フィリップ・K・ディック原作『クローン』 : ディック・マインドを大切にした良作。

▷ 映画評:ゲイリー・フレダー監督『クローン』(2000年/アメリカ映画)


先日、「SFアクションは「掘り出し物」こそ面白い!有名作だけじゃない、隠れた傑作映画10選を映画紹介チャンネルが解説」というネットニュースを読んでみた。
しかしこの記事は、YouTube動画の一部を紹介したもので、10作中3作しか紹介していなかったから、ひさしぶりにYouTube動画を最後まで見ることになった。

見てみると、たしかに知らない作品がほとんどだった。だから、B級だとは承知の上で興味を持ち、その中から中古DVDが安い作品を何作か買ってみた。一一ま、こんなことしてるから、DVDまで溜まってくるんだが…。


さて、何本か買った中で、最初に見ることにしたのは、『クローン』という作品。

このシンプルなタイトルだけでは、とうてい記憶に残らない。フィリップ・K・ディック原作の映画ならば、どんな映画があるのか、これまでに何度かチェックしてはいるはずなのだが、しかし、それでもあえて見なかった作品なのであろう。
たぶん、本作を見ようとは思わなかった理由とは、監督も主演俳優もぜんぜん知らない人だし、作品の評判も聞いたことがなかったからである。

つまり、ディック映画の中では不出来な部類なんだろうと思って避けた作品なのだろうが、今回は映画紹介ヌシ氏のオススメということで、見てみることにした。好奇心は知の礎である(なんてね)。


ちなみに、本作以外で、これまで私の見たディック映画は、今回の『クローン』を除くと、おおよそ次のとおりである。

『ブレードランナー』(1982年)※
『トータル・リコール』(1990年)
『スクリーマーズ』(1996年)
『マイノリティ・リポート』(2002年)
『スキャナー・ダークリー』(2006年)※  
『トータル・リコール』(2012年)※  
『ブレード・ランナー2049』(2017年)

「※」印は、下のようにレビューも書いている作品。


一方、今回調べた範囲でだが、私がまだ見ていないディック原作映画は、次のとおり。

・『バルジョーでいこう!』(1992年)
・『ペイチェック 消された記憶』(2003年)
・『NEXT -ネクスト-』(2007年)
・『アジャストメント』(2011年)

なんでこれらの作品を見ていないのかというと、それなりに理由があるのがわかった。

『バルジョーでいこう!』
これは単純にその存在を知らなかった。フランス映画なので、どこかで見落としていたのであろう。ディック原作のフランス映画とは、いかにも意外。

『ペイチェック 消された記憶』
偏見かも知れないが、あのジョン・ウー監督がディックって言われてもなあ、と思ったからだ。「どうせアクション映画でしょ」みたいな。

『NEXT -ネクスト-』
ニコラス・ケイジが主演だったから。だいたい、著名俳優とディックは相性が悪いという印象があるのだが、これは若い頃に見た、トム・クルーズ主演『マイノリティ・リポート』の印象が良くなかったからであろう。
こうした人が主演すると、どうしても主演のキャラクターが前面に出たアクション映画になってしまう。でも、それはディックではない。
では、アーノルド・シュワルツェネッガー主演の『トータル・リコール』は、どうなのかといえば、あれはまだディックを知らない頃に見たからあれで良かったんだし、ポール・バーホーベン監督のひねくれた演出も、ヒーロー映画らしくなくて良かった。

『アジャストメント』
これも、マット・デイモンが主演だから。ポスターからして「ボーン」シリーズみたいなアクションものっぽかった(見てないけど)。

一一と、そんなわけで今回は、まだ見ていなかったディック映画の中では、最も印象に残らなかった作品を見たわけである。

 ○ ○ ○

で、どうだったかというと、これが意外に良かった。ヌシ氏の「隠れた傑作」という評価は、あながち嘘ではなかった。

では、どこが良かったのかというと、もっぱらラストが良かった。
そこが私の好みだったので、それで、そこまでは「まあまあかな」という評価が、一気に跳ね上がったのだ。

それでは、『そこまでは「まあまあかな」』の部分はどうなのかというと、これはディック映画をいくつか見ている者にとっては「いつものパターン」だったから「まあまあかな」となってしまったのであって、そうじゃない人には、むしろ手堅い物語展開だと思う。

では、どういう物語展開なのかというと、こんな感じだ。

『西暦2079年。地球は異星人ケンタウロスとの戦争で青い空と豊かな大地の大半を失い、人類はドーム都市での生活を余儀なくされていた。

軍の兵器開発局に所属する科学者スペンサーはある日、軍の極秘プロジェクトのため議長との会談場所に向かっていた。するとその途中、ハサウェイ少佐率いるESA(地球保安局)の特殊部隊が現れる。そしてスペンサーは突然麻酔を打たれてしまう。

スペンサーが目覚めると、ハサウェイから自分がESAに逮捕されていることを知らされる。しかもその理由について、ハサウェイは衝撃的なことを告げる。何と、スペンサーという“人間”はすでに殺されており、現在のスペンサーはケンタウロスが作った「精巧なレプリカント」であり、しかもその体内には爆弾が隠されており、政府要人を暗殺しようとしているというのだ。

スペンサーは隙を突いて逃亡、自分が本物のスペンサーであることを証明するため、妻のマヤが勤務する病院に行くことを思いつく。そこには全身スキャンした自分のDNAデータがあり、それで無実を証明できるからだ。スペンサーはハサウェイの執拗な追跡をかいくぐりながら、一路病院を目指す。』

(Wikipedia「クローン(映画)」


この物語のどこが「いつものパターン」なのかというと、次のような諸点である。

(1)人類がドーム状の閉鎖空間に閉じ込められて生活をしている。一一これは『トータル・リコール』と同じパターン。

(2)差別される二級市民の存在と、彼らが主人公を助けてくれる。一一上のあらすじには無いが、本作には「ゾーン」と呼ばれる二級市民が描かれる。
このあたりは、ディックらしいマイノリティへの共感からきている設定だが、『トータル・リコール』では「畸形人」たちの存在が描かれる。


(3)主人公が、あらぬ疑いをかけられて、追われる身になる。一一これは『マイノリティ・リポート』が典型的だし、『トータル・リコール』もそうだ。
このパターンだと活劇ドラマ化しやすいということが大きいのだろう。ディック的なテーマだけでは、マニアックかつ陰気くさい作品になってエンタメにはなりにくいから、こうした作品が選ばれて映画化される。
逆に言うと、そうではなく、いかにもディックらしい作品を映画化した典型が『スキャナーズ・ダークリー』であり、それに近い雰囲気を色濃く残したのがマニア受けした『スクリーマーズ』だったのだ。

(4)「最愛の妻だけは信じてくれるはず」というパターン。一一ディックの作品には、愛妻家的なものが少なくない。『トータル・リコール』では、愛妻だと思っていたのが実は、という裏返しパターンもあるが、裏切りとは、愛していればこそ衝撃的でもあるわけだ。


以上、これだけ「いつものパターン」があれば、私が本作『クローン』について、ラスト付近までは「いつものパターンだな」と、いささか退屈していたのも致し方がなかったと、そうご理解いただけよう。

だが、それだけではなかった。
本作を見終えた後に、このレビューを書くためWikipediaをチェックして初めて気づいたのだが、私は本作の原作短編をすでに読んでいたのだ。そりゃ既視感もあるはずだ。

『短編小説「にせもの」(ハヤカワ文庫『ディック傑作集』に収録)』(Wikipedia

ただし、私が読んだのは、ハヤカワ文庫版ではなく、その元となったサンリオSF文庫版であった。


だが、本編を見ている間に、なぜそのことに気づかなかったのかといえば、それは前述のとおり、本作はディック映画の「いつものパターン」だったからだ。

上のディック短編集のレビューでも、『クローン』の原作短編が収められているのは第1巻なのだが、その同じテーマを私が論じているのは第2巻のレビューでであった。
これは両者に似たテーマの作品が収録されているため、結果として、このテーマについては、第2巻のレビューで論じることになったためである。

そして、もうひとつの大きい理由は、本作には原作にない、長々とした「追跡劇」のアクションシーンが付け加えられているためだ。それで、原作短編とは違った印象受けたのである。そもそも、短編SFのアクション小説など、普通そんなものはないからだ。

 ○ ○ ○

以上のようなわけで、本作は、ディック映画をいくつも見ている人にはいささか「新味に欠ける」作品ではあるものの、そうではない人なら、アクション映画としてもそれなりに楽しめるはずだし、なによりそのラストに強い印象を受けることになるだろう。

このラストがあればこそ、私の場合は他のディック作品を見ていた(読んでいた)という「不利」があっても充分満足できたし、ましてやディック映画にあまり馴染みのない方には「これ、なかなか面白いよ」と、オススメしたい作品なっている。

実際、本作のラストは「人間にとって、最も大切なものとは何か」といった、けっこう哲学的な問題を考えさせてくれる「切ない」ものとなっている。
だからこそ、単なるアクション映画には興味のない私が気に入りもしたのだ。

決して、単純な「勧善懲悪」などではなく、エンタメでありながら、同時に重い重い問題提起してくれるところがディックであり、本作はそんなディックの個性を殺すことなく、きちんと表現してくれた良作だったである。



(2026年4月27日)

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