした旧ロシア時代の迫害があり、その後にはナチスドイツによる虐殺がなされ、戦後にはパレスチナの地に現在のイスラエル国が建国されて、そこへと移り住んだユダヤ人が多かったからである。
そんなわけで時間を巻き戻せば、長女ツァイテルと肉屋のラザールとの婚約が、テヴィエとラザールとの間でまとまり、テヴィエが酒場で祝杯をあげたあと、夜道をいい調子で歩いて帰っていたところ、親しくしていた警察社長が、彼を呼び止めて内密の話をこっそりと伝えた。
「中央政府の命令で、この村でもユダヤ人を狙った恣意行動がなされるようだ」
というのである。

つまり、ユダヤ人を追い出すためのイヤガラセを中央政府が目論んでおり、それを地元警察でやれという下命が、警察署長のところへ届いていたのだ。
この話を聞かされて、テヴィエは酔いも吹き飛んで、顔を引き攣らせる。
一一すでにテヴィエも、よその村々で、政府主導のユダヤ人迫害が行われているという噂を聞き及んでいたからであろう。
テヴィエと個人的に親しく、ユダヤ人に理解のある地元出身のロシア人警察署長だったから、この話をこっそり伝えてくれたのだが、顔を青ざめさせたテヴィエを見て、彼は「そんなに酷いことにはならないはずだから、心配するな」と気休めを言う。
だが、署長と別れたあとテヴィエは、長女の婚約がまとまったこんな目出度い夜にどうして、こんな嫌な話を聞かされることになるのかと、天の神に向かって嘆くのであった。
その後、テヴィエの長女ツァイテルと肉屋のラザールとの婚約は解消され、ツァイテルはめでたく思い人の仕立て屋の青年モーテルと結婚することになり、本作中でも、もっとも美しく楽しい、結婚式のシーンが描かれる。

ところがその終盤、結婚式は、馬に乗った数人のロシア人たちの襲撃を受けることになる。
ユダヤ人の結婚参列者たちに、直接暴行を加えることはしなかったが、式場をめちゃくちゃに荒らす嫌がらせがしばらくなされた後、「もういい、やめろ!」との声がかけられて、そこに現れたのは、同じく馬に乗った警察署長であった。
明らかにこの襲撃は、警察署長の指揮の下に行われたものだったのだ。


警察署長は、彼を睨んでいるテヴィエに「どういうことかはわかるだろう。わしにはどうすることも出来なかったんだ」と言い訳するように言って、去っていくのであった。
一一こうした二度の伏線があり、いよいよ三女チャバの婚約トラブルの後、テヴィエたちユダヤ人に「3日以内に村を出ろ」という命令書が、警察署長からもたらされる。
もう、警察署長は、彼らを庇えるような立場ではなく、逆にユダヤ人たちを追い立てるための現場責任者とならざるを得なかったのだ。
当初、ユダヤ人たちの中にも、徹底抗戦を口にする者もいるにはいたが、とうてい勝てる相手ではなかったため、ユダヤ人たちは、売れるものは売り払い荷物をまとめて、西方へと村を出ることになった。
テヴィエの一家は無論、結婚して子供のできた長女ツァイテルとモーテル夫婦も、ツァイテルに振られた肉屋のラザールも、村の精神的な指導者であるラビの老人も、別居していた三女チャバとフョードルの夫婦も、皆が追い立てられるようにして列をなし、重い足を引きずって村を去っていく。



一一そして、そこでこの物語は終わる。
彼らが救われることはなく、本作ではユダヤ人が現実に強いられた運命が、大筋ではそのまま描かれて、重い余韻のなかで、その幕を閉じるのである。
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つまり、この物語で描かれるのは、ひとつは「自由化・民主化」という近代の訪れであり、もうひとつはユダヤ人の被迫害の歴史である。
善人が救われ悪人が罰せられるといった、フィクションの非現実ではなかったのだ。
むろん、アメリカで作られたこの映画は、細かいところではそれなりに、現実の美化していると言うか、表現の穏当化がなされてはいるだろう。
例えば、アナテフカの地元では、ユダヤ人が露骨に差別迫害される姿は描かれておらず、アナテフカに住むロシア人たちは、ユダヤ人たちに対しておおむね好意的だといった部分だ。
つまり、本作における悪役は、あくまでもロシアの中央政府であり、地域のロシア人住民ではない。だからこそ、地元の警察署長でさえ、嫌々ユダヤ人の追放に加担しなければならなかったというふうに描かれているのである。
では、なぜ本作は、このような描写になったのかと言えば、1971年にアメリカで作られた本作は、ユダヤ人に同情的であるのは無論だが、ロシア人を描くのに、ロシア人の村人たちまで差別的な迫害者として描くほど、映画製作当時のソ連を憎んではいなかったということでなのであろう。
1971年と言えば、すでにベトナム戦争も後半であり、アメリカ国内でもベトナム反戦運動運動が盛り上がっていた時期である。
だから、アメリカ人自身、組閣アメリカの正義をもはや信じてはおらず、「世界を共産主義の脅威から守るための戦争」などという大義名分は説得力を失っていたため、相対的にソ連(現ロシア)に対する見方も、敵対的ではなくなっていたのであろう。
つまり、本作における悪役は、あくまでも革命前の「帝政ロシア」なのだ。
だからこそ、テヴィエの次女ホーデルの夫となる革命家の青年パーチックも、民衆のために立ち上がる正義の人として好意的に描かれているし、彼を「危険思想」の持ち主だと言うユダヤ人の老人については、悪意はなくても、頭の古い田舎者といった描写になっていたのだ。
また、こうした描写には、ハリウッドが戦後に経験した「赤狩り」への反省があったというのも、ほぼ間違いない。
ハリウッドは、政府筋からの圧力によって、多くの共産主義者の映画人を、業界から追放したという、恥ずべき過去をもっていたのである。
ともあれ本作は、こうした「暗い過去」を持つハリウッドが、ユダヤ人の「暗い歴史」を描いた、ユダヤ人に共感的な作品だったのだ。
だがそんな本作が、徹底的に暗い作品にはならなかったのは、あくまでも本作が、同名舞台作品を原作とした、所詮は「娯楽作品」であったからであろう。
ミュージカルである以上、リアリズムに徹した暗く重い作品にするわけにはいかなかったのである。
しかしまたそれゆえに、本作がどこか「中途半端な印象」を与えるというのも、否めないところだろう。
本作は、公開当時、大変評判の良かった作品で、アカデミー賞では作品賞や主演男優賞など7部門にノミネートされた。
だが、結果として撮影賞、音楽賞、音響賞の3部門の受賞に止まったのは、やはら物語の部分でスッキリしないところが残ったからではないかと、私はそのように見ている。
ユダヤ人に同情的であり、かつその暗い歴史を描いた作品だとは言え、ミュージカル映画である以上、娯楽作品でなければならなかった。
その結果、前半の娘たちの結婚話の明るさと、終盤の追放劇の暗さとは、本作が前半と終盤で分裂している印象を与えるし、決して後味の良い作品でもなかったのである。
こうした物語構成のまずさは、たぶん原作の構成から来たものなのであろう。
しかし、原作が不出来だったという意味ではない。
と言うのも、原作の「牛乳屋テヴィエ」ものとは、長編小説ではなく、テヴィエの家族をめぐる「連作短編」だったのだ。
『牛乳屋テヴィエは、ショーレム・アレイヘムによる一連の短編小説と、この小説を原作とするさまざまな作品に登場する、語り手兼主人公である。物語はイディッシュ語で書かれ、1894年に最初に出版された。』
つまり、もともとテヴィエを語り手として書き継がれた短編を長編化するかたちで舞台化したのが『屋根の上のバイオリン弾き』という作品なのであろう。
正確なところはわからないが、長女、次女、三女のエピソードは、もともとは独立した短編であり、テヴィエ一家が村を追われるエピソードも別の短編として書かれたものなのであろう。

「牛乳屋テヴィエ」の物語が最初に映画化されたのは1919年であり、その後1939年、1968年と映画化された後、1971年に本作が作られている。
つまり、1919年の映画版などは、「牛乳屋テヴィエ」ものの短編が、その時点ですべて出揃っていたかどうかも定かではないのであり、少なくとも、本作1971版が下敷きにした、1964年の舞台『屋根の上のバイオリン弾き』と同じ内容だったとは限らないのである。
もちろん、これらの作品は、登場人物は共通しており、ひとつの時間の流れの中で展開する物語ではあるのだけれども、しかし、もともと長編作品として構想されたものではなかった。
だから、事実そうなのだが、短編をつなぎ合わせたような物語展開となってしまい、特に最後の悲劇的なエピソードが、前半の娘たちのエピソードとは、異質な印象を与えるものになってしまったと、そういうことなのではないだろうか。
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さて、本作のミュージカルの側面について、ここまではまったく触れられなかったので、最後に簡単に触れておこう。
これまで書いたミュージカル映画についてのレビューにおいて何度もくり返したとおり、私はミュージカルにおけるダンスの部分に惹かれた人間であって、登場人物の歌唱だけでは物足りないと感じてしまう。
個人的な趣味として、歌ではなくダンスで見せてくれる作品が好きなのだ。
だから、聞き覚えのある名曲「サンライズ・サンセット」には惹かれたが、それ以外の曲の歌唱、例えば物語冒頭のテヴィエによる「伝統」の独唱などには、まったく惹かれなかった。
しかしながら、酒場で大騒ぎするシーンでのプロのダンサーによるコサックダンスや、長女ツァイテルの結婚式おける大人数によるダンスシーンは楽しめた。



また、テヴィエが、ツァイテルとラザールの婚約を撤回して、モーテルとの結婚を認めたことについて、娘のラザールとの婚約を喜んでいた妻に、どう話そうかと悩んだあげく、「恐ろしい夢を見た」と一芝居うって騙られた「嘘の夢」のシーンが、とても楽しいものだった。

その嘘の夢の中身とは、肉屋ラザールの死んだ先妻が、墓場からツァイテルとラザールとの結婚を呪ってやると言っていたというものであり、それだけではなく、長女と同じ名前である死んだ祖母(テヴィエの母)が同じ名を持つ孫娘の幸福を祈っており、孫娘が悲しむような結婚は決して許さないと怒っていたというものなのだ。
だから、それを聞かされた信心深い妻ゴールデは、すっかり怯えてしまい、無事、ラザールとの婚約解消という夫の判断を、追認することになるのである。
で、この作り話でしかない夢のイメージシーンが、墓場での死者たちの饗宴としてミュージカル仕立てになっており、それが最高にユーモラスで楽しいものに仕上がっていたのだ。
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そんなわけで本作には、極めて美しいシーンもあれば楽しいシーンもあり、その一方でユダヤ人の歴史という重いテーマも扱ってもいて、その点ではあれこれ充実した作品であったとは言えるものの、やはりどこか長編映画としてのまとまりを欠くという印象と、娯楽作品なのに後味が悪い一一と言うよりも、後味が重たすぎた点が、評価における弱点となってしまったのであろう。
このあたりの弱点を、舞台版はどのように処理していたのか、多少の興味もないではないが、もはや舞台まで見ることはないはずである。
(2026年3月26日)
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