▷ 映画評:大友克洋監督『AKIRA』(1988年)
大友克洋の存在を知ったのは、本作アニメ版『AKIRA』であったと思う。原作の方は、いまだ読んではいない。
いや、このアニメ版だって、つい先日(2026年7月18日)のテレビ放送で、初めて見たのだ。

私は古いアニメファンだったので、アニメ版『AKIRA』(以降は、『AKIRA』と記してアニメ版を指す)が、その評判からして、ずっと気になってはいた。
だが、当時の私はすでに就職しており、読書するための時間を確保するために、好きだったテレビアニメを見なくなっていた。
私はもともと多趣味なインドア派だったのだが、そうした趣味の中でも読書を優先するために、シリーズものであるテレビアニメの鑑賞を自制し、また同様の理由から、漫画も読まなくなっていたのである。
だが、そうした自制の例外としては、鑑賞時間がおよそ2時間以内でおさまる劇場用アニメに限っては、ものによっては見てもいた。
だから、『AKIRA』の場合、公開当時はほとんど興味がなかったのだが、のちに評判が高まってから、気になり出した、ということだったのであろう。
また、その頃には原作漫画もすでに第4巻以上刊行されてはいたものの、完結していないものを中途半端に読む気にはなれないでいた。
だがまた、その代わりという意識もあったのであろう、1巻完結の『童夢』を試しに読んでみたところ、こちらにはすっかりハマってしまった。
それで、『AKIRA』への興味もさらに高まったのだが、やはり完結していない原作を読む気にはなれなかったし、肝心のアニメ版の方も、劇場公開で見損なってしまうと、今とは違って、なかなか見る機会はなかったのだ。

当時、劇場公開を見逃してしまうと、比較的安価で鑑賞できるのは、「レンタルビデオ」くらいしかなかった。
だが、当時の私は、読書のために「レンタルしてまでビデオを見る」ということを自らに禁じていた。だから、レンタル会員にはならず、それでビデオで見る機会もなかった。
それは現在の私が、サブスクの契約していないのと、まったく同じ理由からだったのである。会員になってしまうと、どうせならと、ついあれこれ余計なものまで見てしまう誘惑に流されて、本を読めなくなってしまうことを怖れていたのである。
それに、そもそも『AKIRA』の場合は、ビデオカセットが、どこのレンタルショップにでも並んでいるというような作品ではなかっただろうし、無論、当時のビデオカセットやレーザーディスクといったものは高価だったから、それを買ってまで見るというようなことは考えもしなかった。
そんなわけで、長年、気にはなりながら、見る機会を逸してきた『AKIRA』だったのだが、それが先日、NHKの「Eテレ」でテレビ放送されると知ったので、この機会に見ることにしたのである。

○ ○ ○
『AKIRA』は、気になる作品ではあったが、どうしても見たいというほどの作品でもなかった。
なぜかと言うと、私は基本的に、大友克洋の描く、妙にリアルな人物の顔が好きではなかったためだ。
私の場合、必ずしもリアルな画風が嫌いだというわけではない。だが、劇画調のリアルな画風の中にも、漫画やアニメ的な洗練を求めた。
例えば、本作『AKIRA』に、「背景協力」として参加している漫画家のながやす巧は、テレビドラマや映画にもなった『愛と誠』(原作・梶原一騎)の作画担当として知られた人で、その画風は、いわゆる劇画タッチでありリアルな画風だったのだが、しかしながやすの絵柄はきわめて洗練されており、いわゆる「劇画」マンガにありがちだった泥臭さや、クセの強さといったものはなかった。
その点では、少し年下のSF漫画家・星野之宣に近いところがあるかもしれない。
そして、そんなながやす巧などに比べると、大友克洋の描く人物は、泥臭くはなかったものの、とてもクセが強かった。
どう、クセが強かったのかと言えば、それは登場人物の顔が、ベタなまでに「日本人」だったのである。


その後、大友克洋の絵柄に影響を受けた作家(例えば、吉田秋生や今敏など)が何人も出たので、今ではさほど抵抗もないのだろうが、当時としては、良くも悪くもまったく斬新な絵柄だったのだ。
いわゆる「鼻筋の通った、切れ長の目」といった、アメリカンナイズ(白人ナイズ)された顔ではない。
あまりにも「日本人」的に平べったいオデコ顔なので、髪型や服装が違わなければ、メインの登場人物の顔が区別がつかないほどなのだ。
無論、アメリカンナイズされた絵柄の漫画だって、キャラクターの描きわけが出来ず、髪型や服装だけで区別させている、画力の低い漫画家も少なくはない。
昔の漫画だと、主人公が際立って美形であり、周囲のキャラクターは、主人公との差異化のために、比較的簡素であったり、クセが強かったりといった顔になっていることが多かったのだが、いつ頃からだか、登場人物全員が「美形」という作品が増えてきて、それこそ髪型と服装でしか区別のつかない登場人物の乱舞する作品なども増えた。
だが、大友克洋の場合は、そうした「美形」化の果ての描き分け不能ではなく、「日本人」顔を追求した結果の、描き分けの困難さであったと思われる。
大友克洋には、その背景画などにも明らかなとおり、強い「リアル指向」があったから、人物についても「日本人は、リアルな日本人顔」と考えて描いているうちに、そういう顔しか描けなくなったのであろう。
外人であっても女性であっても、意識的にディフォルメしないかぎり、日本人顔をなってしまうのである。
『AKIRA』でもそうだが、ショートカットの女性キャラが、絵づらだけなら「男の子」と区別がつかないというのは、やはり問題であろう。
それでは、描かないのではなく、描けないということにしかならないからだ。


当然のことながら、日本人顔ではあっても、可愛い女の子や美女はリアルに存在するのだから、リアルを追求するのなら、それも描けなければならなかったのだが、さすがにそこまでの描き分けは、出来なかったということなのである。
そんなわけで、私は、大友克洋の無駄にリアルな「日本人顔」作画が好きではなかった。
そういうキャラクターが登場してもいいが、ほぼすべてのキャラクターがそうであり、髪型と服装によって描きわけしないと区別がつかないというのでは困るし、そもそも大友克洋の描く日本人が、必ずしもその当時の日本人の顔だとも、私には思えなかった。それは、ちょっと古いくらいの「典型化された日本人顔」だったのである。

一一ともあれ、そうした理由から、『童夢』以外の大友漫画は、いまだに読めていない。
では、どうして『童夢』には、不思議なほど違和感や抵抗が無かったのかというと、それはたぶん、『童夢』に描かれたのは、リアルな「日本の団地」だったからであろう。
そのきわめて現代日本的な風景に、大友克洋の描く日本人キャラは、完璧にマッチしていたのだ。
言い換えれば、近未来SF的なメガロポリスや未来風のバイクの描かれた『AKIRA』には、大友克洋の描く「日本人顔」がマッチしているとは思えず、その点でも違和感が大きかったのである。


○ ○ ○
その後、私は、大友克洋のアニメ作品をいくつか見ているが、作画や世界観は凝っているものの、アニメとして、つまり映像作品としては、凡作の域を出ないものだと感じた。
実際、その評判も、「『AKIRA』の大友克洋の新作アニメ」という「属性」が話題になるだけで、作品そのものの出来で評判になっているようには見えなかった。
結局のところ、アニメの世界においては、大友克洋は「『AKIRA』の人」でしかなく、それ以上ではなかった。
つまり、アニメ監督(作家)としては凡庸だと、そう評価せざるを得なかったのである。
また、言い換えれば、『AKIRA』の場合は、その斬新な物語や、アニメとしての作画の素晴らしさが、世界的な評判をうけたのであり、アニメ演出家としての大友克洋の力で成功した作品とは思えなかった。

『AKIRA』と言えば、ほぼ間違いなく最初に言及されるのが通称「アキラ・スライド(Akira slide)」であるという事実も、その証拠であろう。
要は「見た目に新しくカッコよかった」ということなのだ。

『日本アニメの世界的ブームの火付け役となった作品のひとつである。日本での大友は漫画家としてのイメージが強いが、海外での評価が非常に高く、公開から30年以上経っても全世界に多くの熱狂的なファンを抱える。
ディズニーに代表されるマンガ色が強いアメリカの児童向けアニメとは全く異なる「リアルな頭身で描かれるキャラクター」「退廃した未来都市を緻密に描き込んだ美術」「SF的な設定と壮大なスケールで描かれる物語」「バイオレンスやグロテスクを内包したアクション」は強い衝撃を与え、後に”ジャパニメーション”なる造語を生み出すなど、海外における日本のアニメーション像に強い影響を残した。』
(Wikipedia「AKIRA」)
見てのとおり、その高評価のほぼすべてが「見た目の新しさ」であり、ドラマ性やテーマ性などは、一顧だにされていないとも言えるのである。
だが、それが適切な評価なのなら、それも仕方がないことだ。
『AKIRA』は、とにかく「よく出来た作品」「クールな作品」である。
だが、それ以上の作品ではなかった。
一一これが、今回見た結果の、私の評価なのである。
『AKIRA』は、優れた原作と、優れたスタッフを揃えた結果として、スケールの大きな、かなり良く出来た作品になった。
だが、アニメ演出家としての大友克洋監督の力によってヒットさせた作品ではなかったと、私はそう評価する。
つまり、同じ原作を、同じだけ金をかけて、同じように優秀なスタッフを揃えて作ったのなら、この程度の作品を作れるアニメ演出家は、他にも大勢いるだろうと、そういう評価なのだ。
大友克洋は、漫画家としてはオンリーワンの人かもしれないが、アニメ演出家としては、決して、そうではない。
だから、本作『AKIRA』も、原作の面白さを別にすれば、「監督の優れた映像作家性によって、抜きん出た映像作品になった」とまでは、評価できないのだ。
『AKIRA』が外国で高く評価されたのは、結局のところ、そのビジュアルイメージとそれを再現した、アニメとしての作画レベル高さ、そして、アメリカナイズされない「近未来SF」的な世界観の中で「東洋人」が活躍するという新しさが、カルト的な人気を集めたのだと、私はそう評価する。
つまり、今や伝説的な世界的傑作として、まるで、百点満点の300点とでも言わんばかりに称揚される本作だが、古いアニメファンの私に言わせれば、本作は劇場用アニメとしては85点くらいの年間ベスト1級の作品、といったところであろう。
かなりよく出来ているし、楽しめる作品ではあるのだが、際立って優れた作品だとまでは言えないというのが、『AKIRA』にかぎらず、大友克洋によるアニメ作品に共通したところなのである。

さて、そんなわけで、以降は、もっぱら本作の「中身=物語」について論じていきたい。
原作漫画の完結前に作られた本作は、原作漫画とは違った結末がつけられているそうだから、作品の「意味するところ」も、おのずと多少は違ってこよう。
だが、本稿はあくまでも、アニメ版『AKIRA』の作品論だから、原作漫画を気にする必要はない。
そっちはそっち、こっちはこっちで、自己完結し、独立した作品として、アニメ版『AKIRA』を評価すれば良いだけなのである。
なお、本作の「ストーリー」については、Wikipediaに最後まで紹介されているから、ここでは繰り返さないが、以下の論考を読むのに、特に差し障りはないはずだ。
○ ○ ○
本作を評価する上で、最も気になるのは、やはり本作が作られた年でもあれば、物語の発端ともなる「1988年」であろう。

すでにお気づきの方も多かろうが、この年は「1989年」の前年であり、「1989年」とは、長く続いた「昭和」の終わった年(昭和64年・平成元年)でもあれば、「ベルリンの壁」が崩壊した年でもある。
今となっては「ベルリンの壁」と言ってもピンと来ない世代も多かろうが、「ベルリンの壁」とは、第二次世界大戦での敗戦によって、東西に引き裂かれたドイツに築かれた、「分断壁」であった。
旧ドイツの首都だったベルリンも、この壁によって東西に分断され、ドイツは、自由主義国の「西ドイツ」と、社会主義国の「東ドイツ」に、二分されたのである。
そして、この「ベルリンの壁」は、戦後の二大大国、アメリカとソ連による世界的な覇権争い、すなわち「東西冷戦」の象徴的な存在となった。
昔のSFによく描かれた「第三次世界大戦」は、この戦後の二大覇権国家であるアメリカとソ連による、最終戦争としての核戦争として描かれることが多かった。
そして、そうしたイメージが意味したのは、世界中の多くの人にとって、アメリカとソ連の二大大国による「冷戦」体制は、まるで、永遠に続くもののように感じられていた、ということなのだ。
それこそ、最終戦争でも起こらないかぎり、この東西冷戦体制は揺るぎそうにもないと、そのように感じられていた。
そして、そんな永遠に揺るぎそうもない陰鬱な二大国家体制を象徴したのが、堅牢な「ベルリンの壁」だったのである。
戦後、窮屈な社会主義国である東ドイツから、自由主義国である西ドイツへと、ベルリンの壁を越えて亡命しようとした、「東」の市民が少なからずいた。
東ドイツには、シュタージと呼ばれた国家秘密警察が置かれ、市民を徹底的に監視し、統制した。当たり前のように盗聴がなされ、市民同士の密告が奨励されて、市民同士がお互い心を許せない、息の詰まるような監視国家となっていたのである。
だから、東ドイツでは、自由の国・西ドイツへの憧れはことのほか強く、無理を押してでも、壁を越えて亡命しようとする人が少なからずいた。
だが、そうした亡命企図者は、その現場で、国境監視兵によって容赦なく射殺されたし、壁の直近には対人地雷さえ敷設されていたというのだから、今なら、イメージとしては、北朝鮮から南朝鮮への「脱北」のようなものだと考えれば良いだろう。
「ベルリンの壁」は、朝鮮半島における「38度線」と同様、元はひとつの国家だったものの分断ラインであり、しかも見た目にもわかりやすい「分断の象徴」だったのだ。永遠に揺るがない「壁」だと、当時はそう見られていたのである。
だからこそ、東の人々は、命を賭してまで、壁を越えて自由の地へと逃れようとしたのである。

ところが、その「ベルリンの壁」が、ついに壊された。
すでにその頃、社会主義国の盟主であるソ連は経済的に行き詰まっており、国家体制が弱体化していたため、ソビエト連邦に属する社会主義各国から、自由主義国へと、歩いてでも亡命する人たちが激増していた、その結果である。
そして、この「ベルリンの壁の崩壊」から、たったの2年で、ソ連(ソビエト連邦)そのものが崩壊してしまい、最終戦争でも起こらないかぎり永遠に続くもののように感じられていた「東西冷戦」体制は、ソ連の、ほとんど自滅と呼んで良い事情によって、アメリカの勝利に終わったのである。
一一つまり、当時の日本人にとっては、「1989時(昭和64年・平成元年)」とは、特別な意味を持った特別な年、永遠つづくかと思われていたものが、国内外において崩壊した年だったのだ。
したがって、その前年である1988年に作られた『AKIRA』は、まだ日本人が「変わらない世界」あるいは「終わらない日常」に閉じ込められていると感じていた、最後の年だとも言えるのである。

1988年とは、国内的には「バブル景気」の最盛期であり、人々は空前の好景気に踊っていた。
しかしその一方で、そうした「経済的に恵まれた」状態にさえ満たされないものを感じる人たちも少なからずいた。
物質的には満たされても「心は満たされない」と、そう感じた人が少なくなかったのである。
だからこの時代には、「自分さがし」ということが流行し、また、そうした「心の渇き」を満たすものとしての宗教が注目された、「宗教の時代」でもあった。

そして、伝統的な仏教やキリスト教などでは満たされないと感じた人たちのための新興宗教が、次々と生まれた。
のちに、無差別テロである「地下鉄サリン事件」などを起こして、多数の死刑囚を出すにいたる「オウム真理教」が設立されたのは、本作『AKIRA』公開の前年である1987年であった。
このオウム真理教は、教祖・麻原彰晃がチベット仏教の行者を名乗り、身体浮遊をしてみせる「超能力宗教」と呼ばれていたことを忘れてはならない。
つまり、本作の中に新興宗教の教祖と思しき「拝み屋の女性」が登場し、「終末の到来」を告げるが如き言葉を発するのも、決して偶然ではなく、当時の「空気」をそのまま反映したものだったのである。

そんなわけで、少なからぬ人々が「終末の到来」に惹かれていた。
何かが本質的なところで、決定的に変わらなければならない、変わって欲しいと、そう望んでいた。
「こんな世界など、いっそぶっ潰れてしまえばいい」と、そんなふうに感じる人もいたのである。
本作『AKIRA』の冒頭が、謎の大爆発により東京が消し飛び、第三次世界大戦に入って行ったという流れも、当時の人たちの「終末」願望を、そのまま反映したものだと考えて良い。

無論、「人々」だけの話ではない。
他でもない、本作『AKIRA』の原作者である大友克洋もまた、「こんな世界など、いっそぶっ潰れてしまえばいい」といった、そんな不全感を抱いていたはずだ。
バブル景気に浮かれ踊る人たちを横目に見ながら、苦虫を噛み潰して、「死ね」とでも呟いていたのである。
原作『AKIRA』と『童夢』は、ともに1983年の作品だが、大友克洋にはその前年に『気分はもう戦争』という作品があることを忘れてはならない。

この作品は、バードボイルド小説などをよく書いた小説家・矢作俊彦の原作作品なのだが、原作小説が先にあったというわけではない。
あくまでも、『気分はもう戦争』のためのオリジナル原作であり、すでに5冊も単行本のあった大友克洋が、あえて原作者を迎えた作品だったのだから、同作の原作には、大友克洋の気分や意向も少なからず反映されていたと見ていいだろう。つまり、矢作俊彦は「共作者」だったのである。
また、大友克洋には、『気分はもう戦争』刊行の前年である1981年に、『さよならにっぽん』という作品もある。

私自身は、『気分はもう戦争』も『さよならにっぽん』も読んではいないから、その中身までは知らないが、このタイトルからだけでも、当時の大友克洋の気分が窺えようというものだ。
やはり、大友は「好景気」に沸き、『ジャパン・アズ・ナンバーワン』とまで評された日本の、当時の状況を、むしろ苦々しく思っていたのだ。
さらに言うなら、憎んでいたのである。
では、大友克洋のこうした憎悪は、どこから来たものなのだろうか?
その最大の要因は、彼が「全共闘世代」だったという事実に求めることが出来よう。

全共闘世代とは、おおむね1941年(昭和16年)から1949年(昭和24年)ごろに生まれた人たちを指すものであり、1960年代後半から1970年前後の学生運動(全学共闘会議)の時期に、大学生や青年期を過ごした人たちを指すのだが、大友克洋は1942年生まれだから、まさに「全共闘」をリードした世代であり、1960年代から70年代の日本に不満を覚え、「革命」とまでは言わないまでも、戦後日本の「欺瞞的な平和」を憎み、それが「変わる」ことを望んだ世代だと、そう呼んでもよいはずだ。
つまり、そんな戦後日本、つまり朝鮮戦争で金儲けをし、隣国の不幸を食い物にして戦後復興を成し遂げた日本、ベトナム戦争にも間接的に関与していた日本に対して、大友克洋は、「さよならにっぽん」と言いたかったし、「気分はもう、革命戦争」だった、そんな学生時代をすごした人だったのであろう。
(ちなみに、『気分はもう戦争』の原作者、あるいは共作者である矢作俊彦は、全共闘の闘士だったそうである。上の安彦良和も同じ)
つまり、そんな時代の空気が、本作『AKIRA』にも、満ち満ちているのだ。
本作を今見て、特に時代を感じるのは、作中に「反政府ゲリラによる爆弾テロ」が描かれている点であろう。
今の日本人作家なら、決してこんな「日本の未来」は描けないはずだ。日本人はもう、すっかり「牙=反抗心」を失ってひさしいからである。
つまり、『AKIRA』に描かれた彼ら「テロリスト」は、悪役として描かれているわけではない。
そもそも、本作に登場する(絵面的には美少女には見えない)旧ドイツ軍のそれっぽいヘルメットを被った美少女ケイは、反政府ゲリラ組織のメンバーなのである。

つまり、大友克洋のスタンスは明確に「反体制」であり、体制打倒の側にある。
したがってこの作品にも、失敗に終わった全共闘の声がひびいており、やはり「気分は今も全共闘」だったのだ。
しかしながら、その反体制ゲリラが、実は裏では、汚れた資本家から活動資金の提供を受けていたというあたりの描写は、『AKIRA』を描いた当時の(元全共闘ではなかったが、全共闘の時代を生きた)大友克洋からも、もはや「全共闘よ、もう一度」というような気分は失われていたという事実を示すものと、そう考えていいだろう。
仮に革命に成功していたとしても、その革命政府は必ずや権力の亡者へと反転して、庶民を裏切るであろうと、そんな思いを抱いてもいたのであろう。
それはすでに、かつては理想国家視されていた共産主義国家ソ連の、「監視国家」「収容所国家」という内実が、ソルジェニーツィンの『収容所群島』(1973〜75年)の刊行などによって、すでに周知のものとなっていた『AKIRA』執筆の1983年当時としては、むしろ当然のことだったのであろう。


それに、それは「革命」に成功した国の「暗い運命」には止まらず、日本においても同断だった。
全共闘の挫折に止まらず、新左翼セクト「連合赤軍」による、身内に対する総括殺人事件である「山岳ベース事件」や、その後も続いた「内ゲバ」事件によって、学生たちの「理想」は、決定的にとどめを刺されたのだ。
要は、「革命」に成功しようが失敗しようが、待っているのは「暗い運命」だけだと、そのように悲観されるしかなかったのである。
だからこそ、『AKIRA』の主人公は、いささか能天気な、暴走族の不良少年・金田なのである。
彼は、反抗的ではあっても、決して政治的ではない。理想や大義といったものは持っておらず、ただ自由に好き勝手に生きているだけで、社会がどうなろうと知ったことではないというスタンスであった。

つまり、大友克洋が「権力の自由になどさせない」という、自由な個人としての「反抗的な生き方」として選べたのは、もはや金田のような「何も考えていない不良」であることくらいしかなかった、ということなのであろう。
だがまた、それでは満足できなかったからこそ、そんな「自由を生きる力を持つ」金田を妬む、鉄雄が描かれることにもなる。
権力に抗して「革命」を志した場合、それに成功しても失敗しても、やはりそこに「権力」が存在しており、いずれにしろ「革命」は失敗に帰することになる。
革命家たちは、権力の前に敗れ去るか、権力を打倒して権力を取り、自らが権力そのものとなって、その権力の前に敗れ去るしかなかったのだが、だからと言って、権力から距離をおいて、自由に生きるためには「並はずれた実力」が必要だ。それが無ければ、誰かの子分的な、被支配的な位置に止まるしかない。
つまりそれは「小権力」に従って生きるしかないということだったのである。


一一だから、鉄雄は、力が欲しかった。
金田のお情けにすがり、金田に庇護されなければ生きられない自分が、自由だなどとは思えなかったのだ。
そして何より、鉄雄は、破壊衝動を抱え持っていた。

つまり、金田も大友克洋の分身なのだが、鉄雄もまた大友の分身なのだ。
大友は、どちらが一方だけで満足することは出来なかったのである。
大友自身としても、金田的な「個人の実力」に立脚した、気楽な不良にも止まることでは満足することが出来なかったから、力を求める弱者でありながら、同時に危険な破壊衝動を抱えてもいるという、鉄雄を描かずにはいられなかったのであろう。
大友克洋もまた、力から自由ではあり得なかったのだ。

また、だからこそ、本来ならば敵役であるはずの敷島大佐も、決して悪役には見えないのだ。
なぜ彼が悪役に見えないのかと言えば、それは、敷島は敷島で「理想」を生きる人間だったからである。

ただ、敷島の「理想」とは、力による「平和な日常の維持」だった。つまり、平たく言えば「治安の良い国」を作るために、彼は自分を捨ててでも闘っていた。
彼は、権力の行使も辞さない理想家であり、言うなれば「裏返された全共闘」であり、もしかすると、全共闘に対して議論を挑んだ、三島由紀夫の影を引きずった人物なのかも知れない。
だから、敵ではあるけれども、どこか「共感できる敵」だったのである。
そんなわけで、『AKIRA』に描かれているのは、完璧な理想というものが見出せない、分裂した自己に生きざるを得ない、「私」の苛立ちと希望だったのであろう。
だから本作は、不可思議なエネルギー体になった鉄雄が、敷島たちによって囲われていた超能力少年たち(ナンバーズ)と共に、「異世界」へと旅立ち、新しい宇宙に生まれ変わるという、『2001年宇宙の旅』(1968年)を彷彿とさせるラストとなったのではないだろうか。
要は、この世界自体は「出口なし」であり、希望は、まったく新しい別の宇宙への転生しかなかった。現実世界からの救いは、そこにしかなかった、ということなのではないだろうか。
しかしながらこの結末は、『2001年宇宙の旅』と同様に、いかにも「宗教的」である。
どんなに「SF」を装ったところで、そこに描かれているのは、輪廻転生であり、極楽浄土への移行でしかない。その変奏でしかない。
ではなぜ、『AKIRA』は、いや『童夢』こそそうなのだが、これらの作品は、「宗教的」になってしまったのだろうか?
それはたぶん、「理想主義」というものが、多分に「宗教的」なものだからではないだろうか。
実際、1970年代の世界的な「カウンターカルチャー」には、ドラッグカルチャーをも含めて、宗教的な「超越願望」があったのである。
当時のカウンターカルチャーの根底にあったのは、「妥協なき理想」の実現を希求する、ラディカルな魂(精神)であろう。
今の私たちは、現実は「(100%の)純粋」ではあり得ない、ということを知っている。思い知らされている。
だが、当時の若者たちは、文字どおりに若かった。
だから、「完璧な理想」を求め得たのだが、しかし、それを求めてしまう精神は、最終的には「永久(永続)革命」を目指すか、「宗教的な終末としての天国の到来」を求めるしかない。
「革命」は、成功しても失敗しても、その後に来るのは、やはり「薄汚れた現実」だ。
だから「理想」を追求するのであれば、終わりなき革命としての「永久革命」を闘うしかない。
また、宗教教義的な「絶対的真理」においては、現実との妥協などあり得ず、だとすれば、目指すべきは「地上における天国の到来」すなわち「終末」の実現しかないのである。
よく、現実の前に、教義的に行き詰まった新興宗教が、集団自殺したりするのは、この世(地上)を天国に変えられないのなら、自分たちだけでも天国へ行くしかないと、そういうことである。
集団自殺とは彼らにとっては、この世に対する救済ゲームの、「終了スイッチ」なのだ。
彼らは、現実の前に敗れて死んだのではなく、現実的世界を変えられなかったがゆえに、この世界に見切りをつけ、自分たちだけでも、この薄汚れた世界から出ていって救われるしかなかったと、そういうことなのである。
一一まるで、鉄雄たちのように。
本作のラストでは、次のような描写がある。
『制御不能となった鉄雄は膨張する肉と機械の塊のような怪物へと変貌を遂げる。暴走する鉄雄の肉塊がアキラの標本の前に現れたナンバーズを飲み込もうとした瞬間、標本のビンが光とともにはじけ、その中からアキラの姿が現れる。発生した光の球体があらゆるものを飲み込み始める中、救いを求める鉄雄を追って金田が光の中へ飛び込み、ナンバーズらも金田を救うため後を追う。
光の中に飲み込まれた金田が目撃する、幼いころの鉄雄やナンバーズの記憶。そしてナンバーズから、人々の間にもアキラの力の目覚めが始まっていることを知らされる金田。鉄雄はナンバーズとアキラによって、新たに誕生した宇宙へ運ばれ、金田はケイの呼び声で元の世界へ引き戻される。
旧市街を飲み込んだ光の球体はやがて急速に収縮し、ビル群を巨大な津波が襲う。スタジアムの瓦礫の山で辛うじて生き延びた金田は、粒のように小さくなり消えてゆくアキラの光を両手で握りしめ、鉄雄の名をつぶやく。同じく生き延びていたケイと甲斐が合流し、三人は光が差し始めた瓦礫の中をバイクで走り去る。
暗闇の中に「僕は…鉄雄…」という声が響くと、そこに光が生まれ、銀河が次々とあふれ出した。』
(Wikipedia「AKIRA」)



私が気になるのは、後に残された金田たちの未来だ。転生できなかった、残された者たちの未来なのだが、ここで注目されるのは、
『旧市街を飲み込んだ光の球体はやがて急速に収縮し、ビル群を巨大な津波が襲う。スタジアムの瓦礫の山で辛うじて生き延びた金田』
という部分である。
すなわち、ここで描かれる「津波」とは、旧約聖書・創世記の「ノアの方舟」のエピソードの変奏なのではないだろうか?
堕落した地上に絶望した神(創造神)は、大雨を降らせて、地上を一掃することを決意する。
だが、それでも敬虔なノアだけは救うことにし、彼が選んだ動物たちのつがい一組ずつを方舟に乗せることを命じ、彼らを救うのである。
つまり、『AKIRA』のラストにおける、津波と金田の生き残りは、地上の「再生」への、ささやかな期待を描いたものだったのではなかったろうか。
そんなわけで、『AKIRA』の「近未来SF」的な絵づらや「超能力」といった描写を見ていると、そこに「新興宗教の拝み屋の女」が登場するというのは、いかにもミスマッチに思えるのだが、しかしそれは、実際には、結構マッチしており、そうした「矛盾」とも思えるものとは、じつは決して矛盾ではなかったのである。

つまり、『AKIRA』の世界とは、『童夢』と同様、極めて「宗教」的な世界なのだ。
そこでは、本来「弱者」たる、子供と老人が「特別な力」を持っている。
これは、宗教の世界でも同じことで、現実世界の生な運営から外されている、特権的な存在たる子供と老人にこそ、神聖な力が宿る。
『AKIRA』や『童夢』においては、子供と老人が、重要な意味を与えられるのは、そういうことなのだ。
敷島大佐のように「大人」になってしまえば、否応なく「現実の不純さ」に取り込まれざるを得ない。自らの手を汚す覚悟が求められるのだ。

だから大友克洋は、子供か、さもなくば、老人でありたかったのであろう。
子供と老人は、現実には無力な「弱者」であるけれど、しかしそこには「現実」を超えた「神聖な力」が宿っている。


そう感じられたからこそ、『AKIRA』という作品は、この「うす汚れた世界」に対する破壊的な「革命」を希求しながら、最後は、子供と老人だけが見ることのできる、神聖なる世界に移行せざるを得なかったのではないだろうか。
子供のような「無垢な理想」と、老人のような「脱俗としての、諦念からの超越」。
大友克洋は、リアルを求めながらも、そうした「超越」にしか活路を見出せなかった、そんな、「純粋指向」の理想主義者だったのではなかろうか。
(2026年8月1日)
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