26-05-02 ▷ 映画評:ブライアン・シンガー監督『スーパーマン リターンズ』(2006年/アメリカ映画)
先日レビューを書いた、クリストファー・リーヴ主演の「スーパーマン4部作」(1978年〜1987年)のあと初めて作られた、5作目のスーパーマン映画である。
本作は、亡くなったクリストファー・リーヴにオマージュを捧げた作品であり、さすがに20年の時を隔てて作られただけはあって、特撮技術の進歩などには目を見張るものがある。すでに今の特撮CG映画と比べて、何の遜色もない作品に仕上がっているのだ。
しかしながら、時代に応じた洗練がなされているのは当然としても、本作において何より重要なのは、「クリストファー・リーヴ主演4部作」(以下「4部作」と略記)に最大のオマージュを捧げた「正統派の後継作」となっている点であろう。
また、だからこそ本作は「初期二部作」の続編として作られている。
こうした「スーパーマン映画としての正しい選択」において、本作はどこにも注文をつける必要のない、きわめて完成度の高い作品に仕上がっているのだ。
『概要
「DCコミックス」のアメリカン・コミック『スーパーマン』を原作とした実写映画化第5弾。『スーパーマン』(1978年)及び『スーパーマンII/冒険篇』(1980年)の時系列順における続編となる内容であり、『スーパーマンIII』(1983年)及び『スーパーマンIV』(1987年)での出来事は反映されていない。
スーパーマン役はブランドン・ラウスが務め、ほかにケイト・ボスワース、ケヴィン・スペイシー、ジェームズ・マースデン、フランク・ランジェラ、パーカー・ポージーらが出演する。物語はスーパーマンが地球を去ってから5年後から始まる。』
(Wikipedia「スーパーマン リターンズ」)
『故郷の星クリプトンの残骸が発見されたと聞いたスーパーマンが、愛するロイスに別れも言えず、地球に乗ってきた宇宙船により一人で旅立ってから5年。故郷周辺に辿り着くも、何一つ残っていなかった宇宙墓場から再び地球に帰還した彼は、変わってしまった地球に困惑する。』
(同上「あらすじ」より)

「あらすじ」の詳細については、長くなりすぎるからWikipediaの方を参照してもらうことにして、ここでは議論を先に進めよう。
「4部作」のレビューでも書いたとおり、4部作の最初の2作は、もともとは「二部作の長編」として構想されたものであり、そのため、2作目で監督が交代しても、作品としては一貫性のある「スーパーマン映画の原点」的な作品となった。
ところがその後の2作(『Ⅲ』と『Ⅳ』)は、前の2作のヒットを受けて「新しいこと」をやろうとしたために、大失敗をしてしまった作品である。
この、後の2作(『Ⅲ』と『Ⅳ』)の失敗の主たる原因は、スーパーマンそのものの魅力を描くよりも、新しいアイデアを優先したところにあり、また、スーパーマンとロイス・レインとのラブロマンスを、最初の2作で描き切ったとして、そこを完全に外してしまった点であろう。
私がこれまで、スーパーマン映画を見てきて思うのは、スーパーマン映画の特質は、その「ラブロマンス映画」性であって、決して「SFアクション映画」ではない、という点だ。
そこが「バットマン」映画とは違ってもおれば、「アベンジャーズ」シリーズとも違うところであり、そこをしっかり描かないと、「スーパーマン」は、その独自性を失ってしまう。
スーパーマン映画とは、言うなれば「人に恋した神の物語」であり、そこを外して「超人アクションもの」にしてしまうと、スーパーマンは、どこかスーパーマンらしさを失ってしまうのだ。
例えば、ザック・スナイダー監督の『マン・オブ・スティール』も、ジェームズ・ガン監督の『スーパーマン』(2025年版)も、それはそれぞれに魅力的な作品ではあるのだが、しかし「スーパーマン映画の特質」である「ロマンティックさ」には欠けている。
『マン・オブ・スティール』は、「ジャスティス・リーグ三部作」の1作目ということもあって、スーパーマンは「悩めるヒーロー」になっているし、ガン監督の『スーパーマン』は、悩みもロマンスもそれなりには描いているものの、やはりその基本は、ガン監督らしく「仲間と共に愉快に闘う」というところなのだ。
だが、やはり「スーパーマン」は、ロイス・レインとのラブロマンスを軽視してはあり得ない物語であり、かつまたそれは「あまり辛気くさくはならない」、ロマンティックなラブロマンスを描くものなのだと、私はそう考える。
ラブロマンスにもいろいろあるけれど、「スーパーマン」のラブロマンスは、夢を見させてくれる、良い意味での「甘さ」のあるものでなくてはならないのだ。
例えば、私が先日見た、1940年代のフライシャー・スタジオ製のアニメ版『スーパーマン』シリーズは、個々のエピソードが10分ほどの短編だということもあって、物語は極めてシンプルである。

そして、そのシンプルな物語構造とは、新聞記者レインが無茶な取材に突撃し、毎回大事件に巻き込まれては危機一髪になるところを、それを察した同僚のクラーク・ケントがスーパーマンに変身して救出に向かい、悪人だの怪物だのを倒して、レインを救い出す一一と、おおよそこのパターンなのだ。
それで、レインはスーパーマンに恋する一方、クラークがスーパーマンだとはちっとも気づかなくても、クラークはそれをまったく意に介さず、彼女が彼女らしく生きること見守り、それで満足しているのである。
つまり、スーパーマンというと、世界中の人々を助けようとして、てんてこ舞いすることで知られるけれど、しかしそこには、ロイス・レインを助けるという核心が、確固としてあるのだ。
言うなれば、あとの救出劇は「おまけ」。
だから、ロイス・レインとのラブロマンスを抜きにして、人類救済の悪役退治みたいなものとして「スーパーマン映画」を作ってしまうと、「スーパーマン」の独自性は薄れてしまい、「スーパーマン映画」ではなく、「超人ヒーロー映画」になってしまうのである。
「スーパーマン映画とは、神のラブロマンス映画だ」ということを、決して忘れてはならないのだ。
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さて、本作『スーパーマン リターンズ』が、先行の「4部作」、特に最初の「二部作」の継承を強く意図した作品であるのをハッキリと示す特徴とは、次のような諸点である。
(1)スーパーマン役の主演ブランドン・ラウスが、クリストファー・リーヴに通ずる「古風な二枚目(イケメン)」。

ちなみにリーヴが、クラーク・ケントでいる際のコミカルな演技において意識したのは、二枚目スターの代名詞的な存在だったケイリー・グラントだそうで、知的でありながら少し間抜けで、女性に翻弄されるような「お人よし」という線で演じている。

言い換えれば、クラークには「キザなカッコ良さ」は皆無であり、それはスーパーマンの時でもまったく同じ。彼はあくまでも「真面目」であり「紳士」なのだ。
自分をカッコよく見せようとするのではなく、まず女性を尊重するという古風なジェントルマンであり、フェミニストなのである。
だから、ブランドン・ラウスの場合も、見るからに「彫りの深い、男性的な、古風な二枚目」だ。
今となってはあまり評判の良くない表現で言うならば、「純粋白人的な特徴の濃い二枚目」なのである。
そして、そうした観点からすれば、ハリウッドの現在の男性スターには、こうしたタイプは意外に少ない。どこか「ミックス(混血)」的な感じがあって、むしろその方が好感が持たれるのだ。
『マン・オブ・スティール』で、ヘンリー・カヴィルがスーパーマンを演じた際には「アメリカ人以外の演じた、初のスーパーマン」だと報じられた。
無論、カヴィルはイギリス人であり、彫りの深い白人には違いないのだが、リーヴやブランドンのような古風な感じではなく、もっも野生味のある二枚目であり、その点が現代的なのである。
話を戻そう。
本作『リターンズ』が、リーヴの「初期二部作」を強く意識した作品だとわかる、2つ目の特徴だ。
(2)物語の継続性
リーヴ主演の「初期二部作」を意識しているからこそ、本作ではロイス・レーンとのラブロマンスについて、あえて新展開を見せている。
前述のとおり、リーヴ主演の、あとの2作(『Ⅲ』と『Ⅳ』)が失敗した大きな要因として、ロイスとのラブロマンスを描くことを放棄したということが大きい。
なぜ『Ⅲ』と『Ⅳ』では、それを避けたのかと言えば、シリーズ1作目でスーパーマンは、死したる最愛の人ロイスを生き返らせるために、時間を巻き戻すという荒技を最後に使ったし、それでも2作目では、「すべての人々のためのスーパーマン」という役目を引き受けるために、あえてロイスとの恋愛関係を断念し、ロイスの「恋人どうし」としての記憶を消してしまう、というところまで描いてしまったからである。
つまり、「初期二部作」は、極めて自己完結性の高い作品だったのだ。
だから、約20 年ぶりの「続編」となった本作『リターンズ』は、シリーズ第2作でやった「ロイスの記憶を消す」という決断をキャンセルして、二人のラブロマンスを継続させる方向に、舵を切った作品のである。
やはり、それなくして「スーパーマン」はないと、そう判断したのだろうし、私はその判断は正しかったと思う。

そして、ではどのようにして、ラブロマンスを継続させたのかというと、そこは20 年ぶりの新作だという利点を生かし、多少の無理は承知の上で、スーパーマンを5年間、故郷クリプトン探索への旅に旅立たせ、地球を離れさせることで、ロイスとの恋愛関係をも中断させたのだ。
「記憶を消して、その関係を完全に抹消する」というのではなく、「双方の思いは続いているが、物理的な時間と空間に隔てられるという困難」を設定したのである。
これによって、5年後に「帰ってきたスーパーマン」とロイスとの恋愛関係に、新たな葛藤が生み出せるからであった。
本作『リターンズ』が、リーヴの「初期二部作」を強く意識したとわかる三点目は、こうだ。
(3)悪役を、超人や怪物ではなく、人間であるレックス・ルーサーに限った。
「4部作」でルーサーを演じたジーン・ハックマン(ただし『Ⅲ』には登場せず)に近い感じのケヴィン・スペイシーが、ルーサーをやはり近い感じで演じている。
また、ルーサーの情婦イブも、ちょっとボケた、しかし心の優しさを併せ持つ女性として、「初期二部作」の性格設定をそのまま継承している。

同様、スーパーマン自身についても「初期二部作」の特徴的な優等生ギャグ「この乗り物は本来、とても安全なものです。だから、これに懲りないでくださいね」という、例のアレなどをくり替えしてもいるのだ。
しかしその一方、リーヴ主演の「4部作」とは明らかに違っているところもある。
それは、すでに書いたとおり、特撮が格段の進歩を遂げており、そのあたりでのチャチさは完全に無くなっているという点で、これは完全に好ましい進歩だろう。
しかしまたその一方、「4部作」に比べると、本作では明らかに、「コメディ」要素が薄れている。
「4部作」(特に初期二部作)では、ルーサーとその子分の、古風な「ボケとツッコミ」のギャグが少なからずあったのだが、このあたりは、もう今ではウケないだろうから、完全に消されてしまっている。
本作『リターンズ』では、ルーサーが一人でギャグ的な言葉を口にしても、それは悪役らしく「皮肉なニュアンス」の強いものとなっており、ルーサーからは、かつての「愛嬌」が失われてしまっているのだ。

これはたぶん、いろんな要素の詰め込み的混在(幕の内弁当的な魅力)が許された、かつてのおおらかさが失われて、作品における「トーンの一貫性」が重視されるようになったからであろう。
その意味で、確かに作品の「完成度」は上がっているのだけれど、昔の「(矛盾を怖れぬ)おおらかなエンタメ性」は薄れており、そこが、古いファンにはちょっと寂しくはあるはずなのだ。
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このように本作『リターンズ』を見てくると、本作の長所と短所が見えて来よう。
長所としては、「正統派スーパーマン映画の完璧な続編」であるという点であり、短所としては「いささか完成度が高すぎて、遊び的な余裕を欠いている」といったところだ。
こうした弱点は、例えば、「4部作」でのリーヴによるケント時の「軽妙な名演技」や、ジーン・ハックマンによるレックス・ルーサーの「愛嬌」、あるいは、ロイス・レインの「明朗さ(おてんば的な可愛らしさ)」というものを縮減させてしまった。
たしかに本作は、「初期二部作」(で設定された自己完結性の困難を解消して、それ)とうまく繋がるように作られた完成度の高い作品、つまりロイス・レインとのラブロマンスを復活させた点において、まったく完璧な続編だったのだが、今の時代の感覚からすれば、それはそれで、いささか「優等生的にすぎる」という感じが、あったのかもしれない。
本作『リターンズ』が、スーパーマンの復活を告げる大作として作られ、当然、シリーズ第2作、第3作を期待されたにもかかわらず、そうはならなかった理由。
評論家筋からは高い評価を受けながら、しかし製作会社が期待されたほどのヒット作にはならなかった理由とは、たぶん本作があまりにも、スーパーマン的に「紳士的」であり「優等生」的にすぎたからであろう。
『当時のワーナー・ブラザース社長のアラン・F・ホルンは『スーパーマン リターンズ』は大成功した映画であると説明した上で、「全世界で5億ドルは売り上げなければならなかった。我々は若い男性客を満足させるために、もう少しアクションを入れなければならなかった」と述べた。』
(Wikipedia「スーパーマン リターンズ」)
『「『スーパーマン リターンズ』は我々が望んだ方向の作品として機能しなかった」と2008年8月にワーナー・ブラザース社長のジェフ・ラビノフは語った。』(前同)
『もう少しアクションを』という話は別にして、一一もはや人々は、スーパーマンに対し、神に対するような憧れや称賛の念を抱いたり、それと同時に完璧であることを求める、というようなことも無くなって、もっと身近で人間的な存在であることを期待するようになったのではないだろうか。
最新作である、ジェームズ・ガン監督の『スーパーマン』が、スーパーマン映画としてひさびさに大ヒットしたのも、それは、そこに描かれたスーパーマンが、かつてのような「完璧な紳士」ではなかったからではないか。
その意味で、ガン監督の選択は間違ってはいなかったのである。
しかしながら私などは、「強く、正しく、優しい」だけではなく、不器用なまでに「真面目な紳士」であったスーパーマンを、懐かしむ気持ちを、どうしても禁じ得ないのである。

(2026年5月2日)
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