▷ 映画評:ジョン・フォード監督『捜索者』(1956年/アメリカ映画)
「西部劇」は、子供の頃にテレビでずいぶん見たものだ。映画だけではなく、TVシリーズも。
だが、今どきの若い人には「西部劇」と言っても、あまりピンと来ないのかもしれない。昔とは違い、「西部劇」映画が、めっきり作られなくなったからである。

そしてそうした事情は、日本の「時代劇」と似ているかもしれない。
私の子供の頃には、山ほど「テレビ時代劇」をやっていた。
『水戸黄門』『大岡越前』『遠山の金さん』『大江戸捜査網』『必殺仕事人』『伝七捕物帳』、あるいは『荒野の素浪人』『素浪人 月影兵庫』『木枯し紋次郎』『子連れ狼』、そして『仮面の忍者 赤影』だってそうだ。
言うなれば、「西部劇」とは、日本における「時代劇」にあたるものなのだろう。少し前の時代を描いた「娯楽歴史活劇」。
けれど、日本において、時代劇の世界が「少し前」で感じられたのは、明治生まれの人が生きていた昭和も前半までで、平成にもなると江戸時代は「大昔」となってしまい、その時代を舞台にした娯楽活劇にも、親近感を持てなくなってしまったのかもしれない。
わざわざ、そんな馴染みのない時代を舞台にした娯楽作品を見なくても、現代を舞台にした作品で良いではないかと、ある意味では当然の感覚に流れていった結果、「時代劇」はすっかり廃れてしまったということなのではないだろうか。
近年大ヒットした「時代劇」映画『侍タイムスリッパー』(2024年)も、子供の頃に時代劇に馴染んだ世代の制作者による「時代劇よ、もう一度」という思いを描いた作品であった。
たぶん、こうした事情は、アメリカだっておおよそ同じで、「西部劇」の世界というのは、長らく「少し前」の世界だったのであろう。
本作『捜索者』だって、物語の冒頭に示される時代設定は、南北戦争が終わって3年後の「1868年」である。
日本で言えば、まさに明治元年であり、すなわち「明治維新」の年。江戸幕府が倒れて明治政府が誕生した年なのである。
つまり、日本の「時代劇」よりは、少しだけ新しい時期なのだ。
アメリカは今年、建国250年だそうだから、そんな感覚になるのかもしれない。
ちなみに私は、アメリカが建国200年で盛り上がっていた頃を、朧げながら記憶している。
ともあれ、日本と同様で、アメリカでも「西部劇」は、めっきり作られなくなった。
たまに作られることもあるが、それは「西部劇」を見て育った世代の映画監督が作りたくて作った趣味的な作品で、「西部劇」に需要があるから作ったわけではない。
だから、その映画の売り方も、監督の作家性を前面に押し立てたものであって、「西部劇」を売り物にしたものではない。
むしろ、TVドラマにもなった映画『ウエストワールド』(1973年)のように、もはや「西部劇」の世界は、親近感のあるものではなく、一定の距離を前提とした「レトロな世界」だと感じられるようになってしまったのではないだろうか。
また、西部の砂埃まみれ汗まみれの世界は、エアコンの効いた「お清潔な時代」には、受け入れられにくくなったのかもしれない。




そんなわけで、私自身は「西部劇」が嫌いではない。特別好きだというわけではないが、なんの抵抗もない世代の一人である。
だが、だからこそ、「時代劇」と同様、わざわざ映画で見たいとは思わないところもある。
それはきっと、子供の頃に、テレビでさんざんぱら見たからで、時代劇や西部劇は、テレビで気楽に、無料で見るものだという印象が、深く根づいているからなのであろう。
また、その意味で私の世代には、映画とは基本、それなりにお金をかけて映画館まで行って鑑賞する、非日常的なイベントだったのである。
今ではすっかり、そういうものではなくなってしまったが。
ともあれ、定年退職してから、多少なりとも映画を本格的に見るようになった私なのだが、その中に「西部劇」は、ほとんど含まれていなかった。
私が見たいと思うようになったのは、それまでまったく知らなかった、あるいは興味のなかった映画、例えばゴダールの映画だとか、それとは逆に、噂を聞いて気にはなっていたものの、劇場公開で見逃し、そのままになってしまったような映画だった。
言い換えれば、「西部劇」映画については、あまり記憶はしていなくても、子供の頃に、たいがいのものはテレビで見ているはずだと、そんな感じがあったのである。
したがって今回、『駅馬車』(1939年)などで知られるジョン・フォード監督の「西部劇」を見ようと思ったのも、それは「見たかった」というのではなく、言うなれば「映画の勉強のため」に見たのである。
ゴダールから始めて、映画の歴史を多少なりとも勉強し始めると、改めて「西部劇」が無視し得ないジャンルであったことに、否応なく気づかされる。
昔は、単なる娯楽作品として見ていただけだったが、「西部劇」無くしてアメリカ映画(ハリウッド)の歴史は語れないのだということを、蓮實重彦の本なんかを読んでいると、否応なく思い知らされるのだ。
それで、蓮實重彦オススメのジョン・フォード監督の『駅馬車』を見てみたのだが、一一正直言って、あまり面白いとは思わなかった。
昔のモノクロの映画だから、同時代に観た人にとっては、画期的な作品だったのかもしれないのだが、私は所詮、後の世代の、しかも映画の素人だから、『駅馬車』のすごさを理解することができなかったということなのだろう。
まあ、今では到底やれないような、生身での危険極まりないアクションには、すごいと感心しはしたのだが。
そんなわけで、DVDを買ってあった本作『捜索者』も、すでに2年くらいは寝かせてしまっていたのだが、いよいよ覚悟を決めて見ることにしたのである。
○ ○ ○
本作は、おおむけ次のような作品である。
『概要
1954年に発表されたアラン・ルメイの同名小説が原作であり、南北戦争が終わって3年後に故郷に戻って来た男がコマンチ族によって兄夫婦が殺され、そして連れ去られた姪を救出するための旅を続ける姿を詩情豊かに描いている。フォードは本作について「家族の一員になることの出来なかった一匹狼の悲劇」と評している。
公開当時は興行は成功したとは言えず、批評も芳しくなく、失敗作とされて同年のアカデミー賞の候補にも選出されなかった。しかし、その後再評価の機運が高まり、現在ではフォード監督の西部劇「駅馬車」「荒野の決闘」を凌ぐ代表作であるのみならず、西部劇映画を代表する傑作として高く評価されている。1989年に創立されたアメリカ国立フィルム登録簿に登録された最初の映画中の1本に入り、2008年にアメリカ映画協会によって「最も偉大な西部劇映画第1位」に選出された。』
(Wikipedia「捜索者」)
公開当初、本作の評判があまり良くなかったというのは、なんとなく理解できる。
と言うのも、普通は「主人公」だと見られる、事実「主人公の一人」である、ジョン・ウェイン演ずるところのイーサン・エドワーズが、あまり魅力的な人物ではなく、その意味で主人公らしくないのだ。
彼にはどこか「拗ね者」的なところがあり、しかも偏見差別の強い人だ。

本作に描かれた時代としては、それは決して珍しいことでもなかったのだろうが、そこは所詮「娯楽作品」なんだから、主人公は基本「良い人」であり、当然「差別偏見」なんかしない人であるのが当たり前なはずなのだが、本作のイーサンは、そうではなかった。
戦争に出て以来、3年ぶりに訪問した兄の家でも、兄嫁や姪たちには朗らかに接しはするものの、兄に対しては妙に突っかかるような物言いをする。

また、兄の一家には、すでに二十歳を過ぎた養子の青年マーティン・ポーリー(ジェフリー・ハンター)がいるのだが、彼に対しては露骨に冷たい態度をとる。
そしてその理由のいうのが、彼には「インディアンの血が入っている」ということなのだ。
「お前の顔は、どう見ても純粋な白人じゃない」みたいなことを、面と向かって言うのである。

実際マーティンには事情があって、8分の1だったか16分の1だが、インディアンの血が流れているのだが、しかし、イーサンの兄はそれを承知で、彼をひきとって育てたのだから、その養子に対して、こんなことを言うのは、あまりにひどい。
マーティンは、虐殺されたインディアン一族の生き残りで、イーサンの兄がその虐殺現場でまだ幼かった彼を見つけ、引き取って育てたのだ。
つまり、イーサンの兄は差別意識に薄い人なのだが、主人公であるイーサンの方が、差別意識の強い人なのだ。
また、そんなこともあって、イーサンは兄には反感を持っているようで、ことさらに突っかかるような真似もしたようなのである。
で、こんな調子だから、本作のジョン・ウェインは、少しも主人公らしくない。
しかし、イーサンが兄の家に逗留していたそんな折、インディアンに牛が盗まれるという事件が、その村で発生する。



ただちに軍人でもある牧師の呼びかけで追跡隊が組織され、それにイーサンとマーティンも加わるのだが、追跡の途中に、盗まれた牛が殺されて放置されているのが見つかる。
それで、インディアンたちが牛を盗んだのは、盗みが目的ではなく、村から男手を誘き出すための陽動作戦であったと気づき、急ぎ村へ戻るも、すでに時遅し。
インディアンの奇襲を受けて、兄夫婦は殺害されており、その娘たちは連れ去られていた。
そこで、イーサンとマーティンは、彼女たちを取り戻すべく、再びインディアンを追う旅に出るのである。


そして、この追跡行では、誘拐された姉娘の方は、早い段階で殺されたことが判明し、まだ12歳だった下の末娘デビーを探す旅が、その後、何年にもわたって続くことになる。

そして、ついに二人は、デビーを逃げたインディアン一族の中に見つけ、彼女をこっそりと連れ戻そうとするのだが、すっかり成長したデビー(ナタリー・ウッド)は、もはやインディアンの一人になっており、もう帰ることはできないと断るのだ。


それで、そんなデビーをどうするかで、イーサンとマーティンの意見は分かれる。
イーサンは「もうデビーはインディアンだ。白人の女ではない」と言って旅の打ち切りを主張するが、マーティンは「いや、彼女を説得して連れ帰る」と主張する。
そんなところへ、デビーが一人でやって来て「みんながあなた方を殺そうとしているから、早く逃げろ」と伝える。
マーティンは、デビーに一緒に帰ろうと説得するのだが、イーサンはデビーはもはやインディアンだと言って射殺しようとし、マーティンと対立する。
また、そうこうするうちに、インディアンたちの追っ手がやってくる。
デビーを連れ帰るためにインディアンたちの宿営地に侵入した際、一人のインディアンを殺したためであった。
結局、最後は、二人がデビーを連れ帰ることになり、その頃にはイーサンの差別意識もすっかり解消されるのだが、しかし、結局のところイーサンは、マーティンらの住む町での、当たり前の家庭生活にはなじむことができないと感じ、独り旅立っていく後ろ姿で、この物語は幕を閉じるのである。





ジョン・フォード監督が本作について言った「家族の一員になることの出来なかった一匹狼の悲劇」とは、このラストを指しているのだ。
なお、以上のストーリー紹介では、旅の途中での「マーティンのインディアン娘との、思い違いによる結婚」などの楽しいエピソードなどは、はしょっているので、もう少し詳しいストーリーが知りたい方は、Wikipediaの「ストーリー」の項目などを参照していただきたい。
さて、このように見ていくと、本作は一応のところ、インディアンが悪役になってはいるものの、それは「土地の簒奪者である白人」から見た場合の「悪役」でしかないというのが、間接的ながら描かれているし、マーティンやデビーをめぐるエピソードからもわかるとおり、白人もインディアンも、同じ人間であるという視点に貫かれた作品であることは明らかだろう。
戦前の、わかりやすい「悪役としてのインディアン」を描いた作品とは、明らかに一線を画した作品なのである。
実際、ジョン・フォード監督のフィルモグラフィーを見れば、「西部劇」のヒット作が多く、そのためにインディアンを「悪役」として描かねばならないことも多かったのかも知れないが、それが彼の本意でなかったこともまた、彼のフィルモグラフィーに明らかなようだ。
例えば、彼の代表作のひとつには、スタインベック原作の『怒りの葡萄』(1940年)という傑作があるが、これは「虐げられた農民」の側に立つ物語であり、また、同監督の晩年の仕事には、「虐げられたインディアン」の立場から描いた作品『シャイアン』(1964年)もあるのだ。
だから、そうしたことも勘案すれば、本作『捜索者』が描いたのは、一人の男が「偏見の愚かさを学ぶ物語」だったとも言えるだろう。
だからこそ主人公のイーサンは、少なくとも当初は、まったく主人公らしからぬ人物でなければならなかったのである。
そして、こうした、言うなれば「教育的」な映画であったればこそ、「正義のガンマンが、悪のインディアンを片っ端から撃ち殺す」ような娯楽映画を期待したであろう向きには、評判がわるかったのも、当然のことだった。
だが、時代は徐々に移ってゆき、ジョン・フォードの持っていた問題意識が、当たり前のものになるに従い、本作はその先見性において、徐々に高く評価されるようにもなっていったのであろう。
娯楽作品に「教育的な要素」を組み込むのは、なかなか難しいものであり、ましてやそれが、その時代の常識とまではなっていないものなら、大衆的な反感を招くことすら覚悟せざるを得ない。
だが、そういう時代にあって、あえてその困難に挑んだからこそ、ジョン・フォードの反差別意識や、弱者の側に立とうとする意志は、本物だったと言えるのだ。
そしてまた、ジョン・フォードのそうした「反骨心」は、もしかすると、彼がアイルランド系であったことにも帰因するのかもしれない。
私はまだ、ジョン・フォードの作品をほとんど見ていないので、確たることは言えないのだが、そのあたりを確認するためにも、彼の作品をもう少しあれこれ見てみたいと思い始めたところである。

(2026年7月14日)
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