ジェイムズ・ホエール監督 『魔の家』: 英国人の血とアメリカの大地

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▷ 映画評:ジェイムズ・ホエール監督『魔の家』(1932年/アメリカ映画)


『フランケンシュタイン』(1931年)、『フランケンシュタインの花嫁』(1935年)、『透明人間』(1933年)などで知られるジェイムズ・ホエール督の、怪物が登場しない英国風の正統派「ゴシックホラー映画」である。


『フランケンシュタイン』を大ヒットさせて、人気映画監督となった直後(翌年)の作品であり、主演も『フランケンシュタイン』で一躍人気俳優となった、ボリス・カーロフ。オープニングクレジットでも、キャストの筆頭はカーロフとなっている。

だが、カーロフは「山中の怪しげな館の執事」の役であり、実質的には、主な脇役の一人で、助演俳優と呼ぶべき役回り。
カーロフの怪演も見られはするが、所詮は脇役なので、今の目から見れば、どうということはない。


本編の始まる前には、下のようなテロップが表示されるのだ、これはたぶん観客たちの期待はずれを見越した、映画会社側の予防線だったのであろう。

『論議を呼ぶことを懸念して、初めに紹介すると一一執事役のボリス・カーロフは〝フランケンシュタイン〟で怪物を演じた役者である。むろん、論議になること自体、彼の才能の証なのだが』



公開当時は、『フランケンシュタイン』人気で、映画会社の期待どおりに、カーロフをお目当てにして本作を見に行った客も少なくなかったようだ。

まただからこそ、本作のカーロフに「フランケンシュタインの怪物」的なものを期待して行った人たちは、期待はずれな思いをさせられるであろうことは、容易く予想されるところだったのだ。

したがって映画会社側も、あらかじめそれを理解していたのである。

一方、ドル箱監督となったホエールは、会社側にそうした懸念がありながらも、本作をかなり自由に撮れたようで、それは本作を「無理にモンスター映画にはしなかった(させられなかった)」点にこそ窺われるはずだ。

ホエール監督はイギリス出身で、イギリスでの仕事を買われ、乞われてハリウッドに渡った人なので、本来のセンスは、ハリウッド的にド派手なものではなく、渋くて手がたい演出の人である。

またそれが、ハリウッドの見世物小屋的なド派手さとうまく結びついた時に、『フランケンシュタイン』という、前例のない傑作映画を生むことになったのではないか。

また、だからこそ本作『魔の家』は、そのタイトルどおり、「呪われた家」という伝統的な怪奇譚を扱いながら、それをそのまま英国風の正統派作品として仕上げることも出来たのではないだろうか。


したがって、本作のそうした英国趣味の美質を評価するかしないかは、見る者の趣味や期待のしかた次第だろう。

だが、ホエール監督の本来の資質を考える上では、本作は見落とせない作品となっているのである。

本作の「あらすじ」は次のとおりである。

『嵐のなか、道に迷った3人の男女がようやくにして、1軒の屋敷にたどり着いた。
ところが現れたのは、異様な風体の執事モーガン(ボリス・カーロフ)。
招かれざる客たちの到来に、屋敷の主ホレズ・フェム(アーネスト・テシジャー)は表面的、愛想よく迎える。だがそこは、恐るべき恐怖の屋敷だった。
やがて、もうひと組のカップルも迷い込み、奇妙かつ奇怪な出来事が招かれざる客たちを襲ってゆく‥‥‥。』

(DVDケース背面の内容紹介文より)


(※ 上での日本語表記「ホレズ」は、Wikipediaでは「ホーレス」となっている。以下では、後者で表記する)

舞台はイギリスのウェールズ地方。自家用車で旅をしていた、上流階級らしいウェヴァートン夫婦(フィリップとマーガレット)とその友人ロジャー・ペンドレルメルヴィン・ダグラス)の3人組が、山中で嵐に見舞われ、道に迷ってしまう。
やっとのことで山中に人家の灯りを認め、ほうほうの体で一夜の宿をと逃げ込んだのが、本作の舞台である、フェム家の「古くて暗い館」であった。


この館には、レベッカとホーレスの老姉弟の他に、野獣めいた厳つい容貌の執事モーガン、上階の一室には102歳になる寝たきりのフェム姉弟の実父が住んでおり、その四人暮らしだというような話であった。

旅の三人を迎え入れてくれたのは弟のホーレスで、彼は比較的親切だったのだが、後から姿を現した姉のレベッカ(エヴァ・ムーア)はとても気難しい人物で、旅人たちを歓迎せずガミガミと嫌味ばかりを言う変人であった。
また、ホーレスの話によると、執事のモーガンは、酒に酔うと手のつけられない乱暴者になるという。

(レベッカの登場。下は、左から、モーガン、フィリップ、ホーレス、マーガレット、ペンドレル)

また、そうした環境のせいなのか、ホーレスは、宗教狂い気味の姉の「呪われている」「きっと神の罰が下る」といった予言めいた言葉に対し、過剰なまでに怯えるところがあって、この人も常識人とは思えない怪しさを秘めていた。

そして、そんなところへ新たに、金持ちのポーターハウス卿(チャールズ・ロートン)とその(プラトニックな)愛人である歌手志望の若い女グラディス(リリアン・ボンド)が、嵐を逃れてフェム家の館にやってくる。

(一見陽気者を装うも、貧乏のために死なせた妻への思いが断ち切れす、パトロンとなった愛人のグラディスには「友人」以上の関係を求めなかったポーターハウス卿)

その後、館の自家発電機の不調により電灯が消えてしまうのだが、常用する蝋燭の燭台だけではなく灯油ランプは無いのかという話になった。
この客たちの問いに、ホーレスは当初、無いと言っていたのだが、姉のレベッカは、まるでホーレスに嫌がらせでもするかのように、最上階の階段の踊り場に、昔使っていたものが置いてあるはずだから、それを取りに行けば良いと、客たちの前でこれ見よがしに薦める。
そしてそれを嫌々ながらも認めたホーレスは、やむなく男性客の一人フィリップ(レイモンド・マッセイ)と、最上階への階段を登るのだが、ホーレスは途中で、あれこれ言い訳をして、その仕事をフィリップ一人に押しつけ、さっさと自室に戻ってしまうのであった。


一一で、こういう展開となれば、当然のことながら、最上階の部屋には「何かがいる」ということになり、事実その後に、同家の老姉弟の兄が、発狂したために閉じ込められているという説明がなされるのだが、さてそれは事実なのであろうか。一一それとも、別の何かなのか?

これが、現代の作品であれば、最上階の部屋に閉じ込められていたものの正体が、単なる「狂人」だったということにはならず、なんらかの怪物だとか呪われた魔物だとかいったことになるはずなのだが、ここでネタを割ってしまえば、そこに閉じ込められていたのは、やはり、狂人となった長兄その人であった。

ところが、客たちに関わるあれこれの小さなトラブルが重なって、これまでモーガンによって厳しく監視され、幽閉されていたその危険な狂人が、つい部屋から脱走して、館に火を放ち、客たちを襲うという狂乱のクライマックスへとなだれ込むことになる。

しかしながら、フェム家の長兄は、危険な狂人だとはいえ所詮は普通の人間なので、最後は男性客の一人との格闘によって、あえなく倒されてしまい、皆は、嵐が去った爽やかな翌朝を迎えることができると、そういう結末なのである。

そうした一夜のうちには、先に館を訪れた三人のうちの独り者の伊達男ペンドレルと、後から来た二人組のうちの愛人の女グラディスに、本物のラブロマンスが生まれる。
このペンドレルこそが、フェム家長兄の狂人との格闘で、あわや同士撃ちで死んでしまったかと思われたのだが、幸いにも気絶していただけだったと判明して、新たなカップルは無事結ばれて、本編のハッピーエンドとなるのである。

そんなわけで、今のホラー映画やホラー小説などの感覚からすれば、あまりにも「型どおり」であり、そこが物足りないところではあるのだが、しかし、ここで勘違いしてはいけないのは、本作は決して「工夫の足りない型どおりの作品」などではなく、まさにその「型」を作った作品のひとつだという事実だ。

(レベッカの敵意ある奇人ぶりや、館の暗い雰囲気に怯えたマーガレットは、鏡の中にレベッカの幻を見る)

無論、こうした「呪われた館」の物語は、本場の(歴史ある)イギリスにおいては、もっと以前から書かれてはいたが、なにしろリュミエール兄弟によって初の短編映画が作られたのが1895年、ハリウッド初の商業映画『In Old California』D・W・グリフィス監督によって撮られたのが1910年なのだから、それから25年の当時では、「呪われた館」ものなど、本作のような立派な映画にはなっていなかったのだ。
つまり、歴史的な視野で見れば、本作こそが「呪われた館」ものの映像作品の「始祖」とも呼べるものなのである。

だから、序盤で隠されていた「脅威」の正体が、「想像もつかない怪異」などではなく、「ヒヤーッハッハ!」などとカン高く笑う、当時としては「典型的な狂人」である点は、時代的にやむを得ないものと、私たちもそう理解すべきなのであろう。きっと昔は、これで十分に「怖かった」のだ。

そんなわけで、本作の現代における評価は、次のようなものとなる。


『怪しげな屋敷を訪れた人々に襲いかかる恐怖の数々を描くスタイルは、ホラー映画の定番であり、その原型をつくり上げた1作である。』

(DVDケース背面の内容紹介文より)


そして、本作がそのような「正統派すぎるほどに正統派の怪奇映画」になったのは、ホエール監督自身が英国人であるばかりではなく、英国人による原作を、意識的に英国人俳優を多用することで、意図的に「英国的な怪奇譚」を撮ろうとしたからに他ならない。

(いかにも英国風にゴシックな、館の内部)

DVDに付属した「Production Notes」(解説)は、そのあたりの事情を次のように、要領よく紹介している。

『嵐のなかをようやくたどり着いた屋敷で、さまざまな恐怖を体験する‥‥‥。
ホラー映間の定番のシチュエイションの原型を生み出したと言っても過言ではない「魔の家」は、ほぼJ・B・フリーストリー(※ 英国の劇作家)の原作に忠実に描かれており公開当時は「フランゲンシュタイン」(31)で大当たりを取ったボリス・カーロフの主演ということもあって、大ヒットとなった。
たが、その実、物語は極めて英国的なサタイヤ(※ 風刺劇)であるほか(映画の舞台は英国である)、出演者もほとんどがイギリス人で占められており、批評家からの反応はあまりよくなかったようだ(登場人物のほどんどが英国アクセントで、ポーターハウス卿を演じるチャールズ・ロートンなどは、もともとのヨークシャー訛りでしゃべっている。また、屋敷の主を演じるアーネスト・デシジャーは、当時のアメリカではまったく知られていない英国俳優)。

執事のモーガンを演じるポリス・カーロフの存在感こそ強烈であるが、今日において見るとき、カーロフその人よりもむしろ、監督のジェイムズ・ホエイルのテイストにこそ注目させられる。招かれざる客たちひとりひとりの個性はもとより、屋敷の主の客たちに対する嫌味を含んだあしらいや、屋敷の住人たちフェムー家の奇態・奇行は極めて英国的ともいえ、原作を忠実に解釈・映画化しえたホエイルの出自もうかがわれよう。
そして、(おそらくは会社の方針によって)ホラー色一一恐怖とサスペンスのムードー一を全面に押し出しながらも、その実、シチュエーション・ドラマとしても見せきっていく演出は、なによりホエイルの巧さを見せつけてくれる。それには、ジャック・P・ピアース(※ ギリシャ出身のアメリカ人)のメイク、アーサー・エディスン(※ アメリカ人)のキャメラの貢献なくしてなし得なかったものでもある。』


本作は、まさに「英国風」を意図して作られた作品だった。

だから、本作に「ハリウッド風」を期待しすぎるのは間違いだろう。
それは、イギリス文学にアメリカ文学を期待するようなものだからである。

とは言え本作が、実際にイギリスで作られたイギリス映画であったなら、本作とはまた違った、より端正で上品なテイストの作品に仕上がったいたことではあろう。
だが、いちがいにそれが、本作より優れたものだと言うことも出来まい。

本作は「英国風」ではあるけれど、やはり、ハリウッド映画でもあった。
つまり、言うなればイギリスとアメリカのハーフ(ミックス)の作品であり、どちらか一方の「純潔種」にはない魅力を、生み出した作品なのである(かのアルフレッド・ヒッチコックも英国人でありゴシック映画『レベッカ』(1940年)を撮っている)。


そして、そのように考えれば、ハリウッド映画とは、そもそも「アメリカ映画」などではなく、アメリカの資本が、世界の才能を広く招くことによって成立した、その意味では、良かれ悪しかれ、「人種の坩堝」の生んだ多彩さこそが、ハリウッド映画なのだと、そんなふうにも言えるのではないだろうか。



(2026年6月27日)

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