▷ 映画評:ボブ・フォッシー監督『キャバレー』(1972年/アメリカ映画)
本作を見終えてまず浮かんだのは「ずいぶん映画っぽい、ミュージカル映画だな」と、そんな奇妙な印象だった。
当然、これを読んで「ミュージカル映画は映画なんだから、映画っぽいも何もないだろう」と、そう思った人も少なくないはずだ。
だが本作は、たしかにミュージカル映画らしくないミュージカル映画であり、その魅力はミュージカルの部分であるよりも、映画的な物語の厚みにあると、そう言っていいような作品なのだ。
無論、ミュージカルの部分が不出来だとかつまらないとか言うのではない。
その部分は普通に楽しめるのだが、しかしその楽しみも、歌曲そのものを楽しませるというよりも、歌曲が物語(あるいは人物描写)の構成要素をなしており、歌曲としての独立性が薄いという点で、普通のミュージカル映画とは、ちょっと違うように感じられた。
少なくとも、私がこれまで見てきた古典的なミュージカル映画とは、歌と踊りを楽しませるための作品であり、物語パートというのは、そうした料理を守るための受け皿という印象が強かった。
ところが本作は、そうした作品ではなかったのである。
本作の舞台となるのは、1931年当時のドイツの首都ベルリン。
主人公の二人、アメリカ人の踊り子であるサリーと、イギリス人留学生であるブライアンの、微妙に不安定な関係が、ナチス(国民社会主義ドイツ労働者党)の台頭と歩調を合わせるようにして、なんとも言えない緊張感を纏わせながら展開し、見る者をその物語世界へと引き込んでいく。

『ストーリー
1931年、ベルリン。スターに憧れるアメリカ人の娘サリー・ボウルズ(ライザ・ミネリ)はエムシーが取り仕切っているキャバレーキットカットクラブで歌手として働いている。ある日、イギリスから来たという学生ブライアン・ロバーツ(マイケル・ヨーク)がサリーの下宿に引っ越してくる。学生で作家のブライアンは博士号を取得するまでの間、生活のために英語を教える。サリーはブライアンを誘惑しようとするがうまくいかず、ブライアンは同性愛者なのではないかと疑う。ブライアンはサリーに、これまで3回女性と関係を持とうとしたがいずれも失敗したのだと語る。二人は友情で結ばれ、ドイツのヴァイマル共和政終焉の頃、ブライアンはサリーの自由奔放な生活を目の当たりにする。しかしサリーとブライアンは恋人に発展し、これまでの3名の女性は合わなかっただけだと気付く。
その後サリーはマクシミリアン(通称マックス)(ヘルムート・グリーム)という裕福でプレイボーイの男爵と友達になり、サリーとブライアンは豪邸に招待される。マックスがサリーとブライアンを誘惑し、二人の関係に変化をもたらしていく。ブライアンと関係を持つと、マックスは2人への興味を失い、アルゼンチンへ旅立つ。口論の中、サリーはブライアンにマックスと関係を持ったことを暴露すると、ブライアンもマックスとの関係を明かす。のちにブライアンとサリーは仲直りし、サリーはマックスが2人に金銭を残したとし、ふざけて売春の代金と比較する。
サリーは妊娠するが、父親が誰かわからない。ブライアンは結婚して自分の大学のあるケンブリッジに連れて行こうとする。最初は2人ともそのつもりで新生活を共にすることを祝うが、サリーとブライアンがピクニックに行った際、ブライアンはよそよそしくつまらなそうにし(※ ており、その様子を見たことがきっかけとなり)、サリーはおむつを洗って生活する、教授の妻の生活を思い描いて失望し、妊娠について悩み始める。結局サリーはブライアンに相談することなく中絶する。ブライアンがサリーに問いただすと、サリーは恐れを明かして互いを理解する。ブライアンはイングランドへ向かい、サリーはキットカット・クラブで活躍しベルリンでの生活を続けるが、ナチスの制服を着た男たちがクラブの最前列に並び、(※ 放縦な生活の許される)残り時間が少ないことを思い知らされる。』
(Wikipedia「キャバレー(1972年の映画)」)

見てのとおり、本作はハッピーエンドではない。かと言って、バッドエンドでもない。
あえて言うなら、予定調和を破棄するかたちで、個性の違う二人の出会いと別れを描いた作品だと言えるだろう。
享楽的で夢みがちなサリーと、真面目で堅実なブライアン。
二人はお互いに、その自分にはない部分において惹かれ合い、いったんは結ばれるのだが、しかしそれが「結婚生活」という型に収まることにはならない。
二人はたしかに愛し合ったのだけれど、やはり、その人生において望むものがあまりにも違っていたのだ。


愛し合ってさえいれば乗り越えられるはずだと、そう主張する方もいるだろう。たしかに、多くの物語では、それで決着がつくのだが、しかし現実はどうだろうか。
実際のところ、そううまくはいかないことの方が多いのではないだろうか。
愛し合った二人は、最後はお互いの生き方を理解し、それを尊重するために別れることになる。
それは、「(恋)愛」という言葉だけでは収まりのつかない現実の重さを語っていて、なんとも切ない感情を喚起する。
Q:どうにかならなかったのか?
A:どうにもならないのだ。
それを認めることはつらいのだが、本作はそれを認めた作品なのである。
本作には、サリーとブライアンの物語を主筋としながら、副筋として、二人の友人でドイツ人プレイボーイあるフリッツと、ユダヤ人富豪の娘であるナタリアの恋物語が語られる。
当初フリッツは、財産目当てでナタリアに接近するのだが、すぐに本気になってしまう。
一方、フリッツのそんな下心を見抜いて、当初はフリッツを冷たくあしらっていたナタリアだったのだが、サリーの助言によりフリッツが、いささか乱暴にもナタリアを押し倒して関係を持ってしまったことから、ナタリア自身意外なことに、彼女の心も燃え上がってしまう。
一一そしてここまでなら、恋愛コメディなどにありがちな展開なのだが、話はそんな楽しい方へは転がらない。
ナタリアは、男女関係に詳しいと見込んだサリーに、フリッツのことを相談する。
最初はその気などまったくなかったのに、あの強引な「押し倒し」以来、自分も本気になってしまった。だけどどうすればいいのか、自分にはそれがわからない、と。
当然、お気楽なサリーは結婚すれば良いというのだが、ナタリアは「そうはいかないのだ」と言う。
なぜなら、彼女はユダヤ人でユダヤ教徒だが、フリッツはキリスト教徒だから、絶対に親が結婚を認めるわけがないと(ちなみに、当時の戸籍簿には、宗教を記す欄があり、フリッツはそこに「プロテスタント」と書き込んでいた)。
するとサリーは「それなら、親に隠れてこっそりと会うというのはどうか」などと言うのだが、ナタリアは「そんなこと出来るわけがない」と言うので、サリーは「じゃあ、別れるしかない」と言う。
だが、「それができれば苦労はしないけれど、フリッツを愛してしまって、それが出来ないから悩んでいるのだ」と言われて、サリーも匙を投げてしまう。
その一方、世間の風あたりは、ユダヤ人に対してどんどん厳しいものになっていた。
ナタリアの邸宅にも差別的な落書きがされ、ついに彼女の愛犬が殺されるというイヤガラセまでがなされて、ナマリアたちユダヤ人は身の危険まで感じるようになっていく。
そうした背景もあって、本気で結婚を迫るフリッツを避けていたナタリアも、ついに彼に言う。
「こんな今のような状況で、ユダヤ人の私とドイツ人のあなたが結婚出来ると思うの? 最初は、財産目当てなんだろうとそう疑っていたけど、今は違う。あなたは正直な人だから、本気で私のことを愛してくれているのは、私もわかっている。でも、ダメなのよ。私たちが結婚するなんてことは、誰も許してはくれない」
その言葉にショックを受けたフリッツは、ふらふらした様子でブライアンのもとに訪れて、ついに告白してしまう。
「僕は、本当はユダヤ人なんだ。ただ、ドイツでうまくやっていくためには、それを隠していた方が何かと楽だしうまくいくので、ずっと偽っていたんだよ。
ところが、そんな僕のことをナタリアは〝正直な人〟だと言ったんだ。僕はなんて卑怯な馬鹿野郎なんだ」
それを聞いたブライアンは「それをナタリアに打ち明けるんだ。きっと彼女ならわかってくれる」と励ますと、フリッツは「そんなこと出来るわけがない。きっと僕は軽蔑されるだけだ」と答えるのだが、しかし、ナタリアのことを諦めきれないフリッツは、ついに彼女の家を訪れて「僕はユダヤ人なんだ」と、そう打ち明けて結婚を申し込む。
その結果、どうなったか。
フリッツとナタリアの二人が、ユダヤ教の教会で、幸せそうに結婚式を挙げているところで、この二人のエピソードは幕を下ろすのである。
一一だが、当然のことながら、この後のことは、描かれていないから、わからない。
この相思相愛の若いユダヤ人夫婦が、その後、無事にドイツ社会から逃げ延びられたのかどうか、それは描かれていないからわからないのだ。
だから、私たちは、このエピソードも、単純にハッピーエンドと信じることはできないまま、放置されることになるのである。
サリーとブライアンは、愛し合いながらも、結局は別れることになった。
イギリスへ帰ったブライアンは良いとしても、ドイツに残ったサリーのその後はわからない。
彼女はアメリカ人(原作ではイギリス人)であり、ユダヤ人とは描かれていないから、人種的に迫害されることはないだろう。
ダガー、本作でも描かれるようなキャバレーの文化というようなものは、「優等民族アーリア人の血統的な純潔主義」を重んじて「健康健全国家」を目指すことになるナチスの方針とは、いかにも不釣り合いである。

もちろん、この物語の結末段階では、ナチス党員が客席に増えるところまでしか描かれていないが、やがてはこのキャバレーも「非ドイツ的な退廃文化」として、迫害の憂き目を見るようになるのは確実だ。
だから、サリーのような享楽的な娘が、その後のナチス・ドイツの中で、それまでどおりに生きていけたとはとうてい思えず、彼女のその後も気掛かりなのだが、それも描かれてはいないのである。
このように、本作は明確に反ナチスを語る作品なのだが、しかし、だからと言って、ナチスへの嫌悪感を隠さない潔癖なブライアンが、ナチス党員と喧嘩をして勝ったわけではなく、逆にボコボコにされただけだった。むしろ、殺されなかっただけマシといった描写なのだ。

したがって、本作は反ナチスではあっても、勧善懲悪的に「反ナチスが勝って、ナチスが負ける」というような描写は、1箇所としてない。
そこに描かれたナチスの一方的な暴力と抑圧が、さらに酷い時代の到来を予告するだけであり、まさにそれが当時の現実でもあったのだ。
本作は、それをそのまま淡々と描いているのである。
だから、本作を見ていて私たちは、なんともやる瀬ない気持ちになってしまう。
幸せになってほしい人たちの幸せは保証されず、それどころか、近い将来における困難や不幸が暗示されたまま、物語は幕を閉じる。
はたして、一一こんなミュージカル映画が他にあっただろうか?
本作の5年前に作られたミュージカル映画の傑作『サウンド・オブ・ミュージック』(ロバート・ワイズ監督)の後半は、台頭するナチスから無事に逃げ延びる、希望に満ちたラストを描いていた。
言うなれば、これがエンタメであるミュージカル映画の王道なのだ。
また、本稿を書きながら私は、ラース・フォン・トリアー監督の『ダンサー・イン・ザ・ダーク』(2000年)を思い出したけれど、しかしあれは「幸福になるべき人たちを描きながら、あえてつらい現実を描いた」本作『キャバレー』とは、実のところ真逆の作品なのだ。
つまり『ダンサー・イン・ザ・ダーク』は「幸福になるべき人を描きながら、あえてつらい現実を描いた」フリをして、「善なるものの不幸」を喜んで描いている、いかにも性根の曲がったトリアーらしい、捻りのある冷笑的な作品でしかない。
だから、『キャバレー』と『ダンサー・イン・ザ・ダーク』を、同じような作品と見るのは、明らかな見当違いなのである。
本作『キャバレー』は、Wikipediaにあるのとおりで、クリストファー・イシャーウッドの二つの別作品(小説『さらばベルリン』と舞台『私はカメラ』)から、それぞれのエピソードを合成して作られたブロードウェイ・ミュージカルを、その原作とした映画である
『1939年のクリストファー・イシャーウッドの小説『さらばベルリン』、1951年の舞台『私はカメラ』を基に舞台化された1966年のケンダー&エブによるブロードウェイ・ミュージカル『キャバレー』を大まかにもとにし、メトロ・ゴールドウィン・メイヤーが映画版を製作、1972年に公開された(舞台版とはエンディングが異なる)。』
しかし、このWikipediaの記述に『大まかにもとにし』とか『エンディングが異なる』とあるのはどういうことか。
それは、イシャーウッドの二つの原作から取り出したエピソードが、ブロードウェイの舞台版と映画版では異なっているからである。
つまり、フォッシー監督は、あえてブロードウェイ版とは中身を変えて本作を作った結果、こんなミュージカル映画らしからミュージカル映画になった(した)のだ。
そして、にも関わらず本作が、作品賞こそ逃したものの、アカデミー賞で「主演女優賞」をはじめとした最多部門の受賞作になったというのは、いったい何を意味するのだろうか。
もともとフォッシー監督は、ブロードウェイの振付師として活躍し、映画の世界に進出した人なのだが、そんな経歴の彼が、どうして本作のような「ミュージカル映画らしからぬミュージカル映画」、言うなれば「反ミュージカル映画」とでも呼ぶべき作品を撮ることになったのだろうか。
それは、フォッシー監督の前作たるミュージカル映画『スイート・チャリティー』が興行的に失敗したから、同じ線で「ミュージカル映画らしいミュージカル映画」を撮るわけにはいかなかったからではなかったろうか。
そう、すでにミュージカル映画の時代は過ぎ去ろうとしていたのであり、その流れがそのまま『スイート・チャリティー』の失敗となってしまい、もはやフォッシーは、これまでどおりのミュージカル映画を作るわけにはいかなかったのではないか。
そしてその結果、フォッシーは、私が第一印象として感じた「映画っぽいミュージカル映画」を撮ることになったのではないだろうか。
フォッシー自身、時代の変化に、変わることを強いられて撮った作品が、本作『キャバレー』だったのではないだろうか?
だから、そんな本作がヒットして、アカデミー賞を受賞したという結果は、ある意味で、とでも皮肉なことなのだ。
言うなれば本作は、それまで蜜月関係を築いてきた、ブロードウェイに対し、ハリウッドの側から別れを告げる作品だったのかも知れない。
享楽的な夢を提供するブロードウェイと、時代の要請に即応しなければ生き残れないハリウッド。
かつて両者は、同じエンタメビジネスとして、意気投合できたのだが、時代がその関係を狂わせたのである。
冷戦下における「代理戦争」という、戦後の偽善的な正義を標榜する時代のアメリカにあって、ハリウッドは、ブロードウェイから材を取り、あえて現実離れした「多幸感あふれる作品」にすることで、時代に歓迎されるミュージカル映画を作り上げ、その黄金時代を築いた。
しかし、ベトナム戦争でアメリカの果たした汚い役割が知られるようになり、反戦運動が急速に高まる中で、ミュージカル映画の「虚構の夢」は、夢としてのリアリティを失っていった。
だから、ミュージカルの申し子と言っても良いはずのフォッシーの作品に即して言うならば、ミュージカル映画は『スイート・チャリティー』で決定的に時代遅れであることを突き受けられ、その結果、本作『キャバレー』が描いたのは、「ミュージカル映画への挽歌」だった、ということなのではなかったか。
そう考えるなら、本作が「ミュージカル映画らしからぬミュージカル映画」であることだけではなく、本作の舞台となってキャバレー「キットカットクラブ」の暗い行末を暗示するラストになっているのも、そのまま「ミュージカル映画の暗い行末」の隠喩だったのだと考えられるだろう。

だが、「非現実の夢」としてのミュージカル映画に惹きつけられる反面、それへの挽歌とも言えよう本作にも私が惹きつけられたのは、やはり本作の描いたものが「人間の現実」であったからであり、それゆえの力を持っていたからではないだろうか。
現実を描くことは、作る側にも見る側にも、つらい思いを強いることになるのだが、そのつらさの中にこそ真実があったから、私はそこに惹きつけられたのではないだろうか。
(2026年4月28日)
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